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説立証と星降る夜と解決RTA

 思考のほうに成果は無いが、しばらく続けていたおかげで、ダイヤモンド理論は立証された。

 切断できた結束バンドを指でつまんで、両手首の角度を変えてみた。若干引っかかりはしたが、ほぼ音をたてずに拘束を解除できた。

 両腕を横へ伸ばす。


 風が吹いていたらもはや『TITANIC』のローズだよ。いや、ローズの肩からこんな音しないね。両手を組んで頭上で伸ばして、深呼吸して下ろす。


 あとは足だ。

 体を前に倒して床に手が届くか試した。手のひら全体とまではいかないが、体重を支えるには問題なかった。座面から離れ、床に両膝をついた。左手で椅子の背を掴んで横に倒した。

 音を立てないよう、慎重に床に置く。


 細く長く息を吐いた――Aが確認に来てから1042秒、残り758秒――最後に、足首の拘束は椅子の脚から抜きとるようにして外した。

 ローファーを脱いで足音を抑える。窓辺へ向かい、カーテンをくぐって外を見た。


 すっかり夜だ。広い道路を挟んだ先は、森。道路を左右どちらに進めばいい変わらない。

 だったら森に飛びこんでみるか。すぐに死にはしないでしょ。迷子も何も、そもそもここが何処かすら知らないし。

 激ムズGeoGuessrに挑むよりも念入りストレッチのほうが重要だ。窓辺から離れて、脱いだブレザーを立てなおした椅子に掛けた。

 音をたてないように体を動かす。ジャンプ以外の運動やストレッチを済ませ、ローファーを履きなおした。ブレザーを抱え、扉の影まで擦り足で移動、そこに潜んだ。


 残り56秒。扉の向こうから足音が聞こえてきた。抱えたブレザーの両袖を結んで、その背部分を軽く叩いて空間を作った。


 直後。


 すぐ隣、擦れる金属音。ゆっくり扉を開けるのはBだ。


 未だ。ダメ。気を抜くな。


 自分に言い聞かせる。


 その目の前で、Bは室内へ足を踏み入れた。人質不在に動揺した彼女の頭部にブレザーをかぶせて袖を結ぶ。混乱するその身体を部屋のベッドの上めがけて押した。

 倒れこんだBを視界の端で確認しながら、椅子を引っ張って廊下へ。


 外開きの扉、なおかつ、狭い廊下。勢いよく扉を閉めて柵のほうが椅子の背になるように倒す。

 これでBを部屋に閉じこめられた。

 もうひとり、Aを2階へ引き寄せるため、数秒ほどその場に留ま――ソファーの前でこちらを見上げるAの身体に隠れて、3人目がいる――どうしよう、どうするべき? 同時にふたりを相手にするのは想定していなかった。なんでわからなかったんだ、わたしを2階に連れて行ったのは3人目と話すためだったんだ。話し声は聞こえてたのに気づけなかった。できない、このままじゃ失敗する。チャンスはもう回ってこない、おとなしくしてないと知られた。おとなしかったから安全が保障されてたのに……体温が消えたみたいに、どこかへ。視界が揺れる。呼吸の浅さを自覚した。すぐそばの扉が必死に叩かれる。Bによるものか自分の鼓動か、判別できない。


 そのとき。


 Aが階段を上ろうとしたとき、3人目の人影がその体にしがみついた。Aはそちらに気を取られる。


 Bは部屋から出てこれない。

 Aは妨害されて追ってこれない。

 覚悟を決めるのは、今だ。


 1mくらいの柵を越えて、柱に飛びついた。登り棒の要領で1階へ降り立つ。

 扉はふたつ。

 柱付近、すぐ右側のほうか。窓際、左前方のほうか。


 この部屋にAに担がれてきたとき、どちらだった?


 Bにお手洗い行かせてもらったとき、どちらだった?


