#04 子猫・タガメ・メントスコーラ
引きこもっていればきっと訪れなかった未来!
闇系は怪獣の足元の近くに立っていた。小さな地方都市のビジネス街のど真ん中に存在する東京タワーよりも大きくて、スカイツリーよりも少し小さい怪獣。
そんな危険!そんな生命を脅かす危険が在るにも関わらず、夏の雑踏も蝉のツンツクも日常の惰性に動いていた。あぁ、世界は狂ってしまった!
パーカーを深く被った健康状態最悪細身の闇系が往来の中で嘆く。
真近で見ると圧倒的に怪獣‥‥ゴツゴツした黒光りの鱗に、二足指の先には鋭利な爪。見上げれば岩の塊のような胴体に、そこから伸びる二本の短い腕。顔は‥‥胸部の影に隠れて見えない。どこからどう見ても怪獣!誰がどう見ても怪獣!
半年前、現れた怪獣。今思うと現れたと云うより、認識したと云う方が正しいかも知れない。
往来する雑踏は明らかに‥‥怪獣を認識していなかった。建造物でさえ、怪獣の巨大な足の近くに並び建ち、あの警戒心の強いカラスでさえ怪獣の胴体で休憩している。
闇系は部屋から出て、怪獣を見上げて初めて気付く。
怪獣は遥か昔からここにいたんじゃあ無いのか?
俺が気付いていなかっただけなんじゃあ無いのか?
他人はまだ気付いていないだけなんじゃあ無いのか?
闇系は懐からスマホを取り出し、マイク口を唇に当てた。
「闇系チャンネルです‥‥俺は今‥‥足元に来ている、怪獣の!行き先のない雑踏と鳩の糞の匂いを感じて‥‥俺は怪獣の真近に来てしまった!成り行き‥‥そう、運命以上のいたずらな成り行きで、来てしまったッ!理由は‥‥あるッ!これから、あの【風のエルフチャンネル】とコラボが決まった‥‥俺は怪獣が恐くても‥‥コラボはする‥‥YouTuberは、オカルトや警察‥‥時には法律さえも‥‥恐れないッ!」
『ルールは守りなさい』
闇系の頭の中に巣食う【集団心理】が、親が子供を諭すように言う。
「俺はルールは破っても、モラルは‥‥守るッ!」
『勝手にしなさい‥‥いい加減、遅れるわよ』
「うるせえ、集団心理!俺は‥‥時間を見ているぞ!その時まで‥‥まだ、少し余裕がある」
闇系の頭の中で集団心理の嘆息が聞こえる。
「やあ、闇系君!ボクはウィンドウさ!よろしくね」
怪獣の足指爪先にある軽食店の一角に闇系とウィンドウは座っていた。
カコンッ、とテーブルに置かれたレモネードの氷が音を鳴らす。
「‥‥よろしくっす」
パーカーを深く被った闇系が首を前に出す。
「アハハ!いいね、YouTubeで見たままの、人間不信!社交力のなさ!反抗期では言い表せられないぐらいの目つきの悪さ!異世界にも闇系君みたいな絶望的な子供はいなかったよ」
「ウィンドウさんは日本人離れした鼻顎の整い方、サラサラの金髪に碧眼の瞳‥‥魔法なんて手品ショーじゃなくて、美容系の方が伸びるんじゃ無いっすか?」
ジャズが流れるモダンな店内に客は、闇系とウィンドウしかいなかった。
「美容系はボクも‥‥考えた。でもね、美容系は‥‥マッチョには勝てない!だから、ボクは魔法系YouTuberになったのさ」
ウィンドウが指先を鳴らすと、グラスに入ったレモネードに渦を巻き、竜巻になって宙に浮かぶ。闇系はレモネード混じりの小さな竜巻を見て、驚愕はしない。むしろ、関心する。
「あれれ、闇系君ならもっと驚いてくれると思ったんだけどなー」
「【風のエルフチャンネル】がCGだったら‥‥絶対に毎日、投稿できない‥‥CGは‥‥3Dは‥‥めんどくさい!だから、必然的に実写!現実に魔法が使える‥‥と思ってました‥‥手品は嘘です」
「流石だ!そうさ、CGも3Dもめんどくさい!日本でボクの魔法のような動画を1分作ろうとすれば500万はかかるだろうね」
闇系は目の前で風を操る男を嫌いではないと思う。
世間ズレした空気の読めなさや、浮世離れしたヴィジュアルはまさにYouTuberに相応しい。
俺は今日、コイツを喰らい‥‥チャンネル登録者数を増やすぞ!
