#14 【VTuber】デイジー・ベル【初めて歌ってみた】
そこは【初まりの世界】にあるパーソナリティー学園の学生寮のサロンであった。
早寝早起きが得意な学園生徒は寝静まり、気配はサロンになく、地面のない深淵のようにシンシンとしていた‥‥そのせいで、サロンでハイテンションに動画撮影をする【素直な良い子】のシンシアと【嘘が嫌い】なオーフェリアの声は、閑静な住宅街のど真ん中にあるダンスバーのように場違いに響いていた。
「素直な良い子‥‥でも時に悪い子プンプン♪‥‥妹のシンシアでーす♡」
無個性で特徴のないシンシアが3オクターブほど高い声で可愛く振る舞う。
「嘘が嫌い‥‥でも時には嘘つきエヘンッ♪‥‥姉のオーフェリアでーす♡」
同じく、無個性で特徴のないオーフェリアが大人っぽく振るまう。
サロンのクッションに深々座り、闇系は自分が考えた地下アイドルのような自己紹介を見て、吠えるッ!
「ダメだッ!‥‥全然、ダメだッ!‥‥お前達からは‥‥数字の匂いがしないッ!」
二人を撮影していた前髪の長い琴吹彩夏【アヤカ0602】がスマホの動画を止めて、身を下げる。嘘が嫌い】なオーフェリアが首を傾げてこう話す。
「その‥‥闇系様‥‥数字の匂いとはどうすれば‥‥演じられるのでしょうか?」
隣のシンシアも大きく頷く。ちなみに、二人は紐のついた布地のシャツに着替えていた。
‥‥制服は‥‥あざといから‥‥ダメだッ!‥‥埋もれるッ!とは、闇系の談である。
「演じるッ!?‥‥いや、確かにYouTuberは演じるッ!‥‥俺だって‥‥【闇系チャンネル】を演じ‥‥演じているうちに闇系に喰われたッ!」
シンシアがボソリとこぼす。
「‥‥闇系様のゆっていることは難しいわ‥‥やっぱりわたし達、無個性に‥‥ユーチューブなんで無理なのかしら」
寝床を用意する代わりに、YouTubeをやってみたい。闇系のように、人々を魅了する個性を演じたい‥‥二人の秘めた願いはこうしてお披露目され、今に至る。
Wi-Fiに繋がり、電気水道のインフラも整備されており(充電器はアヤカが持っていた)ここにきて寝床ッ!とこれば、闇系に断る理由はなかった。
学園の校門前から、サロンに移動しもう6時間‥‥闇系はYouTubeを教えることに苦労していた。足りない‥‥何かが‥‥足りてないッ!
【嘘が嫌い】なオーフェリアが肩を落とす。
「‥‥闇系様‥‥そもそも、わたしは【時には嘘つき】ではありませんわッ!」
【素直な良い子】のシンシアも後を追いかける。
「そうですッ!‥‥わたしも【時に悪い子】ではありませんッ!」
闇系が不健康そうな細身で小柄の体をうねらせる。
「うるせえッ!‥‥個性なんてキャッチーさがあればどうでもいいだろッ!‥‥そもそも、キャラクター性を断言するなッ!‥‥絶対に、後から辻褄が合わなくなって‥‥苦労するッ!‥‥ラノベ作家はそれで年間30人亡くなっているッ!」
オーフェリアがムッ!として、反論する。
「個性は置いておいても‥‥わたしとシンシアは姉妹じゃありませんッ!‥‥学友ですッ!」
「そうよ、そうよッ!」
「とりあえず姉妹ってゆっておけば‥‥伸びるッ!‥‥姉妹はそれほど‥‥人気ジャンルだッ!」
意気消沈気味のシンシアが「結局ッ!」と強く口にする。
「何がいけないんですか?‥‥わたし達はゆわれた通りに‥‥演じていますッ!」
「なんつーかなぁ‥‥ココロ‥‥そう、心だよ、お前達に足りないのは」
二人が同時に唇を尖らせる。
「心‥‥ですか?」
闇系は腕を組み、難しい顔で答える。
「そう、心だよ‥‥YouTubeの視聴者は‥‥コラボには弱いが‥‥あざとさには厳しいッ!‥‥だから、心で‥‥心で作るんだよッ!練習してみろッ!俺に心でぶつかってこいッ!」
