8 竜剣山の秘密と神竜リヴァイアサン
教会での解放者ガンスとの戦闘の後、ディアルとミーナは身も心も疲労困憊したため、早めに宿を取って休息を摂ることにした。
二人が取った宿は、手頃な価格で中々上質なサービスが提供された宿だった。
お金を出したため、料理は豪華なものを堪能することが出来、空いた腹を大いに満たした。
お風呂も何時もより随分と長く浸かった。
露天風呂から眺めるシーリヴァイの夜の街並みは、夜店の灯りや街の灯りの輝きが賑わいを醸し出していて、見ているこっちもとても元気になれる光景だった。
更に夜のリヴァイア海は、鼻腔を擽る潮風を運ぶと共に、月の光を受けて白く輝く海面の景色に吸い込まれてしまいそうになる錯覚を覚えた。
芸術的な美しさだなとディアルは思った。ミーナも目を輝かせて見入っている。
二人はこの絶景を目に焼き付け、一生の思い出にしたのだった。
こうして、楽しいことも大変なことも両方あった旅行一日目が幕を閉じた。
そして迎えた翌朝。
朝食を終え宿を後にした二人は、昨日行けなかった竜剣山を目指して教会があった街道を歩いていた。
「あの教会めちゃくちゃに壊しちゃったけど大丈夫だよな?」
昨日ガンスと死闘を演じた件の教会を通り過ぎた時にディアルがそう零したのだ。
確かに教会は戦闘の影響で半壊してしまった。
破壊した犯人がバレたらどうなるかは言うまでもない。
ディアルは気が気でならないのだ。
しかし昨日教会を発見した時点でうら寂れた様子だったため、実はもう使われていなかったのではないかとミーナは思い、ディアルに安心して欲しくてそのことをディアルに言った。
「そうか。あの教会はもう使われてない廃墟だったかもしれない。そう言ってるんだな。」
「うん。だって教会に誰も居なかったもん。門も開いてたし。誰も居ないのに門が開いてるなんて不用心過ぎておかしいよ。」
「確かにそうかもしれないな。昨日はガンスが人払いの魔法か何かを使用してたから誰も人が寄り付かなかったけど、今日も誰も訪れてないし教会一つぶっ壊れても誰一人騒がないのは有り得ないしな。」
「だからパパ安心して。誰もパパを責めたりしないと思うよ。」
「ありがとな、ミーナ。終わったことに何時までもくよくよしてても意味無いしな。じゃあ気を取り直して竜剣山に行こう!」
「うん!」
ディアルから陰鬱な雰囲気が消え去り、いつも通りの元気で明るいディアルが戻って来た。
それが嬉しくて、ミーナは楽しそうに笑顔で大きく頷き、スタスタと早足で歩き出した。
ミーナは、時にちょっと猪突猛進な所もあるけれども、ガッツ満載で頼れる、そんなディアルが大好きなのだ。
ミーナも元気になって楽しい楽しい竜剣山登りが始まる。
この時の二人はそんな風に思っていた。
竜剣山の山頂で困難が待ち受けているとも知らずに。
あれから二分歩いて、ディアルとミーナは目的地の竜剣山の麓に到着した。
竜剣山は標高はそんなに高くなく登山道も緩やかなので、誰でも楽に登ることが出来る登山初心者向けの山だ。
それにセークリッジで一番険しくない山とシーリヴァイの観光課がプロモーション活動でそう謳っているため、結構有名だったりする。
だから観光客もたくさん登りに来るのだ。
本日も漏れなく観光客でいっぱいだ。
よく見ると中には数人登山初心者と思われる人も居る。
それにあれは・・・冒険者だろうか?
