#05 ソシャゲのコラボ嫌い
和泉光平と有栖川ハイドが小さな地方都市で一番栄えた駅の改札口を降りた。
正午過ぎ‥‥7月の街路樹は青々と茂り、雑居ビルが立ち並ぶビジネス街にまばらな雑踏。
『霧島隆聖、異世界ネーム【ウィンドウ】の確保のため』
そう早退届けに記入し、学生服のまま和泉と有栖川は周囲を見渡している。
達観した冷静な面持ちの和泉が口にする。
「探知魔法は?」
有栖川‥‥異世界ネーム【アリス】は探知特化型の斥候タイプの魔法使いで、魔王との最終戦局においても、和泉と同じパーティで活躍した。
「ゆわれるまでも!風を捕まえるのは‥‥あたし、得意分野なの!」
有栖川を中心に魔力の水紋が広がり、波は半径3キロを余裕で探知する。
気の強い活発な見た目の有栖川からは想像できない、繊細で器用な魔力に、和泉は「これじゃあ逃げようがないな」と呟く。
「‥‥風、いた!」
有栖川が力強く指をさすと、そこは雑居ビルの路地裏へ続く小汚い道。
「近くて助かる‥‥6限目には間に合いそうだ」
和泉と有栖川がウィンドウと‥‥闇系がいる路地裏へ向かう。その瞬間だった!
GYOOOOOYOOOOO!!!
雲よりも遥か上空‥‥と云うより空間‥‥と云うより世界そのものを揺るがす『何か』の咆哮が地方都市に響き渡った。和泉と有栖川は咄嗟に構えをとるが、あまりにも強大巨大な存在にすぐ無意味だと悟る。
「何が起きた?」
和泉が『何か』が存在する虚空を見つめる。
「わ、分からないわ‥‥風が、あのお調子者のバカが魔法を発動してすぐに、事態が起きたことは‥‥確かよ」
肩を震わせる有栖川が戦々恐々と答える。
「急ごう!」
二人は見つめ合い、魔王軍と戦いに行く気持ちを再現していた。
「ウィンドウッ!何をしているの!」
有栖川と和泉が路地裏にたどり着くと、ウィンドウと闇系があたふたさせて、あたふた、としていた。二人の来訪に気付いたウィンドウが、興奮した鼻息で叫ぶ。
「分からないのかいッ?怪獣はいたんだ!ボクの後輩‥‥闇系君の主張は正しかったんだ!」
和泉が状況を確認する。廃れた雑居ビルの路地裏‥‥落書きされた自動販売機‥‥ステンレス製のゴミ置き場‥‥何か‥‥何か‥‥巨大な‥‥鱗?爪?
和泉の脳の深部が『何か』‥‥そう忘れてはいけない『何か』の存在を必死に思い出そうとしている。しかし、記憶が書き換えられていく。思い出していけない、過去の記憶は‥‥時間軸と云う圧倒的な法則に削除されていく。
結局、和泉の脳は『とてつもなくデカイ何か』は、闇系と呼ばれる少年が云う『怪獣』だった‥‥と、認識をした。
「何故、怪獣が‥‥鳴いた?」
和泉が言葉を絞り出す。隣で有栖川がブンブンと首を縦に振る。
「それは‥‥知らないよ!闇系君の指示通りに、魔法を使ったら‥‥怪獣が鳴いたんだ!」
そこで、和泉と有栖川とウィンドウの異世界帰りの子供たちの視線が闇系に集中する。
ボサボサに伸びた髪の毛、小枝ほどの首手首足首、健康状態の悪い顔‥‥闇系はこう答える。
「百万!これは、百万再生を超えるぞ!怪獣が目を覚ました!俺がゆった通り‥‥怪獣はいつもそこに‥‥在ったんだ!」
最初に動いたのは有栖川だった。人差し指と中指を突きつけ、魔法を行使する。
「アクアシェル!」
ヒャハハハ!と笑う闇系の周囲大気に水のリングが浮かび上がる。
「闇系君は‥‥ボクの後輩は‥‥一般人だぞ!」
次に動いたのはウィンドウだった。小さな風の塊を有栖川の腹部に放つ。
「くはっ‥‥風!何様、殺すわよ?」
ミゾオチに風圧を受けた有栖川がキリリっと睨みつける。
「‥‥闇系君、逃げるんだ‥‥この二人は‥‥異世界の最終パーティーだ‥‥その、めちゃくちゃ強い!」
名前を呼ばれ首を傾げた闇系は「集団心理が留まれとゆうなら‥‥俺は逃げる‥‥北へ」と意味不明は言葉を残し、不健康な体で駆け出す。
和泉が悟すように、聞き取りやすい声で指令を飛ばす。
「有栖川は追いかけろ‥‥お互い目的を忘れるな!」
ウィンドウと睨み合っていた有栖川がペロリに上唇を舐めて、闇系の背中を追いかける。
「行かせないよ!」
ウィンドウがすかさず、魔法を行使しようとするが和泉光平が‥‥稲妻を落とす!