シンシアとオーフェリアが地下アイドルのような紹介文句を繰り返す。
闇系が「んぅー、んぅー」と呻き声をあげる。
そんな三人を少し離れた場所から見ていたアヤカに、闇系のスマホに魂を転送させ、生き延びたエルザが声をかける。
「アヤカ副会長‥‥イズミは?」
アヤカがゆっくりと首を横に振る。
「和泉さんに電話もラインもSMSもしましたが、返信ありません‥‥たら子会長に事情は伝えてあるので、大丈夫ですよ」
長い前髪で瞳を隠したアヤカが気丈に答える。
闇系のアイフォンの中で、ドットの荒い3Dになってしまったエルザは、似ても似つかわしくない恋盛愛花のボブヘアーにクリクリした瞳を模倣しているが、それはゲームのアバターぐらいの出来でしかなかった。
「‥‥【英雄アルテマ】に酷い目に遭わされて、連絡もとれないんじゃあ」
エルザがギザギザの口でそう言う。
「まさか‥‥【救世主イズミ】ですよ‥‥例え、剣をなくしても大丈夫に決まっています」
エルザと目立つのが苦手なアヤカは仲が良かった。和泉の忠犬で余計なことを話さない会計エルザと、恥ずかしがり屋で口数の少ない副会長アヤカは生徒会でも何かと相性が良かった。
こうして、アヤカが臆せず話せるぐらい気心が知れた関係だった。
「和泉さんよりも、ご自分の心配をなさってください‥‥その‥‥エルザさんはこれからどうするのですか?‥‥一生、闇系さんのスマホの中ってわけにも‥‥」
「分からない‥‥イズミに聞かないと、どうしたらいいか‥‥わたしはただの‥‥ううん、体もない個性に‥‥【人懐こい】エルザになってしまった‥‥イズミに聞かないと‥‥どうしたらいいのか‥‥分からない」
アヤカが鼻から大きく呼吸をして、優しく語りかける。
「エルザさん‥‥もしよろしければ、闇系さんをお頼り下さい。あの、二週間足らずでYouTubeチャンネル登録者数101万の【闇系チャンネル】が、近くにいる‥‥まさに幸運ッ!‥‥しかも、闇系さんはオカルト系ッ!‥‥エルザさんの状況を解決するための秘策ぐらい‥‥企画してくれますッ!」
エルザが目立つのが苦手なアヤカの興奮した様子に驚きながら答える。
「‥‥アヤカ副会長‥‥個性、変わった?」
「変わったのは個性じゃないですよ‥‥心を‥‥心を変えられたんです‥‥闇系さんに」
「心‥‥?」
【人懐こい】エルザも、闇系からダメ出しを受け続けている【素直な良い子】シンシアも【嘘が嫌い】オーフェリアも与えられたパーソナリティーを演じるだけの無個性だった。
そんな無個性達に‥‥心は捉えようもない。
結局、撮影は明日に仕切り直すことにして、闇系が案内された部屋のベッドについたのは深夜になってからだった。
そこはリュカの部屋だった。将来の伴侶が突然、いなくなり【素直な良い子】シンシアは不安そうな表情を残して、「好きに使ってください」と部屋に案内してくれた。
闇系はベッドに勢いよく横になり、仰向けでバロック調のひんやりとした石造りの天井を見つめる。
「俺は‥‥俺はゆわんぞッ!‥‥知らない天井だ‥‥なんて、俺はゆわんぞッ!」
一人「クククッ‥‥」と笑い、部屋に一つしかない窓から溢れる青月光が眠気を誘う。
「‥‥明日は‥‥【異世界】ここにも怪獣!?【転生】‥‥の動画でも撮るか‥‥」
頭の中で企画を考え、まとめ始める。そこに、成り行き‥‥と云うよりも、知らず知らず、ほぼ強制的に奇妙な同居人となってしまったスマホの住人‥‥エルザが声をかけてくる。
「闇系‥‥教えて‥‥欲しい」
スマホモニターの3Dキャラクターが話しかけてくるなんて、いよいよ‥‥世界は狂ってしまったなッ!‥‥「ケッ!」と喉を鳴らす。