何故冒険者がここに居るのかなんてディアルにはさっぱり理由が分からないが、まあ偶の旅行ということだろうと思考を早々に切って捨てた。
つまり兎に角人が多い。
という訳でディアルはサングラスをかけてお忍びモードにモードチェンジ。
剣聖だとバレると色々と面倒なことになるからだ。
「パパ、バレないように頑張ってね。」
「おう。任せとけ。」
変装も完了したところで、いよいよ登山開始だ。
竜剣山を登り始めて五分が経った。
すると開けた場所が見えて来た。中腹に到着したのだ。
ここまで来るのに五分かかったのだが、ディアルとミーナに疲れは無い。
と言うのも、道中険阻な箇所が無かったということだけではなく、緑溢れる森林やその木々の合間から爽やかに吹き抜けて来る涼しい風、それに聞いていて心地の好い鳥の鳴き声など、登山していて感じられる豊かな自然が疲れなど微塵も感じさせないからだ。
ここまで大自然をしっかりと堪能した二人は、中腹の広場で少し休んでから登山を再開した。
休憩している途中、通り過ぎる人たちの中にやはり一人男の冒険者が居て、ディアルは彼を見て再び思考を巡らせた。
それからずっとそのことを考えていたディアル。
思考に耽って黙って下を向きながら歩くディアルを心配して、ミーナが袖を掴んで声を掛けて来た。
「パパ、どうしたの?大丈夫?」
そう言われ漸く我に返ったディアル。
どうやらミーナを心配させてしまったようだ。
いけないいけないと首を左右にふるふると振って、悪い思考のスパイラルを振り払った。
昨日あんなことがあったのだ。ミーナが不安な気持ちでいるのは無理からぬことだ。
ディアルは未だ心配そうな顔でこちらを見るミーナに、一言大丈夫だと言って歩を進め出した。
それを聞いてミーナは少しは安堵したような表情を見せたが、完全に安心することは出来なかった。
昨日は解放者という謎の組織の者に襲われた。
それに話を聞いたところディアルは彼等に深い因縁があるということが分かった。
これからも解放者に襲われることがあるかもしれない。
そう考えるだけで寒気を感じる。
ガンスは強かった。
あれでも本気を出していなかったと言うのだ。
ならば本気を出したらどうなるのか?
それに最後に現れたイセドと名乗った男。
彼はガンスより強いと感じられた。
しかも過去に一度ディアルが戦って敗北している相手だ。
強いなんてものじゃない。
それを聞いた時ミーナは絶望してしまいそうになった。
セムという名前も出て来ていたが、その男が一番強いようだ。
ディアルより強い敵が二人。
そんな集団と戦っていかなければならない。
それを考えると、ミーナはこれからは毎日気が抜けないなと緊張感を強く持ってしまう。
ディアルと毎日楽しく過ごしたい。
その為には彼等を倒す必要がある。
きっとディアルもそんな感じのことを考えていたのだろう。
そうミーナは思っていた。思っていたのだが。
ディアルが考えていたのは全く違うことで。
「やっぱりここには冒険者が来るような要素は無いよな。魔物なんて出ないし、事件も無いし。うーん。気になるなあ。」
そんなことをぶつぶつと小声で呟くディアル。
ミーナと違って危機感の全く無いディアルだった。
「お!そろそろ頂上だぞ、ミーナ。」
「本当!?わーい!」
中腹から歩き進めて七分くらい経過した頃。
二人は遂に竜剣山山頂に到着した。
「ここが天辺だぞミーナ。」
「うわぁ!シーリヴァイの街が小さく見える!吹く風も涼しくて気持ちいい!」
山頂に着くや否や、そこから望む景色の美しさにミーナははしゃいだ。
ディアルもそんなミーナを微笑ましげに見詰める。
「竜剣山自体そんなに高い山じゃないんだけど、シーリヴァイの立地が低い所為で標高差が大きいように見えるだけだよ。」
「そうなんだね。言われてみると確かにそんなに高くなさそう。そういえば、剣王国一低い山だって宣伝してたもんね。」
