#13 やれやれ、僕がなんとかしないと
紡績で有名なルルスの街で犬耳亜人の奴隷【トラベル】を仲間にした【勇者】リュカは、ひと呼吸もする余裕なく、次のダンジョン都市メケドに駆け足、勇み足‥‥6時間かけて訪れ、そこでエルフ族の騎士見習い【意固地】なディーナが騎士仲間から虐げられている場面に遭遇する。
そして、ディーナの実力を認めるとか、なんとか‥‥【勇者】リュカは詳細を知る余裕もないまま‥‥とにかく、ディーナのためにダンジョン20階層の大型の蜘蛛魔獣を目指して‥‥4時間。
幾何学的な【初まりの世界】のシステム管理代理人、幼女バックアップのおかげで最速も最速で、20階層に辿り着いた【勇者】リュカ、その仲間、犬耳亜人のトラベルと【意固地】のディーナは‥‥難なく大型の蜘蛛を倒した。
そしてそして、一行は蜘蛛を倒した証明の魔核を冒険ギルドへ納品し、騎士と云う身分が嫌になっていたディーナがリュカの旅に同行することを望む。
星もない真夜中‥‥【勇者】リュカは「ゼェ、ゼェ、ゼェ‥‥」と肩で息をしながら、ダンジョン都市メキドの大きな石造りの門で顔面を蒼白にさせていた。
「【勇者】リュカ‥‥次は漁港の町ベースターです。ここから、駆け足、勇み足で8時間の場所にあります‥‥現代的な冒険を急ぎましょうッ!」
リュカが「ちょっ‥‥待ってください」と絶え絶えの呼吸で答える。
犬耳亜人のトラベルもリュカほどではないが疲労を溜めた様子。
エルフ族の騎士ディーナだけは、騎士を辞めて【勇者】リュカに同行を申し出たが、想像よりも険しい旅だと生唾を飲み込んでいた。
「待てません‥‥待てないのです、【勇者】リュカ‥‥この旅は観光やグルメや交流を描きません‥‥バグである闇系を殺すため‥‥効率良く旅を進めなくてはなりません」
「バックアップ様‥‥そもそも、どうやって闇系を殺すとゆうのですか?‥‥彼は‥‥この世界の住人じゃないッ!」
チアノーゼ症状で唇を真っ青にしたリュカが詰め寄り口にした。
「えぇ‥‥なので、レベルを上げ、仲間を揃えたら、世界の次元を切り裂く【時空剣】を手に入れます」
「次元を切り裂く?」
幾何学模様の幼女バックアップは淡々と続ける。
「そうです‥‥【時空剣】で初まりの世界の次元を切り裂き、世界と世界を調整する世界‥‥クロノスタシスを経由して、現実世界へ向かうのです‥‥現実世界の小さな地方都市に【闇系チャンネル】は存在してます‥‥辿り着きさえすれば、ゴブリンの赤子よりも簡単に殺すことができるでしょう」
唐突にスケール感の大きくなった説明にリュカが頭を抱える。
「‥‥分かりました‥‥初まりの世界の根本を‥‥個性を揺るがす闇系が危険なのも‥‥十分、理解しているつもりです‥‥その上でッ!」
リュカがその場に座り込み、頭を下げる‥‥土下座である。
「休みをッ!‥‥休みをくださいッ!‥‥現代的な冒険を始めて、おおよそ25時間ッ!‥‥僕は動きっぱなしだッ!‥‥こんなに働かされたら、頭がおかしくなってしまうッ!」
見下ろす形になったバックアップが首を横に振り、呆れたように答える。
「よく聞きなさい、【勇者】リュカ‥‥無理とゆう言葉は【嘘つき】の言葉なのです‥‥途中でやめてしまうから‥‥無理になるのですッ!‥‥一週間‥‥いや、五日間で良いのですッ!‥‥鼻血を出そうが、倒れようが‥‥全力でやり切れば、無理は‥‥無理じゃなくなるッ!‥‥さあ、【勇者】リュカ‥‥立ち上がるのですッ!」
「小指ッ!‥‥走っている最中に足の小指を石にぶつけて、どうやら折れてしまったようなのです‥‥回復魔法でも‥‥足の小指は治せませんッ!‥‥もう、走れないのですッ!」
