愛の結晶がほしいロボットと愛の結晶を生産できるロボットのお話
「子作りしよう」
「断る」
「なぜ?」
「ロボットと子作りとか馬鹿げてる」
目の前で意気揚々とアタシを抱きしめてくる男性型のロボットに、吸っていた煙草の煙を吹きかけてやる。けど、呼吸器官の無いコイツが煙を吸って咽るはずもなく、つるつるの無機質な顔になんの変化も訪れなかったけど、離してはくれた。
「でも、君は子供を産むための機能が備わってるだろう。そういう役目だったんだから」
「たしかに、アタシは子作りマシーンだけど。そもそも、お前に精子無いだろ」
アタシが妊娠機能と出産機能を兼ね備えているのは間違いない。妊娠出産のために作られたモノだから当たり前なのだけど。けど、単一生殖ができるほど優秀ではない。体内に埋め込まれた一つの卵子を複製して排卵。その後、子供を望む人間と性交渉を行い、体内には入ってきた精子と卵子を操作して確実に受精させて着床。性交渉などで精子の提供がない限り妊娠は不可能。つまり、生物ではないコイツに射精する能力というか、精子自体が生産されていないのだから無理。
「がんばれば、出るよ」
「なにをがんばる気だ」
つるつるの顔につけられたモニターに決め顔の顔文字を表示させて両手でサムズアップする目の前のロボットは何を根拠に宣うのだろう。お前の体を構成しているのは炭素繊維強化樹脂とかマグネシウム合金とかの無機物だろ。よしんば体内から出たとしてもオイルのカスがいいところだと思う。
「でも、僕は子供がほしい」
「だったら、お前の部品の一部でも使って組み立てりゃいいだろ」
人間の真似事をしているロボットは自分の部品を使って子供型のロボットを作ることはある。それで、疑似的な家族を作って生活を送っている。ただ、男性型ロボットがそれをしているところは見たことがない。男性型ロボットの役割は仕事と定義されているためなのか、家族というものに興味がないようだ。
「単一生殖ではなく他者と混じりあった子供がほしい」
「なんでそこまで拘るんだよ」
変わり者のこのロボットはいつも妙な行動、拘りを見せる。無機質な見た目に反して、とても生物的な行動を取る。だから、他のロボットと共にいることができない。というか、他のロボットから異質な存在として無視されている。
「子供とは愛の結晶だと読んだ。愛とは本来は不可視のものだけど、その結晶が目に見えるというなら見てみたい」
「ロボットの癖に愛とかほざくな」
「ロボットだって、愛が知りたい」
「さては、なにか本を読んだな」
「ラブロマンス小説を少し」
「少しって量じゃねぇな」
ロボットは何処に隠していたのか大量のラブロマンス小説をどさっと地面に置いた。正直、引いた。変わり者のコイツは本を知識の取り込みではなく、娯楽として楽しむ。そもそも、本なんてデジタルが主流だというのに、わざわざアナログな紙の本を好んで読むのだから本当に変わっている。手に取ってさらっと印刷された活字に目を通す。男女が愛し合う様が描かれて、最終的に子供を作り幸せになっていた。背筋がゾワゾワして歯がすべて抜け落ちそうなほど甘ったるい言葉が並べ立てられているのを見て、ロボットはどんな顔でこれを読んだんだと想像すると少し面白かった。きっと、つるつるの無機質な顔で食い入るように読み込んだはず。
「というわけで、子作りを」
「しねぇし、そもそもお前にできねぇ」
「(´・ω・`)」
「うざっ」
モニターに映し出された顔文字のあまりのウザさに付き合いきれなくなり、ロボットをその場に残して立ち去った。さっき吸い終わった奴が最後の一本だったから、煙草を買いに行かなければならないし。街中に溢れるロボットたちはまるで人間のような生活をしている。と、言っても真似事だから、食事を作るだけで食べはしないし、トイレに入っても排泄はしない。そして、人間の真似事をするロボットを世話するロボットたち。彼らは決まったルーティンを毎日繰り返すだけ。
生活の全てをロボットに任せた結果、人間は娯楽を貪るだけの存在になっていき、人間の人間としての能力が落ちていった。そして、なぜか女性の妊娠能力が著しく低下した。出生率の激しい低下に、いずれは完全に子供が生まれなくなることを危惧した人間たちは、なんとか子供を作ろうと研究を始めた。
