#08 ファイファン
重厚でエイリアンに出てくる宇宙船のようなギーガー調のケーブルやパイプや通気口がゴテゴテした薄暗い部屋にまだ15歳の不健康そうな引きこもり少年‥‥闇系は拘束されていた。
十字架に張り付けられたキリストのように‥‥絶対に用途不要の‥‥ただ、そこにあるデザイン的な意味合いのケーブルまみれの壁に‥‥手首足首を固定され‥‥拘束されていた。
意識をゆっくりと覚醒した闇系の目の前には‥‥精悍な顔たちをした異世界帰りの男がいる。
「‥‥っつ」
揺れる視界‥‥痛み軋む関節と云う関節‥‥俺はこんなに関節も持っていたのかッ!‥‥そう、自覚する程の関節の痛み‥‥つまり、全身が痛い。
ヤンキー座りの男が闇系の覚醒に気がつくと、不気味な笑みを浮かべて口にする。
「やっと起きたかッ!‥‥初めまして、俺は伊藤花火‥‥異世界では【英雄アルテマ】と呼ばれていた者だッ!」
花火は立ち上がり、芝居がかった仕草で闇系の顔を覗き込む。
闇系は「フンッ」と鼻息を捨てて、視線を逸らした。
すると、闇系の頭の中で巣食う【集団心理】が呆れたように言葉をこぼす。
『ゆわんこっちゃない』
いつもなら軽口で反論する闇系だったが、流石に‥‥と云うより、平均的な中学生より不健康で細身の闇系には体力がもう残っていなかった。
「先輩が自己紹介してんのに‥‥無視ッ!‥‥まあ、いいさ‥‥YouTuber闇系君。俺は闇系の個人情報ぐらい‥‥マイナンバーカードを盗み見て知っているッ!」
手足が壁に固定され、張り付けにされている闇系には確認しようがないが、財布も‥‥命同等のアイフォンも‥‥その重さ尊さを感じないッ!
「‥‥クソッ!」
闇系は吐き捨てる。本当ならもっと、恨み辛み嘆き暴言を永遠と言葉にしてやりたいが‥‥なんせ、体力が残っていないッ!
ぐったりとする闇系を見て、退屈そうな表情で花火が口にする。
「俺だって2歳も歳下のガキを虐めたくない‥‥もっとゆうと、俺は3年少し異世界にいたんだ‥‥17歳じゃなくて、20歳‥‥闇系よりも‥‥5歳も上だッ!」
花火は手を仰ぎ目を見開く。その仕草はどこか芝居くさい。
『聞きなさい‥‥何度もゆうわよ。わたしは‥‥あなたに協力的よ‥‥そうね‥‥正直に話すわ。わたしはあなたを異世界に連れて行きたい‥‥でも、あなた自身の承認を得られないと‥‥加護が弱くなる。つまり、異世界で強くなって、怪獣と戦う力、魔力、魔法‥‥ステータスを与えられなくなる‥‥だから、承認して‥‥今すぐ誓って‥‥異世界に行くとッ!」
頭で無常に響く集団心理の声に、闇系は弱々しく首を横に振る。
『‥‥どうして‥‥あなたとゆう人は‥‥」
普段なら切り捨てるはずの集団心理が哀れみと憐れみをブレンドしたような声色で呟いた。
カハハッ!と乾いた笑い声をひとしきり上げた伊藤花火が、「よしッ!」と気合を入れる。
「俺は拷問が好きだ。圧倒的な上下関係‥‥日常ではあり得ないコミュニケーション‥‥そう思わないか?」
闇系は小さく首を横に振る。
「なぁに‥‥コミュニケーションは会話だけじゃない‥‥俺はお前を痛ぶり、虐げ、苦痛の余りを持って‥‥仲良くなろうッ!」
花火が大きな手で闇系の頭部を掴むと、異世界の言語を唱える。
すると、闇系の脳神経が錯覚を‥‥限りなくリアリティに近い錯覚を起こし‥‥足の指先に木炭を燃やしたような真っ赤な炎が点いた。
「ぁぁあっ!あががっ!」
闇系が悶絶し、悶えるように腰を反らせるが手首足首を固定具が、ガシッガシッと鈍い音をたてるだけだった。
「燃えてるだろ?‥‥俺のバーニングスピリットは‥‥本当に燃えてるだろッ!」
伊藤花火が力を込めて、魔力を一層強くする。
闇系の脳神経が知覚する限りなくリアリティに近い炎が、膝下を完全に焼き焦げにして、その悪臭‥‥人間の焼ける本能が受けつけない匂いまでも感じる。
「‥‥ぁ‥‥」
声にすらならない甲高い‥‥“あ”
闇系はぐったりと、力が抜けて過呼吸状態に陥る。