「でもやっぱり上から見下ろす景色は綺麗だろ。標高の高低云々は抜きにして、壮大なリヴァイア海とシーリヴァイの街並みを上から同時に眺望出来るからこその美しさなんだろう。そういう所が人気の訳なんだろうなって思うよ。」
周りを見渡せば登って来た登山客が続々とやって来ている。
そして皆が眼下の海と街並みの壮麗さに目を輝かせている。
眺め終わった彼等はここから少し奥にある団子屋へ行って、団子を買って食べたりしている。
そこでディアルはミーナに声を掛けた。
「なあミーナ。」
「何、パパ?」
「団子食べるか?」
「ダンゴ?」
「串にもちもちした丸い物が幾つか刺してあるお菓子だ。美味いぞ。食べてみるか?」
「うん。食べてみたい。」
「それじゃあ行こう。」
ミーナも団子に興味を持ったようなので、ディアルはミーナと団子屋へ向かった。
団子屋へ来ると、順番待ちの長蛇の列が出来ていた。人気店であることが分かる。
列に並んで一分程待ってディアルたちの番が来た。
「団子二本ください。」
「はいよ。」
団子屋のおばあちゃんから団子を二本買ってベンチに座ったディアルとミーナ。
ディアルは袋から団子を取り出してミーナに渡した。
団子を受け取ったミーナはまじまじとそれを見詰める。
生まれて初めての団子。ディアルが言った通り串に丸い物が幾つか刺してある。
「上のやつから食べてくんだぞ。でも串が刺さらないように三個目は横にして食べるんだぞ。」
「分かった。」
ディアルに食べ方を教わったのでもう迷うことは無い。
一口目の初団子をパクリ。もぐもぐ。ごくん。
「うん。もちもちして美味しいね。」
「気に入ったようで何よりだよ。ミーナの食べてる時の顔可愛いなぁもう。ずっと見ていたいくらいだ。」
「えーっと・・・パパも早く食べようよ。」
いけないいけない。ディアルが暴走し出した。
呆れたように、しかしちょっと照れたように、ディアルを正気に戻す一言を放ったミーナだった。
二人とも団子を食べ終えて下山しようとした時だった。
「またあの冒険者だな。あいつ何処行くんだ?」
ディアルがふと顔を横へ向けると、登山前から気になっていた冒険者が柵を飛び越えて鬱蒼とした森の中へ入って行くのが目に入った。
その柵には何か文字が書いてあった。
気になったので近寄って見てみると、「Bランク以下冒険者及び一般人立ち入り禁止」と書かれていた。
「Bランク以下・・・」
これは何かある。この文面からはそう読み取れて然るべきだ。
「ミーナ、ちょっと行ってみていいか?」
「うん。いいけど大丈夫なの?」
「柵にはBランク以下の冒険者は立ち入り禁止と書いてある。てことはつまりAランク以上の実力があれば入っていいってことだ。」
「パパは誰にも負けない最強の剣聖だもんね。」
「ああ。だから入っても構わないだろう。それに何か気になるんだよな、あの冒険者。」
「入ってったってことはあの人も強いのかな?」
「ああ。あいつは纏う空気が違った。麓で見てた俺の視線にも気付いてた様子だった。」
「そういうことなら強いね。遠くからのパパの敵意の無い視線には気付けない人が多いから。」
「よく見てくれてるんだなミーナは。俺ちょっと嬉しいぞ。」
「あはは。パパって感動屋さんだね・・・」
ちょっとしたミーナの一言に一々感動するディアルに、ミーナは困った顔をするしかなかった。
そうやって何時までも他愛のないやり取りをしていると、二人の所に誰かが歩み寄って来た。
ディアルが振り返って誰が来たのか確認すると、その主は予想だにしない者だった。
ミーナも不思議そうに首を傾げて確かめるように訊いた。
「団子屋のおばあちゃん?」
「そうさ。あたしゃそこの団子屋休庵のタエってもんさね。」
「その、タエさんが何故俺たちの所に?」
団子屋のおばあちゃんがどうしてやって来たのか疑問に思うのは当然のこと。
それにどうやら休憩がてらに若者の話を聞きに来たという訳ではなさそうな雰囲気だ。
ディアルは思う。もしかしたらこのおばあちゃん只者じゃないんじゃないのか?
