#06 なんて日だっ!
夕日逆光のモノレールの車両には闇系しかいなかった。すぐ下を通る国道に渋滞。小さな地方都市でモノレールを利用する人は少ない。満員電車‥‥いや、数人でも人がいる場所が嫌いだッ!人は‥‥汗をかくし‥‥口から‥‥物を食べるッ!
闇系は‥‥早々に義務教育を脱落した年柄年中引きこもり少年の闇系は‥‥人間が生物的に嫌いだった。しかし、それは‥‥生物として触れ合うからの話。
闇系は‥‥YouTuber【闇系チャンネル】は数字としての人間は好きだったッ!‥‥いや、心底‥‥愛してるッ!人間は数字に置き換えられてこそ‥‥愛嬌が‥‥増すッ!
動画を再生した数、チャンネルを登録した数、コメントの数、Twitterのフォロワーの数。
群れる程、面倒になる人間は‥‥数字になると‥‥群れる程、分かりやすくなるッ!
『そんな自分語りはどうでもいいわ‥‥あなた、自分が何をしでかしたか理解しているのかしら?』
頭の中に巣食う【集団心理】が呆れた声色で問うてくる。モノレールの座席シートに座り、ぐったりと態度の悪く、グヘグヘと笑っていた闇系が途端に不機嫌になる。
「うるさい、集団心理ッ!‥‥自分語りこそ‥‥悩みと関心だろッ!‥‥この世界にどうでもいい自分語りなんか‥‥ないッ!」
『ごめんなさい‥‥そこまで気が回らなかったわ。それで‥‥あなたは何をしたか理解しているのかしら?』
闇系はアイフォンを見せびらかし、無邪気純粋無垢に答える。
「投稿1時間で百万再生突破ッ!チャンネル登録者数50万人突破!過去動画も伸びに‥‥伸びまくってるッ!」
『それは結果よ‥‥あなたは‥‥突然決まったコラボに舞い上がり‥‥怪獣を‥‥世界を終らせる怪獣の目を‥‥覚まさせかけたのよ?』
「そうだッ!俺は‥‥怪獣を‥‥目覚めさせるかも知れなかった」
『弁明はあるのかしら?』
闇系は「ケッ!」と鼻息を吐き捨てる。
「俺はセカイ系じゃないッ!‥‥俺は‥‥今のりに、ノっている‥‥YouTuberだッ!‥‥企画のためなら‥‥世界を厭わないッ!」
『‥‥狂ってる‥‥あなた、狂ってるわ』
「狂ってるのは世界だろ?」
『いいえ、あなたは‥‥自己中よ。YouTubeのために‥‥世界を犠牲にすることを‥‥厭わないなんてッ!』
「勘違いするな、集団心理ッ!‥‥俺は‥‥委ねているだろッ!‥‥怪獣も‥‥世界も‥‥俺はお前らに‥‥委ねているッ!‥‥だから、決めるのは俺じゃないッ!‥‥“委ねられた”‥‥お前らだッ!」
『‥‥話にならないわ』
闇系は「フンッ!」とそっぽを向き、アイフォンを操作する。
【怪獣】ついに怪獣が目覚めた!?【咆哮】
そう題した自分の投稿した動画をうっとりと見返す。そうこうしている内に再生数は150万突破。1万件を超えたコメントの殆どが『あの音は怪獣だったのか!』『本当に怪獣はいるんだな』など、肯定的な感想だった。
しかし、そのどれもが他人事‥‥闇系の頭の中を巣食う【集団心理】と同様、まるで誰かが悪いような‥‥自分は関係ないような‥‥コメントばかりだった。
闇系から委ねられているなんて‥‥数字に置き換えられた人間は‥‥気にもしない。
オレンジから赤みがかった夕暮れに変化していく過程で、ようやく安息の聖域、我が家が視界に入った時と場所だった。
闇系の前に学生服姿の三人組が現れる‥‥と云うより、自宅の前で待ち伏せされていた。
一人は気の弱そうな男、一人はニコニコと派手な化粧をしている女、一人は‥‥精悍な顔立ちと意思の強そうな瞳‥‥英雄の風格をしていた。
英雄の風格をした‥‥異世界帰りの子供の一人、伊藤花火、異世界ネーム【英雄アルテマ】が口角を釣り上げる。
「あー、すまない‥‥先に心にもないが‥‥謝っておく。俺たちは今からお前を‥‥拉致ッ!監禁っ!そして‥‥拷問するッ!理由は‥‥ま、簡単だ。怪獣についての情報が欲しい」
闇系が咄嗟に歯を食いしばったのは三人から間違えようのない殺気を感じているからだった。
「‥‥怪獣についてはYouTubeで語っていることが全て‥‥とゆっても、お前らは‥‥俺を逃さない‥‥分かる‥‥俺は初めて‥‥死の気配を‥‥感じているぞッ!」
花火が「くははっ」と肩で笑う。
「死に直面してるのに、随分と物分かりがいいじゃねぇかッ!そうだ、俺たちは‥‥逃さない‥‥法律も警察も倫理観も‥‥恐れない俺たちはッ!‥‥ヤルッ!‥‥必ず、お前を拉致、監禁、拷問するッ!」
闇系が周囲を見渡すが、電柱の影が伸びた夕暮れの住宅街に人はおらず‥‥例え、大声で助けを求めても、ピストルよりも強い異世界帰りの三人組には通用しないだろう。
「なんて日だッ!」
闇系が頭を抱えて膝から崩れ落ちる。派手な化粧をした女が「小峠じゃん♪」とクスクス笑う。その瞬間だった。時間が圧縮されて、濃密にゆっくりと過ぎる。
闇系の頭の中を巣食う【集団心理】が問いかける。
『あなた、死ぬわよ‥‥何度もゆうけど‥‥わたしは協力的なの。だから、救済措置‥‥そう、この最悪絶望の状況から脱する救済措置があるの』