ウィンドウが両手をパンッと叩くとレモネードが元のグラスに落ち着く。
「炭酸は抜けたけど、まあいいだろう‥‥それで、今日のコラボ内容なんだけど。ボクの動画では、闇系君と‥‥対談をしたい」
「誰とコラボしても、だいたい話す内容が同じになって、どちらも得をしない、知名度だけでYouTuberになった奴らがよくやる‥‥あの対談ですか?」
「そうだよ、大食いと同じで何の変化がなく、一部の熱狂的なファンも義務的に最高でした!とコメントするしかない‥‥あの対談だ!」
闇系は椅子にもたれかかり、力が抜ける。
チャンネル登録者数36万と40万が初コラボでやることじゃない‥‥売れてない声優ラジオで早口言葉対決を聞かされるようなものじゃ無いか!
「ぐっ‥‥うぐぐぅ」
闇系が頭を抱えてうめき声を上げる。
いくらチャンネル登録者数では負けているとは言え‥‥やってもいいのか‥‥対談!
「闇系君、心配しなくていい。ボクは顔が良いッ!だからコメントがチアホヤしてくれる女の子が‥‥もしかしたら系女子が‥‥盛り上がってくれる!だから、心配せずやろう‥‥対談!」
闇系はブワッと顔を上げる。
‥‥確かにそうだ、目の前の男は‥‥顔が良い!そんなYouTuberには自然と、もしかしたら仲良くなれるかもと思っている女の子が‥‥たくさん見てくれる!
「分かったッ!やろう、対談!」
こうして、【闇系チャンネル】と【風のエルフチャンネル】のコラボが決まった。
「ヒュルルルル!どーも。ウィンドウです。今日はなんと、あの話題彷彿中のYouTuber【闇系チャンネル】さんとコラボです!」
「‥‥闇系チャンネルです‥‥よろしくっす」
「こちらこそお願いします!で!初コラボとゆことで、まだお互いのことあまり知らないので‥‥ちょっとした対談をしたいと思います!視聴者さんもボクや闇系さんがどういった人か知らない人も多いと思うんですよねー」
「ま、そっすね」
「闇系さんはボクに聞きたいこととかありますか?」
「異世界にどうやっていったんすか?」
「あ、やっぱり気になるよねー。世間一般的には【昏睡事変】って呼ばれているんだけど‥‥あの、16歳の男女400人が突然、気を失って倒れた事件ね。実はあれって魂がね、異世界に転移していたんだ‥‥ボクらの魂は3年幾月余り、異世界で暮らしていたんだよ」
「そこで魔法を覚えたんすか?」
「そうそう‥‥魔法以外にも戦い方や、生活の知識や‥‥ま、3年もいたんだ。色々、学んでこの世界に帰ってきたよ」
「戦い方って‥‥魔物でもいたんすか?」
「うん、いたね。魔物・魔族・魔王‥‥ボクらの敵さ‥‥っても、ボクの風魔法は補助ぐらいしかできないからね、前線で戦ってはいなかったけど‥‥まあ、部活みたいなもんさ。夏の大会で全国優勝を目指すように、ボクたちは3年幾月で魔王を‥‥討伐した」
「魔王を倒して魂が現実に戻ってきた‥‥そしたら魔法が使える?」
「そうだよ‥‥ボクたち異世界帰りの子供は‥‥ピストルよりも強い」
「‥‥その整った顔も魔法ですか?」
「いや、これは生まれつきさ。ボクはハーフだからね」
「怪獣についてどう思いますか?」
