5 おサボりディアルに挑戦者あり。
「目標発見!北東前方に目標のアイスドラゴンあり。小さいので子供と思われます。」
「うむ。総員掛かれーっ!」
「「「「「「おーーーーーーーっ!」」」」」」
ポールの町とタルクを焼滅させた火竜討伐から一週間が過ぎた。
丁度一週間後の今日、中都市ムウォルの西門付近にドラゴンが出たとの報告が入り、王宮騎士団が討伐に向かったのだ。
しかしここにディアルの姿は見受けられない。
絶対に討伐隊に組まれる王国最強の剣聖が不在とは一体どういうことなのだろうか?
その答えは実に単純明快にして何とも身勝手なものだ。
実はディアル、現在ミーナとのお出掛けを絶賛お楽しみ中なのだった。
~ ~ ~ ~
「ねえパパ。マルクスさんから呼ばれてるんじゃないの?」
「ああ。でも大した用事じゃ無いから、態々俺が行かなくてもそれ程問題にはならないんだ。だから何も心配しなくて良いんだ。」
おいおい。何を言っているのだろうかこの男は。
ドラゴンが街の近くまで来たのだ。大問題だろう。
そもそもディアルは最強の剣技を買われているがために、そういう緊急時に重宝する最重要な戦力として特別に非番勤務という地位が与えられているのだ。
この緊急事態に出動しないでどうするというのか?
「そうなんだ。今回は大した事無いんだね。良かった。」
純粋なミーナはこれに騙されてほっと安堵の息を吐いた。
要するに娘を騙してまで一緒に居たいのだディアルは。
ということで、ディアルはミーナと一緒にお買い物に街に来ていた。
ディアルとミーナが今日訪れているこの街は、セークリッジ剣王国最南端に位置する港町、シーリヴァイである。
前回のお出掛けは、途中で火竜討伐という邪魔が入って断念する羽目になってしまった。
そのため今日はあの日の埋め合わせという訳なのだ。
討伐後はタルクの復興やポールの町の後始末やらで、息吐く間も無いくらい超多忙だった。
だから今日やっとお出掛けが出来たのだ。
ミーナは久し振りのディアルとのお出掛けに喜んでいるが、それよりもディアルの喜びようが半端じゃ無い。
気分はルンルン。鼻歌まで歌っている。何とも締りのないほんわかした表情で街中を歩く姿は、まるでラブラブなバカップルのようだ。
これにはミーナも流石に引いている。
ミーナはディアルの袖をクイクイと引っ張って、お花畑から戻って来てと暗に行動で伝えた。
しかしミーナの頑張りも虚しく、ディアルは一向に戻って来る気配は無かった。
「むっ。もう、パパっ!」
ミーナはこれにむっとして雷魔法をディアルにぶつけた。
と言っても殺傷能力皆無の最も威力の弱い雷魔法、ショックを放ったので、ディアルが死んでしまうということは無い。
それに更に手加減を加えたので痛くは無いはずだ。
でも多少は痺れるのでびっくりはするだろう。
「うわっ!何だ!?って、ミーナ?」
ディアルは突然全身に走った静電気にびっくりして一瞬飛び上がった。
そしてふと横を見ると、ミーナがむすっとして腕を組んで仁王立ちしていた。
そしてここで初めて気付いた。
「ああ。俺暴走してたか?」
「もう。恥ずかしかったんだからね!」
「ご、ごめんな。」
「うん。私のことが大好きなのは嬉しいけど、変な鼻歌まで歌われると恥ずかしいからやめてね。」
笑顔でミーナにそう言われては、ディアルはもう大人しく従うしかない。
なのでこれからは鼻歌には気を付けようと誓ったディアルだった。
「俺、そんなにヤバい鼻歌歌ってたのか?」
「うん。近くに居る人に聞こえるくらいには。」
「・・・マジか?」
それを聞いたディアルは、もう二度と鼻歌を歌うことは無くなった。
「さて、着いたぞ。」
「洋服屋さん?」
「そうだぞ。ミーナ背が伸びたからなぁ。新しい服を揃えないといけないな。」
「そっか。ありがとう、パパ。」
「よーし!可愛い服いっぱい買うぞーっ!可愛いミーナを更に更に可愛くするぞーっ!」
「そ、そうだね・・・」
ディアルの本日二度目の暴走。
このハイテンションディアルに少しばかり顔を引き攣らせたミーナだった。
そんなこんなで店に入って早十数分。
ミーナが「可愛い!」と言った服を手当たり次第着せていくディアル。
「ああ。可愛いなぁもう。ミーナ、これもどうだ?」