「‥‥何だ?‥‥俺はお前には強く出れない‥‥何故なら、俺の命同等のアイフォンを人質にとっている‥‥そうだろ?‥‥その気になれば、データ改竄も、シュレッターによる破棄も‥‥お前はやれる‥‥だろッ!」
「そんなことしない‥‥イズミと連絡とる方法を教えて欲しい」
「んあ?‥‥電話かLINEかtwitterのDMか‥‥連絡なんて好きにとればいいッ!‥‥こんなにも連絡手段が溢れているんだぞッ!」
「‥‥返信がない相手には‥‥どうすればいい?」
「何だ?‥‥そいつはもしかして、迷子犬か迷子猫か迷子インコか?」
「違うッ!‥‥イズミは人間‥‥わたしの大切な人ッ!」
「うるせえッ!‥‥どうして、お前たちは大切な人と離ればなれになるんだッ!‥‥いつも、いっつもッ!‥‥本当に大切だったら、同じ墓にでも入っとけッ!」
「‥‥消すッ!‥‥【闇系チャンネル】のアカウントを削除するッ!」
闇系がガバッ!と起き上がり、ベッドの上で頭を下げる。
「嘘、嘘だッ!‥‥セカイ系最高ッ!‥‥離ればなれ最高ッ!」
ドットの荒いエルザが目を細める。
「‥‥馬鹿にしてる?」
「してないッ!‥‥してないッ!‥‥早く、その銃口を閉まってくれッ!」
エルザが「この子‥‥嫌い」と愚痴をこぼして、問いかける。
「それで‥‥どうやったら、返信のない大切な人に‥‥連絡がとれるの?」
闇系は両膝に手を置き、目を爛々と輝かせて答える。
「YouTubeしかないだろッ!‥‥いいか、YouTubeは‥‥世界に届くんだッ!‥‥自分の声が、顔が、考えが、思いがッ!‥‥そして、世界の言葉も自分に届くッ!‥‥連絡のとれない大切な人がいたら‥‥世界に向けて‥‥発信するしかないだろうッ!」
エルザが顔を背ける。
「‥‥でも‥‥わたし‥‥心がない」
「心がなくても‥‥心がなくても‥‥Vtuberならッ!‥‥許されるッ!‥‥むしろ、ない方が良いまで‥‥あるッ!」
「‥‥本当?」
「あぁ‥‥Vtuberはとりあえず大きな事務所に所属したら‥‥売れるッ!‥‥あと、エッチなことをしても‥‥声だから許されるッ!」
「‥‥ごめん‥‥分からない」
「ま、つまり、だ‥‥大切な人に届けたい言葉があるなら‥‥動画を作って投稿すればいいってことだ」
「わたし‥‥分からない‥‥どんな動画にすればいいか‥‥」
「オススメは『歌ってみた』だな‥‥『ゲーム実況』はハードルが高いし、『雑談』も話術が要求される、『読み上げ』はありっちゃありだが、競争が激しい‥‥とりあえず、新人Vtuberは『歌ってみた』しとけば‥‥手堅いッ!」
「‥‥歌ったことない」
「なおさら良いじゃねえかッ!‥‥『初めて○○してみた』で‥‥“わざとらしさ”がなかったら‥‥伸びるッ!‥‥初めてって体験をそのまま‥‥ありのまま動画にしたら‥‥絶対に伸びるッ!」
「‥‥何を歌ったらいいか‥‥分からない」
「流行り物がいいんだが‥‥そうだな‥‥お前のその無機質な声は‥‥中年男性受けが良さそうだッ!‥‥無表情キャラが好きな世代には刺さるだろう‥‥だから、ここはあえてマニアックな路線でいこうッ!」
スマホの中のエルザは前のめりになっていた。闇系も得意げに、話を続ける。
「‥‥デイジー・ベルって曲があるんだ。オタクが好きな『2001年宇宙の旅』のネタにもなってるんだけどな‥‥そうゆうマニアックなのは‥‥じわじわ伸びるもんだッ!」
闇系がフラフラと頭を揺らし、そのままベッドに倒れ込む。
「‥‥限界だ‥‥俺は寝る‥‥スマホは使ってもいいが‥‥【闇系チャンネル】のアカウントは使うなよ‥‥YouTubeのアカウントは自分で‥‥作って‥‥あとは‥‥勝手に‥‥」
闇系は気を失うように眠りについてしまう。その寝息は、まるで死人のように静かで生気を感じさせなかった。
