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陽と殺し

酒薬抱果ささやく いだかの話をするのならば、僕の名前が真田崎人形まださき となりで巷を騒がせている連続殺人事件の犯人である事を伝えておく必要がある。

なぜなら僕と彼女の人生が実に複雑に絡み合っているからだ。彼女は僕無しで生きてゆく気なんて無くて、僕は彼女無しに死ぬ気なんてない。お互い不完全さに耐えられなくて、それを誰かに埋め合わせして欲しくて、そうした人生の漠然とした不足感を誰かで補った所でそんなのはいずれ無理が来る事を知っていて、しかしそれを補えてしまったばかりに離れる事が出来なくて──

こういう話には運命の出会いだとか愛の物語だとかそういう言葉よりも、割れ鍋に綴じ蓋という慣用句が似合うと思う。

僕はそういう話をしようと思う。どうしようもなくひび割れていて、どうしようもなく閉じている話を。


僕が住んでいる国は日本といって、ほとんどの国がそうであるのと同じように法律という物がある。『何々をしたら◯万円と◯年の懲役』という奴だ。

僕が最初にそれを見た時の感想は、「商品カタログみたいだな」だった。

『全ての物には値段がある』いつか見た映画の台詞だ、言ったのは確か悪役だった。故にこの世界が映画であると仮定した時、まず間違いなく悪役を担うだろうこの僕にはとてもしっくりきた。罪には値段がある、《人を殴ったら罰金50万円》というのはつまり《50万円払えば人を殴っても良い》という事に他ならないのだ。

無論この考え方は健全ではない。罰とは抑止力のために作られた物であって、行為に貼り付けられた値札なんかでは決してない──のだが、僕は一度そう見えた、見えてしまった、見えてしまえばそれは元に戻らない。天井のシミが人の顔に見えた時、そこに顔がない事は明白でも、意識の片隅で顔はずっとあるのだ。

だから僕は一生この欠陥を抱えて生きていくしか無いのだろう──今しがた殺害した人を見下ろしながらそう思った。

免許証を読むにこの人の名前は享弔逝事きょうちょう せいじで32歳、一般的にイケメンと言われるであろう容姿でスマホのホーム画面からして妻子持ち、柔和だがどこかキレのある低い声をしていて道に迷った外国人を案内する程度には優しい性格をしている。死因は刺傷による出血性ショック死、凶器はナイフで最後の言葉は「君もしかして」だった。

僕は逝事さんの死体に取り留めのない事から深めの人生相談、若干16にして恐縮な話だが自分なりの人生哲学をポツポツと零す。

最終的に多少の満足感を得られた僕は、殺しておきながらこんな事の為に人を殺すのは良くないと思いつつ手とナイフを洗い、そろそろ6時も過ぎるという事で学校へ向かった。


僕はクラスメイトと多少会話をする事があっても、友人とまで呼べる程の親交がある人が特に居ない。つまり陰キャのカテゴリーであり、陽の当たる道を歩めない人物像をした僕にこの立ち位置は実に相応しい。

しかし太陽というのは時折影ばかりの場所にも差し込んでくる事があり、その時折が現在であった。

人形となりちゃんってさ」

ここで僕が太陽と比喩したのはクラスメイトであり、良き容姿の持ち主であり、清き心の保有者である酒薬抱果という人物の事だ。

「なんかずっと生きづらい〜って顔してるけど、何か学校に嫌な事とかあるの?」

「えっと……」

恐らくこれは、抱果いだかさんが僕という人物に興味を示して雑談を持ち掛けているのではなく、殆ど慈善事業のような心持ちで行われたカウンセリングのようなものなのだろう。僕を伺うような彼女の表情から、そう察する事ができた。

「そういうのは特に無いよ、思春期っていうのは理由無しにアンニュイになるものだからね」

ここで「僕は連続殺人鬼で、社会との向き合い方に悩んでいます」なんて言う訳には当然行かないので、僕はそれらしい理由をでっちあげる。

「そっか、別に何もないなら良いんだけどね?ほら、クラスへの馴染みがちょっと……悪いって言うと言い方が悪いかもだけど、やっぱり全員が楽しんで過ごせるならそれに越した事は無いんじゃないかな〜って私としては思ったっていうか……」

「おおー」

僕は実に感心した。間違いない、この人は良い人だ。彼女の人柄の良さは遠巻きに見かけた事が何度かあるが、実際にそれを受けるとやはり"良さ"への認識の確信度合いが跳ね上がる。

「いいねえ〜。僕はそういう……集団の和を統率しようとする意思みたいなのって凄く重要だと思うんだよ。ほら、人間ってやっぱり群生生物じゃない?今の潮流はルールなんて知らないとか秩序より自由みたいなのが盛んだけれど、でも人なんて繋がらないと生きてけないんだからさ、『ルールは破る為にある』なんて言葉は平和ボケの象徴だよ。だから本当に尊敬してるんだ、団結とか秩序とか、そういう"個"じゃなくて"群"の強さを。その点抱果さんは本当に立派だよ、友達多いし誰にでも優しいし可愛いしでさ。君もしかして自分の意見を表明する時に"と思う"とか"じゃないかな"みたいな言葉を末尾に付けないと不安になっちゃうタイプ?だとしたらそんな事で悩まなくて良いよ、君の意見は全面的に正しい、僕が保証しよう。いや、僕の保証なんていう何にも役に立たない物はどうだっていい……君が君自身を保証するべきだよ、君は僕が見てきた中で最高の人間だ!」

「え、えっと……ありがとう?」

長々と語ってしまった、彼女のような社会を形づくれる人間の時間は重用されるべきだというのに──

「おっとチャイムか……じゃあ抱果さん、またね」

「あ、うん。また話そうね……」


先生がもう教室のドアを開けて入ってきている。私は急いで自分の席へと戻って、教科書とノートを準備した。

人形ちゃん、やたら褒めてくれたけど、あれは何だったんだろう?結構ビックリした……

拒絶されたらどうしようとは思ってたけど、あれはちょっと予想外。まあでも、少なくとも気分は悪くない言葉だったとは思う。

まだ色々と掴みきれてない人だけど、時間を掛けてゆっくり距離を縮めていければ良いな──と、そこでふと気づいた。

私は重要な事を聞けてない。

(人形ちゃんは結局、なんでいつもあんな表情をしているんだろう?)

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