ディアルが次々と衣類を持って来てはミーナに着せる。
ミーナは着せ替え人形と化していた。
「あの、パパ。もう十分可愛いお洋服着られたから、私満足だよ。」
「んん・・・俺としてはまだまだ着せたい素敵な服が沢山あるんだが、まあミーナが満足したって言うなら良かったよ。じゃあ会計して来るな。」
「うん。行ってらっしゃい。」
ディアルは沢山の洋服を抱えてレジまで向かった。
「すみません。これお願いします。」
「はい。ありがとうございます。」
レジにドサッと置かれた小山のように積み上がった商品の数々。
レジ係の女性は笑顔で一つ一つ丁寧に打っていくが、若干驚いている様子だ。
「はい。以上二十点で金貨三十枚になります。」
「じゃあこれで。」
金貨三十枚等という大金をやはり事も無げに軽々支払うディアル。
「ありがとうございました。」
「ミーナ行くぞ。」
「はーい。」
買った服が入った四つの袋を両手に提げて店を出たディアル。
呼ばれてミーナもタタタとディアルに続いて退店した。
「良し。次はお昼ご飯だな。ミーナは何食べたい?」
「カレーライスがいい。」
「分かった。じゃあ行くぞ。」
ディアルとミーナのお出掛けはまだまだ続く。
~ ~ ~ ~
ディアルとミーナがショッピングを楽しんでいた頃、マルクス少将率いるドラゴン討伐隊は子供のアイスドラゴンと交戦していた。
「ギャウゥゥゥゥゥゥゥ。」
アイスドラゴンが怒りの唸り声を上げ、同時に口から氷のブレスを放出した。
「障壁展開。耐えろ!」
マルクス少将がブレスを防ぐ障壁を展開するよう指示を出した。
それに応え兵士たち各々防御障壁を展開。
襲い掛かって来た氷のブレスを分厚い魔力の壁が受け止める。
叩き付けられるブレスの勢いが弱まった。
それを見てマルクス少将は攻撃を指示し、皆反撃を開始した。
「行けー!攻めろー!」
「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」」
剣、槍、矢、魔法。それら全てが同時にアイスドラゴンを襲撃。
「ギギャアアアアァァァァァァァァァァァァ!」
アイスドラゴンは堪らず苦悶の声を高く上げる。
尚も手を緩めず、剣が表皮を切り裂き、槍が肉に深く突き刺さる。
矢には火が点けられていて、突き刺さった部分を焼く。
火、水、氷、雷と様々な魔法がアイスドラゴンを集中砲火する。
遂にアイスドラゴンの動きが止まった。
身体中様々に傷だらけで、もう少しの行動も出来ないだろうことは火を見るより明らか。
ここでマルクス少将がアイスドラゴンの眼前に躍り出た。
そして腰に差した剣を抜き放ち、大上段に構えた。
「悪いな。留めだ。フレアスラスト!」
刃に灼熱の炎が噴き上がり、天まで延びた炎の大剣が出来上がった。
それをマルクス少将は勢い強く振り下ろした。
アイスドラゴンは炭化した肉の塊となり、原型を全然留めていなかった。
恐るべき破壊力。子供とは言え相手はドラゴン。
それを一撃で肉塊にしてしまう魔法なんてそうそう無い。
これがマルクス少将の強さ。
若くして少将の位を得て、もう直ぐ中将に昇格するという出世頭たる所以がこれなのだ。
強力な魔法によるゴリゴリのパワー押しファイターに思えるが、実はかなり剣技も切れる。
最近はディアルと手合わせしているため、更に剣の腕に磨きが掛かってより強さを増した。
近衛隊に呼ばれる日も近いかもしれない等と噂されていたりもするのだ。
「アイスドラゴン討伐完了だ!」
「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」」
マルクス少将が任務完了の言葉を力強く叫ぶと、兵士たちは皆勝利の叫びを上げた。
皆大した怪我も無く、元気いっぱいだ。
マルクス少将は皆の元気な姿を見て口元を緩めた。
ディアルが居ない中皆懸命によく戦い、大健闘の大金星を上げた。
そのことを嬉しく思いながらしかしこうも思った。
(ディアル居なくても良くないか?)と。
~ ~ ~ ~
ミーナの希望通り、喫茶店に入りカレーライスを食べたディアルとミーナ。
お昼ご飯も終わって、さあ次行こうと強く意気込んで(特にディアルが)喫茶店を出て市中散策に繰り出した二人。
街中には観光客やお買い物に来た街の人々がいっぱい居て、とても活気に溢れ賑わいを見せている。
