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飾り首(3)

「クラス名簿を見たんだよ。君──人形さんってさ、誕生日……1月24日なんだって?」

空振った斧を構え直した切去さんは、僕を人差し指で差す。

上からだんだん近づいてくるカタンカタンという音を聞いて、ここの橋は電車が通っているんだなぁなんて事を場違いに考えてみたりする。

彼女が抱果さんの後頭部めがけて振り下ろした一撃は、本当にすんでの所で外させる事ができた。

「ならセーフだ、本当に良かった。私は12月だからね、ギリギリ年下だ。身長に関しては私の方が高いって見たら分かるんだけど、年齢は判別が難しいからね」

何を言ってるんだ?この人は。

「元々の狙いは抱果さんの方だったんだけどね……君の方も中々悪くないし、今回は()()でいこうと思ってさ。見た目は上等だし、それに多分だけど、君は()()だ──きっと()()が良いよ」

この人はずっと、何を。 

「いや実は私さ、身長と年齢が自分より小さい女の子じゃないと興奮出来ないんだよね」

本当に何なんだ?

「と、人形ちゃん──

抱果さんが下から肩を掴んで、僕に縋るように言う。

「助けて!」

それを聞いて、とりあえずナイフを構える事にした。


しばらくお互いに見つめ合う。電車の音はもうすぐそこまで来ていて、ガタンガタンと音の大きさも厚みもだんだんと増してくる。

僕はナイフで、切去さんは斧。ナイフは小回りが効くが斧はリーチが長い──なんて分析したって、それならどういう戦術を取れば良いのかなんて知らないけれども。僕は人を殺した事があるだけで、人と殺し合いをした事なんてない。

しかしこれは、なんて数奇な事だろう。今更気付いたがこの感覚は──

そういった睨み合いの最中のダラダラとした思考をかき消すように、上からレールを引っ掻く車輪の音がした。間近で発せられる電車の走行音は、いつも聞く継続的に軽やかなリズムを刻むあの音ではなくて、金属と金属、質量と質量が高速でぶつかり合うガララララという重低音になる。その重低音に心臓を揺さぶられるような感覚を覚える中、切去さんが動いて──僕も動いた。

そこから行われたやり取りは、実に奇妙の一言に尽きる。

切去さんは一切の無駄がない実に流麗な動作で斧を振るい、僕の頸椎を割り砕こうとしてきた。僕はその斧の描く滑らかな軌道を、まるで息を吸うだとか水を飲むだとか、そういった人体が当然備えている基礎的な機能を使うかのように実に的確に回避した。

僕は今まで様々な人々に何度もそうしてきたように、切去さんの胴をめがけて最短距離で、まるでその動作を行うためだけに設計された工業用アームみたいに、凄まじく俊敏な動作でナイフを突き立てた。しかしその刺突は、切去さんのどんな体勢で落下しても足から着地する猫の如き敏捷さで、最小にして最高効率の動作で、ただ虚しく空振るばかりとされてしまった。

そういった、ただただ不毛な結果を生産し続けるだけの切りつけ合いを数度経て、僕はこの状況に一つ的確な比喩を思い付いた、格闘ゲームの同キャラ対戦だ。お互いがお互いのやりたい事を理解していて、だからいつまで経っても何も進展せず、ただただ泥試合となっていくあの感じ。

お互いに全ての一撃が必殺にして決殺にして確殺で、しかしお互いそんなのはまるで繰り返し解いた問題集のように体の奥底で知っている物で、だから全てが無意味だった。

やっとの事で彼女の服を数mmばかり裂く事に成功して今のは手応えがあったななどと思った時には、彼女は僕の服の第一ボタンを弾き飛ばしていて、このほんの少しの距離の差で僕は死んでいたと肝を冷やす。

そんな泥沼の戦いの張り詰めた雰囲気を破るように、切去さんがふと口を開いた。

「グレーのスポブラなんだ、良いねぇ……本当に興奮する、こういう死の境地なのが尚更だよ。君は()()()も絶妙なんだよなぁ〜……抱果さんぐらいの迫力あるのも勿論良いんだけどね」

言われて自分の体を見てみると、極限状況の中だらだらと垂れ流された汗により、僕の服が透けている。

「今までずっと1()o()n()1()だったから、()()()()は初めてなんだよ、本当にワクワクするし唆る……並べたいなぁ……一刻も早く並べて脱がして晒して犯してあげたくて仕方がない……きっと二人とも綺麗だよ。胸も、顔も──首の断面も」

「っ………!」

抱果さんはすこし強張りながら手を後ろの方へと回し、喉から声とは言えないような、微かな空気の漏れる音を出す。

僕はそれを宥めるように、抱果さんの背中から仙骨あたりまでのラインをなぞるように撫でた。

異常者だ──聞いていてそう思った。切去さんはきっと、別に猟奇的な台詞を聞かせて僕や抱果さんを怯えさせたい訳じゃない──本当に心の底から、衝動的に、情動的に、あの台詞を漏れ出させている。

ビーフステーキやホールケーキを目の前にして口の中の涎が増すような、ひたすら純粋な欲望の滾り──彼女の言動はそういう物だった。

よく分かる──だって──()()だから。

「切去さん、僕とあなたは同じで──友達だ」

ようやく、本当に長い事つっかえていた疑問の答えに、ようやく僕は気付けた。

「だから少し──残念に思うよ」

僕はそう言うのと同時に、切去さんをナイフで切りつける。

「おっと」

切去さんはそれを事もなさげに斧の柄で受け止めた、僕の予想通りに。

そんな彼女に僕は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()スタンガンを押し当て──力強くスイッチをオンにした。

「いっ!?」

激痛に怯み力の弱まった切去さんの隙を逃さず、僕はナイフを首に振り翳して──そうして僕は、いつも通りに、また一人の人間を殺した。

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