「え、怪獣?あぁ、闇系君が『怪獣って呼んでいる』ただ『とてつもなくデカイ何か』のことか‥‥YouTube楽しく見させてもらっているよ‥‥でも、怪獣なんていないんじゃないかな‥‥とてつもなくデカイ何かは、とてつもなくデカイ何かだよ‥‥怪獣じゃない」
「‥‥とてつもなくデカイ何かが、動き出し暴れたら‥‥どう思います?」
「えぇ!動かない、動かないって‥‥酔狂だね‥‥ま、とてつもなくデカイ何かが暴れたら‥‥そりゃ、闇系君の主張通り‥‥世界は終わりさ!だって、あんな大きな何か、異世界帰りのボク達でも‥‥勝てないよ」
「‥‥そっすか」
カランコロンッ♪ 軽食店のドアが鐘を鳴らすと、7月の日光が容赦なく照りつける。
昼過ぎだった。闇系はウィンドウに奢ってもらったアスパラ入りのパスタに、久しぶりに母親以外の料理を食べたと思っていた。
「闇系君、楽しかったよ‥‥実は異世界の話を動画にしたかったんだけどね‥‥ほら、そうゆう自分語りすると、波風がたつでしょ?闇系君のようなサイケデリックな後輩に聞かれて答えるって方が自然だと思ってね」
闇系は「けっ!」と吐き捨てる。途中から気になっていたのだが、どうして【風のエルフチャンネル】とコラボしている自分が聞き役に徹しないといけないのか‥‥利用されている!と、苛立っていた。
「‥‥パスタ、美味しかったんで」
パーカーを深く被った闇系が素っ気なく答える。しかし、態度とは裏腹‥‥闇系はウィンドウのことを気に入っていた。空気の読めなさは学ぶべきとも思っていた。
「それで、【闇系チャンネル】では何をするんだい?」
「え!?」
闇系は驚愕する。魔法を披露されても驚かなった闇系だが、ウィンドウの提案に驚き、一歩二歩と後ずさる。
「コラボだよ?ボクのチェンネルでは対談をした‥‥闇系チャンネルの動画を撮ることは‥‥当然だと思うんだけど」
ヘラヘラとウィンドウが口にする。そうか‥‥コラボは普通‥‥そうだッ!
「当然‥‥そう、当然‥‥考えている!」
「本当?その割に、焦っているように見受けられるけど?」
闇系は必死に企画‥‥YouTube映えする企画を思案する‥‥しかし、すぐに思い付かない。対談‥‥大食い‥‥ジェンガ‥‥。知名度だけでYouTuberになった企画力皆無のチェンネルの、あの地獄のように面白くない動画が連想、紐付けされてしまう。やめろ‥‥俺は企画するぞ!絶対に激辛ペヤングなんて食わないぞ!もちろんタガメも食わない!
「‥‥魔法‥‥そう!魔法を使って‥‥何かしたいッ!」
頭をフル回転させて絞り出した案にウィンドウが爽やかな笑みで応える。
「うん、いいよ‥‥一緒に空でも飛ぶかい?出来れば、目立つことは避けたいんだけど‥‥コラボでNGを出すほどボクは‥‥嫌な奴じゃない‥‥闇系君の企画に乗るよ」
魔法使いが俺に乗ってくれる。それなのに俺は何も考えてきてなかった‥‥後悔!
しかし、この瞬間、企画さえ思いつけばまだ取り返せる‥‥コラボと云うチャンスを!
わざわざ、怪獣の足元までノコノコやってきたのだ‥‥面白い動画‥‥再生数とチェンネル登録者数が伸びる動画を撮らないと‥‥損ッ!
‥‥怪獣?近くに怪獣がいる‥‥魔法‥‥コラボ?
