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世界世界世界  作者: YB


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11/20

#11 ダダダンジョン

 異世界である【初まりの世界】と現実世界で怪獣が鳴いた日‥‥その夜に幾何学的な幼女バックアップに導かれて冒険に出掛けた【勇者】リュカは、巡る目苦しい‥‥現代的な冒険にうんざりしていた。

 夜通しの駆け足、勇み足で馬車道を走り抜け。昼過ぎに紡績で有名なルルスの町に到着してすぐ、その道中‥‥バックアップ曰く『効率的なレベル上げ』のために狩った魔物の素材を冒険ギルドで換金し‥‥安くないそのお金で、奴隷商会で酷く冷遇されていた、犬耳亜人の【名前はまだない】を買い取った。

 ‥‥ここまで、まだ半日。毛のたった犬耳とフサフサの尻尾。脂肪が多くついた胸を隠したビスチェ、丸出しの肉付きの良いお腹、お尻だけ覆うショートパンツの【名前はまだない】が大粒の涙を流し、リュカに泣きつく。

「うぁぁん‥‥あちし、鉱山奴隷にされると覚悟していたですッ!‥‥本当に、本当に‥‥助けてくれてありがとうですッ!」

 疲労の溜まったリュカが「まぁまぁ」とピョンピョン跳ねる犬耳を撫でる。

「導き‥‥これは、お導きだから‥‥僕じゃなくて、バックアップ様にお礼を‥‥」

 そう促そうとしてが、無機質で感情の希薄なバックアップがすかさず口にする。

「わたしへのお礼は不要です‥‥とゆうか、予定より10分ほど遅れがでています。早く、次のダンジョン都市メキドヘ向かいましょう」

「えッ!‥‥もうッ!?」

 走りっぱなしで疲労の溜まったリュカが驚きの声を上げる。

「はい‥‥現代的な冒険は‥‥移動に時間をかけるのですッ!‥‥【勇者】リュカ‥‥いいですか‥‥冒険は‥‥冒険に必要なのは移動なのですッ!‥‥本来、半年かける冒険を五日に凝縮すれば‥‥四日間は移動になるッ!」

 山のない胸を反らせてバックアップが堂々と宣言する。

 移動‥‥リュカが学園を飛び出し、ルルスの町までの道中‥‥駆け足勇み足で疲労しか記憶の残っていない道中が‥‥まだ、かなり続くッ!‥‥と、絶望する。

「バックアップ様‥‥【勇者】は‥‥【勇者】を演じるとゆうことは、移動をするとゆうことなんでしょうか?」

 リュカが恐る恐る尋ねる。

「【勇者】に限らず‥‥【冒険】とは移動なのです。それほどまでに‥‥風景の移り変わりは重要なのですッ!」

「風景を楽しむために冒険に出たわけじゃないでしょうッ!」

 リュカが【名前はまだない】を引き離し、大声で反論する。

「風景を楽しむわけではありません。風景が変化したとゆうそれそのものが大事なのですッ!」

「意味が分からないッ!」

「【勇者】リュカ‥‥考えて見てください‥‥ずっと同じ‥‥絵の変わらない場所で‥‥どれだけ楽しい出会いをしても‥‥それはただの日常茶飯事でしょうッ!」

 リュカは歯を食いしばり「グッ!」と、呻く。

「つまり‥‥つまり、バックアップ様は‥‥【冒険】は風景の移り変わり、そしてそのために必要なのが‥‥移動‥‥そうおっしゃるのですね」

「‥‥えぇ。どれだけ優れた【冒険】でも‥‥絵の変わらない【冒険】は‥‥日常の域を出ないのですッ!」

 リュカがその場で膝を落とし、まだ芽生えて間もない個性で必死に考えた‥‥演じようと思っていた【勇者】の想像が‥‥崩れていく。

 自分が【勇者】を演じるために必要なのは、優しさとか、勇気とか、そういった人を助けるための原動力だと思っていた‥‥しかし‥‥必要なのはッ!‥‥移動ッ!‥‥しかも、風景を変えるためだけの移動ッ!

「【勇者】リュカ、現代的な冒険を再開しましょう」

 幾何学的な幼女が淡々と口にする。

 勇者と呼ばれた、かつて無個性だったリュカは、殆ど反射的に立ち上がりこう口にする。

「分かりました‥‥僕は【勇者】リュカ‥‥」

 目頭に水溜りを作って‥‥リュカは立ち上がるッ!

