#01 うるせえ、集団心理!
彼は15歳で引きこもりのろくでなしだ。
今日とて自宅で親指を噛み、エアコンの設定温度は18℃。世間標準の中学生が1学期末の考査試験に向けて、もしくは最後の部活大会に向けて、汗水、脳汁を駄犬のよだれが如く垂れ流し、青、春、絶賛謳歌万来しているのに、彼は自問自答を連続する。
「悪いのは俺じゃない。世界、そう世界が悪いんだ!」
年中エアコン生活で枯れた声と、独りよがりの強迫観念の不眠症で目の下には痣が浮かぶ。
『違う、悪いのはあなたよ!』
彼の脳内がそう応える。
あぁ、またコイツだ‥‥、俺の中に巣食う【集団心理】が、自問自答に他答し割り込んでくる。
「やめろ、俺が悪いなんて正論聞きたくない。そもそも、正論なんて集団心理が生み出した幻想じゃないか。あいつらは年中無休で催眠術にかかっているデグ人形だ!俺はあいつらとは違う!」
彼はシングルベッドの上で悶え苦しむ。脳味噌のどこかに【集団心理】が居座り、こうして誰でも考えるさも当たり前で愚かな幻想を語りかけてくるようになったのは半年前からだった。
『違わない。あなたも無数に営みを育む人間の1人よ。ご両親も心配しているわ‥‥さあ、外に出ましょう!』
「うるさい、集団心理の分際で!お前達は、考えているように見えて実は‥‥何も考えていない!正解?外れ?人間はそんなんじゃないだろ!」
『では、あなたは何がしたいの?そのまま身が朽ち果てるまで、答えのない自作の問題に挑み続けるのかしら?ニーチェでさえ、山からおりたとゆのに』
「うるさい死ね。俺の脳味噌に巣食う集団心理の分際でニーチェを語るな」
彼は跳ねるように飛び上がり、カーテンを乱暴に開けた。
「見ろ!見ろ見ろみろ!どう見ても、怪獣!こうして、おかんが買ってきたニトリの遮光カーテンを開ければ、東京タワーよりもデカくて、スカイツリーよりも少し小さい怪獣が俺の住むチンケな地方都市に、何の前振りもなく、いきなり、突然、唐突に、ポンって現れたんだぞ!」
彼はそのまま座り込み、肩を震わせ酷く不細工に吠えてみせる。
『確かに怪獣‥‥正確には、動くことのないオブジェクトと化した怪獣ね。でも、あなた以外の人間は‥‥』
「やめろ!それ以上ゆうな!」
『怪獣の存在に何の違和感も覚えていない。引きこもりのあなただけが、怪獣が現れたと部屋で1人大騒ぎしているわ』
「違う、集団心理!俺は正常だ!狂っているのは、お前ら集団だ!なんで分からないんだ!動かないとはゆえ、東京タワーよりもデカくて、スカイツリーよりも少し小さい怪獣だぞ!」
彼は喉をかきむしり、悲鳴のように捻り出す!
「変!」「だろ!」
『分かったわ、じゃあ、その違和感の正体を突き詰めるために冒険に出ましょう。あなたがその気なら私は‥‥協力するわ』
集団心理の誘いに、彼は部屋の隅の虚空を見つめる。
「おい集団心理‥‥俺が冒険だと?ふざけるな!お前達はそうやって、油断すれば冒険させようとする!虎でさえ崖から突き落とし、沖縄人でさえ旅をさせるだけなのに!」
彼は思い切り布団を叩きつける!