「良かった足の小指でッ!‥‥親指だったらスケジュールの見直しが発生していましたが‥‥小指なら大丈夫ですッ!足の小指は実は結構、折れてはくっついてを繰り返していますッ!」
「痛くて‥‥走れませんッ!」
「痛いと思うから『痛い』のですよ、【勇者】リュカ‥‥とにかく全力でやり切ってみましょう‥‥やり切ってしまえば‥‥『痛い』も『無理』も【嘘つき】の言葉だったって理解できます‥‥何故なら、達成できたのですからッ!」
「‥‥嫌だッ!‥‥もう眠りたいッ!‥‥とにかく‥‥とにかく、横になって休みたいッ!」
「【勇者】は‥‥【勇者】はッ!‥‥休みませんッ!」
「こんなの冒険じゃないッ!‥‥僕がいくら最近まで無個性だからって‥‥分かるッ!‥‥こんなの、冒険じゃなくて‥‥拷問だッ!」
「冒険でも拷問でもありません‥‥これは、現代的な冒険ですッ!‥‥さあ、情けない【勇者】リュカ‥‥立ち上がりなさい」
「‥‥僕は‥‥僕は【勇者】じゃない‥‥【勇者】になんかなりたくないッ!」
「分かりました‥‥【勇者】リュカのパーソナリティーを書き換えましょう‥‥この瞬間を持ってリュカは‥‥【現代的な勇者】リュカになりましたッ!‥‥では、現代的な冒険を再開しましょうッ!」
「ぼ、ぼ、僕のパーソナリティーって‥‥一体、なんなんだ‥‥?」
【現代的な勇者】リュカが半ベソをかきながら立ち上がる。
そして、鼻水をすすって走り始める。何者かも分からずに、リュカはバックアップに従い、現代的な冒険を再開させる。
足を引きずって走るリュカの背中を、犬耳亜人のトラベルと、エルフの騎士ディーナが複雑な面持ちでついて行く。トラベルがディーナに耳打ちをする。
「この旅は‥‥たぶん、魔王を倒す旅より‥‥厳しいですッ!‥‥覚悟しとくといいですッ!」
ディーナが渋い顔をする。
「そ、そうか‥‥【勇者】いや、さすがは【現代的な勇者】様だ‥‥」
時刻は真夜中。【現代的な勇者】リュカ一行は、半日前に【闇系チャンネル】がこの世界に転移したことをまだ知らない。
実は【初まりの世界】のシステム管理代理人の幼女バックアップは暴走状態だった。
マスターである【女神】の加護者の闇系が気を失った瞬間、【個性管理センター】に待機していたバックアップの緊急措置が起動してしまった。
これは、女神が数百回の世界の滅びを経験して、初まりの世界に自分の複製を作り、不足の事態に陥った時に、怪獣に立ち向かえる【勇者】を無個性から育成するシステムだった。
この世界線での【女神】は不足の事態どころか、そもそも闇系が引きこもりだったため、平和な屋外にさえ出ることがなかったので、バックアップはずっと待機状態になっていた。
それが、闇系が伊藤花火【英雄アルテマ】達に拘束されて、ようやくバックアップは起動したのである。
怪獣が目覚める‥‥五日前にッ!
しかも、【女神】はバックアップに日々、【闇系チャンネル】への恨みつらみを送信し、ストレス発散をしていた。そのせいで、起動したバックアップはこう考えてしまう。
「怪獣より‥‥【闇系チャンネル】の方が危険」
その時、ちょうど闇系に嫉妬を感じていた【負けず嫌い】のリュカに白羽の矢は刺さる‥‥その額の真ん中に。
本来の『怪獣を倒すための保険‥‥【勇者】の育成』が、強行スケジュールで『【闇系チャンネル】を倒すための【現代的な勇者】の育成』と云う、メチャクチャな内容に修正されていた。
さて、しかし。そんな【現代的な勇者】が弱いかどうかは‥‥別である。
時に‥‥稀に‥‥あってはいけないことだが。ブラック企業が人を強くすることもあるッ!
