理想郷サーカス
工業街ヘブン。
今俺達が拠点としている街の名前だ。
アスファルトで出来たビルが生い茂り、鉄で出来たパイプの枝が無数に伸びた街。蒸気の種が大気を汚染する。
乱雑な街並みは隠れるには持ってこいではあるが、住んでいる者は人間族ばかり。
変わった風貌の俺達はどうしても目立ってしまう。
しかし、金と労働する人間が大勢いるこの街は、俺達みたいな者でも住むには困らない。
俺達は、集まった物を盗めばいいのだから。
♡
俺達のアジトはこの街で最も荒れ果てた場所にある。
街の外れ、既に稼働していない工場の地下。
地下に繋がる入口には一人の男。
手足が四本、合計八本ある。
脱色した明るい金髪に、顔には空かない場所は無いと思われる無数のピアス。
目元は化粧をしているのか、鋭く見える。
門番の男、セクトは俺を見ると、陽気な声を出す。
「ヨッ! マガイ! ご機嫌どう? 元気? 勇気? 頑張ってる?」
「いつもお前はうるせえな、セクト」
苦笑しながら返事をする。
「そりゃそうさ! 俺っち達は世界の爪弾き者。空元気でも景気よくしなきゃやって行けねって! な?」
「ハイハイ。他の連中は?」
「ダンチョーはマガイより一足先に来て、とっくに中さ!」
「知ってるっての。一緒にいたの分かってんだろ」
団長は兎の全獣人、ビットの事だ。
追っ手を撒くために二手に別れたが、先にアジトに戻っていたようだ。
「おーっと、そいつは失礼! 後はそうだな。ホーンの嬢ちゃんとタイムは中にいるぜ! ······マウスはいつも影薄いからなぁ、居るのか居ないのかなぁ」
「分からねえって、何のための見張りだよ」
「そりゃおめえ! 皆を守る為さ!」
俺の指摘に、セクトは四つの手全てで親指を立てる。
そのシュールさに思わず笑ってしまった。
「野暮だった。悪ぃ、お前は間違ってないよ」
「んん? 何を謝ってんのか知らねえけどよ! 元気出せ! な?」
「はは、元気だよ。んじゃ、ビットと合流するわ。見張り頑張れよ」
「オォーケェー! 俺っち頑張るぜえ! なんてったって副ダンチョー様が直々の激励だからな!」
「誰が副団長だよ。んじゃな」
「バイバイ! 副団長!」
♡
昔、このアジトはどこかの違法な研究所だったらしい。
一階は崩れて原型を留めていないが、地下は綺麗な状態で残っていた。
かつて置いてあっただろう高価な機器は当然残っておらず、床には割れたガラスが散らばっている。
通路は入り組んでいて、隠し通路まである。
覚えている道筋を歩いていると、腹に衝撃が響いた。
下を見ると、体に角が巻き付いた黒髪の少女が俺に頭からぶつかっていた。ぐりぐりと頭を俺の腹に擦り付けている。
『理想郷サーカス』最年少のホーンだ。
「マガイ、マガイ」
「んお? ホーンか」
彼女は角の異常発達により、全身に巻きついている。
その為、腕を動かす事が出来ない。
服を着るのも、食事をするのも誰かの支えなしでは生活出来ない少女だ。
彼女は視線を上げ俺を見ると、無表情に僅かに口元を上げる。
「ん。ホーン。マガイ」
「おう。マガイだ。元気か?」
「げんき。マガイきたから」
「そか。そりゃ元気一杯だ。今日はいい一日になるぜ」
俺はセクトの様に親指を上げるが、ホーンは首を左右に揺らした。
「ちがう」
「あん?」
「今日も、いい一日」
「おぉう、こりゃ一本取られたな」
「とってやったぜ」
ホーンは無い胸を張った。
♡
俺とホーンがじゃれ合っていると、通路の奥から嗄れた声がした。
ホーンの小さな声では響かなかったコンクリートの壁が反響する。
「おやおや、ホーンは今日もマガイにベッタリか。モテる男は辛いのう」
「おう、タイム。今日はババァか」
タイムは自分が内包する魔術の影響で、幼い子供から老婆へ毎日姿が変わってしまう。
今日はかなり歳をとっている日の様で、腰を曲げ、杖をついて歩いている。
「ババァとはご挨拶じゃな。まあ、今は間違っておらんが。だが、ワシは貴様とそれ程歳は変わらんと言うことを忘れるでないぞ」
「知るかよ。お前本当の年齢教えねえだろ」
「ワシはピチピチの十八じゃ」
「こないだは三十二とか言ってたじゃねえか。その口調のせいでボケてるとしか見えねえよ」
「フェッフェッフェ。貴様には絶対に教えてやらんわ」
甲高いタイムの声と態度に顔を顰めてしまう。
彼女は俺の事が嫌いなのか、よく馬鹿にした態度をとる。
「なんだよ。それ」
「因みに、貴様以外の皆は知っておるぞ」
「······マジかよ」
「ショックか? 仲間に隠し事をされて、泣きそうか? ババァが胸を貸してやろうか?」
「いらねえよ。どうせなら若い姿の時に言ってくれ」
「フェッフェ、考えておこう」
そう言うと、タイムは尚も腹に頭を擦り付けているホーンを連れ、来た道を引き返す。
その後ろ姿はどう見ても孫を連れる祖母だ。
今は老婆の姿だが、タイムはとても美人である。
二十代の姿のタイムは、金髪に凹凸のハッキリした体。
誰だって抱きつかれるならそちらが良いだろう。
「あ、ちょっと待て」
「ん? なんじゃ?」
俺は手に持つ紙袋から赤い木の実をタイムに投げる。
タイムは杖を落としながら慌ててそれをキャッチした。
老婆の姿では少し大変だった様だ。
「やるよ。ホーンと二人で分けて食え」
「············本当に貴様は。有難く頂こう」
「ありがと、マガイ」
呆れるタイムと、体を下げてお礼を言うホーン。
俺は、ビットの元へ足を運んだ。