「それなのに、集団心理、お前らは冒険をさせるとゆうのか!ふざけるなふざけるなふざるな!」
『ふざけてないわ。引きこもりのあなたが冒険して、愛を知り、勇気を学び、希望になるのよ』
「少女漫画の変身ヒロインじゃあ、あるまいし!愛?夢?希望?死ね!」
『‥‥あなたは何がしたいの?そうやって、答えのない自問自答を繰り返すとゆうの?』
彼はベッドボードに無造作に置かれたアイフォンを手にした。
「俺は‥‥YouTuberになる」
彼の脳味噌に巣食う【集団心理】が嘆息を吐き捨てる。それは、電気のシグナルになって彼の体の神経を駆け巡る。
「予期していなかっただろ?俺が怪獣を巡る冒険に出ると、腹があるか知らないが括っていただろ?だから、俺は‥‥冒険にも、外にも出ない!YouTubeをする!そう、それこそがお前ら集団心理を欺く、唯一の正解!」
『あなた、それが面白いと思っているの?知らないの?人間は知っている物事を面白いと思うのよ。知らないことは、意味不明、ただの気狂いよ』
「うるせえ、集団心理!お前らはそうやって‥‥群れる!だから、戦争がなくならない!今もこうして、金の足し算引き算の戦争で、命が失われている!だから、俺はお前らを無視する!何故なら、戦争がなくならないからだ!」
『勝手にしなさい‥‥引きこもりの15歳が戦争を語るなんて馬鹿馬鹿しい』
「フンッ、グレタの前で同じことをゆってこい‥‥俺はYouTuberになる」
『‥‥‥』
彼はYouTubeにアカウントを登録する。
チャンネル名は──【闇系チャンネル】
そうだな、そろそろ、彼と呼ぶのは止めようか。ここからは彼のことを【闇系】と呼ぶ。
世界で1人だけ、違和感に気付く者。闇系がYouTubeに最初に投稿した動画のタイトル。
【都市伝説】怪獣について語ってみた【世界の終わり】
小さな地方都市にある私立特別支援高校は異世界から戻ってきた子供たちの社会復帰を目的とした学校だ。事件名、【昏睡事変】
全国男女16歳が400人、同時に昏睡状態に陥り、一週間も目を覚さなかった。当時、ニュースで取り上げられた時、憶測と承認欲求だけが取り柄の5ちゃんスレでは、オカルトや薬物混入や偽装、自作自演など。事件が起きるたびに、自分の承認欲求を満たすためだけの、わき汗臭い考察がされたいた。
殆ど同時に目を覚ました青年男女は口を揃えてこう言った。
「異世界に転移されて、魔王を討伐する冒険をしていました」
鼻息だけは偉い大人達は、餓鬼の戯言と思ったが。昏睡状態から目を覚ました青年男女は、もれなく‥‥魔法が使えた!焦った大人達は魔法が使える子供たちを支援という名目で、隔離し管理するために一箇所に集めた。それが私立特別支援高校だった。
17歳。3年の異世界の冒険を終えて、一週間ぶりに目を覚まし、偉い大人に特別支援高校へ編入させられた1人、和泉光平はうんざりしていた。
和泉が目を覚まして、退院すると待っていたのは転校だった。異世界を冒険する前なら想像できなかったが、目が覚めて、振り切った自分のステータスを確認した瞬間、これは政治家とか官僚とか国家とか。そういう偉い人を巻き込む大事件だと理解した。
何故なら、本当の意味で指先一つで人を殺せる、圧倒的な力、魔力を和泉や異世界帰りの子供たちは保有している。科学は魔力を感知できない。
例えば、和泉がアメリカにツアー旅行し、そのついでに大統領を誘拐することも容易。
地球において、魔力・魔法とはそれほど圧倒的な力だった。しかし、3年もの異世界暮らしは和泉を大人に成長させていた。
「母さん、大丈夫だよ。先生たちは皆、親切だし良くしてくれている。うん、そう、ただのカルチャーショックだよ」
和泉はビジネスホテルをそのまま宿舎にした寮の自室で、スマホの電話口でそう言った。
『でも、心配なの。いきなり、光平と離れて暮らすことになって』
すっかりと、懐かしさを含むようになった母親の声に胸が痛くなる。
「言っただろ?これは、必要なことなんだ。俺たちは普通じゃなくなって、常識とか倫理観とかを改めて学ばないといけない。じゃないと、こうして電話すらできなくなる」
