9 竜剣山大迷宮
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竜剣山には洞窟があった。その洞窟の最奥には竜剣という伝説の秘剣が置かれていた。
その竜剣は只の剣ではなく、魔力を注ぎ込むことによって魔剣へと昇華される眠れる魔剣だった。
しかし注ぎ込める魔力は竜の魔力に決まっていて、誰でも目覚めさせられるような代物では無かった。
その竜剣は長い間待っていた。魔力を収めることが出来る主を。
そして遂に現れたのだ。
三人の冒険者たちによってここまで誘導された主は、待ち受けていた一人の冒険者に力を奪われた。
そしてその冒険者はその力を移し替えるようにして竜剣に注ぎ込んだ。
そして遂に竜剣は魔剣になった。海嘯神竜リヴァイアサンの魔力を宿した海嘯魔剣に。
そして魔力枯渇を起こしたリヴァイアサンは海嘯魔剣を護るようにその前で眠りに就いた。
そして今着々と力を取り戻しつつある。完全復活は近い。
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木々が鬱蒼と生い茂る森を抜けたディアルとミーナ。
すると眼前に大きな岩壁が現れた。
「これがリヴァイアサンが居る洞窟なの?」
「多分そうだろう。何処かに入口があるはずだ。」
目の前には洞窟らしき巨岩の自然物が厳かに聳え立っているが、肝心の入口が見当たらない。
入口を見つけないことには当然目的を果たすことは出来ない。
ディアルはぐるっと周りを回ってみるが入口らしきものは見つけられず。
何度も探すが結局発見できず、途方に暮れかけたその時だった。
「ちょっと待って。」
ミーナが声を上げたのは。
「ミーナ、何か見つけたのか?」
「うん。この洞窟の入口が分かったの。付いて来て。」
そう言って走り出したミーナ。
ディアルは言われるがままにその後ろに付いていく。
「ここだよ。」
「え?ここは確か・・・」
ミーナがやって来たのは、森を抜けて最初に洞窟らしき巨岩を見た場所だった。
そこに入口が無かったからこそ探し回ったのだが。
ディアルはミーナの意図を汲み取りかねて思わず訊いた。
「ミーナ、どういうことだ?」
「あのね。洞窟の入口はここにあったの。ううん。迷宮の入口って言った方が正しいかな。実はこの洞窟は元々は本当に洞窟だったんだろうけど、リヴァイアサンが棲みついてからは迷宮に変わっちゃったみたいなの。きっと自分の力が封印された竜剣を守りたかったんだろうと思う。誰も入って来れないように魔法で入口を閉ざしてる。」
「なるほど。で、それがここなのか?」
「うん。ここだけ魔力の気配が感じ取れる。」
「マジか!俺分かんないぞ。」
「しょうがないよ。パパは魔力がゼロだもん。魔力が無いのに感じ取れる方がおかしいくらいの隠密性だから。」
「やっぱり神竜ともなると偶に出るドラゴンとは格が段違いだな。」
「私が頑張ってパパをサポートするからパパはリヴァイアサンを斬り倒してね。」
「ああ。これは情けない戦いは死んでも出来ないな。」
「じゃあ、破るよ。アクアダイブ。」
ミーナが手を空に掲げると、水が渦を巻きながら天空へと伸び、竜のような形を成した。
そしてミーナの手から生まれた水の竜が、洞窟目掛けてバヒュンと音を立てて一直線に突撃。
するとそこの岩壁に魔力が浮かび上がり、アクアダイブに抵抗する。
「何だこの濃密な魔力は!」
その魔力の重厚さたるや正に岩壁だ。
物凄い勢いで突撃して来た水の竜を押し返す勢いで受け止める。
それを負けじと推し削るミーナのアクアダイブ。
しかし押し切れず水の竜は力を失い消えてしまった。
「ミーナ・・・」
力無くうなだれるミーナに大丈夫だと声を掛けようとしたディアルだったが、
「もう一発。」
その一言に裏切られた。
ミーナは負けてなどいなかった。一撃で駄目ならもう一撃。まだ駄目ならまた一撃。
何度でも繰り返す。何度でもぶつかってそして突破する。
ドゴーーーン!!!