 そんな突然始まった二人の会話を、何一つ理解できなかった犬耳亜人の【名前はまだない】が顔色を伺いながら口にする。

「その‥‥あちし、奴隷になって名前を無くしてしまって‥‥勇者様に名前を‥‥名前をつけて欲しいですツ!」

 頬を赤らめ、恥ずかしそうな【名前はまだない】に、リュカが目の死んだ微笑みでこう答える。

「そうだな‥‥移動が楽しくなるように願いを込めて‥‥【トラベル】ってのはどうかな?」

「えッ!?‥‥あちしも、その‥‥移動に付き合うんですか?」

 リュカが無言で屈伸運動を始め、腰を回す。

「さあ、トラベル‥‥次はダンジョン都市メキドだ‥‥ですよね、バックアップ様?」

 目の死んだリュカが問いかけると、バックアップが淡々と答える。

「駆け足、勇み足で‥‥6時間ってところです」

 【勇者】リュカが新しい仲間トラベルを連れて、移動を開始する。

 二人が移動を楽しめるようになるには‥‥あまりにも時間がなさすぎる。


 小さな地方都市の夜を飛ぶ。学生服姿のどこか達観した顔の和泉光平と【天使の翼のような剣】に姿を変えたエルザが、魔力の行使で重力を無視して、夜闇に紛れて空を駆けていた。

「久しぶりの空‥‥気持ちいいね」

 剣のエルザが思念でそう感情を伝える。

「あぁ‥‥エルザは怪獣を見てどう思う?」

 気楽な空中散歩も、小さな地方都市の真ん中にそびえ立つ‥‥東京タワーよりも大きくて、スカイツリーよりも少し小さい怪獣の存在が、和泉の心をざわつかせていた。

「怪獣は‥‥怪獣はもう‥‥わたしとイズミには関係ないような気がする」

「どうゆうこと?」

 感情の抑揚のない思念の言葉でエルザは語りかける。

「怪獣は‥‥とっても大きくて‥‥つおい‥‥わたしと和泉じゃあ、きっと‥‥勝つのは無理」

「‥‥そんなのやってみないと分からないだろ‥‥僕たちは無茶だと笑われても‥‥人を‥‥人々を‥‥異世界を救ってきたじゃないか?」

 空を舞う髪と制服を激しくなびかせて、和泉は優しい口調で悟すように答えた。

「ううん‥‥あれは‥‥怪獣はたぶん‥‥そうゆう存在じゃない‥‥力とか魔法とか科学とかの‥‥外にいる‥‥世界の仕組み‥‥神様とかそっち側‥‥」

「‥‥そうか」

 和泉は怪獣から目を逸らし、当てもなく星空を見上げた。

 その仕草や微妙な感情の変化を読み取り、エルザが口にする。

「‥‥イズミ、あと二回‥‥二回なら‥‥わたしを使えるから」

「やめろッ!‥‥もう使わないって約束しただろッ!」

 和泉は言葉とは裏腹、エルザの残り2個しかないライフを一つだけ犠牲にすれば、怪獣もなんとかなるんじゃないか?あの、魔王ですら一撃で消滅させた‥‥核爆弾よりも強力で、残酷とも呼べる圧倒的なエネルギーだったら‥‥怪獣でさえ‥‥と考えてしまい後悔する。