 外へ出るためにはAのほうを選べば良い。座らされる直前――しばらくそのまま平行移動すると、立ち止まった先で30度くらい右回転して、さらに体が傾いた――その椅子があった場所は、部屋の中央。2階の扉を見上げられる位置。


 窓際、左前方のほうの扉を開けて全力で走った。廊下の先、玄関を見た。 扉を押し開けて、5段だけの階段を飛び降りた。


 女性の叫び声、Bだ。2階のあの窓から姿を見られている。

 霧掛かっている山奥へまっすぐ飛びこんだ。あとは進むしかない。少なくとも動けなくなるレベルの怪我だけはできない。

 沢へ降りなければ事故や遭難は防ぎやすい。ここから離れるほうが先決だ。


 


 *******


 


 森の中は暗かった。だんだん無闇に進むのが怖くなる。方角が知りたい。腕時計はあるけれど、太陽が無い。今度からポーチに方位磁針メンバー入りだな。今は、太陽が無い。だったら星を見るしかない。天体観測は専ら教科書派。わかる保証は無いけれど、知識ならある。


 しばらく移動して、少し開けた道へ出てみた。


 東京ってこんなに緑豊富だったっけ。アスファルトは親友なんだろうけどさ。あー、そうだ。関東は出てるって自分で考えたんだった。

 雑に推測したわけじゃあない。そんな的外れではないはずだけど、結局、ここ、どこなんだろうね。

 視覚の既視感は無い。ただ、身体にまとわりつく感覚は初対面では無い気がする。知ってる場所ならこの後の行き先も決めやすいんだけどな。

 座ったら立てなくなる気がして立ったまま夜空を見上げた。太陽も月も、無い。加えて周囲に人口の明かりが無いからか、夜空のキャンパスに見惚れてしまった。


 ひとつ深呼吸して、再び見上げた。定番としては北極星を見つけたい。北がわかれば方角がわかる。北極星を見つけるには、おおぐま座もとい北斗七星を見つければ良い。が、如何せん、星が多すぎてわかんない。天の川から離れているから少ないほうなのにね。

 古代バビロニアの遊牧民の気分になれば、いけるでしょ。

 いや、トレミー氏のほうが良いのか? どんな顔か知らないけど。髭生やした爺さんだよね……思い浮かんだのはガリレオでした。別にいっか、この人も天文学の爺さんだし。今はもう地動説って感じだよねー。それなー……はい、仲良くなった。完璧。ってことで。星空のもと、メモ帳を開いた。


 記憶の中のおおぐま座を描いてみた。さすが名前の由来。なかなかの出来だ。これを、夜空から見つける。天の川から遠いから、春の星座は大きいものが多い。きっと見つけられる。おおぐま座は、すぐそばのこぐま座、とくに1等星である北極星を中心として、円を描くように1年を過ごす。北の空にあるからいつでも見ることができるけれど、この時期は特に高く昇るから見えやすいはず。

 いわゆる北斗七星における「ひしゃくの水汲み」ファーストステップ期間だ。

 教科書の写真では、おおぐま座の近くには春の大三角があった。おとめ座のスピカ、うしかい座のアルクトゥルス、しし座のデネボラ。スピカとアルクトゥルスを繋いだ曲線の先に、七斗北星。つまり、おおぐま座の背中からしっぽの部分。


 メモ帳のおおぐま座を目に焼きつけて、再挑戦。スピカは青白い1等星、アルクトゥルスはオレンジ色の1等星、デネボラは白い2等星……それっぽいのがある。しし座の1等星レグルスっぽい白い星も。さすが最輝星に名を連ねるだけの実力。まあ、全天21のアルファ星においてヤツは最弱だけど。

 そうなると、すんなりスピカ、アルクトゥルスは見つかった。


 なんでアルクトゥルスを先に見つけられなかったんだ? ちゃんと全天明度四天王の一角なのに。

 白っぽい星を探し過ぎてたせいで認識が甘かったから見えてなかったのか。ちゃんと全体を見ないといけないんだよ。まったく、もー、ゲシュタルトゲシュタルト。


 何はともあれ、春の夜空の正三角形は見つけられた。ここから、スピカ、アルクトゥルスとともに春の大曲線を構成する、柄杓の柄。そう、北斗七星が見える。絵と星が重なる。間違いない、おおぐま座だ。北極星を見つけるための、おおぐま座。柄杓の先の、ふたつの星。その線分の、5倍の長さ……


「……」


 思わず、北極星へ手が伸びた。唐突に、理解した。


 脱出RTAじゃあいけないんだ、解決しないといけない。


 北極星を見つけるための、おおぐま座。


 本当の標的を見つけるための、人質。


 星を繋ぐこと。繋いだ先で道標を見つけること。それが事件の構図と同じだとしたら?