「あんた今あたしのこと只者じゃないって思ったね。」
そんなことを考えていた矢先に図星を突かれたディアル。
タエさんから言いようのないプレッシャーを感じ、思わずゴクリと唾を飲み下した。
ミーナも緊張して身体を強ばらせている。
最初お店で接した時とはまるで別人な彼女に、二人とも驚きを隠せないでいた。
そんな二人を見てタエさんは相好を崩し、優しいおばあちゃんの声で話し出した。
「すまんかったね。怖がらせちまったかい?」
「い、いえ。」
「ほほほ。名高い剣聖もまだまだ若いさねぇ。」
「・・・・・どうして俺が剣聖だとわかったんですか?」
ディアルはもうこの人には敵わないと諦めた。
考えも正体も何もかも見透かされる。
ここまでやられると驚愕よりも感心の方が勝る。
本当に凄い人だ。読心術でも使えるのだろうか?
勝手な予測をしていると先の問いの答えが返って来た。
「何で分かるかってそりゃあんた。眼鏡一つであたしの眼を誤魔化せるなんて思わないことさね。」
「ほらパパ。私の言った通りサングラスだけじゃバレちゃうよ。」
サングラスだけではタエさんの眼は誤魔化せなかったようだ。
それを聞いてミーナもうんうんと納得気に頷いていた。
「そんなに隠せてないか?」
「うん。全然変わらないよ。」
「マジかよ!」
物凄く落胆したディアル。そんなに完璧だと思っていたのだろうか?
暫くして気を取り直したディアルは、タエさんに最も肝心な質問を投げ掛けた。
「タエさん、貴女は何者なんですか?」
この問いを受けて、タエさんは少しも間を置かず平然ととんでもない答えを口にした。
「あたしは昔冒険者をやっててね。四人でパーティーさ組んでたもんだ。パーティーの名前はリヴァイアの風、だったかね。」
「リヴァイアの風ですって!」
「パパ知ってるの?」
「昔シーリヴァイに出たドラゴンを倒した若い四人組のSランク冒険者パーティーだ。ドラゴンを単独パーティーで倒した彼等は若き英雄と呼ばれ伝説になったんだ。」
「おおー、タエさん凄い!」
「はぁぁ・・・英雄だとか凄いとか言われる筋合いは無いさね。」
タエさんが不機嫌になった。持て囃されるのは嫌いなのだろうか?
「すみません。つい盛り上がってしまって。」
「いや構わんさね。ただ、その話には間違いがあってね。」
「間違い、ですか。」
リヴァイアの風の武勇伝に間違いがあったなんて初耳だ。
ディアルはびっくりして目を大きくした。
「あたしたちは確かにリヴァイア海からシーリヴァイに乗り上げて来たドラゴン、リヴァイアサンと戦闘を繰り広げた。だが相手はリヴァイア海の守り神と言い伝えられた神竜。普通のドラゴンとは訳が違う。数段と格が違うさね。そんなもんに勝てる訳が無かろうて。」
「戦った相手が伝説の神竜リヴァイアサンだったことには驚愕ですが、それでも退けたのには間違いは無いのですよね?」
そうでなければシーリヴァイはとっくに滅んでいる。
倒せなくても追い返すことは出来たのだと踏んでいいはずだ。
「退けた。それもまた違うさね。正確には封印したのさ。」
「封印!何処に?」
リヴァイアサンは封印されたと聞いて、ディアルは本日何度目かの驚愕事項に頭が痛くなった。
ミーナもまた信じられないとばかりに目を大きくし口を両手で隠している。
ドラゴンの封印。それは四人で行えるような代物では無い。
どれだけ魔法に秀でた四人組だろうとドラゴン、それも神竜リヴァイアサンとまでなると、宮廷魔導師総出でも施せるかどうかの儀式のような魔法だ。
それをたった四人でやった!?
それが本当だとして何処に封印したのか?
