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 後篇

 彼なりの『正義感』なのか、子供を諭そうとするが、結果若者は……。

 二人は しばらく黙ったまま、にらみ合っている。

 降りやまない雨の、僅かな音だけが、気まずい沈黙を救っていた。


 しかし、天井から漏れた一滴の雨水が、若者が気にしていたニキビに落ちた瞬間。若者の薄っぺらな『正義感』が膨らみ、爆発したのであろう。


 みるみるうちに目を血走らせ、腹中に内蔵された保管庫から、水鉄砲を取り出した。

 恐らく赤鼻の親分から貰った物であろう、国で禁止されている、桁違いの水圧で噴射する最新機種である。


 そして、その水鉄砲を子供の前にかざし。


「悪には悪で、対抗するしかねー。この機種で水を噴射されたら……、お前、終わるぞ……。胸のチップ辺り、いっとくか……」

 若者は、別人になった様に、声を張り威嚇した。


 これには子供も驚いたであろう、急に座り込み震えだしたのである。電子制御に水は大敵であり、命にもかかわるのだ。


 その姿を見た若者は、続けざまに。


「お前の着てるシャツ、どっから見ても『エ〇メス』だよな、子供のくせに、柄がヤベーよ。噴射されたくなければ、ダセー上着脱げ。そんな高級な服、二度と着るな、このクソガキがー。俺はそれを売って、今日泊まる宿代にしてやるぜー」

 若者が向けた銃口は、未だ震える子供に向いている。


「ほんま後生でっせ、堪忍しておくんなはれ」

 子供は、若者を拝みながら懇願した。


「お……、お前……、ジジイか……、しかも関西育ちかよ。都会の子供ぶりやがって、嘘ばっかじゃねーかよ。金持ちって~のも嘘だろがー」

 若者は言うと、幾分子供から目線をそらした。

 先程まで怒りに満ちていた眼光も、光を失いつつある。怒りの矛先が子供に向かうべきか、今の時勢に向かうべきか、ぶれ始まっているのかもしれない。


「そんなもん、どーでもよろしいがな。もーほんま、もー……。はよう、そんな物騒なもん、しまっておくんなはれ」

 子供の様な関西人は、淡々と言った。

 しかし、その落ち着き様が再度、若者の『正義感』に火をつけた。


 若者は目をむき。


「ふざけるな、バカヤロー。そんな悪さしたら、あきまへんでー」


「ふざけとんの、あんたやん……。急に、可笑しな大阪弁使いだして~……」

 子供の様な関西人は、恐る恐る言葉を返したが、それでもなを若者は微動だにせず、水鉄砲を構えている。


 そしてまた、長い様で短い沈黙の時間が、無駄に過ぎていった。


 雨音は聞こえてこない、止んだのであろう。唯一、錆びた鉄筋から滴り落ちる水滴が、コンクリートに落ちる音のみ、一定間隔で響いている。その寂しげな音は、拠り所のない若者の、感傷を煽っていたのかもしれない。

 怒りに満ち溢れた眼光が、少しずつ憂いを帯びてきているのだ。


 暫くすると子供は、諦めた様に舌打ちをして、無言でシャツを脱ぎ若者に向けて放り投げた。


 その時、半袖になった子供の腕に目をやった若者は、苦笑いを浮かべ。


「お前、かなりサバよんでるなー……。やっぱりジジイだろーがー。腕のシリアルナンバー、俺より年上じゃねーか。整形技術が進んで、何度でも手直しが出来るからって、程があるだろー……」

 そう言って上着を拾うと、小脇に抱え振り帰る事なく、一目散に駆けだした。


 それを見届けた、子供のふりをした肌着姿のジジイは、やおら立ち上がり、割れたガラス窓から外を見たが。

 若者の姿は、雨があがった夜の闇に消えていった。

 


 のちに分かった事であるが。


 若者は、追い剥ぎをした廃墟を出た後、焼肉屋「西大門」に戻り、裏口にある下屋の下で煙草を吸っていたそうだ。


 その時『エ〇メス』のシャツも、入金された給料以外の金も、持っていなかったと云う。


 店長に謝罪し、真っ当な仕事に戻れたのかは不明である。


 はたして、ド派手な高級シャツは、何処にあるのだろう。

 続編に続く。

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