飾り首(終)
「ナイフを持ち歩いてる僕が言うのも何だけど──
切去さん(故)との握手を終え、僕は徐に口を開く。
「抱果さんって、スタンガンとか持ってたんだね」
僕は彼女の持ち物を逐一把握している訳ではない、あのスタンガンに気付けたのは本当に偶然──切去さんの攻撃から彼女を庇ったあの時に、偶然触れただけだ。
ちなみにスタンガンだと理解できたのは偶然ではない。殺した人が持っていた事があり、興味本位で多少カチャカチャしてみた事があった。しかしあれも今思うと──
「あれは護身用でね、その……実は私、昔からああいう人──切去さんみたいな人に目を付けられやすくて……いつもなの、いつも誰かが私を殺そうとしてくるの。恨みを買ってるとかじゃなくて、快楽目的ばっかりでさ。襲ってくる人皆言うの、私を殺したら気持ちよさそうだったからって。それで何度も警察沙汰にもなってて……私の人生おかしいの、ずっとそんなのばっかりで……」
快楽殺人鬼に狙われやすい──特異な体質にも程があるが、今の一連はまさに、それが事実である事の裏付けに他ならなかった。
「私も気を付けてはいるんだよ?一人になるのと暗い所は避けてるし、スタンガンだって持ち歩いてるし……でも、それでもやっぱりたまに"起きちゃう"から、私ずっと、本当に怖くて」
快楽殺人鬼に狙われ続ける人生、それは果たして、どんな物なのだろうか──少なくとも、良い物でないのは確かだが。
「で、ね?私──人形ちゃんを見た時、思ったの。『この人なら守ってくれる』って。ごめんね?こんなの一方的だし、私打算的すぎるし……でも私、本当に人形ちゃんの側に居ると安心するの!」
「安心……なるほど、つまり君は、気付いていたって事なのか……僕より先に」
僕が──殺人鬼を殺す殺人鬼である事に。
僕の根本は切去さんとなんら変わらない。彼女が自分より年と身長が下の人間だけをターゲットとして殺人を行っていたように、僕は殺人鬼だけをターゲットとしている。嗜好は違えど思考は同じ──それがあの一連の殺し合いで発生した、奇妙なまでに均等な拮抗の原理だったという事だ。恐らく、抱果さんのスタンガンという外部要因による不意打ちが無ければ、僕と切去さんはあのどちらともつかない泥沼から一歩も動けなかった事だろう。
そして例えば享弔逝事さんとか、昔に殺した何故かスタンガンを持っていたあの人とか、他にも僕の殺した彼ら彼女らを、一方的かつ唐突に不意打ちで殺害するのではなく、今日のように殺し合いを演じていた場合もだ。
「気付くっていう程確信を得た訳じゃなくて、私──こんな事言うとバトル漫画の影響受けまくってる人みたいで恥ずかしいんだけど……殺気とか、悪意とか、そういうのに対する感受性が強くて。読心術レベル1みたいな物だと思ってくれれば良いよ。それで、人形ちゃんと距離を縮める事が……私にとってメリットになるんじゃないかなって……本当にごめんね?みっともないし浅ましいよね……」
抱果さんはショートボブの明るい髪を揺らし、申し訳なさそうに俯く。
「僕が思うに──生存本能ほど人がどうしようもない物は無い。誰だって顔を殴られそうになったらガードするし、車が突っ込んできてたら避けようとする。思考なんていうのは詰まるところ命の付属品でしかないんだ、僕らは皆んな命の奴隷だ」
抱果さんは僕の顔を見る。その表情はどこか怯えているようで、しかしその怯えの中に"何か"があるような気がして、その"何か"を掴もうと勇気を出してるような──深読みのしすぎかもしれないが、そんな複雑な表情だった。まさか、僕なんかの話を怖がっているなんて、そんな事は無いと思うけれども──まあ良い。
「自分が生きる為の全ての行動は、極論どうしようもない。だから僕は──上から目線な話だけれど、人を採点する時、生存本能から来る全ての事柄は無視するべきだと考えている。僕にとって人の評価基準は──集団性だよ」
抱果さんはただじっと、僕の話を聞く。
「集団は──社会は素晴らしい物だよ。沢山の人が死ぬ事なく暮らせる、美味しい物だって作れる。嫌いな人が一定数出てくるのも勿論理解出来るけれど、少なくとも僕は好きだ。そしてそれを維持するためのメンテナンスのような物こそ、君のような存在だよ」
「私?」
「うん、君は"和"の人間だ。社会の維持に欠かせない人間関係を補強するのには君のような──魅力的で友人の多い、人間関係のコアとなれる人、それが必要なんだよ。僕は──殺人鬼だけを殺したくなるというどうしようもない性癖を抱えている僕のような──"孤"の人間からの視点で言わせて貰えば、君は非常に価値の高い人間だよ。そして価値の高い物は保存されるべきで──生存するべきだよ」
そこで僕は一呼吸置いて、人中に人差し指の横を少し当てる。
「纏めると──君は良い奴だから、それぐらい別に良いんじゃないかな?」
僕が言い終えると抱果さんは、少しふっと、柔らかに笑った。そのまま笑って──こう言った。
「ありがと」
そこから二人でポツポツとお互いの境遇だとか、過去に殺した/殺されかけた事を語りつつゆっくりと歩く。
「所で、僕も殺人鬼だけどそこは怖くないの?」
「抱果さんの"ターゲット"に私は入ってないんでしょ?なら別に怖くないよ。私実は──結構自分勝手でさ、上手いこと隠してるだけなの」
「へえ、良い事だと思うよ。元から善良な人って、つまりは特に構えず自然体なだけじゃない?でも抱果さんは善良であろうと努力をしていて、そしてその努力を周囲に悟らせない配慮までしている。やっぱりそれは評価に値する事だよ」
「えへ……なんか人形ちゃんって私の評価高くて照れるな──
そこで抱果さんは何かに思い至ったような、家に財布でも忘れたような表情となる。
「待って、ちょっとおかしい──人形ちゃんの"乾き"っていうのはつまり、快楽殺人鬼特有のオーラを感じ取る装置みたいなもの──なんだよね?」
「うん?まあそうだけれど、じっと見ないとわからないよ。例えばスクランブル交差点に行って快楽殺人鬼は何人居るか計測するとか、そういう事が出来るわけじゃなくて──それがどうしたの?」
「確か一回学校で切去さんに話しかけられたんだよね?その時に"乾き"を感じてたはずじゃないの?」
なるほど確かにそうだ。あの時まさに、僕の"ターゲット"である切去さんとマンツーマンで会話していたじゃないか。
しかしこれには理由がある。
「ああ──あの日はずっと抱果さんの事考えてたんだ」
これで亡負縊切去編は無事終わり僕もやりたかったネタをやった訳ですが、次なる殺人鬼を暴れさせたいなーと思ったら続きを出すかもしれません