#03 Googleは国家より権力が強い
校長室の応接スペースで、和泉は校長先生と向かい合っていた。テーブルの高級な茶菓子は異世界でも見たことのない、どこか遠く異国の香りを漂わせていた。
懐柔されている。自分は、校長とその、バックに潜む国に、飼い慣らせられようとしている。魔王討伐の最終パーティであった和泉の専門は魔法‥‥。国家が一番欲しい、現実世界には余る程の理不尽な力だった。
それを和泉は理解している。理解した上で、大人に魔法的な協力をしちえいる。
最善策‥‥異世界帰りの子供と、現実の大人達の衝突‥‥戦争を防ぐためには、自分のような子供が大人側について、抑止力になるしかない。
和泉がこの学校に転校して、早々に導き出した答え、行動指針だった。
「いつもありがとう‥‥和泉君がいてくれて本当に助かるよ」
陸上自衛隊出身の校長先生が頭を深々と下げる。
贅肉の無駄のないオールバック。50代とは思えない、肌はりの艶。ダンディの代名詞のような大人。和泉が抱く校長先生はそんな感じだった。
「いえ、用件を聞く前に頭を下げられても困ります」
和泉は冷静に言葉を選ぶ。大人に頭を下げられて舞い上がるような子供ではいけない。自分の能力が、魔法が‥‥現実世界のバランスを崩しかねないと想像できている。
「和泉君の分析能力が高くて良かったよ。子供は大人に褒められるとすぐに‥‥調子に乗る!」
校長先生がニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。
「その肯定も褒め言葉‥‥僕を舞い上がらせようとしている。いや、素直に受け取ります。これ以上は‥‥水かけ論になるでしょう」
「そうだね、私たちが君に利用価値を見出すぐらい評価をしていることが伝わればいいんだ」
「また、イジワルを‥‥お互い、目的は同じ。無意味な争いはしたくない‥‥でしょ?」
「そうだ‥‥無駄な血は流したくない」
校長先生の表情は真に迫るものがあった。その表情は和泉にも覚えがある。
戦争‥‥。
異世界の戦争も現実世界の戦争も‥‥無駄な血しか、流さない。
和泉と校長先生は無駄な血を、この目その目で見て記憶している。だから、利害は一致する。
「それで、今日は?」
和泉が切り出す。茶菓子を一口頬張ると、香りと同様、初めて口にする味だった。
「霧島隆聖の居場所が分かった‥‥彼は、【風のエルフチャンネル】とゆう名前でYouTubeをして、あろうことか‥‥!魔法を動画にして、再生数を稼いでいた」
「霧島隆聖‥‥異世界ネーム【ウィンドウ】‥‥風ですね。異世界では、面識がなかったのですが‥‥YouTubeで魔法を配信する、そんな大胆な事を」
「そうだ‥‥この学校から逃亡し、行方知れずになっていた生徒が、YouTuberになっていたのだ‥‥チャンネル登録者数は40万‥‥盲点だった」
和泉は頭を抱えて嘆息を吐き捨てる。魔法を公表してはいけない。異世界帰りの子供達は、漏れなく全員、国と契約書を交わしてるはずだ。
「それなのに‥‥何故‥‥しかも、YouTubeなんて」
「子供なのさ‥‥自分の特別を披露して‥‥承認欲求を満たしたいだけの!」
「校長先生の権力‥‥人脈とかで、チャンネルを削除できないのですか?」
「相手はGoogleだぞ!Googleは‥‥一国家よりも、権力が強い!トランプでさえ‥‥Googleに口を塞がれた!」
和泉が現実世界で眠っていたのは、たかだか一週間だが、異世界を冒険していたのは3年。異世界にはインターネットはなく、その手の事情はどこか疎くなっていた。
「削除が難しいとなると‥‥本人を説得するしかなさそうですね」
校長先生がわざとらしく「うむむ」と喉を鳴らす。
「申し訳ないのだが‥‥警察はまだ、魔法に対応できない。もし、事故が起きて怪我人が出たら、霧島隆聖にも良くない事が起こる。だから、和泉君にお願いしたい‥‥異世界のプロフェッショナルとして‥‥」
「僕が協力するのは無駄な血を流してくないからです。持ち上げても、僕は国家には屈しない」
「そうだ、それでいい。利害の一致で和泉君が動いてくれたら、我々‥‥国も‥‥助かる!」
和泉は立ち上がり、腰に手を置く。
「買い被り過ぎですよ‥‥近くに、異世界の子供達が反乱するでしょう‥‥その時は、僕では手が足りない」
「もちろん、和泉君ばかりに負担はかけない‥‥金、権力、非合法な手段を持ってして、生徒を懐柔しているから‥‥どうか、我々も最善は尽くしていると、覚えていて欲しい」
「血が流れなければ」
和泉はそう言い残して、校長室を後にした。
和泉がビジネスホテルをそのまま寮にした自分の部屋に戻ると、エルザとその友達の有栖川ハイドがパジャマで居座っていた。有栖川は長い髪の女の子で、いつも口をへの字にしているエルザの無表情とは違う無愛想だった。