「上級魔法ッ!」
ウィンドウがフワリと体を浮かせ、寸前のところで稲光を避ける。
和泉がゆっくりとウィンドウに歩み寄る。
「あの少年‥‥闇系と呼ばれるYouTuberに何故、肩入れする?」
その身に風を纏った霧島隆聖‥‥異世界ネーム【ウィンドウ】が答える。
「コラボ相手だ!YouTuberは一度コラボした相手とは‥‥仲間になるんだ!」
和泉が「やれやれ」と首を振る。
異世界帰りの子供が現代に毒されるとこうも嘆かわしい危険な存在になってしまうのかッ!
「お前は想定していたか?」
和泉の前髪が逆立ち、パリッバリッと電流が起こる。
「こうして‥‥異世界帰りの子供同士で戦うことをッ!‥‥僕はしていたぞ!お前がYouTubeで遊んでいる間も‥‥ずっと!‥‥大人のゆうことを守って!」
路地裏に轟音閃光‥‥勝敗は明らかに雷。
人混みに紛れれば、そう考えて駆け出した闇系だったが、小さな地方都市に人混みはできなかった。アーケード通りもシャッター商店街になっており閑散。紛れることは不可能。
『どうして逃げたの?話せば‥‥理解しあえたはずよ!』
闇系の頭に巣食う【集団心理】の声が響く。ハァ、ハァ、走りながら闇系は頭の中で答える。
「コラボ相手が逃げろと‥‥ゆった‥‥それ以上の理由があるかッ!‥‥YouTuberは‥‥YouTuberは‥‥横の繋がりを‥‥大事にするッ!」
『‥‥勝手にしなさい‥‥すぐに捕まるわ』
集団心理がそう口にした瞬間、闇系の体は有栖川に抱き止められていた。
「フゴッ!」
闇系が有栖川の胸の中でフゴフゴする。ここは昼過ぎのアーケード通り、シャッター商店街に人影はなし。いたとしても、15歳にしては小柄な闇系と、17歳にしては発育の良い有栖川のその状況は歳の離れた姉弟が戯れあっているようにしか見えない。
「軽っ!あんた、飯食ってるの?」
有栖川が腕の中でジタバタする闇系に辛辣に問いかける。
「フゴフゴッ!」
必死に抵抗するが、魔法以前に‥‥健康状態の差で闇系は敗れる。闇系の体力はすぐに尽き、ぐったり力が抜ける。有栖川が闇系の体を支え、怪我をさせないように‥‥慎重に話しかける。
「ごめんごめん‥‥驚かせたわね‥‥怪獣?だっけ‥‥については‥‥あたし、専門じゃないの‥‥だから‥‥どうでもいいわッ!」
突然の告白に息を整えた闇系が答える。
「世界を終わらせる怪獣がどうでもいいだとッ!‥‥お前‥‥正気かッ!」
「正気よッ!‥‥いいえ、違うわね。異世界で3年も暮らせばみんな、正気じゃなくなるわッ!」
有栖川が堂々と宣言する。
「俺は正気だぞッ!」
返事になっていない返答をする闇系に、有栖川が首を傾げる‥‥この子はたぶん‥‥手遅れの子だ!あたしが人格をどうこう指摘するレベルの子供じゃないっ!
「いいわッ!闇系君‥‥あなたは正気‥‥あたし、正気じゃない‥‥認める‥‥そう認めた上で、お願いがあるの」
ガッツしと肩を掴まれた闇系に逃げる術はないが荒々しい口調で答える。
「お願いだとッ!‥‥お願いしたら‥‥不幸になるぞッ!」
有栖川は目を細める‥‥確かに、お願いをすればする程‥‥自分は不幸になっていった。
日常が退屈で異世界へ行きたいとお願いをした。異世界で強くなりたいとお願いをした。
そして、今‥‥異世界に戻りたいとお願いをしている。
それらのお願いを聞いてもらうために、小さくたわいもないお願いを‥‥コツコツ聞いてもらって‥‥でも、あたし‥‥不幸になったッ!
「女の子の心をえぐらないでッ!不幸になっても‥‥あたし、会いたい人がいるの‥‥異世界にッ!だから‥‥ほんの僅かでいいからッ!‥‥スマホを貸して欲しいのッ!」
有栖川の頬に伝うのは涙。闇系がギョっとする‥‥女の子の涙を見るのは、これが初体験!