そして遂に破った。巌のような魔力障壁をミーナのアクアダイブで破壊した。
「やったよ!これで迷宮に入れるよ。」
満面の笑みをディアルに向けて喜んで来たミーナ。
その可愛らしさとリヴァイアサンの魔力を物ともしない頼もしさに、ディアルは自然と笑みが零れて来るのを覚えた。
これならやれる。リヴァイアサンを倒せる。そう思えて来る。
「おう!凄いぞ!ミーナ。」
だからディアルも笑顔でミーナを褒めてやるのだった。
空いた入口から中へ入ると、外からは全く分からなかったが、濃密な魔力が充満する迷宮が広がっていた。
「パパ、大丈夫?」
「ああ。何とかな。しかしこの濃さはヤバいな。」
魔力濃度のあまりの高さにむせ込んだディアル。
ミーナは心配してディアルに声を掛けた。
下から覗くミーナの心配顔が可愛らしくて、ディアルはほっこり癒されむせるような濃密な魔力を忘れられた。
そういうミーナはちょっと嫌そうに顔を顰めた程度で大丈夫そうだ。
天使の身体は伊達じゃないのだ。
その後ほんわかムードで歩を進めていると、二手に分かれた道が現れた。
「ミーナ、どっちだ?」
「うーん・・・左かな。」
迷宮化した洞窟は迷うと厄介だ。
それにディアルはここに長くいるのが辛い。
なのでリヴァイアサンの居る最奥部に最短で辿り着く為に、ミーナには魔力を感じ取って道を示す案内役をやってもらっている。
ミーナが左だと言ったのでそれに従ってディアルも左の道を進む。
道は以前と比べて少し暗い。それにどこまでも平坦で真っ直ぐ続いている。
そのため先が見えづらく、いつ魔物が襲って来るか分からないのが非常に厄介だ。
魔物を警戒しながら先を進むディアル。
対してミーナは悠然と散歩をするように歩いている。
「ミーナは警戒とかしなくて大丈夫なのか?」
「心配いらないよ。ここら辺には魔物は居ないみたいだから。」
「索敵魔法か。本当にミーナは凄いな。」
「パパも魔法が使えたらそんなにガチガチに警戒しなくても大丈夫なのに。」
同情したようにそう言うミーナ。
ディアルのことを心配して気遣ってくれているのが分かる。
心配してくれるのは嬉しいことなのだが、その分力不足なのを感じて情けなく思う。
「嬉しいけど、娘に心配掛ける父親はダメだな。」
なのでそう漏らし苦笑する。
しかし
「でも俺は剣聖だ。そう呼ばれるくらいには剣の腕は磨き上げた。それに魔法が使えないのを補える、いやむしろ補って余りある頼もしい味方が居る。だから俺は大丈夫だ。でもピンチの時はフォロー頼むな。ミーナ。」
魔法が無くとも剣がある。誰にも負けない最強の剣技が。
それに隣には何時も最高に可愛い最強の魔法使いが居る。
そう思うと自然と怖いものが無くなる。何処までも突き進める。
だから
「パパ!」
「おう。魔物だな。」
リヴァイアサンだって怖くない。
二人は次々と襲い来る魔物たちを疾風のごとく全て倒しながら進んでいった。
魔物の跳梁跋扈する迷宮を駆け回ること二時間以上は経過しただろうか。
ディアルとミーナは漸く第四階層に突入した。
「はぁ、はぁ、はぁ、かなりハードな迷宮だ。リヴァイアサンめ、ガチじゃねーか。」
ディアルは息を切らせながら独りごちた。
ここまで来るのにかなりかかった。
何せ魔物の数が尋常じゃないほど多いのだ。
一体一体はそう強くないのだが、鰯の魚群や蟻の大群のように、数多の個体が集まって攻撃して来たので、押し潰されないように戦うのに苦労した。
ディアルが魔法を使えない分ミーナに頑張らせてしまった。
かなり負担になっているはずだ。
ディアルは心配になって声を掛ける。
「ミーナ、大丈夫か?疲れてないか?」
「大丈夫だよ。あんまり疲れてないから。」
意外にもミーナは疲れた風もなくけろっとしていた。
しかし本当に大丈夫なのだろうか。
あれだけの数を受け止めたり殲滅したり、獅子奮迅の活躍をしてもらったのだ。
「心配掛けさせたくなくて強がるのはなしだぞ。本当に辛くないのか?」
ディアルは真剣な表情で、いやちょっと怖いかもしれないくらいの表情で、ミーナにそう尋ねた。
これにミーナは少しの沈黙の後、嬉しそうに微笑して答えた。
「パパ、心配してくれてありがとう。でも本当に大丈夫だよ。私は天使だから人間より体力があってそう簡単には疲れないし、それに自然治癒の能力が元々備わってるからちょっとの疲労くらい直ぐに取れるの。そうだ!パパに治癒魔法掛けてあげるね。」
そう言って笑顔でディアルに治癒の魔法を掛け始めたミーナ。
みるみるうちに傷が治り疲れが飛んでいく。
これは上級の治癒魔法だ。
こうも簡単にやれてしまうのか天使は!?