 そうだ、わたしがすべきなのは解決RTAだ。


 思い至って、やがて伸ばした腕が重力に負けた。それでも星は変わらず美しく煌めいている。

 犯人の目的……動機は、営利でも政治でも怨恨でもない。失踪したわたしの母を見つけることだとしたら? 見つけた先で何をするのか判然としない。けれど、これでわたしが標的にされた理由も、犯人たちの対応についても納得いく説明が用意できる。直接の連絡手段は不要だ。誰ひとりとして真の標的の居場所を知らない。それでも、わたしを使って圧力をかければ姿を表すと考えたんだ。お金も権力も求めていないからわたしで構わなかった、恨みだって無いからわたしの扱いは丁寧だった。誘拐するのは、娘のわたしでなければならなかった。何らかの理由で必要だったから、AとBは誘拐を決行したんだ。だから「あいしたわ」の話で動揺を見せた。作戦の根底を揺るがしかねない情報だったから。大がかりな犯罪計画を立てて実行したのに、目的が果たされない可能性を突きつけられたから。スマホの内容と同じか、それ以上に衝撃だったろう。


 気づいたことがあっても、どうすれば良い?


 何ができるか、どうすればできるか、果たしてできるのか。母を見つける手段があるなら……とっておきの謎、あるらになら解き明かせるようにしておくから。大きくなって、必要だと思ったら解いてね……あの帰り道。「あるらなら解ける」母は言った。こうなるとわかっていたの? なのに、姿を消したの? とっておきの謎なんかより欲しいものはたくさんあった。解けなくて良い、それよりも


「っくし……」


 寒い。花粉症ではなくて、純粋に寒い。ブレザーを置いてきた弊害だ。風は吹いていないのに冷気が体に染みる。あの場ではブレザーで視界を奪ったほうが成功率は上がると思った、しかたない。ベストかセーターがあったらまだ良かったのに。でも、この季節でまだ良かったのか。冬だったらマジ無理。死んじゃう、凍死RTAと化す。室内へ行きたい、居座れるところだ。


 まずはここが何処なのか知りたい。関東から出ていたとしても中部地方か東北地方かで話は大きく変わる。距離が違いすぎる。どちらにしろ土地勘はないけど。方角がわかったところで航海しているわけではないから進むべき方向すら定まらない。移動の方法と時間から考えるに本州だろうし山中なのはわかるけれどさ、日本の75%が山なんだな、一葵くんよ。


 あー、歩くしかないのか。動いたほうが体温まるか。歩こう歩こう。人里におりればどうにかなるさ。いいよ、やってやる。ウラルの道じゃなくったって歩いてやる。

 勤勉すぎるアドレナリンに感心しながらアスファルトの道を進む。走るほどの気力も体力も無いけど、思考はできる。わたしになら解ける。それなら、そのための情報が存在するはずであり、あの日よりも後に仕掛けられただろうと予想がつけられる。あの帰り道から失踪までの間に、上梓の準備が進められた作品……『青写真と六腑と龍の声を乙姫に』 ……条件を満たす。何らかの鍵を握っていると信じられる。


 イレギュラーには何らかの意味がある、推理小説の鉄則だ。 題名あるいは内容、どちらかが、きっと鍵を握っている。藤うらら名義最後の著作。たったひとつ、他の作品とは大きく根底が異なる。他の著作とは作風そのものから違う。題名もそれに合わせて雰囲気を変えたのかな。従来の作風じゃあ、調査段階の労力が大きすぎる。忘れられた未解決事件を見つけて妥当な推理を構築しなければならないから。名前で本が売れるようになって、やりかたを変えたかったのかもしれない。子育てに時間がかかるのって幼児期じゃあないのかとは思うけれど、体験してないから知らんよね。わたしの就学前までの期間に『カサブランカの最終定理』『夜空と秘宝と最善の悪手』を執筆かつ上梓したってことは、5年間で2作品、それぞれの本の厚さもあまり変わらない。