『やめなさいっ!それだけは絶対にやめなさいっ!!!」
頭の中に巣食う【集団心理】が思案に割り込んでくる。
『その思い付きは‥‥危険‥‥モラルにも反する‥‥はずよ‥‥あなたは迷惑系YouTuberじゃない‥‥そうでしょ?だから‥‥その思い付きはやめなさい!」
ズキズキと頭の中で響く言葉を闇系は‥‥無視する!無視しなければ‥‥公園でメントスコーラーをするしか‥‥無くなるッ!それだけは避けないと‥‥死ぬ、YouTuberとして。
『メントスコーラーも工夫次第で面白くなる‥‥そうだわ!ペットショップに行きましょう!美少年と動物の子供!伸びない理由がないわ!』
闇系が口に出さず、頭の中で反論する。
「うるせえ、集団心理!お前らは動物と食い物とアイドルのことしか考えていない‥‥俺は‥‥子猫にはなれねえ‥‥やるッ!やるしかないッ!例え迷惑系と呼ばれ、炎上しようとも‥‥面白いかも知れないとゆう可能性を感じたらやるしかないだろッ!YouTuberって生き方は!」
『最後の忠告よ‥‥や・め・な・さ・い』
闇系はゆっくりと首を横に振った。
「ウィンドウさん‥‥魔法を使って‥‥出来れば威力の高い魔法で‥‥怪獣の足元‥‥いや、怪獣の小指先辺りへ‥‥ぶっ放してもらっていいですかね?」
ウィンドウはキョトンとしたが、すぐに持ち前の爽やかで口にする。
「アハハ!いいよ、いいよ!ボクは NGしない。怪獣?の小指?それがどこを指すのかは理解不明だけど‥‥闇系君はコラボ相手だ‥‥指示に従うよ!」
「‥‥あざます」
怪獣の小指は路地裏になっていた。雑居ビルの群れの中にできた空白地帯。
スプレーの落書きがされた自動販売機とステンレスのゴミ置き場。日差しが届かず、コンクリートのひんやりとした冷気が頬を撫でる。怪獣の小指は雑居ビルより少し小さいだけ。それほど大きな怪獣の小指の真下に、闇系とウィンドウは立っていた。
「‥‥ウィンドウさん、どう思いますか?」
「どうって‥‥とてつもなくデカイ何かだよ?それ以上も以下もない」
「‥‥ここに魔法を‥‥威力の高い魔法で攻撃したら‥‥どうなると思いますか?」
「え?そりゃあ‥‥山に向かって魔法を放つようなものさ‥‥もし所有者がいたら、怒られるだろうね‥‥まあ、とてつもなく大きな何かに所有者なんかいないだろうけどさ」
闇系はフゥ、フゥ、呼吸を整える。もし、怪獣が目を覚ましたらこの動画は‥‥伸びる!
もっと言うと、いち早く怪獣をネタにしてきた俺の動画、チャンネルは爆発的に伸びる!百万も夢じゃない‥‥手が届く。
『どうして‥‥わたしのいう通りに動いてくれないの‥‥あなたは一体なんなの?』
忠告を諦めた【集団心理】は愚痴虚無な言葉を繰り返していた。闇系にその愚痴は‥‥届いてないない。懐からアイフォンを取り出し、闇系が自分を映す。
「闇系チャンネルの時間です‥‥今日は‥‥怪獣の小指に魔法を使ったらどうなるか‥‥検証していきたい‥‥怪獣は生きている‥‥生きている以上‥‥小指は痛えだろッ!今日はそれを試す‥‥初めての屋外撮影‥‥初めてのコラボッ!」
闇系がアイフォンをウィンドウへ向ける。
「ヒュルルルル!風のエルフチャンネルのウィンドウです‥‥今日は後輩の闇系君のために一肌脱ぎにやってきました」
ウィンドウが両手の平で小さな竜巻を起こす。
「先輩が‥‥怪獣の小指に‥‥魔法で攻撃してくれる‥‥それで怪獣は‥‥目覚めるか‥‥目覚めたら世界は終わるのか‥‥早速、やってみます‥‥」
闇系が大きく頷くと、それを合図にウィンドウが両手の竜巻を合わせて、大きな旋風を巻き起こす‥‥震え浮かび上がるコンクリートの断片小石が旋風に飲まれると、スパスパと切り刻まれていく。
「闇系君しっかり撮ってね‥‥これがボクの最大火力‥‥トルネドシュートだ!」
圧縮された旋風が一本槍のように突進し、怪獣の小指に突き刺さる。刺さった箇所を中心に、ズバズバズバッと虫を潰したような音をたてる‥‥それは間違いなく、血の通った生物の音ッ!闇系が思わずパーカーを脱ぎ、怪獣の反応を見守る‥‥小指だろ、そこは?だったら‥‥飛び上がるだろッ!痛くてッ!
魔法が落ち着いて十秒ぐらいだった。
GYOOOOOOOOOOYOOOOOOOOO!!!!!!
怪獣が吠えたッ!