「おっと‥‥まだ‥‥死ぬなッ!‥‥闇系には聞きたいことがあるんだ」
花火が闇系の頭部から手を離すと、幻覚の炎は嘘のよう刹那に消える。
「カハァ‥‥ハァ、ハァ、ハァ‥‥」
痛みと死と云う緊張状態で闇系は呼吸すらままならない。
「次は‥‥死ぬぞッ!‥‥踏まえて‥‥死を踏まえて‥‥俺の質問に答えろ」
既に生きることさえ‥‥ままならない闇系には反応する気力すらない。
「‥‥怪獣とは‥‥なんだ?」
芝居がかった大きな動きで花火が問いかける。
「‥‥怪獣は‥‥あんたも知ってるだろ?」
途切れ途切れ‥‥瀕死の必死の中で闇系が答える。
「お前しか知らない情報があるだろ?」
「‥‥そんなの‥‥あるはずわけ‥‥」
「そりゃそうだ‥‥そう簡単に喋るはずないよな?闇系‥‥お前は、俺のホネのある奴リストに入ってるぜッ!」
ん?死と生を彷徨っている闇系の脳裏‥‥まだ焼けきっていない記憶を司る脳のどこかが既視感を訴えかけてくる。
「俺は実はお前のこと大好きだぜ‥‥お前は、俺の‥‥この晴れ姿を見てどう思う?」
ん?会話の脈絡が‥‥おかしい‥‥芝居がかった伊藤花火の言動に‥‥どこか引っかかる。
既視感が‥‥そう、闇系の記憶を司る脳のどこかが‥‥自分らしくない言葉を紡ぐ。
「‥‥拷問係だ」
闇系がそう絞り出すと、伊藤花火は悦の入った笑みを浮かべる。
「違うッ!‥‥魔女の騎士さッ!」
ん?魔女?何故魔女?‥‥いいや、そもそも俺は何故‥‥『拷問係だ』なんて口にしたんだ。
「俺をがっかりさせるなよッ!」
伊藤花火がそう口にした瞬間‥‥闇系の記憶を司る脳のどこかが鮮明な映像を思い出させる。
それは‥‥。
「‥‥サイファー?‥‥お前‥‥もしかして、辿ってるな?」
花火が片眉を歪ませて答える。
「あぁ?」
「辿ってるなッ!お前はッ!‥‥ファイファン8の‥‥サイファーがスコールを拷問するシーンをッ!」
「何をゆっているッ!」
「この重厚で無駄に多いケーブルも通気口も‥‥お前の芝居じみた大きな動きも‥‥その台詞も‥‥ファイファンⅧに影響を受けてるなッ!‥‥そうだ‥‥こんな、場所を‥‥こんな状況を作り出すとゆう‥‥圧倒的な発想想像‥‥デザイン力‥‥普通は‥‥ないッ!」
闇系は息を吹き返したように、捲し立てる。
ガシッガシッ!と、手首足首の固定具が勢いよく音をたてる。
「‥‥ファイファンⅧに影響を受けて何が悪いッ!」
伊藤花火は険しい顔で言い返す。
闇系が「クククッ」そして「カハハッ!」と笑みを浮かべる。
「悪くない‥‥何も悪くないさ‥‥殆どの人間は‥‥自分の言葉を持っていないッ!いつも、作品から影響を受けるもんだ‥‥ただ、優位はとったぞッ!‥‥俺は、お前がファイファンⅧをパクっていると気付き‥‥指摘した‥‥マウントポジションは俺にあるッ!」
「は?殺すぞッ!」
「恥ずかしいだろッ!‥‥自覚もなく‥‥世界で人気ゲームの台詞を‥‥知らず知らずに自分のものだと勘違いして口にしたことをッ!‥‥そして、指摘されたッ!‥‥死にたくなるだろッ!」
「違うっ!俺は‥‥俺の言葉しか喋らないッ!」
「嘘をつけッ!‥‥この状況‥‥お前の台詞は‥‥紛れもなくファイファンⅧッ!‥‥お前は‥‥拷問をしたことがない‥‥そして、拷問がどんなものか知らない‥‥唯一知っているのは‥‥ゲームの中の‥‥ファイファンⅧの中の拷問ッ!‥‥だから、お前は演じたッ!‥‥オタクが空気を読まずガンダムの名セリフを挟んでくるのと同じ感覚で、お前は演じたんだよッ!」
「うるさいッ!何が言いたいッ!」
闇系は邪悪に口角を釣り上げて目を見開く。
「ゲームやアニメの台詞を日常で口するのは‥‥恥ずかしいッ!」
「殺すッ!」
伊藤花火が反射的に闇系の頭部を掴み、魔力を練り上げ、幻覚の業火を作り上げる。
「手加減しないッ!幻の炎に灼かれて死ねッ!」
しかし、闇系はほくそ笑む。もう幻覚を見せられても‥‥痛くも痒くもないッ!
