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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ホラーとかミステリーとか あれこれ

帰り道に居たのは……

作者: 江部 保志

公式企画、夏のホラー2023「帰り道」参加作品です。


ほんの少々の下ネタを含みます。

また、人が死ぬ表現があります。

苦手な方はブラウザバックをお勧め致します。

 通学路。

 あれって学校が決めてるって知ってたか? 知らない奴も、基本的にそこを外れて通学しちゃいけないって決まりは皆知ってるだろう。


 だが、小学生の頃、俺と隆太はいつも一緒に帰って、そして二人揃って通学路を外れていた。

 その理由は俺達の家が繁華街に隣接した地域にあり、通学路はそこを避けるようにぐるっと遠回りの設定になっていたから。繁華街を突っきって抜ければ通学時間は5分も短縮できたのだ。

 勿論誰かに見咎められれば怒られるのだが、家と学校は駅を挟み反対側にある為にそこそこ遠く、近所に同学年の子がいなかったので縦割りの集団下校の時以外はバレなかった。


 昼間の繁華街は全体的に粉っぽい灰色で構成されている中に、時折毒々しい紫や赤やピンクの看板が点在している。それらも近づいてみると日の光の下では少し色あせて毒が抜けているようだった。ごくたまに出会うドブネズミの他には誰も居ないのが、秘密の道を通っているという気持ちをさらに盛り上げワクワクした。少し()えた匂いのする小路を抜けていくと道中には潰れたホテルがある。入口に板が打ち付けられたそこの前を通り抜ける時、俺はよく隆太に質問をしていた。


「今日も居る?」


 俺が訊くと隆太はホテルを一瞥し、何でもないことのように言った。


「居た」

「居るんだ」


 霊が見える隆太にとって最早それは日常だったし、その隆太と親友の俺も彼の日常に麻痺していた。例えるならばその辺に野良猫が居たぐらいの感覚だ。


「何か叫んでた」


 隆太の言葉に俺は足を止めた。流石にそれは非日常だ。


「叫んでた? 何を?」


 隆太も足を止め、数歩戻り、目を閉じた。耳を澄ましてるようだった。


「……くじょう……? あ、九条(くじょう)市じゃどうとかって言ってるな」

「ふーん?」


 九条市は隣にある市で、県庁所在地程じゃないが俺達の町よりずっと開けているところだ。何せめちゃくちゃデカイショッピングモールがある。以前両親に連れて行って貰った時はこの辺には無いようなオシャレな喫茶店に入り、綺麗なお姉さんが運んできたパフェに舌鼓を打ちながら子供心に都会は違うな、と思ったものだ。

 霊になった人はそこからわざわざこんな寂れた町に遊びに来てホテルに泊まり、死んでしまったのか。なんだか可哀相だな、とその時俺は思った。


「帰りに……? 悪質な……スリ? みたいな。俺、声はあんまり聞こえないからわかんないや」


 隆太はそこまで言うと目を開け、再び歩き出した。もう興味を失くしたようだ。


「ふーん」


 俺も大して気にも留めなかった。所詮霊の言うことだし、無視したところで祟られる訳でもないのは目の前にいる隆太が証明してくれていたからだ。





 俺達が高校生の頃。隆太の爺さんが亡くなり、隆太の家は引っ越していった。といっても引っ越し先は隣の九条市だったので高校は変わらず、俺とあいつの縁は切れないままだった。

 隆太の「見える」体質だが身体が成長するにつれ、見える力が弱くなってきたらしい。声はもう全く聞こえないんだそうだ。


「もう殆ど影とか空気が揺れるくらいの感じにしか見えないよ」

「へー」

「小学生の時はハッキリ見えてたのに。なんでだろうなぁ」

「あれじゃん? 大人になって純粋さを失ったってやつ?」

「お前!」


 隆太は口ではそう言いながらも大笑いしている。ひとしきり笑った後、吹っ切れたようにこう言った。


「まぁ、周りに気味悪がられたりしても嫌だし。無くなって困るもんでもないよ」


 やつの表情は、その「周り」というのは今付き合ってる彼女を指しているのだとハッキリ物語っていた。俺は隆太の彼女を思い浮かべる。小さくて目が丸くて栗色の髪がふわっとしていて、すぐキャンキャン鳴くポメラニアンみたいな子だ。霊の話などすれば怯えてワーワー騒ぐのだと容易に想像がつく。