問題はそこにある。
四人でドラゴンを封印すること自体かなり無理がある。
それもドラゴン最上位種の神竜をやったのだ。
完全に封印出来たとは到底思えない。
それに朝からずっと何だか嫌な予感がしているのだ。
胸騒ぎがすると言うか、背中に冷や汗が出ると言うか。
何か途轍もなく恐ろしい事態が起こりそうな予感がディアルの脳内に貼り付いて離れないのだ。
だから訊いた。一体何処にリヴァイアサンを封印したのかを。
タエさんは罪を悔いるように少しの間静かに瞑目して、そして目を開けるとリヴァイアサン封印の地を明かした。
そしてその答えはディアルが予想していた最悪のものだった。
「神竜リヴァイアサン封印の地。それはここ、竜剣山の最奥。この柵の向こう。竜剣山大迷宮さね。」
「やっぱりか。」
「やっぱりって・・・もしかしてパパ何となく予想がついてたの?」
「ああ。今日は朝から何だか嫌な予感がしててな。それが頭から離れないんだ。でも今その正体が分かったかもしれない。」
「そっか。でも私も感じてるよ。何か大きな力が目覚めようとしている?みたいな。少しずつ力を増していってるような。」
「やっぱりそうかい。この柵の向こうは昔はちょっと奥深い洞窟があったんだ。だがその洞窟の最奥には竜剣と言われる剣が眠ってるんだ。その話を聞いてあたしたちリヴァイアの風はその剣の力がどんなもんなのか確かめに行ったんだけんど分からなくてね。ただあたしは竜剣は空っぽの容れ物のように思えてね。それで実験として魔力を注いでみたらこれが当たりでね。みるみる入ってったよ。」
「なるほど。だからこの山は竜剣山って言うんだね。」
ミーナが得心したとばかりに二度三度頷く。
ディアルも今日は驚かされてばかりだなと苦笑した。
「それで、その剣は今もそこにあるんですか?」
「ああ。残念ながら抜けなかったもんだからそのまんまにして諦めて帰ったよ。」
「そしてその後に神竜リヴァイアサンがシーリヴァイを襲ったと。」
「そうさ。Sランクパーティーのあたしたちはシーリヴァイの守護者とまで言われてたからね。先陣切って立ち向かったのさ。なるべく他のもんを死なせん為にね。だが全然歯が立たなかったよ。それで普通に戦っても勝算皆無と見たあたしたちは苦渋の決断をした。」
「それがリヴァイアサンの封印?」
「そう。あの時あたしは竜剣のことを思い出した。あの竜剣は何かを入れて満たして力を発揮する剣。あそこにリヴァイアサンを入れちまおうって魂胆さ。」
「そんなことが可能なんですか?」
「あたしは魔力を吸い取る魔法を得意としてたもんでね。枯らしの魔女なんて異名まで付いちまったもんだ。その力を活かしてリヴァイアサンを竜剣山深奥部まで騎士たちの力も借りて誘導してね、全身全霊で魔力を有りっ丈絞り出して封印したんだ。それであたしは魔力が完全に枯渇したよ。」
「よく生きてましたね。」
「それは自分でも奇跡と思っとるよ。」
ディアルはタエさんの話を聞いていて手に汗を握っていたのを感じていた。
壮絶な戦いだったことは言うまでもない。
真面に戦っても勝ち目は無い。
だからタエさんは竜剣にリヴァイアサンの魔力を封印する方法を選んだ。
その結果魔力が完全に枯渇して生死をさまよった。
ミーナもディアルと同じ想像をしたのか拳をぎゅっと強く握りしめている。
本当に大変という言葉では言い尽くせない程の死闘を潜り抜けたタエさん。
ちなみにシーリヴァイ海竜戦役と呼ばれているその戦いで街の人は誰も死ななかった。
それもタエさんたちリヴァイアの風の功績だろう。
だからタエさんは魔力を完全に失う程の無理をしても生き延びられたのだろうなとディアルは思った。
本当に素晴らしい人だと心の底から感服し、ディアルは何だか自分の事のように誇りを感じた。
