ただー人を大事にしたいーだから僕は旅をするー
いつも、ご一読いただいている皆さん、ありがとうございます。日頃の僕の想いを伝えたくて文章にしました。僕は、人が好きです。ただ、人を大事にしたい。そう、思います。詩や写真、絵画を作成の上、賞をいただいたり、発表させていただく場を多く、与えていただき、嬉しい限りです。あくまで、僕の考えです。ある人が必ず、人を馬鹿にしていました。例えば、僕が去年、鳥取撮影旅行で知り合い、よくしていただいた、観光タクシーのドライバーさんのことで。僕はそのドライバーさんと話が弾み、楽しい時間を過ごせました。そのドライバーさんは、尾崎豊のファンで昔、よく神戸、大阪、京都へライブへ行ったと。それから、ブルーハーツの甲本ヒロトさんは天才だと。他、ドリームスカムトゥルーのライブも良かったと言っておられました。そのドライバーさんは、所謂、アニメ聖地巡礼をする女子のお客さんを、よく、載せて、いろんな場所へ、連れて行ってあげて、そのお客さんを笑かせてあげるのが嬉しいとも言ってました。それから、人生の話にもなり、人を肯定しろ、というのはわからん。ただ、人を否定することはしない。と。僕も、そうだと思います。ただ、ある人が、この話をしたときに、そのドライバーさんのことを、ただ笑われているだけだろう。と否定しました。その人は、癌で亡くなった、坂本龍一さんが助からなかった理由が、俗にいう左だから、放射線治療を受けなかったこと。それさえなければ助かったのにと、これも馬鹿にしてました。その人と出会った頃、僕は個人的にボクシングが好きで、ジムに通っていたこともあります。その人に、僕らの時代だったら、「辰吉対薬師寺」が凄く、印象に残る打ち合いでいい試合だったと、言うと、その人は、「僕はボクシングが良いスポーツだと思いません」と睨んできました。その人のことは嫌いでした。ただ、その人が、食事に行った際、「何故、村川さんが賞を獲れて、僕は賞が獲れないのだろう」と小説家を目指していたようで聞かれたことがあります。僕は、素直に描いて、素直に撮ります。それから、作品のバランスだと思う、と答えました。その人は、素直に生きてはならないと僕に、よく、言っていました。それが理解できない。自分自身の都合のいいようにしか、物事をとらえられない、カッコだけ付ける、プライドの高いだけの人にしか思えませんでした。ある日、その人からLINEで、ある美術館で撮った、ある絵画の写真が送られ、この作品が良いと主張されましたが、僕はその絵画が良いとは思えず、素直にその旨を伝えると、長文で四時間辺り、さらにLINEを送られ、その作品を認めない、村川さんは画家としては天才かもしれないが人間としては最低だ。と訴えてくるのです。僕は最終的に十人十色だから、それはそれ、これはこれと返信したのですが、その人は納得のいかないように言ってきました。とにかく、僕は多くの方々に支えられ、絵も写真も発表受賞出来るのであって、人を根本的に否定し、馬鹿にしている、その人が小説家になれるとは思えません。人を愛することが難しい時代なのかも知れません。ただ、僕はどちらがいい生き方をしているのかと思うと、タクシーのドライバーさんのほうだと思います。僕の作品も賛否両論、勿論、あることでしょう。ただ、僕も人を否定したくはありません。俗にいう、右の人、左の人、存在することでしょう。僕に友人にもいろんな人がいます。坂本龍一さんの件をこう、言ったこの人のことは許せない。じゃあ、お前は何なのと言いたい。きれいごとではないのです。皆さん、どうでしょうか。人は人である以上、多数、多くの違いがあって当たり前だと思います。僕は、その人を愛することができません。思い込みで自分の都合のいいようにしか考えられない、この人の事は僕は否定します。素直に表現して何が悪いのですか。僕は作品に素直です。情熱もあります。技術より審査員の皆さんはそこを評価するのだと思ってなりません。僕が頑張れる理由はこうです。鳥取で出会えた、このタクシーのドライバーさんにも感謝です。いい写真が、沢山、撮れました。皆さんのおかげで絵画も写真も詩も成り立っているです。だから、受賞や発表があるのだと思います。僕はこの人を愛せずにいました。同僚や友人を常に馬鹿にする発言。自己主張しかしない生き方は否定します。僕は生きています。皆さん、僕の想いでした。今後、僕はこの人に会うことなく生きていきます。僕も人を愛したい。そんな中、文章に想いを載せました。大事なのは人だから。