「使わないッ!‥‥僕は使わないぞ、エルザッ!‥‥君の2個しかない命を犠牲にしてまで世界を救うつもりはないッ!」

「イズミ‥‥ごめん」

 【天使の翼のような剣】の姿をしたエルザがしょんぼりと気を落とす。

「‥‥大丈夫、僕たちには生徒会のみんなや、国家が背後についた大人達も協力してくれる‥‥エルザを犠牲にしなくても‥‥怪獣ぐらいなんとかするさ」

 それ以上、二人に会話はなく‥‥しかし、悪い雰囲気でなく‥‥むしろ、愛おしい雰囲気でさえあって。まるで、世界には二人しかいないような夜の空中散歩が続く‥‥。


 二人が廃墟になったボーリング場の玄関を潜るとそこは‥‥ダンジョンになっていた。

 近未来的な幾何学模様の入った大理石が壁を作り、迷路のように入り組んだ構造のダンジョンには異世界では見慣れた“魔物”も存在していた。

 【天使の翼のような剣】のエルザを鞘から抜き、和泉は走りやすい自然な構えをとる。

「‥‥相澤守、異世界ネーム【ジオング】の錬金魔法でダンジョンを生成し、石渡桃華【⁂可憐天使⁂】の召喚魔法で異世界の魔物を呼び出しているのか」

 和泉が駆け出し、大きな獣型の魔物を切り倒す。

「イズミ、大丈夫?」

 剣のエルザが思念の言葉を送る。

「これぐらい問題ない‥‥異世界帰りの子供達の殆どは‥‥準備してこなかった‥‥だが、僕は違う‥‥こうゆう状況を想定して‥‥準備していた」

 ダンジョン1階層。魔獣型のモンスターが徘徊する。大きな形を生かし、幾何学模様が彫刻された大理石の壁を曲がると、視界に入らない絶妙な位置から攻撃を仕掛けてくる。

「準備していたのは僕だけじゃなかったようだが‥‥こんなんじゃッ!‥‥ぬるいッ!」

 それはコンビネーションだった。

 エルザの思念による瞳が和泉の視界領域を拡張させ、死角からの不意打ちを全て予測していた。むしろ、死角は利になり。嫌らしく配置された魔獣型のモンスターは、和泉の姿を捉えることなく霧散していく。

 ダンジョン2階層。階段を降り、一つ地下へ降りると同じ構造の壁と床が広がっている。

 しかし、今度は比較的広い空間の小部屋がいくつも連結された構造になっていて、無数の魔法生物が配置されていた。

 魔法生物は人型の物が多く、魔力による攻撃に特化した魔物だった。攻撃魔法の行使は当然、身体強化や精神干渉の魔法も行使してくる異世界でも高難易度に格付けされている。

「ごめん‥‥届かない」

 エルザが悔しそうに思念を送る。

「問題ないさ‥‥魔法は‥‥僕の得意分野だ」

 和泉が片手を振りかざし、異世界の言語を唱えるとダンジョン内が瞬間、暗闇に覆われて永遠を思わせるような落雷の嵐を落とした。

 配置された魔法生物は本来なら魔法耐性も高く、近接による魔障壁への貫通ダメージが有効とされるが、和泉の落雷は障壁を無視して蹂躙していく。

 小部屋を次から次へと雷魔法で掌握していくと、下り階段にたどり着いた。

 ダンジョン3階層。大型の蜘蛛魔獣が機械のアーマーを装着していた。

 異世界のダンジョン都市メキドの地下迷宮20階のボスとして君臨し続ける大型の蜘蛛‥‥それと同一個体の魔物に近未来的なアーマーを装着した無茶苦茶な化け物だった。

「【⁂可憐天使⁂】と【ジオング】の奴‥‥こんなものまで準備していたのかッ!‥‥考えなかったのかッ!‥‥魔物が現実世界にいるとゆう圧倒的な危険をッ!」

 言葉とは裏腹‥‥和泉は楽しそうに駆け出す。燻っていたのは、和泉も同じだった。

 力を、魔力を、魔法を、能力を、ステータスを‥‥持っている異世界帰りの子供達は、どこか燻っていた。その炎を伴わない煙は‥‥少しずつ、異世界帰りの子供達を歪ませていった。

 わずか一週間の昏睡から目覚めると、3年少しの異世界の旅を終えていました‥‥なんて、事情をこの世界‥‥現実世界が許すはずもない。

 家族や友人や、親しい人の顔を見れば、魔法なんて使ってはいけないと普通は思う‥‥思い至る。【現実世界に溶け込む派】の生徒はそういう考えだった。

 そう考えた上で、現実世界で生きていく意味を見出せなかったのが【異世界に帰りたい派】の生徒だった。帰りたい派にとって世界は、異世界で‥‥現実世界は自分たちが生きていく場所ではなかった。

 伊藤花火を中心に過激派と呼ばれる【現実を異世界に変えようとしている派】は少し理由が違っていた。その過激な‥‥争いさえ厭わないその思想はただのゲーム感覚による代物だった。

「現実世界に戻ったら、今度は俺が敵役やるよ。そしたら、続くだろ?」

 和泉が伊藤花火と異世界で最後に交わした言葉だった。

 和泉はその言葉の意味を聞いた時は理解できないでいたが、目を覚まし、私立特別支援高校へ転入が決まり、異世界の子供達が現実世界で再び出会った4月の転入学式で‥‥伊藤花火は堂々と魔法を行使して、和泉を攻撃してきた。

 それを皮切りに生徒会選挙が終わるまで、学校は常に緊張状態であった。

 普通は魔法なんて使わない‥‥でも、伊藤花火は普通に魔法を使っていた。

 花火が入学式で披露した魔法は、異世界帰りの子供達を燻り、歪ませるには十分すぎる威力だった。つまり‥‥現実世界に存在する目の前の近未来的なアーマーを装着した大型の蜘蛛は、伊藤花火の思想をそのまま絵に描いたような化け物だった。

「花火ッ!分からなくはないッ!しかしこんな魔物こっちには存在してちゃ駄目なんだッ!」

 【天使の翼のような剣】のエルザに雷を纏い‥‥一閃ッ!