 単純計算で2、3年間に1作品は調査を含めて執筆を完了するくらいの執筆速度だと推測できる。『青写真』の主な執筆期間の半分くらいはわたしが小学1年生のころだったはず。おそらくそれぞれの執筆期間が重なっているとこもあるんだろうけど。まあ、本人じゃないから正確なとこは知らん。


 内容は、母が書くにしては違和感あるけれど、それを除けばただの推理小説だ。特段、狂った内容ではない。具体的に舞台が明記されてないし。題名について考えようか。そもそも、何を意味しているんだろう。


 まずは、そうだな、両親にはわたしの名前という前科がある。あのレベルの名付けロジックは容易に廃れる感覚ではない。魂というか、細胞に刻みこまれてる。DNAの根幹に。生まれ変わらないかぎり変わらんでしょ。どちらか一方が勝手に決めたというよりは、ふたりで考えてふたりで納得、それから出生届って感じだね。うん、センスが噛み合ってる。運命的で何より。


 はぐまあるら


 あおじゃしんとろっぷとたつのこえをおとひめに


 文字数が一致するのは「青写真」だけど、それが何? 英語か。青写真って英語でいうと何? 普通にblue print? 意味的にはplanningかい? あの人「あるらにしかとけない」とも言い切ったけどさ、7歳にその英語力は求めすぎてません? 言葉選び的に、ほかの誰にも解けてはいけないのにさ。娘に期待しすぎです。まあ、英語にしてみるのは良案か。ハグマアルラだから、母音はAとUだけ。


 AOJASHIN TO ROPPU TO TATUNOKOE WO OTOHIME NI


 ここから、母音がAまたはUだけをピックアップすると、 A JA PU TA TU


「あじゃぷたつ?」


 何それ。あ、そうだ。父にも母にも解けちゃいけないのか。父はリヒト、母はウララ……母も、わたしと名前の母音が共通しているし、同じ文字数だ。何が違う?


 はぐまあるら   AUA AUA


 はぐまうらら   AUA UAA      


 なんかDNAの羅列見てるみたい。中学のときの生物のテスト思い出すなぁ。アナフィラキシーショック、違う、なんだ、ゲシュタルト崩壊だ。はいはい、閑話休題。順番にも注意しないといけないのはわかった。じゃあ「あじゃぷたつ」のうち、AUAの順になっているところをピックアップすると……


「じゃぷた? いや、JPT?」


 日本語能力試験? いやぁ、日本生まれ日本育ちの生粋の純ジャパニーズなんだよね。あれって日本語を母語としない方を対象とした試験だよ。え、もしかして母、娘を外国人だと思ってる? そんなわけないよね、自分がおなか痛めて生んだ娘だよ? うん、落ち着こう。小さいころの写真なら馬鹿みたいにたくさんアルバムに収められてるし、その線は無いと明言できる。


 JのPのT   JのPT   JPのT……?


「A B C D E F……O P Q R S T U……ん?」


 立てた小指を戻した。 Tはアルファベット順で20番目だ。


 JPと言われて思いつくのは、日本の都道府県コード。20は、長野県。『青写真と六腑と龍の声を乙姫に』の舞台はどこだったか忘れた。けれど、龍宮城をすぐに連想できたし、そこに長野県も加われば、もはやあの塔へ行くしかないと信じられる。龍宮城は長野県にある。これが偶然だったら笑えるね。

 とりあえず、龍宮城へ行こう。身近に竜宮城はないけれど、龍宮城なら心当たりがある。龍の声だって、ちゃんと聞こえる場所だ。竜宮城には乙姫がいる。そこで何かすべきことがあるに違いない。


 乙姫様からの返礼といえば玉手箱。止められた時間を動かすための、開けてはならない魅惑の箱。それが手に入れば、幾星霜すら簡単に埋められる。

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