スマホの中のエルザは、とりあえず『デイジー・ベル』とGoogle検索をかけた。
あまり、現実世界のインターネットに馴染みはなかったが、スマホに魂を転送してから不思議と使い勝手が、理解できるようになっていた。検索結果がブラウザに表示されると、一番目のつくところに『first computer to sing』と云うYouTubeの動画があった。
その動画は1分52秒の短い動画で、ノイズの入った古い‥‥古い‥‥動画だった。
低い不協和音のような音が30秒続くと、それは耳触りの良いメロディに変わった。
46秒で映像が切り替わり、テープだらけの四角いコンピューターに囲まれ、頭の良さそうな人間がそれぞれのモニターを神妙に見つめていた。
1分5秒‥‥無機質な抑揚の少ない男にしては高音の声‥‥音声の‥‥歌声が聞こえ始める。
デイジー‥‥デイジー‥‥
見終えたエルザは1分52秒のその動画は自分への皮肉だと思った‥‥心を持たない‥‥与えられた個性で、パーソナリティーを演じることしかできない‥‥自分と同じ、無機質な哀れな男の歌声‥‥。
しかし‥‥しかし‥‥胸が痛くなった‥‥痛みは鼓動を伴い‥‥熱くなった‥‥感動‥‥そう、感動だった‥‥エルザは自分が猛烈に感動していると‥‥気付く。
世界で初めてコンピューターが歌った『Daisy Bell』に、エルザは泣き叫びたくなるぐらい‥‥感動していた。‥‥歌っていいんだ‥‥心のないわたしでも‥‥歌っていいんだ。
なんか‥‥説明できないし‥‥する必要もない、奥底の感情が‥‥心のないエルザに‥‥思わせる。‥‥歌っていいんだ。
エルザは‥‥スマホの中のエルザは‥‥歌う‥‥英語の歌詞は発音が難しいから、日本語に置き換えよう。
デイジー デイジー
答えてください
泣きそうになる 君への愛おしさで
ぼくはいつも分からないんだ
教えてください 愛してるかどうか
君と世界を一緒に見たいんだ
デイジー デイジー
答えてください
心が細くなる 君との思い出で
もう結婚式はできないね
ぼくは世界から消えてしまった
二人乗りの自転車は
思い出になって消えてしまった‥‥
【エルザチャンネル】でVtuberエルザが歌う無機質なデイジー・ベルが投稿されたのは早朝5時と云う一番、動画が伸びづらい時間帯だった。
再生数は投稿して10分たっても、5回しかつかない。
しかし、エルザは“その5回がもしかしたらイズミかも知れない”と云う淡い期待を抱く。
だから、エルザはYouTubeを更新し続け、コメント欄をじぃーっと見つめ続けている。
普段から眠りの浅い闇系はいつもと違う枕のせいで、眠気も抜けないまま目を覚ましてしまう。
日常的な動作で、スマホを手にするとYouTubeが見慣れないチャンネルを表示していた。
闇系は「フンッ」と鼻で笑うと、Vtuberエルザが歌うデイジー・ベルの動画をツイートした。
Twitterフォロワー数65万‥‥闇系のツイートでエルザの動画は‥‥歌は‥‥エルザの姿は一気に拡散されて、再生数が1万、10万と跳ね上がっていく。
それぐらい、チャンネル登録者数101万人と、ノリに乗っている【闇系チャンネル】の影響力はデカかった。
『綺麗な声、好きになりました!』『新人Vか‥‥いいんじゃない?」「これ歌詞ってオリジナル?切ない‥‥頑張れ!』『素晴らしい歌をありがとう』『なんか‥‥泣きそう‥‥』『雰囲気いいね‥‥次も期待します』『透き通ってて‥‥綺麗』
コメントを読んで、エルザが頬を赤らめる。
「あるじゃねえか‥‥心」
闇系がそう言い残して、再び眠りにつく。
エルザの歌声は、明日の君に届くだろう‥‥どんな結末が待っていようとも。