その人混みの中をとある場所を目指して歩を進めるディアルとミーナ。
「パパ?何処に向かってるの?海を見るんでしょ。海に行くなら逆方向だよ。」
「いや、確かに海を見に行くんだけどな、只単にリヴァイア海を見に行くんじゃ無い。シーリヴァイ三大観光スポットの一つ、リヴァイア岬から見るリヴァイア海は絶景でな、普通にあっちの浜から眺める景色とは美しさが段違いなんだ。」
「そうなんだ。そんなに綺麗なの?楽しみ!」
ディアルがミーナにリヴァイア岬からのリヴァイア海の絶景を熱く語っていると、数分で目的地に到着した。
「さて、着いたぞミーナ。」
「うわぁ。綺麗。」
ディアルに連れられ丘を登り切ると、ミーナの眼前に壮大な海が現れた。
高く昇った昼間の太陽の光を存分に反射させ、壮麗な煌めきを放つリヴァイア海の海面は、言葉では言い尽くせない程の綺麗さを誇っている。
正に話に聞いた通りの絶景だ。
ミーナはワクワクと感動に目を輝かせてディアルの顔を見て言った。
「こんなに綺麗な場所に連れて来てくれてありがとう。」
「ああ。ミーナが喜んでくれたならそれだけでもう十分だよ。」
一頻りリヴァイア海の絶景を眺め終わって踵を返した所でミーナがある質問をして来た。
「ねえパパ?あれは何?」
ミーナが指を差した先にあったのはハート型のオブジェだった。
ディアルはそれを見て微笑ましそうな表情でミーナの疑問に答えた。
「あれはな、結びのゲートっていう観光スポットなんだ。」
「結びのゲート?」
「あそこを二人で潜ると二人は仲睦まじく結ばれるって言われてる物でな、カップルなんかが挙って潜る大人気の観光スポットなんだよ。」
「へー、そうなんだ。ねえ、パパは一緒に潜りたい人とか居るの?」
「・・・ミーナ?」
「パパは好きな人とか居ないのかなって思って。」
「あー、えーっと、そうだな。今は居ないかな。」
「そっか。」
意中の相手は居ないと答えたディアル。
ミーナの反応はちょっと残念そうな、でも何処か嬉しそうな複雑な感じだった。
「ママが欲しいか?」
「ううん。パパが居ればそれだけで幸せだよ。」
「ほんと嬉しいこと言ってくれるなぁミーナは。」
ディアルはまたも感動して涙を流した。
ディアル、ミーナに泣かされ過ぎである。
ディアルは剣聖と呼ばれている最強の剣士だ。
その人気や信頼は絶大なもので、女の子の一人や二人くらい居てもおかしくはないのだが、実はディアルは彼女を持ったことが無い。
と言うかむしろディアルは彼女を求めていない。
ディアルは現在ミーナにベッタリぞっこんで、付け入る隙が見当たらない程の溺愛ぶりなため、向こうからも近寄り難いと敬遠される。
なのでディアルにそういう浮ついた話は全く無いのだ。
それにディアル自身今のミーナとの二人の生活を幸せに思っているので、何ら問題は無いようだ。
次なる観光スポットに向かうべく再び市中散策を開始したディアルとミーナ。
市街地を抜けて北の山の方に歩を進めていた。
セークリッジ剣王国最南端に位置する港町、ここシーリヴァイの観光地は実は海だけでは無い。
北に行くと竜剣山と呼ばれる山があるのだ。
そこは名前に反して比較的緩やかな山なので、誰でも無理無く登ることが出来るシーリヴァイ三大観光スポットの一つだ。
海と山両方があるこの街は、海が好きな人も山が好きな人も両方が楽しめるレジャーには持って来いの観光地なのだ。
ディアルはその竜剣山を目指してミーナと歩いていると、脇に教会を発見した。
「パパ、あれ教会だよね?」
「ああ。そうだな。教会があったんだな。知らなかったよ。」
左手にあった小さな教会は、綺麗な白亜の建物の上に金の十字架が付いていて、小さいながらも十分存在感を放っている。
しかも門の両柱の上には天使のような小像が立っていた。
「天使のお出迎えとは何だか神聖さを感じるな。」
ディアルは天使像が飾られた門の出で立ちにちょっとした神秘を感じていたが、隣のミーナは何処か怖がった様子を見せた。
「パパ、ここは止めようよ。」
「何だ怖いのか?大丈夫だよ。教会は怖い所じゃ無いさ。神様にお祈りしたり牧師さんからありがたいお話を聞いたりする所だよ。」
入ってみようぜとディアルは軽い足取りで教会に入って行く。