 現実世界で異世界の力を畏憚なく発揮し、遊びたいのは分からなくは‥‥ないッ!

 でも、異世界から帰ってきた僕たちは遠くに‥‥そう、異世界から遠く現実世界に逃げなくちゃいけないんだ‥‥常識や倫理観を学んで。和泉とエルザには異世界に帰りたくない理由がある‥‥もうすでに役割を終えた個性を異世界のシステム管理代理人は許さないだろう。

 ‥‥階段を降りる。ダンジョン4階層。

 和泉光平の登場に、相澤守【ジオング】が悲鳴を上げる。

「もう来たのッ!?‥‥花火くん、どうしよう‥‥まだ4階の準備がッ!」

 ヤンキー座りの派手な化粧の石渡桃華【⁂可憐天使⁂】が気怠そうに呟く。

「ウチもう無理だし〜。単独で288体プラスボスキャラ撃破はさぁ‥‥イズミ、やばくね?」

 二人に挟まれるように真ん中に立つ伊藤花火【英雄アルテマ】が精悍な顔つきで堂々と宣言をする‥‥4月の転入学式の時のように‥‥二週間と少し前にビジネスホテルで出会った時のように‥‥。

「光平、俺たち仲間だろ?‥‥一緒に、異世界帰りの子供達の国を作ろうぜ‥‥なあ?‥‥いつまでも、永遠に冒険が続く夢の国を‥‥きっと、楽しいぜッ!‥‥状況は変わったッ!‥‥怪獣を倒すためにも、必要だろッ!‥‥俺たちの国がッ!」

 和泉が呆れ果てて言い返す。

「花火ッ!‥‥お前はもう‥‥インターネットに殺されかけているんだぞッ!‥‥【闇系チャンネル】に晒されたお前は‥‥いや、お前だけじゃない‥‥これ以上、燻れば‥‥お前の親しい人までも殺されるッ!‥‥インターネットにッ!」

 花火が嫌な記憶を払拭するように手を払いのける。

「うるさいッ!‥‥クソガキの話をするなッ!‥‥あいつは‥‥【闇系チャンネル】は‥‥何か違う‥‥関わると‥‥めんどくさいッ!」

「その口振りだと‥‥闇系少年はもうここにはいないようだな」

「答えは‥‥沈黙、だッ!」

「花火ッ!‥‥戻って来いッ!‥‥ここは異世界じゃないんだッ!」

「光平ッ!‥‥お前だって求めてるだろ?‥‥そんなに、母親が大事か?」

「家族は‥‥大事だろッ!‥‥魔法よりもッ!」

「いいやッ!‥‥家族よりも、魔法の方が大事だッ!」

「花火ッ!‥‥止めるぞッ!‥‥ここから先は、血が流れるぞッ!」

「そうだった‥‥今は俺が“敵役”だったッ!‥‥いいぜ、殺り合おうッ!‥‥法律も警察も関係ねえッ!‥‥ここは、俺たちの国だッ!」

「随分と殺風景な国だな‥‥」

 和泉が【天使の翼のような剣】エルザを構える。

「なあに‥‥これから、作っていけばいいさ」

 花火が異空間から【英傑の剣】の取り出し、構える。

「【英雄アルテマ】‥‥後悔するなよ」

「和泉光平‥‥【救世主イズミ】‥‥お前しかいないと思っていたよ、俺の好敵手になるのは」


 そんな二人のやりとりを心配気に見つめる相澤守とは違い、石渡桃華は気怠そうにスマホをいじっていた。不意にLINEの新着メッセージが届き、スマホをフリックして確認すると。

 生徒会、会長の鷲津たら子からだった。

 ‥‥石渡桃華はバレないように顔色を変化させることなく、メッセージを確認して、自分のやるべきことを確認する。

 石渡桃華【⁂可憐天使⁂】は、なんとなく楽しければ良いと云う部分では、伊藤花火に賛同していたが‥‥まるで、ディズニーランドのような夢の国計画には一切の共感を抱いていなかった。男の子‥‥桃華は花火をそう評価していた。

 私立特別支援高校でテストの総合順位が2番目に高い石渡桃華は、国を作るなら‥‥女が主導すべきだと思っていた。

 男は適当にドンパチやらせて‥‥女が内政に専念すれば‥‥すげー国ができるんじゃね?