「‥‥すぐ返せよ‥‥理由は聞かない」
懐から取り出したアイフォンを有栖川に差し出す。
「‥‥ごめんね」
有栖川はアイフォンを受け取ると、手をかざして異世界の言語を唱える。
有栖川の前髪が柔かく揺れて、その儀式はすぐに終わった。
「やっぱりッ!繋がっている‥‥闇系君のスマホは‥‥異世界にッ!」
「待ってくれッ!‥‥スマホがなくなると‥‥俺は‥‥正気を保てなくなるぞッ!」
有栖川がすんなりとアイフォンを投げ返す。
「‥‥繋がってるけど‥‥今は‥‥ただ、それだけ。術式は理解したから‥‥もう、大丈夫」
アイフォンを返してもらった闇系が「ケッ!」と鼻を鳴らす。
「これだけのために‥‥追い回すなッ!」
「逃げたのは闇系君じゃない。でもそのスマホ、異世界的、魔法的に‥‥安全とはゆえないわ」
「インターネットに繋がってる時点で‥‥安全なものなんてこの世にないッ!」
「そうゆう意味じゃないんだけど‥‥まあ、いいわ。何か、お礼をさせて。その欲しい物とかある?お金は‥‥心配しないで‥‥異世界帰りの子供たちは‥‥派遣社員よりお小遣いをもらっているからッ!」
闇系が渋い顔をする。
「‥‥タダでもらえる物は‥‥もらうッ!‥‥だがッ‥‥自分がしたことに‥‥見返りは求めない‥‥不幸になるからなッ!」
有栖川が呆れた様子で一息入れる。なんとなく、闇系と呼ばれるYouTuberの少年を理解できたような気がしたからだった。嘘がつけない子供‥‥もっと言うと、世界の嘘にも流されない、断固たる自分の世界を持っている子供。それが、有栖川が下した闇系に対する評価だった。
異世界で鍛えた他人を評価する目が‥‥正しいかは不明だが。
有栖川は闇系がYouTubeで人気な理由もなんとなく理解した。
自分の世界を持っている人‥‥どこか変態的な人に‥‥モニター越しなら‥‥惹かれるッ!‥‥リアルは無理でも‥‥モニターと云う檻の向こう側なら、カップラーメンをすすりながら‥‥楽しめるッ!
「そうゆえば、闇系君‥‥怪獣ってなんなの?」
闇系の背中が氷を落とされたようにピンと伸びる‥‥そして、その瞳が東京タワーよりも大きくて、スカイツリーよりも少し小さい怪獣を捉える。
‥‥怪獣は‥‥圧倒的な咆哮で、平和を脅かした怪獣は‥‥首が少し傾いただけで、まだ眠りについているようだった。
「怪獣は‥‥いるだろ‥‥いつも、そこにッ!」
有栖川は『とてつもなくデカイ何か』だと認識していた『何か』が、闇系の言葉を聞いて。
「あれ‥‥怪獣?‥‥嘘‥‥どうして、この世界‥‥現実世界にも怪獣がいるの?‥‥異世界にも‥‥巨神の像‥‥あれ?‥‥思考が‥‥ロックされてる?」
【闇系チャンネル】と【風のエルフチャンネル】のコラボによって起きた、怪獣の咆哮は異世界にあるパーソナリティー学園にも轟いていた。
授業中だった。その世界を揺るがす咆哮は、バロック調の石造りの学園の教室‥‥リュカの耳元にも届いていた。窓際にいたリュカは咄嗟に外を見つめる。視線の先には‥‥怪獣がいた。
「先生ッ!怪獣がいます!」
リュカの前の席に座る、学園で一番清く正しいオーフェリア【嘘が嫌い】が立ち上がり大声で叫ぶ。個性を与えられたばかりの教室の子供たちがざわざわ、と騒ぎ始める。
リュカの隣に座る【素直な良い子】のシンシアが不意に漏らす。
「‥‥闇系様のゆっていた怪獣」
リュカは強烈な違和感を覚える‥‥闇系を娯楽と断じていた将来の伴侶、シンシアが何故‥‥闇系“様”と‥‥?