「そうだな」


 俺は面と向かって言ったことはないが、実は内心で隆太の「見える」体質に憧れていた。カッコイイと思っていたがこいつはこいつなりに苦労もあったのかもしれない。こいつがその能力を失くしても良いと思えるくらい彼女のことが大事なら、それはきっと幸せなんだろう。





 俺は東京の私立大学へ、隆太は地元の県立大学へ進学した。彼女も同じ大学に行くから勉強を頑張ったらしい。隆太君は一人暮らしもしないからお金がかからなくて親孝行だね、と親にあてこすられ、俺は少し不貞腐れた。小さい頃は勉強もスポーツの実力も似たような二人だったのに、俺には彼女も居ないし、隆太とはすっかり差がついた感じがしていた。


 大学卒業後も、俺はそのまま東京で、隆太は地元で就職した。そして隆太は高校時代から付き合っていた例のポメラニアンみたいな彼女とすぐに結婚した。おめでた婚ってやつだ。最近はすっかり縁遠くはなっていたが、幼馴染で親友の隆太の結婚式だから俺は参列した。隆太はすごく幸せそうで、俺は本当に喜ばしいと祝福しつつも、あいつが眩しくて……。


 正直に言うと、心のどこかで嫉妬していたと思う。ちょうど大学時代の彼女と別れたばっかりの俺は、なんで俺は隆太とこんなに違ってちっとも幸せじゃないのか、なんて考えていた。だからだろう。仕事の忙しさにかまけ、それ以降あいつにはあまり連絡しなかった。





 数年後。大型連休の手前で、あいつからメッセージがきた。


『久しぶり! 今年はこっちに帰ってくるんだって? 二人で飲もうぜ!』


 お喋りなうちの母親が向こうのお母さんに俺の帰省を喋ったらしい。隆太のアイコンは大人と小さな子供の手の写真。相変わらず幸せそうだ。俺も相変わらずだった。あれから別の女の子とも二人ほど付き合ったが長続きはせず、今も独りだ。仕事も転職したが新しい会社は人間関係がぎすぎすしている。


 やっぱりあいつへの嫉妬というか劣等感みたいなものはほんの少し俺の胸の奥で燻ってはいたが、それでも二人で飲んでバカな話や思い出話をするのは楽しいだろうなと思い承諾する。隆太の住む最寄り駅の居酒屋で飲もうと言う話になった。


 約束の日の晩、駅に着き、電車を待っていたところで俺のスマホが振動する。隆太からのメッセージだった。


『ごめん! 突然うちの娘が吐いた。熱もあるんで今から救急病院に連れて行く。この埋め合わせは今度。ホントごめん!!』


 仕方ない。


『そりゃ仕方がないよ。お大事に』


 本当に仕方がないと俺は心から思った。でも。


「くそっ。なんだよ」


 口から出たのは隆太に送ったメッセージとは真逆の言葉だった。むしゃくしゃした気持ちを晴らしたくて、適当に目についた店に入り、適当に目についた酒を頼む。度数の高い液体を流し込めば火が着いたようにカッと喉を焼き、イラつきも一緒に焼いてくれたように感じる。だがそんなものは一時しのぎでしかない。


 実家に向かう帰り道、あの繁華街に足を踏み入れた。昼間は色褪せていたはずの紫やらピンクやらの看板は闇の中で生気を取り戻したかのように爛々と光る。灰色だった小路は夜の色に完全に染まっていた。隆太と二人で通っていた小学生の頃を思いだし、またイラつきが俺のなかで甦ってしまう。


「お兄さん、ひとり?」


 斜め前方の暗がりの中、毒々しい花が咲くようにひとりの女が立っていた。遠目からでもスタイルが良いとわかる身体。黒いカットソーから覗く白い膨らみがネオンの光を浴びてピンクに染まっている。顔の上半分は暗がりで良くわからないが、形の良い唇に真っ赤な紅を引いていて視線を釘付けにする。