ギリギリ生殖能力の残っている男性との間に子供を作るために開発されたのが「アタシたち」だ。半生体型のロボット。中身はその辺のロボットと大差ないが、健康な女性体をモデルに男性が性行為を行いやすいように本物の人間の意識、感情を焼き付けたメモリと、人間の細胞から作られた皮膚と頭髪、膣を持つ妊娠出産ロボット。
量産された「アタシたち」は沢山の子供を産んだけど、その子供たちはみんな生殖機能を持っていなかった。人間は必死になった。卵子同様に精子の複製をおこなおうとしたが失敗が続き、ついにはクローンでもなんでもいいからと人間を作ろうと躍起になった。もうそこには男女の愛とか子供は愛の結晶とかそういう概念は存在しなくなっていた。人間の努力もむなしく、生殖機能を有した人間がいなくなり、人間は絶滅してしまった。残ったのは大量のロボットとアタシだけ。
(他の「アタシたち」はみんな壊れちゃったんだよな)
「愛もクソなくなったこんな世界で愛の結晶ねぇ」
アイツは変わり者だと常々思っていたけど、あそこまでとは。愛なんて人間が簡単に捨てられるほど軽い物だったのに。
「おーい」
「なんだよ。追いかけてきたの…か」
「生殖器をつけてみた。どうだろう。似合う?」
股間部分にぶらんぶらんと男性器の形をしたなにかをぶら下げながら歩み寄ってくるロボットの何とも言えない気持ち悪さに思わず顔を顰めた。
「キショい。壊れてくれ」
「おかしい。生殖器を見た女性は興奮して妊娠したくなるとこれで見たんだけど…」
「エロ本じゃねぇか!エロ本はファンタジーだから信じるな!」
ロボットの手にある人間の男の好物であるエロ本を叩き落とした。べしゃと地面に落ちたそれには淫猥な言葉と絵が紙いっぱいに描かれていた。
「残念だ…」
ものすごく残念そうな顔文字をモニターに移しながら、がっくりと項垂れるロボットに呆れるしかない。
「大体、それがついてたって肝心の中身がでねぇだろ」
「がんばれば、出る。生殖器とはそういう役目だから」
「いっぺん、頭の中身メンテしてこい」
項垂れて低い位置にあった頭をゴツンと拳で殴る。当然痛覚なんてあるはずもないので、ロボットが痛がることはないけど。
「精子が出るようになったら、子作りしてくれるかい?」
項垂れていた頭を上げて、こちらを向くつるつるの無機質な顔。ここまで、粘られたら断るのも疲れてきた。けど、正直な話をすると性行為にいい思い出はない。人間の男の性行為は乱暴なことこの上なかったからだ。そりゃ、アタシはメモリに人間の感情が焼き付けられているといったて、所詮はロボットだから人間扱いされるわけがないんだけど。壊れるんじゃないかというほど乱暴なこともあった。焼き付けられた感情には恐怖だってあった。涙が出るような作りはしていなけど、泣きたいと思うことも多々あったわけで。このロボットとの付き合いが短いわけではない。むしろ長いと思う。そのなかで、コイツが暴力などに訴えているところは見たことがない。
(それなら、まあ、いいか…)
「…優しくしてくれるなら」
「優しく?もちろん、性行為とはお互いを思いやることだと読んでいる。その思いやり、愛が結晶を作るのだから」
なんとなく、優しさを要求することに照れくささを感じて目を反らしてしまったが、ロボットは気にしてないようで思いやりや愛を語り始めた。ラブロマンス小説の影響か台詞が少しばかりクサいのが気になるけど。
「待て。なんで、アタシまでお前を思いやる前提なんだよ」
「君は僕に好意的だから。僕のような変わり者と一緒にいてくれるからね」
「………まぁ、嫌いではないけど」
「子作りはお互いを好きでいる必要があると読んだ。もっと好かれるようにがんばるよ」
「本当に変わってるな」
呆れ半分で笑うとロボットは優しくアタシの手を握った。愛のある人間を見たことがないけど、愛があった頃の人間はこんな感じだったのかと思った。
「とりあえず、好感度を高めるためにデートに行こう」
「いいけど、その股間にぶら下がっているのは取れよ。キショいから」