「まだ分からないのかッ!‥‥精神的な優位は‥‥俺にあるぞッ!‥‥幻覚の炎はもう‥‥怖くないッ!」
「黙れッ!」
花火が思い切り腕を振り上げ、闇系の頬を叩く、バチンッ!
健康状態の悪い細身の闇系の脳は簡単に揺れて、意識が刈り取られる。
「‥‥オヤジにも‥‥ぶたれたこと‥‥ないのに‥‥」
闇系が捨て台詞を残して、気を失った。
「はぁ、はぁ、はぁ」
伊藤花火‥‥異世界ネーム【英雄アルテマ】が、呼吸を乱し、ジンと熱を残す掌を見つめる。
‥‥一般人を‥‥歳下の一般人に‥‥手を上げてしまった。
「クソッ!」
‥‥少し脅すだけのつもりだったのにッ!
花火が重厚でケーブルや通気口でゴテゴテした薄暗い部屋を出ていく。
伊藤花火が部屋を出た先は廃墟と化したボーリング場だった。
近くで待機していた気の弱そうな男‥‥相澤守、異世界ネーム【ジオング】と、派手な化粧の女‥‥石渡桃華、異世界ネーム【⁂可憐天使⁂】が突っ立ていた。
花火が肩で風を切り、相澤の胸ぐらを掴むッ!
「どうして、ファイファンⅧの収容所をパクったッ!‥‥そのせいで俺は‥‥サイファーを演じてしまったッ!」
相澤が目玉をキョロキョロさせて、怯えながら答える。
「ぼ、僕は‥‥異世界の優秀な錬金術師だけど‥‥デザイナーじゃない‥‥いきなり、拷問部屋を作れと命令されても‥‥魔法で作れはするけど‥‥デザインはできない」
「もっと、別のデザインもあっただろッ!‥‥Googleの画像検索にはッ!」
花火が怒りに任せて叫ぶ。
「‥‥ファイファンⅧは‥‥僕と伊藤君が小学生の時‥‥初めて一緒に遊んだゲームじゃないかッ!‥‥思い出は‥‥根が深いッ!」
「‥‥くっ!‥‥これだから幼馴染はッ!」
花火が相澤から手を離し、背中を向けて歩み始める。
「ちょっと、頭冷やしてくるわ‥‥悪かった」
相澤が慌てて口にする。
「うん‥‥僕もファイファンのパクリはもうしないよッ!」
そんな二人の光景を面倒そうに見つめていた化粧が派手な石渡桃華が一人呟く。
「ってか、FFじゃね?」
例えば、こんな世界線。
怪獣が目を覚まし、動き出した瞬間‥‥人々はようやく怪獣を認知するが、もう手遅れになってしまい滅びた世界。そんな世界線が数百‥‥数千と生み出されて、消滅していってるとすれば、それはもう避けようのない未来。
つまり、世界が滅びるのは必然であった。必然‥‥収束と帰結。
どんなに書き換えて、書き換えて、書き換え続けても‥‥偶然にも、世界が滅びる要因となりうる事象が奇跡的な確率で繰り返されて‥‥結局のところ‥‥世界は滅びる。
それに人格はない‥‥よって【法則性】と呼ぶ。
怪獣の出現した世界には、逃れようのない【法則性】が存在していた。
そう‥‥最終的に世界が滅びてしまうと云う【法則性】‥‥逃れようと手を尽くしても、最終的に滅びてしまう【法則性】だ。人格のない【法則性】に感情なんてあるはずもないが‥‥世界が滅びると云う結末に向けて、収束と帰結する指向性はあった。
動き出して初めて人々に認知されるはずの怪獣が‥‥動き出す前に、認知されている。認知されることによって‥‥特異点になりうるキャラクターの動きが活発になっている。
世界が滅びると云う収束と帰結が‥‥ズレ始めている。
【法則性】は“ズレ”の原因を大きく二つの要因だと理解していた。
一つはYouTube。魔力でも科学力でも知略でもない‥‥愛でも友情でも努力でもない‥‥YouTubeと云う覚えのない存在。数百、数千と滅びた世界線でYouTubeがここまで大きな“ズレ”の要因になって見せたのは今回が初めてだった。
二つ目は、闇系。
苦し紛れに神が選んだ加護を与えし少年。
