歪ンダ世界
「おいっ! そっちに行ったぞ!」
「チッ······バケモノめ! 逃げ足だけは速ぇ」
「っ、くっ、、はっ······っ」
俺は走っていた。
コンクリートの建物が所狭しと並ぶ街並みを、配管が入り交じる路地裏を、全速力で。
薄汚れたフードを深く被り、果物が詰まった紙袋を胸と片手で抱え、手摺を掴み、壁を蹴りながら逃げる。
「······っ!」
時折蒸気が漏れ出る管を掴んでしまい、手が焼けるが関係ない。
俺はこの食料を運ばなくてはならない。
「おい! マガイ! 遅ぇ! 急げ!」
「っせえ、ビット! 俺はお前程足が強くないんだ!」
目の前のビルの上から長い耳が付いた小さな顔が出る。
小さな兎の姿で服を着て、言葉を話す男、ビット。
全獣人と呼ばれる、全身獣の姿で言葉を扱う人種だ。
「皆がお前程の足を持ってるとは思うなよ! 壁を蹴って登るからそこを退け!」
「チッ、早く来いよ!」
ビットは顔を引っ込め、すぐ後に小さな足音が聞こえた。
俺の言う通り一人で逃げた様だ。
正直、俺の足は重い。兎であるビットみたいに一足で飛び上がる事は出来ない。
本来なら引き上げて貰いたいものだが、ビットの小さな手では無理だ。
「おい! こっちだ! 声がした!」
「追い込め! 挟み撃ちだ!」
路地の向こうから声がする。
ビットの大声で気づかれたらしい。
「クソビットめ。見つかっちまっただろうが!」
悪態の途中で数人の男が俺のいる路地裏に入って来た。
俺は急ぎ片足で壁を蹴り、ビルを登る。
「居たぞ! ヒトマガイの化物だ!」
声と同時に、水の弾が俺の頭上を通過する。
「クソ、魔術なんて使ってきやがった!」
当たりはしなかったが、頭を掠めた事で被っていたフードが外れ、自分の姿が追っ手に見られてしまう。
もうとっくに顔は割れてしまっているので構わないが、その都度浴びせられる声にうんざりしてしまう。
「白髪、四つ目、複数の口、包帯で巻かれた深い体毛の手足。間違いない、キメラのガキだ!」
「チッ。好きでこんな姿になった訳じゃねえよ」
俺はやっとの思いでビルを駆け上がり、屋上へ上がる。
屋上には、とっくに逃げていたと思っていたビットの姿があった。
「おいおい、いつ見ても気色悪ぃ面だな」
俺が顔を見たビットが口元を吊り上げながら言う。
「っせ! お前も似たようなもんだろうが」
「はっ。違いねえや」
俺たちは会話もそこそこにその場を去る。
ビットの全獣人はあまり数は居ないが、世界から嫌われる傾向にある。
他に獣の特徴が人間の体に現れた、一般的な獣人族も迫害の対象になっているが、その比ではない。
分類的には魔物と呼ばれ、時には狩られ、場所によっては食べられたりする。
家畜として扱われる場所もある様だ。
「······撒いたか?」
「んだな。ってかお前フードを被り直せよ。見てるこっちが痛々しい」
「そう言うなよ。見慣れてるだろ」
「そうだけどよ······お前が気にしないなら良いが、あまり良い気分じゃねえだろ?」
「いいよ。お前達なら」
「············そうかよ」
俺の体は歪だ。
人間の体に様々な生き物を融合されている。
猿の魔物の腕、足には鱗と鋭い爪が生えている。
継ぎ接ぎだらけの体には沢山の縫い目が付いている。
顔は最も歪んでいて、左右の目玉の他にさらに二つ付いている。耳や鼻は人間と同じだが、牙が生えた口が頬と首元に合計五つ。言葉を話したり、食事が出来るのは本来の一つだけだが。
「俺の体はどうでもいいんだ。さっさとアジトに戻ろうぜ。子供達が腹を空かせて待ってる」
「ああ」
♡
世界は歪んでいて、醜く、生き辛い。
たかが外見一つで周りの人々は俺達を化物と呼び、差別する。
石を投げ、殺し、モノとして扱う。
俺達は人で、生き物で、意志を持っているのに。
それが愚かなのだと、人としての道に背く行為だと気づかない。
正にこの世界は愚者で溢れている。
俺達はそんな世界から溢れた者。
この世に生を受けた時からの弱者。
仲間は多い。
皆が世界を恐れ、恨んでいる。
全身獣の兎男、ビット。
手足が八本ある、長身の人間の男、セクト。
角の奇形で伸び、腕に巻き付く悪魔の女の子、ホーン。
目鼻が無く、口が裂けた女、マウス。
日毎に年齢が変わる女、タイム。
そして俺、四つ目複口の混成獣マガイ。
俺達化物は、ビットをリーダーとして一つの組織を組んでいた。
チーム名は『理想郷サーカス』
俺達が、俺達だけの、俺達の為の世界を目指す組織。
歪んだ世界から、旅立ちを目指す組織だ。
一風変わったダークファンタジーです。
色々考えながら更新はゆっくりしていきます。