『うん、ごめんね、何度も同じ話をさせて』
和泉にしては3年ぶりに現実に戻ってきて、転校して3ヶ月だが。母親にとっては、和泉が突然昏睡し、目を覚ましたと思ったら無理矢理子供と引き離されたという理不尽。
特に和泉の家庭はシングルの上、子供は和泉1人で、母親が神経質になって毎晩、電話してくるのも仕方がないことだった。和泉は17歳だが、もう大人で。そういう、母親の大変さとか、子供を思う気持ちを理解していた。
「もう遅いし、今日は切るね。おやすみなさい」
『おやすみ、光平』
スマホの終話ボタンをフリックすると、部屋のインターフォンが鳴った。
和泉はまだ気が休まらないなと思いつつ、部屋のドアを開けると、異世界では同じパーティーで英雄と呼ばれていた伊東花火が立っていた。
「光平、例の件は考えてくれたか?」
鋭い目つきと、尖った顎先。整った顔の輪郭は現実でも、英雄になれそうな男前の伊藤花火がそう告げる。
「駄目だ。いいか、花火‥‥ここは、異世界じゃない。現実なんだ。俺たちは、能ある鷹だ。当たり障りなく、社会常識に溶け込んで、普通に生きるんだ」
和泉はふと思う、足元がふわふわだと。それは、ビジネスホテルを無理矢理、寮にしたためカーペットの柔らかい床だからなのだが。花火の例の件‥‥異世界帰りの子供たちで国を作ろうという世迷言が、あまりにもふわふわしていたから、だとも思う。
「光平、俺たち仲間だろ?いいのか?このまま、自分たちの能力を‥‥持て余していて!」
和泉は心臓を掴まれた居心地の悪さを覚える。分かる‥‥言いたいことは。
「しかし、こっちにはいるだろ?家族とか兄弟とか‥‥友達とか!僕たちがしでかしたら、法律が許しても、インターネットに関係のない親しい人が殺される!間違いなく、絶対に!」
「光平!何をビビってるんだ!俺たちなら、勝てるだろ!警察とか自衛隊でも!何なら、今すぐ証明してもいい!」
花火が身振り手振りで殺意を放つ。
確かに、英雄と呼ばれた花火なら警察や自衛隊を瞬殺することも可能だろう。
「駄目だろ‥‥ここは異世界じゃない」
和泉がそう口にして、両肩を掴む、すぐに伊藤花火が振り払う。
「でも、俺たちは持ってるだろ!力を!能力を!魔法を!ステータスを!」
「‥‥止める。僕は止めるぞ、花火。お前が道を間違えたら、本気で命を差し出す覚悟で」
「いいぜッ!俺がヴィランやってやるよ。光平がヒーローやれよ」
花火が踵を返し、背を向けて廊下を歩いて行く。
「花火!戻ってこい、ここは異世界じゃないんだ!」
「知ったことか!」
歩み去る伊藤花火は和泉の親友で、同じパーティで、仲間だった。そして、今!敵になった。
伊藤花火のように、異世界で鍛えた能力で現実世界を変えようとしている生徒は少なくない。
しかし、それじゃあ、圧倒的な暴力で大陸を統べようとしていた異世界の魔王と同じじゃないか!和泉が頭を抱え、部屋に戻ると水を滴らさせバスタオルだけを巻いたエルザがベッドに座っていた。
「っつ、エルザ!何度もゆうが、そんなはしたない姿で‥‥」
「わたしはイズミについて行くから‥‥これからもずっと」
エルザはボブヘアーの小動物のようなクリクリした瞳を向けて口にした。
その表情を初めて見たものなら感情を読み取れないだろうが、和泉には尻尾を振る豆柴を連想させた。和泉は自分の気持ちを察してくれた小柄なエルザの体を抱きしめた。
バスタオルがはだけて、エルザのか細い四肢がより露わになる。
「うん、僕たちなら大丈夫」
「ねえ、イズミ‥‥いつでも、わたしを使ってもいいから」
「もう二度と、お前に力を使わせない‥‥そう誓っただろ?」
そして、和泉とエルザは愛し合った。
外は熱帯夜な時間、また【闇系】が新しい動画をYouTubeに投稿する。
【物申す!】セカイ系は黙っとけ!【世界の終わり】
「セカイ系聞け!お前達は、結局のところ‥‥流されてるんだ!考えろ!今は‥‥承認欲求を満たしたる場合じゃあないだろ?愛とか友情とか‥‥そゆレベルじゃないだろ?怪獣だぞ?あいつが目を覚まし、動き出したら‥‥世界は終わる!」