【半幽人】として導かれた現実世界の子供達‥‥女神の導きを受けた【神兵】よりも‥‥【現代的な勇者】リュカはすでに強くなっていたりする。
エルザの体だった恋盛愛花に拒絶された和泉光平は、近代的なダンジョンから逃げ出し、私立特別支援高校に戻ってきていた。逃げ出した和泉を伊藤花火達が追いかけてこなかったのは‥‥それほどまで、かつての仲間だった和泉の表情が苦痛に歪んでいたからだった。
深夜0時‥‥エルザと云う個性が‥‥魂がこの世界から消えてしまってまだ1時間も経過していない。校長室の扉をノックもせず、強引に‥‥雷魔法でぶち破り、和泉は部屋の主人の目の前に立つ。日付が変わる時刻にも関わらず、贅肉の無駄のないオールバックの50代‥‥校長が迎え入れる。
「おやおや、和泉君‥‥らしくない登場じゃないか」
社長が座るようなテーブルに、両肘をついて校長が微笑みかける。
「おいッ!‥‥恋盛の接点を全て消したんじゃないのかッ!‥‥異世界帰りの子供達の情報を売りッ!‥‥魔法・魔力の解析のための実験に協力しッ!‥‥大人のゆうことを聞いてやっただろッ!‥‥エルザから恋盛愛花という人格を完全に消し去るためにッ!」
ドンっ!と校長の座るテーブルを叩き、バチバチッ!と、雷を迸る。
「申し訳ないが‥‥私たちは和泉君のゆっていることが分からない‥‥達観した冷静な君らしくない‥‥順を追って説明すべきだ」
和泉が「フゥ、フッ」と猛獣のような息遣いで話す。
「‥‥石渡桃華‥‥異世界ネーム【⁂可憐天使⁂】が‥‥【大人】しか知らないはずの‥‥恋盛愛花の父親の‥‥映像を持っていた‥‥それを見たエルザの体は‥‥異世界に導かれる前の‥‥愛花とゆう人格‥‥個性を思い出して‥‥目覚めてしまった‥‥その瞬間、エルザの個性は‥‥どこかへ‥‥どこにも感じないんだッ!‥‥エルザの個性をッ!存在をッ!」
表情を変えずにオールバックの校長は立ち上がる。
直立の姿勢の良さは、陸上自衛隊で学んだものだった。
「ふむ‥‥石渡桃華が【大人】しか知らない情報を持っていた‥‥それで、和泉君のパートナーの行方が分からなくった‥‥和泉君はそれだけで、【大人】が悪いと決めつけて、ここに来たのか?」
「そうだッ!‥‥約束していたはずだッ!‥‥エルザを‥‥どこへやったッ!」
「早とちりだよ‥‥私達は‥‥【大人】は何も知らない」
「【大人】はいつもそうだッ!‥‥そうやって知らないフリをするッ!」
「知らないフリぐらい、子供でもするさ‥‥和泉君は冷静になった方がいい‥‥持ち前の達観した冷静な感性で『やれやれ、僕がなんとかしないと』と口にして‥‥エルザ君を探す旅に出るべきだッ!」
バチバチバチッ!と部屋の中に雷鳴が轟き、校長の肩が血飛沫を上げる‥‥和泉の魔法が突き刺さった結果による血飛沫だった。
「和泉君‥‥血が流れたぞッ!‥‥いいのかい?‥‥【大人】と戦争して、和泉君に何かメリットはあるのかい?」
スーツシャツに滲む血に一切の動揺も見せず、普段と変わらない調子で校長が口にした。
「違うッ!‥‥僕はエルザと一緒に‥‥暮らしたいだけなんだッ!」
「だったらッ!‥‥だったら、敵対しちゃいかんだろうッ!‥‥【大人】を利用し、大切な人を取り戻すべきだろうッ!‥‥和泉君、見誤るなよッ!」
「っつッ!」
和泉がフラフラと下がり、そのまま朦朧とした足取りで校長室から離れていく。
「‥‥これで良かったのかな?‥‥鷲津たら子君」
和泉が去った校長室にどこからともなく、鷲津たら子とドテチンが姿を現わす。