ミーナも不安気にディアルの後に続く。
中に入ると、椅子がずらりと並んでいて、教壇の奥に女神の銅像が立っていて、その後ろには大きくて綺麗なステンドグラスの窓があって、極普通の教会だということが見て取れた。
ミーナが思ったような怖い物は何も無いようだ。
ディアルはミーナを安心させる為大丈夫だと声を掛けようとしミーナに目をやった。
するとミーナが上を向いて天井を見ているのに気付いた。
「ミーナどうした?」
声を掛けるも返事が無かったので慌てて駆け寄ると、ミーナが瞿然とした表情でディアルに顔を向けて来た。
「ミーナどうした!?何があった!?」
「パパ、あの絵。」
そう言ってミーナが恐る恐る天井を指差した。
それを追ってディアルも天井を見上げた。
その目に映ったのは、平らな広い天井の一部分に描かれた一つの絵だった。
「あの絵がどうかしたのか?」
「パパはあの絵怖くないの?」
「ミーナはあれが怖いのか?」
「何かね、上手く言えないけど、何だか恐ろしい感じがするの。」
「あれが恐ろしい、か。」
天井の絵は、一人の神様が天使たちを引き連れて人間たちを恐らく天界へと迎え入れるような場面を描いた物だった。
ディアルはこれを恐ろしいとは感じなかった。
むしろとてもありがたく素晴らしいことのように思えた。
「天の迎えと取れば怖い部分もあるか。確かに死ぬのは嫌だけど、天国に行けるようで正に教会に描かれるような絵だな。」
「そうなのかな?私が考え過ぎてるだけなのかな?」
「いや、嬢ちゃんはちゃんとこの絵を理解してるぜ。むしろ剣聖さんの方がなってねーなぁ。」
「っ!誰だ!?」
突如ディアルの背後から男の声が聞こえて来た。
嫌な雰囲気を纏ったその男はミーナの直感を支持し、ディアルの見解を吐き捨てた。
そしてディアルが男に向き直り正体を尋ねると、男はニヤリと笑って逆に質問をして来た。
「剣聖さんよぉ。俺の正体何だと思う?」
「ふざけるな。俺が訊いてるんだ。名を名乗れ。」
ディアルは男を最大級に警戒していた。
男の存在に気付いた瞬間から、本能がヤバいと警鐘を鳴らしているのだ。
しかも以前戦った相手に似たような匂いがこの男から感じられるのだ。
そしてここに来てふと最悪の答えが脳裏を過る。
(まさか!奴は)
「ブッブー。時間切れー。んじゃ正解発表するぜ。俺はガンス。あんたのよく知る解放者の一人だ。」
「何っ!解放者だと!」
ディアルが答えに行き着く前に、男の口から最悪の答えが出されてしまった。
男の名はガンス。彼は解放者の一人。
ディアルの生まれた故郷の村を焼き滅ぼした宿敵イセドの同業者。
更に竜を殺して回っているという悪逆非道の連中。
怒りが込み上げる。もしミーナが居なくて一人だったら、理性を失って考え無しに速攻斬り込んでいただろう。
「ミーナ、俺の後ろに隠れてろ。こいつは俺が倒す!」
「ムキになんなよ剣聖さんよぉ。いーやディアルさんよぉ。」
「なめんな!」
ディアルは一瞬にして剣を抜きガンスに肉薄した。
そして神速の三連斬でガンスに斬り掛かった。
ディアル十八番の目にも留まらぬ正に神速の三連撃。
おどけて話し込んでいた相手には躱すことの出来ない必殺技。
しかしガンスはこれを初見で全て躱してみせた。
初撃を拳で弾き、残る二つの斬撃は軽快なステップで上手く躱した。
何と鮮やかな回避行動。
ディアルは今の一手で一つ理解したことがある。
ガンスは強い。
ディアルはバックステップで、ミーナの護衛も兼ねて体勢を立て直すべく一度退いた。
そこでミーナから声が掛かった。
「パパ、私も一緒に戦う!パパの敵は私が倒すよ!」
ミーナの申し出を断ろうと思っていたディアルだったが、ミーナの強い意志の炎を灯した眼でディアルの眼を捉えられては、共闘を了解するしかない。
「分かった。でも無理の無い程度でな。」
「うん!」
「話は決まったか?」
「ああ。決まったぜ。お前をぶっ倒す話がな。」
ディアルとミーナ、ガンス。両陣営に緊張が走る。
ディアルはガンスをしっかりと見据え、剣を正眼に構え直した。
ミーナは開戦に備え両手に魔法を準備した。
ガンスは左手に魔晶石を複数個握り、右手には魔力を纏わせ開戦の準備をした。
両者準備は万端。緊張感が臨界点に達したその時、遂に戦いの火蓋が切って落とされた。