「シンシア‥‥」
リュカがその真意を聞こうとした瞬間、黒板の前に立つ先生が両手を二度叩いた。
「皆さん‥‥先生も確かに‥‥ずっと『巨神の像』だと聞かされ、当然にそこにある物が‥‥咆哮を耳にした今‥‥もしかして、あの大きな像は‥‥流行りの怪獣だったのでは?‥‥そう、疑問に思っています」
丸メガネで長髪の先生が落ち着かせるように優しい声で続ける。
「しかし‥‥例え、怪獣であっても‥‥我々のパーソナリティーは‥‥紙切れ一枚だけ‥‥人間、それで‥‥十分ッ!‥‥この世界はそう仕組まれているのです‥‥怪獣は‥‥怪獣は‥‥分かりません‥‥分からないが、我々の暮らしには‥‥影響ないッ!」
コホンッ、と先生のわざとらしい咳を合図に生徒は静まり‥‥いつも通り、授業は再開された。【負けず嫌い】のリュカは平静を装いながら‥‥“様”?ってなんなんだ?何で、こんなに胸につっかえるんだ?
隣の席のシンシアに目をやるが、彼女はいつも通り無個性で、自分と同じで個性を学んでいる途中の学園の生徒だった。
リュカにとって怪獣は‥‥先生の言う通り、影響はない‥‥しかし、将来の伴侶が闇系“様”と呼ぶのは‥‥あの、一つ折りの紙に書かれた下半分のパーソナリィーが‥‥揺らぐッ!
リュカは‥‥無個性のはずのリュカは‥‥嫉妬する。
その小さな憎しみはリュカの【負けず嫌い】によるものかは今はまだ分からないが‥‥リュカは異世界で初めて‥‥闇系に嫉妬したことは確かだった。
その夜、パーソナリティー学園の寮の一階フロア、サロン室は学園生徒で賑わいを見せていた。つい先日までは、無個性で言葉数少なかった子供たちは、紙切れ一枚の個性を与えられて、それぞれ違った反応を見せるようになった。
その違いが会話を生み出す。話題の大半は怪獣と闇系についてだ。
リュカと将来の伴侶シンシアと、最近よく一緒にいるオーフェリアもサロンの一角に腰をかけてブラウン管タイプの古いテレビを見つめていた。リュカは隣でオーフェリアと授業の復習をするシンシアに、闇系“様”の真意について聞けずにいた‥‥時を置いてみれば、大したことでもないように思う‥‥自分が気にし過ぎかも知れない。
リュカが悶々として気を紛らわすようにテレビを見つめいていると、いつも繰り返し放送している天気予報にノイズが走り、画面が切り替わった。
「‥‥ザッ‥‥ザーッ‥‥‥‥闇系チャンネルの時間です」
サロンに勢揃いしていた生徒たちが息を呑む‥‥それは、緊張も含んでいる。
リュカは闇系の声を、その不健康そうな顔立ちを見て‥‥やはり、自分の胸のつっかえが偽りでなく‥‥正真正銘の感情だと知る‥‥そう、リュカは苛立っていた。
「あのさ‥‥」
リュカがシンシアに自分の思いの丈を告白しようとする。
闇系に“様”つけるの、おかしくないか?
ただ、その言葉は舌の上で乾燥して出てこなかった。
シンシアは‥‥将来の伴侶シンシアは‥‥両手を結び、ブラウン管テレビに映る闇系を‥‥熱い‥‥リュカには向けられたことのない‥‥熱い視線で見つめていたからだ。
リュカは胸が‥‥つっかえていた胸が‥‥より、つっかえるッ!
思わずシンシアから目を逸らすと‥‥あの【嘘が嫌い】なオーフェリアも、熱い‥‥尊敬の眼差しを闇系に向けていた。リュカが立ち上がり、サロンを見渡すと‥‥殆どの生徒が‥‥闇系を‥‥闇系の一字一句の言葉を‥‥表情を‥‥追いかけていた。
「待て待て待てッ!こんなの‥‥僕たちのパーソナリティーには‥‥ないぞッ!」
不意に古いブラウン管テレビから怪獣の咆哮が聞こえる。
闇系のコラボ相手が‥‥怪獣に攻撃魔法を行使した結果だった。
「狂っている‥‥怪獣に魔法を使うなんてッ!‥‥そして、何故それを‥‥怪獣を起こすかも知れない‥‥世界の危機的状況をッ!‥‥最近まで無個性だったお前たちは‥‥そんな熱い眼差しで‥‥見ていられるんだッ!」
リュカの叫びは無個性の生徒たちには届かない。
「‥‥どうして‥‥『巨神の像』だと教わり‥‥ただそこに在ると思っていた『何か』が‥‥怪獣だと理解できなかったんだ?‥‥どうして、別世界の怪獣と‥‥瓜二つ‥‥いや、たぶん存在そのものまで‥‥一緒なんだ?」
異世界に一人だけ‥‥違和感に気付く者。
【負けず嫌い】リュカの英雄譚の始まりが、闇系への嫉妬からだったとは誰も知る由もない。