「私もひとりなの。一緒に飲も? 奢ってよ」


 ああ、これはぼったくりバーの客引きだなと思い無視しようとしたが、ふいに悪戯心が沸く。


「俺がこれから行く店についてくるなら奢ってやるよ」


 こう言えば舌打ちでもして退散するだろうと思っていたのだが、意外にも女の唇は弧を描いた。


「ホント? ご馳走になるわ」


 彼女が暗がりから出てくると俺は思わず息を飲んだ。闇とネオンが混ざる空気に晒された女の大きな眼は妖しくきらめいて美しい。東京なら街を歩けば幾らでも見かけるが、こんなうら寂れた町の繁華街には珍しいレベルの美人だ。


 俺は彼女を連れて、あまり危なくなさそうなバーを選び入って乾杯をする。リエと名乗るその女はノリも飲みっぷりも良く、それでいて時折伏せる睫毛が蠱惑的で、何から何まで俺好みの女だった。俺は酒に酔いながら幸運な出会いにも酔いしれた。後で隆太に『お前にドタキャンされたおかげですげえいい女に出会えたよ』とメッセージをしてやろうと考える。あいつの奥さんとはタイプが全く違うが、リエのような美人が相手なら隆太も羨ましがるだろうと思ったからだ。


「ねえ、楽しくて飲みすぎたみたい。帰れないかも」


 バーを出たところでリエが俺の腕に絡み付き、上目遣いで見上げてくる。俺の喉仏が音を立てた。頭の中に「これは話がうますぎる」という警鐘が鳴りはしたが、酒の勢いと隆太へ自慢をしたいとの思いがそれをかき消す。俺は彼女と腕を組んだまま元来た道を戻った。

 さっき通りかかった時に、かつて潰れていたホテルが改装されて新たに営業していたのをチラリと見たのだ。小学生の時には理解できていなかったがそこは男女の為のそういうホテルだった。けばけばしいピンクの壁紙の部屋に入るとリエが口を開く。


「シャワー浴びてきたら」

「いや、先にそっちが入ってきなよ」

「じゃあお先に」


 彼女がシャワーを浴びたあと俺も手早く浴びる。風呂場を出ると、バスローブを身に纏ったリエは冷蔵庫式自動販売機から缶ビールと柿ピーを取り出し飲んでいた。缶から直接飲むのではなく、グラスにわざわざ注いで飲んでいるのは意外と育ちが良い子なのだろうか……という考えが頭を(よぎ)る。


「お帰りなさい。はい、飲み直し」


 リエが俺の分のグラスを手渡す。既にビールは注いであったがまだぬるくはなっていないようで旨そうだ。


「かんぱーい」


 グラス同士をチン、とぶつけ、微笑みあってからビールを流し込む。この先を期待する高揚感も手伝っていつもとは違うビールの味に思えた。

 リエが部屋のテレビをつける。そのままだらだらとテレビを見ながら二人で飲み続ける。本当はさっさと彼女に手を出したかったが、がっついた男だと思われたくないという、いわば見栄のようなものもあった。


 ビールを2缶開けたところで、いよいよ俺はリエの隣ににじりより肩を抱いた。彼女が潤んだ瞳で見つめてくる。その大きな目の周りに小さな皺がたくさん刻まれているのに気がついた。さっきまでは路地やバーの暗がりでわからなかったが、意外とそこそこ歳を喰った女なのかもしれない。だが、これから先真剣に付き合うなら年齢は考慮するかもしれないが、行きずりの関係なら気にすることではなかった。


 彼女と唇を重ねる。ぬるりと柔く、微かに甘い感触に俺の興奮は最大までのぼりつめ、下半身だけでなく心臓までがどくどくと熱く脈打つ。

 ……心臓が?

 お、か、しい。


「あ、クスリ、効いてきた?」


 リエが嬉しそうな声をあげる。俺を見つめる大きな瞳がにぃ、と細められ狐のような顔になった。


「ク……スリ……?」


 何か薬を盛られたのか? 心臓が握りこぶしで叩かれ続けているようにドン、ドン、と痛み、爆発しそうだ。俺は耐えられずに胸を押さえ、腰かけていたベッドに倒れこんだ。だがそれでも状況は好転せず、息が上手く吸えず苦しい。頭が重く、視界が狭まって行く。俺は、死ぬのか?


