飾り首(1)
「人形さん」
「あはい、なんでしょうか」
名前を呼ばれた。
僕に話掛けてくるなんて誰かと思えば、委員長の亡負縊切去さんだった。
僕に二人も話し掛けてくる人が居るなんて、今日は珍しい日だ。
切去さんは眼鏡に吊り目に黒髪ロングヘアー、相変わらずいかにも厳粛、いかにも杓子定規といった感じの風貌だ。
「制服、第二ボタンまで開けてるよね?それ校則違反だからさ──
「ああ……」
しかしそんな見た目に反し──
「うん、だからあんまバレないようにしといてね」
かなりルーズな性格をしている。
「気をつけときます」
「うんうん、世の中バレたら面倒な事って多いからね〜」
切去さんはこちらへ少し歩み寄り、僕の肩を叩きながらなんだか共感出来る事を言った。僕の身長は165cmと女子の中では結構高めの方なのだが、この至近距離での接触で彼女の方が僅かに高い事が分かる。
「所で人形さんさ、抱果ちゃんと仲良かったりする感じ?」
「……?いえ、そんなには」
「へぇ。仲良い人は多いに越した事は無いよ、そっちの方が──おもろいからね」
「ああ、結構分かる話ですね……」
「分かる?意外だね。友達を作ると人間としての強さが〜……みたいな考えしてるタイプかと思ってたけど」
「僕は友達を作らないんじゃなくて作れないんですよ、対人コミュニケーションっていうのはどうにも難易度が高い……」
「はは、まあ難しい部類の事だよね〜、ああいうのって才能の問題な所もあるし。でも今は特に友達作って集団行動しといた方が良いよ〜。ほら、流行ってるじゃん?通り魔がさ」
「……らしいですね」
この街を周辺とした地域は現在行方不明となる人がに多く、そしてたまに"発見"される。"保護"ではなく"発見"だ。原因は──まあ、そういう事なんだけれども。
「まだ捕まってないって言うのがなんとも怖いよね〜。私ってバレてない悪事は悪事じゃないって思ってるタイプだからさ、この理論でいくとこの通り魔の人はまだ悪くないって事になっちゃうんだよね」
「人生でそういう──『バレなきゃOK理論』に行き着く人が居るってのは分かるんですけれど、それを通り魔にまで適用する事は無いと思いますよ」
「でもこういうので『アイツだけは例外』って言い出すのってなんかさ──ダサくない?私それがちょっと嫌なんだよね〜。矛盾というか、格が落ちるって感じがして」
「そんな事はありませんよ──こんなのは至って簡単な問題です」
「簡単?」
そう、簡単な話だ。むしろ何故気付かないのだろう。こんなにも普遍的な真理が他にあるだろうか?
「人を殺すやつは人じゃない」
「ははっ!」
切去さんは思い切り顔を上に向けて、心底おかしそうに──まるで出来の良いジョークを100個聞かされたように──この世界の全てが面白おかしいコメディ番組だったみたいに──そんな風に笑って、そして僕に人差し指を向けてこう言った。
「違いない」
昼食を摂ろう。
僕は自分が生きる価値が無いを通り越して死んだ方が良い人間である事を自覚しているが、しかし生存本能には抗えずにこの16年間、ズルズルと生命活動を続けてきた。
そうでなければ絶滅してしまうのだから当然だが、生命を維持する活動というのは心地良い。暖かなベッドで目を閉じるのは最高で、温められた食事に口を開けるのは至高だ。
端的に言って僕はご飯を食べるのが好きだった。
故に昼食時間のこの今、紙パックのコーヒー牛乳とハムサンドを前に心を踊らせている。
動物性たんぱく質というのは実に人の本能を刺激する味だと思う。咀嚼し嚥下するごとにじんわりとした快楽が脳に広がって、合間にコーヒー牛乳で流し込む事でさらなる喜びに包まれる。
動物性たんぱく質が原始の美味しさだとするのなら、砂糖は文明の美味しさだ。こんなにも濃度の高い快楽物質を液体という最高効率で取り込む──発達した文明というのはなんて素晴らしいのだろう。
「えっと……隣良いかな?」
「ん?ああふぁい、ろうぞ」
顔を上げると抱果さんだった。
「ご飯、一緒に食べたいなって思ってね」
「へえ、君と食べたい人なんて他にも居そうなものだけれど」
「私は人形ちゃんと食べたいって事を言ってるの!」
抱果さんは少しムっとした感じでそう返した。身長差がそこそこあるので上目遣いのような形になって、中々グッとくる所のある仕草だ。しかし──
「僕と?」
それはまた、随分と酔狂な。
「人形ちゃんは……コンビニのサンドウィッチとコーヒー牛乳?美味しそうだね」
そう言いつつ私は自分の弁当の包みを開ける。
「でも私のも結構美味しいよー。ちょっと交換しない?」
これを見越して昨日、いつもより多めのおかずを作ってきたのは正解だった。
自分で作った食事って安心感があると思う。予想通りの味で、予想通りの材料で。
「随分クオリティ高いね。市販品とで交換が成立するの?」
「私が作ったから私が価値を決めるの。ほら、食べてみてよ」
卵焼きを箸で摘んで差し出すと、人形ちゃんは口の下に手で受け皿を作りながらそれを食べた。アンニュイな雰囲気を纏った綺麗系の顔と細長い指がなんだか神秘的で、私の奥底から背徳的なものが少しだけゾクリと這い上がる。
「美味しいね。いや、卵焼きなんて不味く作るのが難しい部類の料理だけど、それを差し引いてもこれはかなり上手な方だとおもうよ」
「そう?それなら良かったよ」
そこから私は彼女に他のおかずも食べさせつつ、サンドウィッチとコーヒー牛乳を少しだけで分けて貰ったりした。
合間合間でどうでも良い雑談を挟みつつ、それとなく友達や恋人の有無も確認していく。
そうして弁当箱の残りも米粒ちょっとだけとなったあたりで、私はようやく本題に入った。
「人形ちゃん──良ければさ、今日一緒に帰らない?」