ディアルは真面目にそんなことを考えていた。
だがディアルには分かる。これはミーナにとっては造作もないこと。
初級魔法程度にしか思っていないだろう。
天使のレベルを測るべくちょっと訊いてみた。
「なあ、ミーナ?これってどのくらいのレベルの魔法なんだ?」
「うーんとねー。考えたことないけど、多分パパたちにとってだと中級、くらい?」
ミーナ、頑張ったなぁうん。でも残念。不正解だ。
こんな高速治癒プラス疲労回復のダブルエフェクトの魔法は上級魔法以上だよ。
ミーナの健気な気遣いの垣間見える回答に、心の中でうるっと涙目になってそうコメントしたディアルだった。
さて、ディアルはここで真実を告げた。
「実はそんな凄い魔法は上級魔法以上だ。」
これを聞いてミーナはちょっとびっくりという感じだ。
「ミーナは自然治癒の能力が元々備わってるって言ってたけど、それって今の俺の傷でも完全に回復出来るのか?」
「うん。流石に昨日のガンスさんの魔法はレベルが高くて、受けた時は回復が間に合わなかったけどね。」
「はぁ。羨ましいな。俺たちの使う自然治癒の魔法は、普通はかすり傷や切り傷程度しかそんな高速で治せないんだ。ミーナは本当に凄いよ。でもだからって重用し過ぎる訳にはいかない。だから辛かったら言ってくれ。倒れられでもしたら、俺は辛い。」
最近ミーナはずっと戦いっぱなしだ。
天使とは言ってもミーナはまだ八歳の幼い少女。
無理をさせたら倒れてしまいかねない。
魔法は万能では無い。
上級の治癒魔法だろうが自然治癒の魔法だろうが、その時の疲労は回復出来ても、度重なる魔法の行使によって蓄積した負担は回復出来ない。
だからディアルは何度でも言う。
無理はするな、辛かったら辛いと言え、と。
これからも魔物はうじゃうじゃ出て来ることだろうし、最後にはリヴァイアサンが待ち構えている。
長期戦になるのは必至。
自分は魔法が使えない。魔晶石や魔道具は幾つか持っているが、数もリヴァイアサンの所まで持ちそうにない。
ミーナには大きいのを何度も撃たせることになる。
だからせめて辛かったら休ませてやりたい。
その思いが伝わったのか、ミーナは嬉しさを噛み締めるようにこくりと頷いた。
「ありがとう。分かった。大変だったら言うね。でもパパに何かあったら嫌だから全力で護るよ。」
「泣ける台詞だけど今はそんな場合じゃないな。」
「魔物がたくさんこっちに来るよ!」
ドドドという音が向こう側から迫って来た。
大量の魔物が向かって来るのをミーナは索敵魔法で感知した。
ディアルは雷の魔晶石を両手に五つ握る。
ミーナは雷の魔法球を自身の周囲に十数個展開。
何故二人揃って雷なのかと言うと、竜剣山の迷宮はボスが海嘯神竜リヴァイアサンのためか、水の魔物が棲みついている。
ただ数が非常に多く、それにそこら辺にぽつぽつ居るのではなく、群れを作って暮らしているのか一々大群で攻めて来るので頭が痛くなる。
なので無謀に突っ込むのは止めて待ってから引き付けて、用意しておいた魔法を撃ち込むという策に打って出た。
「パパ!」
「ああ。見えたな。来い、魔物共!」
シャーーーーーーー!!!!!!
今回大群で襲って来たのは水蛇のような魔物だ。
二人は待ち侘びたとばかりに用意した雷魔法を撃ち込んだ。
「行け!」
「雷球乱舞!」
ディアルが投げた五個の魔晶石が爆ぜ、解き放たれた雷撃が炸裂した。
雷属性が効果抜群なだけあって、先頭から五列目までが一気に消え失せた。
それから間髪入れずに十数個の雷球がぞろぞろと向かって来る水蛇たちを強襲。
バリバリバリと空間が割れるかというほどの大音声が迷宮内に響き渡り、激しい雷光が視界を覆い尽くした。
眩しい雷光が収まり視界が晴れた時には、あれだけ居た水蛇も残り僅かにまで激減していた。
「大分減らしたな。後は俺に任せろ。」
「うん。パパ、頑張って。」
これだけなら剣だけでも何とかなる。
ディアルは剣を正眼に構え、一呼吸すると共に疾走。
瞬く間に水蛇を一体一体斬り倒していく。
「はあっ!」
ザンッ!
最後の一体を倒し、剣を鞘に収めた。
ミーナがそこに駆け寄って来た。
「やったね!凄いよパパ。あんなに素早く次々と斬り倒していったの格好良かった!」
興奮気味にディアルを褒めるミーナに、ディアルは得意顔でこう言った。
「何せ俺は剣聖だ。セークリッジ剣王国最強の剣聖だ。この調子で次なる魔物も倒してやるぞーっ!」
腕を天に突き上げ、ふんすと強く意気込んだディアル。
それにちょっと呆れたように苦笑したミーナ。
この後も何時もの調子で突き進んでいったディアルとミーナ。
リヴァイアサンの待つ最奥部第五階層まであと少しだ。