「た、助け……」


 俺は震える手をリエの方にのばすが、彼女は狐の笑顔のまま俺を見下ろしている。


「ああ……その顔。今まで我慢してたけど、やっぱり良いわぁ」


 彼女はうっとりとした声で俺の下半身を下着の上から撫ぜた。だが心臓が苦しい中では快感など起きるわけもない。なのに俺の下半身は何故かはち切れそうになっている。


「や……」


 やめろ、と言いたかったがもう声も殆ど出ない。リエは俺を横目にフロントに繋がる電話を取った。ニタリと笑ったままなのに、その口から出たのは心底焦ったような声だ。


「もしもし? 救急車を呼んでください! あの、急に男の人が苦しみ出して……」


 俺の意識はそこで途絶えた。





 後になって聞いた。リエは……いや、その名前も偽名だろうが……10年以上前にも人知れず殺人を繰り返していたらしい。あまりにも被害者が多かったのでホテルは潰れたし、リエはほとぼりが覚めるまでこの地域では殺しを控えていたようだ。


 彼女の手口は昔から変わらない。酒にED治療薬を盛って飲ませ、副作用で心臓発作を引き起こす。わざと薬のパッケージを現場に残し「パパ活相手が自分で持ってきたED治療薬を飲み、行為の途中で苦しみだした。フロントに連絡はしたが自分も警察に尋問されてはパパ活が周りにバレる。それは困るので咄嗟に逃げた」と言う筋書きで現場から立ち去る。


 リエは快楽殺人鬼だ。ただし、殺しを楽しむというよりも、勃起しながらも死の恐怖に絶望した男の顔を見るのが堪らなく好きな、歪みきった性癖を持つ為に殺人をしているのだろう……という見立てだった。


 え、その見立てを誰から聞いたのかって?

 ()()()()()()()()()()。当然心残りがあったからホテルの地縛霊になっていたんだ。()()()()


 俺は彼らと一緒に、霊感がありそうな人がホテルの前を通ると、殺人鬼に殺されたと必死(もう死んでるが)に訴えた。

 だが、誰も俺たちの声には気づかない。ごく稀にこっちを見てくれる奴も居たが、姿を見ることは出来ても声までは聞き取れないのだろう。


 ある日。こんな場所には似つかわしくない二人組がホテルの前で立ち止まった。4~5歳ぐらいの幼女を連れた男は、悲しそうにじっとホテルを見つめてから手を合わせる。俺はすぐにその男が誰かわかった。幼馴染みの親友だ。


「隆太! 俺は腹上死(ふくじょうし)じゃない! 殺されたんだ! 帰り道に出会った女にクスリを飲まされた! これを警察に伝えてくれ!」


 霊が見えるうえ、生前は浅からぬ縁のあった隆太ならきっと俺の声が届くはずだと信じて声の限りに訴える。だが、隆太は声どころか俺の姿も見えていないようだった。全く視線がこちらと合わないまま、俺の名前を呟いている。


「ぱぱ」


 隆太の服を、幼女が引っ張った。栗色のふわふわした髪の、ポメラニアンを思わせる女の子だ。隆太の娘に違いない。彼女は黒目がちのくりっとした丸い目を俺に真っ直ぐ向けたまま言った。


「くじょうし……帰り……」

「ああ、ごめんごめん。九条市のおうちに帰ろうな」

「ぱぱ、違う」

「うん、ここは九条市とは違うね。パパがここに来たかったんだ。お前は賢いな」


 隆太は娘を抱きあげると、その場から離れようとする。


「隆太! 待ってくれ! お前の娘は俺の声が聴けるんだ! 話を聞いてくれ……!!」


 俺は叫んだ。だが隆太は何も気づくこと無く行ってしまう。あいつに抱えられた娘が、黒い瞳でずっと俺を見つめたまま少しずつ遠ざかり、小さくなっていった。

お読み下さりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 怖くもありますが、何よりもオチが切ないですね。伏線の張り方が見事だと思いました。普通の怪談とはひと味違う良さがあると思いました。 内容だけでなく文章もお上手ですね。詰まらずにスラスラ読み進…
[良い点] 怖さと同時に、何とも言えない哀しさを感じる作品でした。 誰もが抱きそうなちょっとした嫉妬から、こんなことになるとは…… 最初の、さびれた繁華街の描写が良くて引き込まれました。
[一言] 最後、子どもが頑張って主人公の言葉を伝えようとしているシーンで「ふくじょうし」って言おうとしているのがちょっとかわいかったです。 主人公は必死なんですけどね(^-^; それにしてもどれだけ…
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