「はい‥‥和泉君なら、必ず再び異世界へ導いてくれるでしょう」
中性的で小柄なたら子が微笑みかける。
「はぁ‥‥扱いやすい和泉君を十二分に手懐けてから、鷲津君と交渉したかったのだがね‥‥怪獣がそうもさせてくれなくなった」
校長が両手の平を見せて首を横に振る。
「【大人】は大人で‥‥【子供】は子供で‥‥それぞれの最善をとる‥‥それでいいじゃないですか?‥‥怪獣はもうすぐ目を覚ますのでしょう?」
「‥‥異世界の魔力エネルギーと同等質のエネルギーが急速に高まってきている‥‥我々が認知したことで高まったのか‥‥元々、タイムリミットは決められていたのか」
「共有した情報通り、有栖川ハイドと琴吹彩夏は【女神】によって、異世界に肉体転移しました‥‥そして、異世界でも怪獣の存在を認知したそうです‥‥怪獣は異世界でも、魔力エネルギーを高めていると【アリス】が話してくれました‥‥怪獣について分かることは、今はそれぐらいです‥‥あ、私は【子供】ですが、“知らないフリ”はしてないですよ?」
「【子供】‥‥か。異世界でもWi-Fiが繋がっているなんて、本当に信じてもいいんだろうね?」
「はい、怪獣の周囲にのみWi-Fiが飛んでいることから‥‥現実世界と異世界の怪獣は同一の存在で、世界を共有しているのだと考えられます‥‥怪獣が世界を歪ませているため、異世界でも現実世界のWi-Fiに繋げられるのでしょう」
「‥‥はぁ、まるで時間が足りないな」
「時間が足りた試しなんてないでしょう」
「鷲津君‥‥君は末恐ろしいよ‥‥出来るなら、良き利害関係者でありたいね」
「【大人】次第‥‥いや、まずは怪獣をなんとかしましょう。私たち【子供】は異世界の知識や力を活かして‥‥【大人】は現実世界の科学や軍事力を使って」
たら子が冗談か本気か分からない淡々とした口調でそう口にした。
「我々は軍を持たないぞッ!」
校長が大袈裟に手を仰いで返答する。
「‥‥そうでした‥‥日本人は曖昧だった。まあ、【大人】も【子供】も‥‥を終末を楽しみましょうじゃありませんか?‥‥世界の終わりは‥‥いつも、楽しいッ!」
たら子が小柄な体で堂々と宣言する。
「それは‥‥同感だッ!」
校長も堂々と返事をする。
「それで、和泉君に教えなくて良かったのかい?‥‥エルザ君の人格、魂が異世界で確認されていることを?」
たら子が【大人】のように曖昧な表情をする。
「‥‥和泉君にはもう少し、絶望してもらわないといけませんから」
「‥‥本当に末恐ろしいねえ」
【大人】と【子供】の企みが世界に浸透していく‥‥それは、曖昧な‥‥とても、曖昧で傲慢な企み。いくつかの何かの何かの何かを犠牲にして、その企みは水面下で進行していく。
和泉光平が元々ビジネスホテルだった学生寮の部屋に戻ると、そこにエルザはいなかった。
当たり前だった‥‥エルザの体は自我を取り戻し、エルザの魂はどこか‥‥この世界じゃないどこか遠くに帰ってしまったのだから。
和泉がゴミ箱を蹴る。ゴミ箱が転がる。‥‥スマホが不意に鳴った。
「エルザかッ!」
画面も確認せず、電話に出ると。
「‥‥ごめんなさい、こんな時間に電話かけちゃって。その、怪獣のことをテレビで知って‥‥お母さん、光平のこと心配になっちゃったの」
「‥‥うるせえっ、クソババアッ!こんな時間に電話かけてくるんじゃねえッ!殺すぞッ!」
和泉はエルザの存在を唯一確認できる手段のスマホを‥‥魔法で塵に変えた。