スローモーションになる景色の中で、闇系は眉を寄せる。
「拷問上等ッ!俺は‥‥乗らないぞッ!」
『いいから聞きなさい‥‥わたしはあなたを‥‥異世界へ転移することができる‥‥つまり、この最悪絶望の状況から‥‥脱することができる』
「冒険するぐらいなら‥‥俺は死ぬぞッ!」
『無理よ‥‥わたしはあなたを選んでしまったッ!‥‥後悔よッ!‥‥存在して初めて‥‥圧倒的な後悔をしているのだけどッ!‥‥わたしはあなたを選んでしまったのよッ!‥‥あなたが死んだら‥‥わたしは‥‥世界を導けなくなるッ!』
「あえてゆうぞッ!‥‥委ねろッ!‥‥導くなッ!」
『話にならないわ‥‥それで、どうする?‥‥あなたを拉致監禁拷問しようとしている男は‥‥本当にするわよ?‥‥ちなみに、異世界に転移すればわたしはあなたに‥‥加護を授けるわ‥‥力を、能力を、魔法を、ステータスをッ!』
「姑息な真似をするなッ!ただの口実だッ!俺を助けるフリをして‥‥お前らは、冒険させようとしているッ!‥‥口が酸っぱくなるまで言ってやるッ!」
闇系は不気味に微笑み、憎しみ皮肉を込めて口にする。
「俺は冒険はしない」
『‥‥勝手にしなさい』
伊藤花火が「現代の冒険はするもんじゃない‥‥作るものだッ!」と叫び、右手を握りつぶす仕草をすると、闇系の意識はブツリッと切れた。
僕のパーソナリティーが歪み始める。
怪獣の咆哮を聞いた日、闇系がテレビに映り始めた日、そもそも僕が無個性で生まれた瞬間から‥‥個性は‥‥パーソナリティーは歪んでいる。
入学儀式で配布された一つ折りの紙‥‥生き方が記された紙切れをクシャリと潰す。
【負けず嫌い】のリュカは、異世界にあるパーソナリティー学園の寮の一人部屋の自室で、月夜嫌夜を過ごしていた。窓の向こうにはとてつもなく大きな怪獣の影が浮かび上がっている。
自分たちは怪獣を別世界の子供の戯言として、フィクションとして楽しんでいたはずだった。
繰り返し天気予報しか放送しないテレビが何故か映す異世界の子供。
ただ、それだけのはず‥‥だった。しかし、闇系と名乗る子供が語ったことは予言のように‥‥予言よりも正確に信憑性を持ってして‥‥僕の世界を脅かす。
リュカは首をゆっくりと横に振る。
いいや、違う‥‥脅かしているのは世界じゃない‥‥僕とシンシアの関係性だッ!シンシアは‥‥僕の将来の伴侶シンシアは‥‥闇系を崇拝している。そして、シンシアがいなければ好きになってだろうと密かに想いを抱いていた【嘘が嫌い】なオーフェリアでさえ、闇系を崇拝している。あの二人の‥‥僕に見せたことのない高揚感に頬を赤らめた顔を思い出すと‥‥胸がつっかえるッ!
リュカは「クソッ!」と頭をクシャクシャにする。
訳が分からない‥‥この気持ちは‥‥このパーソナリティーは本当に僕のものなのかッ!
「適合率98%‥‥【負けず嫌い】のリュカ」
唐突な出来事だった。窓枠に一人の‥‥まだ幼い機械的な女の子が座っていた。
幾何学的なデザインの装飾は服装と云うよりも、女の子の体の一部のように緑色に発光している。
「君は?」
リュカが驚き口にした。
「わたしは【バックアップ】‥‥この世界のシステム管理代理人」
幼い機械的な女の子‥‥バックアップは無感情に答えた。
「‥‥意味が分からない」
リュカは突然、現れたバックアップにどう反応すれば良いか決めかねている。
バックアップが一つ折りにされた一枚の紙を差し出す。
「【負けず嫌い】リュカはこの瞬間を持って【勇者】リュカにパーソナリティーを書き換える‥‥この世界のバグ‥‥闇系とゆうバグにいち早く気づきし勇者よ」
リュカが一つ折りの紙を受け取り、中身を確認する。
名前:リュカ 性格:勇者 職業:勇者
設定:世界を在るべき姿に戻す導かれし勇者
読み上げたリュカは悟る。
「そうか‥‥僕は勇者になったんだな」と。
リュカが自然な動作で石床に膝まづく‥‥それは騎士の誓い。
「バックアップ様‥‥僕‥‥【勇者】リュカはあなたに導かれることを約束します」
バックアップが手の甲を差し出すと、リュカが口付けをする。
「【勇者】リュカ‥‥これから冒険に出ます‥‥まずは、レベル上げと仲間を揃えます‥‥行き先はバックアップが全て‥‥マップに印します。リュカは‥‥もう、何も迷うことなく‥‥作業のように‥‥行き先の決められたマップに従って‥‥冒険してください」
リュカが躊躇いなく返事をする。
「はいッ!」
「推奨レベルまで到達して、仲間を集め、武具を揃えたら‥‥とりあえず、闇系を‥‥殺しに行きましょう‥‥バグは‥‥消すのが手っ取り早いので」
「はいッ!」
怪獣が泣いた日。夜闇に紛れて一人の少年が冒険に出かける‥‥目的を疑問に思うこともなく、与えられた一つ折りの紙に書かれたパーソナリティーに従って‥‥。
「マスターとの交信不能‥‥命令に従って‥‥世界の異物を除去します」
勇者の後ろで幼い機械的な女の子がそう呟いた。




