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飾り首(2)

人を殺してはいけないのが常識だとして、じゃあ百歩譲って人を殺すのなら理由があるべきだと僕は思う。

例えば恨んでいるからだとか、逆に好きだからだとか。その点僕の殺人行為には明確な理由が無いというのが、中々に性質タチが悪いと常々思っていた。

ただなんとなく、その人の前に立つとどうしようもない"渇き"のような物に襲われしまう。それを感じるような人間に何か共通点はあるのかと探してみた事もあったが、性別年齢性格の全てがバラエティに富んでいて絞り込めたもんじゃなかった。

だから僕は今──感謝のような気持ちを抱いている。

抱果さんと一緒に帰ったのは本当に良い選択だった、僕は今心の底から、本っっ当に彼女に感謝している。

「僕はずっと、君みたいな人を殺したかったんだね……」

首の無くなった彼女の体をそっと起こす。

あの綺麗だった顔はもう付いていないが、その肢体の壮麗なプロポーションは未だ健在で、力無く横たわる姿にもどこか艶めかしさがあった。

それを少し見つめた後、僕はおもむろに彼女の手を取る。

そうして、僕の人生で初めて出来た"仲良い人"に、とびっきりの友愛と感謝を込めて握手をした。

もう彼女には聞こえないのを承知で、それでもしかし伝えたい言葉を、僕は力強く口にした。

「ありがとう」


人形ちゃんと帰る事に成功した──本当に良かった。

ここ最近ずっと人形ちゃんと距離を縮める方法を考えていた、そんな私の努力は今ついに報われている。

「──だから僕が思うに〜、──と思うんだよ。そもそも──」

「へえ〜かっこいいね!私はそういう考え方好きだよ」

人形ちゃんが歩きながらポツポツと語る思想、というか哲学?みたいなものはどうも奇妙で、繋がっていないように見えるのに変な一貫性があって、逸脱しているはずなのに共感出来て、ほとんどハッタリみたいな事しか言ってないのに何故か妙に頭の奥底に焼き付いて、はっきり言って頭がおかしくなりそう。人形ちゃんの話をまともに理解しようとする時の私はずっと振り回されていた。絶叫マシーンで落とされる時の内臓がふわふわするような感覚がずっと終わらなくて、一番近い言葉を探すなら"怖い"って感じがする。

ただの下校中の駄弁りでそんな感覚が起こるなんていうのがおかしい話なのは分かってる、分かってるんだけど、分かっていてもどうしようもないのが恐怖っていう感情だよね。

だから私は真面目に聞かない事にした、ふかしタバコ(タバコやった事無いけど用語は知っている、かっこいいから)みたいに体に取り込まず、表面だけをなぞって漠然とした輪郭だけを捉えて、適当に吐き出す。

人形ちゃんには申し訳ないと思う、けど、私が媚びるみたいな感じで相槌を打つと結構嬉しそうにしてくれてるから、こういうのはWin-Winなのかもしれない。

私は自分の見た目が平均以上で胸が大きい事ぐらい自覚していて、それを鼻につかせないように振る舞う事も覚えている。勿論、有効な活用法も。

そうしなければ生きていけないから──比喩なんかじゃなく。

私は死にたくない。そんなのは皆そうだけど、物事には程度という物がある、私は人より格段に死にたくない。はっきり言って、私が死なないためならどこの誰が死のうがどうだって良い。

罪悪感が無い、という話じゃない。自分個人の為に他者を犠牲にする事が悪いと知っていて、その上で自分が可愛い人間──それが私だ。

例えばそう──学生の定番であるアレで例えよう。《教室にテロリストが入ってきたらどうする?》っていうやつ。私の答えは《跪いて『他の人はどうなっても良いから私だけは助けてくれませんか』と命乞いをする》だ。

私はそういう性質の人──そういうさがで、そういうたちの人。

そろそろ高架下に差し掛かる。上に電車の通ってる大きな橋があって、ちょっと日当たりの悪い道。

ここは学校から家への最短距離なんだけど、ジメジメしてて暗いから普段は通らない、急いでて通らなきゃいけない時は走り抜けるようにしている。

こういう道が昔から嫌いで、だから私はいつも、少しでも明るい所へと向かっていく。虫みたいだね、見た目だけは綺麗だけど農作物とか食い荒らすタイプの。

ふと、人形ちゃんのポケットからフォアンと気の抜ける電子音が鳴る。

「ん、なんだニュースか……」

「ニュース?」

「ニュースアプリ入れてるんだ。社会情勢に興味があるとかじゃなくて、結構面白いんだよ。今でこそ真面目なイメージが付いてるけど、こんなの元々エンターテイメントみたいなものだし……」

そう言いながらスマホを操作する人形ちゃんの目が少し見開かれて、顎を親指と人差し指で挟む。

「へえ〜、なにか面白いニュースあった?」

「……………通り魔事件あるじゃん?あれの捜査にどうも進展があったらしい」

「あー、あれ怖いよねー。良かったじゃん」

嬉しいニュースだ、私のような性格の人は特に。

「…………ちょっと前に享弔逝事っていう人が道端で刺されてたんだけど、その人の家の地下室の壁から死体が見たかったらしいんだよ。それで、その人が通り魔事件の犯人で、刺したのはその事を突き止めた被害者遺族の誰かなんじゃないかって……」

「へえ〜、なんだかサスペンスめいてるね」

「…………うん、僕もこういうのは多少面白おかしく脚色されてると思って読んだ方が良いと思ってるんだ。それにしても、そうか……」

人形ちゃんは人差し指で左の頬を少しトントンと叩いて、そうしてほんの少しだけ何かを考えて、徐にこんな質問を投げかけてきた。

「抱果さんは人を殺す行為ってどう思う?」

「私?私は……そうだな、怖いと思う。だって……」

遠くから小さくタタンタタン、という一定のリズムが聞こえてくる。もうすぐ上を電車が通過するんだろう。

「人を殺そうとしたら、殺されちゃうかもしれないじゃん?」

それを聞いた人形ちゃんは、一瞬なんだか驚いたような顔をする。

そして次の瞬間、強烈な殺気を感じた。

そう、殺気。人が人を殺そうとする時に出る、独特な雰囲気。毛穴という毛穴がぶわぶわと落ち着かない感覚になって、耳の先がチリチリして、肋骨の奥あたりが締め上げられるように苦しくなる──そんな感覚。

そんな、()()()()()()()()()()

私が恐怖で上手く呼吸出来なくなったその瞬間、抱果ちゃんが私の体を押し倒していた。

電車の音が近づいている。

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