 自分よりもテストの順位が高い、鷲津たら子が【子供だけの国】を作るなら‥‥乗れるッ!

 桃華は気付いている。伊藤花火は実は流されやすい性格だと。花火の危うい性格を幼い時から知っている相澤守は、花火のためだと言えば大抵の意見には賛同してくることを‥‥。


「注目ぅ〜ッ!はい、お二人さん注目してね〜ッ!」

 石渡桃華が大きく手を振って注目を集める。

 斬り合いの間を測っていた和泉光平と伊藤花火が、桃華の緊張感のない声に殺意が削がれる。

「血が流れなくて良いッ♪すっごい、方法を思いついたのッ!」

 思い付いたのは桃華ではなく、この絶妙なタイミングでLINEメッセージを送ってきた鷲津たら子であるが‥‥それは乙女の秘密。

 桃華がスマホを二人に向ける。その画面には、身に覚えのない麦わら帽子にタオルを首に巻いた熟年の男が写し出されていた。

『これに向かって喋ればいいんか?‥‥おーい、愛花‥‥そこにいるんか?‥‥元気でやってるか?‥‥病院から抜け出して、そのままいなくなってしまって心配してます‥‥異世界病とかゆうのにかかって‥‥記憶を失っていると学校の先生から聞きました‥‥その‥‥家族はみんな元気でやってます‥‥オイラ達のことを覚えてなくてもいいから‥‥遊びにでも来てください』

 田舎訛りの強い口調で話す男は‥‥愛花に呼びかけていた。愛花‥‥恋盛愛花‥‥異世界ネームなし。魂が異世界に呼ばれた時、戦うことを拒否した女の子。

 そして、異世界のシステム管理代理人【バックアップ】によって別人格に魂を書き換えられてしまった唯一の異世界帰りの子供。

 田舎訛りの強い男の動画を見て、殆ど同時に和泉光平の握る【天使の翼のような剣】がカタカタと震え、その形態を解放し、人型‥‥ボブヘアーで小動物のようなクリクリの瞳をしたエルザの姿に戻る。エルザはそのまま頭を抱え、断末魔のような叫び声を上げる。

「出てこないでッ!‥‥あなたは戦わなかったじゃないッ!‥‥わたしに戦わせたじゃないッ!‥‥だから、この体はエルザの物なのッ!」

 和泉がエルザを抱きしめる‥‥遠く離れてしまわないように。

「ここに‥‥現実世界にいれば‥‥パーソナリティーは書き換えられないんじゃないのかッ!‥‥エルザ‥‥そうだ、君はエルザだッ!」

 石渡桃華が呆れたように断言するッ!

「うわぁ、ひくわー‥‥エルザじゃないでしょ?‥‥その体は、恋盛愛花さんの物でしょ?‥‥エルザなんて個性、異世界で作られた偽りのパーソナリティーでしょ?‥‥返してあげなよ?‥‥家族が‥‥家族が待ってるんだよ?」

 エルザが大きビクッ!と、体を震わせたかと思うと、今度は静かになり‥‥そして‥‥そして、後ろから抱きしめる和泉光平を突き飛ばしたッ!

「触らないでッ!‥‥私は‥‥恋盛愛花よ‥‥異世界ネームなんてアホらしいもん‥‥持っていない‥‥普通の‥‥普通の田舎で暮らしている女の子よ‥‥決して、エルザではないわ」

 和泉がエルザ‥‥いや、すでに愛花に戻っているその肉体に触れようとする。

「違う‥‥君は‥‥エルザで‥‥その‥‥俺と君は‥‥」

「触らないでってッ!‥‥うぅ‥‥私の体が好きでもない男の子に‥‥汚されちゃった‥‥」

 嗚咽‥‥半年ぶりに人格を取り戻した恋盛愛花が嗚咽を漏らすには、十分すぎる勝手な振る舞いをエルザはしてきた。

 元々、異世界に導かれても戦うことを拒否した優しい魂の‥‥個性の持ち主の恋盛愛花の嗚咽だけが作りかけのダンジョン4階層に響き渡る。

 伊藤花火と相澤守も‥‥動けない‥‥和泉とエルザの恋仲はそれほど有名だった。

 目の前の修羅場にどう対応して良いのか‥‥ゲームが好きで、色恋に疎い伊藤と相澤は分からない。石渡桃華だけが口角を釣り上げて、邪悪に微笑み口にする。

「あ〜ぁ‥‥なーかした♪なーかした♪‥‥キャハハッ!」



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