ミーナはこの話を聞いて、みんなの命を守る為に命を懸けられるような素晴らしい人になりたいと言った。
しかしその直後、辛そうな表情を浮かべて言いにくそうに言葉を吐き出した。
「でも魔力を失う程の死力を尽くしても封印は完璧じゃなかった。」
その言葉にディアルは何も言えなかった。
「だからこそ後悔しとる。あたしは後始末を未来の誰かに押し付けちまったたんだからね。」
タエさんがそう漏らした瞬間、ディアルは咄嗟に全力でそれを否定した。
「それは違います!貴女はよくやりました。その功績は誰にも代行出来ない、貴女の才能と決断力があったからこそ出来た偉業。当時打てた最善手です。だから後始末の押し付けなんかじゃありません。」
タエさんを肯定するディアルの強い言葉にミーナも続く。
「そうです。パパは剣聖で、王国最強の剣士です。ううん。きっと世界最強の剣士です。だから負けません。それにここだけの話、私は天使です。ドラゴンなんかよりも上位の存在なんです。だからリヴァイアサンはパパと私が倒します!あ、あの今の話は誰にも言わないでください。」
そう、胸を張って言い切ったミーナ。これにはディアルも慌てた。
「ミ、ミーナ!何言って」
「ほほほ。ほほほほほ。そうかいそうかい。ミーナちゃんは天使だったのかい。通りで恐ろしい気もするが同時に心が安らぐような矛盾を感じる訳だね。」
ミーナの突然の爆弾発言を聞いてもまるで動じず、それどころかむしろ笑っていられるタエさんの胆力と言うか、長年掛けて積み上げられた豊富な人生経験の賜物と言うか。
それにディアルは終始驚かされてばかりだ。
何と言うか、凄い人だ。そうとしか言い表す言葉がディアルには見つからない。
ていうかタエさんがミーナの発言を信じているかどうかは疑問だ。
ディアルは一応訊いてみた。
「タエさん今のミーナの話信じてます?」
これにタエさんは辟易とした表情を浮かべて返答した。
「何度も言わせるんじゃないよ若いの。あたしは元Sランク冒険者だよ。今はもう魔力無しの婆さんだがね、観察眼だけは健在だよ。天使だとは流石に見抜けなかったがね、最初っからなーんか違うとは思っとったさね。」
「そ、そうだったんですね。」
「タエさん本当に凄い。」
ミーナはタエさんの洞察力の凄まじさに正に圧巻の表情を浮かべた。
そこでタエさんは居住まいを正し、ミーナに真っ直ぐ向き直り、そして頭を下げて頼んだ。
「天使さん。シーリヴァイの街を守っておくれ。お願いします。」
「任せて。私とパパで暴れん坊リヴァイアサンを倒すから。」
「剣聖さん。あんたはシーリヴァイの希望だよ。この街は活況なようで実は怯えとった。何時リヴァイアサンが復活するか怖くてね。シーリヴァイは近くに魔物が居る場所は無くてね。安全なのは良いことなんだが、その所為で平和ボケしたのか冒険者ギルドにSランク冒険者は現れなくなっちまったのさ。だから復活するリヴァイアサンに対抗する戦力が無かった。だが今日ここに希望が訪れた。今なら奴の力は七割程度だ。それに何かもう一人先に向かった男が居る。勝てると信じてるさ。お願いするよ。」
「はい。お任せ下さい。俺が必ずリヴァイアサンを討ちます!」
「パパ。」
「ああ。行くぞ!」
「気を付けるんだよ。過信は一番の大敵さね。」
シーリヴァイを救う希望だと言われたディアル。
シーリヴァイの明日を託されたミーナ。
二人は向かった。タエさんの、シーリヴァイの人たちの笑顔の為に。
柵を飛び越え鬱蒼として暗い森の中へ入った。
後ろを振り返ると、タエさんが手を振って声を掛けてくれたのが見えた。
まるで孫を送り出すかのような笑顔だ。
ディアルとミーナは嬉しく思ってふっと微笑んだ。
その後は気を引き締めて真剣な眼差しで森の中を進んでいったのだった。