「おかえりなさい」
エルザがそのクリクリとした大きな瞳で口にする。
「うん、ただいま」
和泉が上着を脱ぎながら自然に口にする。
「ねえ、光平‥‥アリスが‥‥有栖川さんが、お願いがあるって」
異世界ネーム【アリス】優秀な探知能力を持つ斥候タイプの魔法使いだった。
「イズミ‥‥率直にゆうわね。あたし、異世界に帰りたいの!知っているでしょ?イズミのように現実世界に溶け込む派、ハナビのように現実を異世界に変えようとしている派‥‥そして、あたしのように異世界に帰りたい派」
有栖川がグイッと和泉に顔を寄せる。
「学校がこの三つの派閥に分かれているって!」
和泉は眉間にシワを寄せて肯定する。
「あぁ‥‥お前達、【異世界に帰りたい派】は現実で争うことを望んでいないだろう‥‥今更、望みなんて‥‥もしかして、異世界に行く方法が?」
和泉が言葉の途中に思い付き、シワを更に深くした。
「‥‥まだ、分からない。でも、見つけたの‥‥異世界と繋がっている特異点を!」
「そんなものあるわけ‥‥」
和泉が首を振ると、有栖川がスマホを押し付ける。
そのスマホのモニターにが、YouTubeの【闇系チャンネル】が映し出されていた。
「‥‥まだ、理由は分からない。でも、この【闇系チャンネル】に接続すると、極僅かに‥‥あたし達の体内で生成される魔力とは違う‥‥異世界の魔力を感じる」
「繋がってるのか?」
「分からないって‥‥でも可能性がある。そして、近い内に【闇系チャンネル】は、特別支援高校を逃亡した【風のエルフチャンネル】のウィンドウと接触することが分かったわ」
和泉は思わず、有栖川の肩を掴む。
「どうしてそれを!」
すかさず、エルザが間に割り込んでくる。
「接触禁止‥‥アリスの好きな人‥‥異世界にいる」
すまない、と呟き和泉は手を離す。
「そう、あたしは好きな人に会いたい。だから、協力して‥‥【闇系チャンネル】と話をさせて欲しいの」
「そもそも、【闇系チャンネル】とウィンドウが接触するなんて、どこから情報が‥‥?」
和泉が疑問を口にすると、有栖川がスマホを操作してTwitterの表示させる。
「ほら、ウィンドウのTwitterアカウントに『あの闇系とコラボ決定!明日、撮影してきます!』って書いてあるでしょ?」
承認欲求を満たしたいだけの子供。和泉が真っ先に思った事だった。
異世界にあるパーソナリティー学園では、古いブラウン管テレビに映し出された【闇系チャンネル】の話題一色であった。学園入学してすぐに、別世界の子供が語りかけてきたのだ。
しかも、その内容はあまりにも鮮烈。どうやら、自分たちの暮らす別の世界では、大きな怪獣が堂々と眠っているにも関わらず、闇系以外の人間は認識をしていないようだった。
だから、闇系は訴え嘆く‥‥その芯に迫る形相は、少し前まで無個性だった学園生徒では演じられない芝居だった。
学園で一番、清く正しいオーフェリア【嘘が嫌い】が、先生に尋ねたところ。
「学園とテレビの番組は関係ありません‥‥そもそも、その【闇系】が何か訴えようが、学園生徒のパーソナリティーは変わらないでしょう」
とのことだった。生徒の間では、学園の隠し試験や、魔王復活の兆しや、神様のお告げなど。
色々なパーソナリティーが発想した噂が取り沙汰されたが、真意は分からなかった。
パーソナリティ学園の敷地内にある公園のベンチで、【負けず嫌い】のリュカと【素直な良い子】のシンシアが手を握り話をしている。
「リュカは闇系のことどう思う?」
肩にかかる長さのブロンドヘアーのシンシアが口にする。
「‥‥悪魔‥‥そう、悪魔だと思う。無個性な僕たちが‥‥紙切れ一枚で、決められた個性を揺るがす‥‥悪魔の囁き!」
リュカが神妙に答える。その手を握るシンシアが力強く言う。
「違うわ‥‥私たちはもう‥‥無個性じゃない‥‥紙切れ一枚でも、個性は‥‥芽生えたのよ!」
「なら、シンシア教えてくて!‥‥個性ってなんなんだ?」
「‥‥リュカ、じゃあ逆に教えて。それを知ってどうするの?」
「だって‥‥」
「ごめん、質問を変えるわ。無個性に戻りたいの?私たちは、芽生えたのよ‥‥個性が!闇系が悪魔的に囁こうが‥‥もう捨てられない、個性を!」
リュカは喉を詰まらせる‥‥そう、僕たちは個性を揺るがしてはいけない。
「そうだ、僕は【負けず嫌い】のリュカだ!そして、シンシアは僕の未来の伴侶だ!その真実を揺るがしてはいけない」
シンシアがリュカの肩にもたれかかる。
「うん、それでいい‥‥きっと。闇系は‥‥娯楽‥‥そう、ただの娯楽よ!本気になるだけ損をするフィクションよ!」
「そうだ、その通りだ!‥‥僕はどうかしていたよ!」
リュカとシンシアは今日も紙切れ一枚の個性を大切にする。しかし、闇系の悪魔的な囁きは喉に引っかかる魚の小骨として‥‥学園のどこかで息を潜める。