数百、数千と滅びた世界線では主に【和泉光平】や【伊藤花火】や【勇者リュカ】に神は加護を与え、世界が滅びると云う【法則性】を、滅びなないと云う新たな可能性のために、手を尽くしてきた。
しかし、【法則性】は神が加護を人に与えた程度で変わるはずもない。
その全ての世界線で、世界は怪獣によって滅ぼされる。数百もの時を戻し、力の弱まった神が最後の最後に苦し紛れに選んだ、魂の練度の低い人‥‥俗称、闇系。
何故か頑なに神の加護を受けようとせず‥‥神でさえ‥‥あの慈愛に満ちた心優しい神でさえ、憎みを覚えている少年。
これまでに滅びた数百、数千の世界線にはありえない‥‥可能性の導き手。
【法則性】に感情はない‥‥あるのは世界の終わりに向けての収束と帰結のみ。
これから起こる事件は、【法則性】の収束と帰結による偶然と云う必然‥‥奇跡なんかはない。
森川亮司32歳、小太りな体格で無精髭の清潔感のない男。
新卒入社で就職した会社が超絶ブラック企業で、2年で自律神経失調になってクビになり、実家の部屋で引きこもり始めて早、8年。
絵も描けない、文も書けない、作曲もできない‥‥やること言えば、5ちゃんねるに張りこみ、面白いレスを見つけてはコピーして、違うスレに“あたかも自分が考えた言葉”のようにペーストすることぐらいだった。コピペが得意だった。むしろ、コピペしかできなった。
ニコニコ動画でも『きしめーーーーーん!』としか打てなかった。
そんな森川がYouTubeでオカルト系の動画を見て、これなら自分も出来ると思ったのは‥‥その名もなきYouTuberの話していることが、全てまとめサイトから丸パクリしているからであった。
森川がHDにすら対応していないスマホで、オカルト系のまとめスレを適当に読み上げただけの声を録画しYouTubeに投稿したのは、ゴールデンウィーク最中のことだった。
もちろん再生数は惨敗‥‥21回。そのうち8回は自分なので、正式には13回再生の動画にコメントがついた。
『いい声ですねw』
名前はミルキー。マイメロディ‥‥耳の垂れたうさぎのキャラクターの画像を使用していることから、森川はギャルママバツイチの同い年ぐらいの女性を想像した。
森川はそのコメントをもらって以来、取り憑かれたようにオカルト語り動画を投稿し続けた。
2ヶ月が経った。
結局、森川の投稿した80を超える動画は一度も30回再生を超えることはなく、ミルキーから新しいコメントがつくこともなかった。
そんな時に‥‥【闇系チャンネル】を発見する。
ガリガリで不健康そうな子供が、「怪獣が!」「世界が!」と騒いでいるだけの動画が何十万も再生されていた。理解が出来なかった‥‥何故なら、闇系が話している出来事はインターネットのどこを探しても書かれていない、“自分の言葉”ではなかったのだ。
しかし、森川はすでに理解できない物事は脳が受け付けない‥‥8年の引きこもり生活は彼の向上心を奪うには十分過ぎた。
いつも通り「なんだこれは」と愚痴をこぼし、YouTubeを閉じるはずだった‥‥はずが、【闇系チャンネル】の動画のコメントにマイメロディの画像を見つけてしまう。名前を確認してしまう。ミルキーが【闇系チャンネル】にコメントを‥‥かなり好意的なコメントを残していた。
そこからは【法則性】による偶然と云う名の必然だった。
怪獣の鳴き声がした。
何かのネタになるのではと森川は‥‥引きこもりのはずの森川は怪獣のいる‥‥たまたま近くの小さな地方都市のビジネス街へ向かった。
怪獣の足元にある無料のWi-Fiが飛んでいるマグドナルドの店前で、たまたま【闇系チャンネル】の少年が、不気味な笑顔でスマホを操作していた。その後、森川は何故か‥‥闇系の後をつけ始めた。彼のポケットには果物ナイフが収まっている。




