4 ディアルの火竜討伐?
「ふあーあ。」
「こら。欠伸なんかしてんじゃねーよ。」
「お前眠たくないのか?」
「そりゃ眠いが、俺たちは町の門番なんだ。俺たちがしっかりしてないと、ここを訪れた人に対して失礼だろ。」
「相変わらず固いな。こんな小さな田舎町なんかに、朝早くから来るやつなんてそう居ないだろ。ちょっとくらい気を抜いたところで、大した問題は無いだろ。」
「まあそうかもしれいがだな。行商の人たちは早朝にやって来ることもある。そう気は抜けないぞ。」
ここはセークリッジ剣王国の王都から少し離れた所にある、小さな田舎町タルク。西門(とは言っても櫓みたいなものだが)の門番二人が、早朝の他愛も無い会話をしていた。
一人は決して不真面目という訳では無いが、朝が苦手というのもあって、やる気無さそうに見える男。名前はビック。だが昼になると本領を発揮し、要領良く仕事を熟すのだから凄いものだ。
もう一人は几帳面で真面目な、相方とは正反対な性格の男だ。名前はネス。早朝だろうが深夜だろうが、どの時間帯を任されても文句一つ言わず、きちんと仕事を熟す。他の仲間に融通の利かない奴とか、堅苦しい奴とか言われたりするが、ここに居る相方は、なんだかんだ言いながらも彼のことを信頼している。
対照的な二人だが、意外と上手くやっているのだ。
しかしビックの言う通り、タルクに早朝にやって来る人はほとんど居ない。極端な話、朝早くから只突っ立っているだけだ。
朝が苦手な彼にとっては、やはりやる気の出る仕事では無いだろう。欠伸も出てしまうことだろう。
そんな時だった。早朝のタルクに来訪者が現れたのは。
「た、大変だーーーっ!」
「何だ何だ?」
「おいどうした?」
ドタドタドタ。ダダダダダ。
物凄いスピードで、切羽詰まったように走って来る男が居た。
血相を変えてけたたましい音を上げながら疾走して来る男に、門番二人は啻ならぬ気配を感じた。
「そこの者止まれ。どうしたのだ?そんなに慌てた様子で走って来たのはどうしてだ?」
ネスが走って来た男を止めて事情を訊いた。
すると男は二人の想像を絶するとんでもない一大事を告げた。
「大変なんだ!ドラゴンが、ドラゴンがポールの町を襲ってるんだ!」
「「何だと!」」
二人の驚愕の叫び声がリンクした。
「今ドラゴンがポールの町を襲撃したと言ったな。被害はどのくらいだ?」
「もう半分くらいが焼かれた。早くしないと、町は全部焼かれて、こっちに向かって来るぞ!早く助けを呼んでくれ!」
「マジかよ。やべーぞこれ。」
「ビック、お前は急いで王都へ連絡を取れ。俺はタルクの騎士団を編成して討伐隊を組む。」
「分かった。任せた。」
ネスがビックに手際良く取るべき行動を割り振った。
ビックは慌てずネスの指示に従い、任された役割を果たすべくタルクの王国騎士団支部へ急ぎ向かっていった。
やはり出来る男である。動きがそつ無くテキパキしている。この事態に全く動じていない。
ネスもビック同様、ドラゴンが隣町を襲撃したと聞いても動揺したり慌てふためいたりせず、先ずやるべき事を迷わず行える素晴らしい騎士だった。
とは言えドラゴンの襲撃など緊急事態である。
ネスは表には出していないが、心中実は焦燥感に駆られていた。
街の一つや二つ平気で焼き滅ぼす脅威の生物ドラゴン。
普段山の奥深くに籠って人里に降りて来ることは滅多に無い。
それが町へ来て人家を焼き払っている。
男の口振りから察するにきっと何十人と死んだのだろう。
ポールの町は田舎町タルクの隣にある町で、タルクより大きく住人も七十人程居て、活気のある町だ。大きな松茸のような茸が特産品だ。
ほのぼのとしていて、町の人たちの仲はとても良く、皆が互いに支え合って助け合って暮らしている良い町だ。
そんな町が無残にも焼き尽くされようとしている。
何十人もの町人たちが、火竜の炎に焼かれて苦しんで死んで行く。
一刻も早く火竜を倒さなければ。これ以上被害を拡大させる訳には行かない。
ネスは討伐隊の編成を急ぐのだった。
ビックが、ポールの町をドラゴンが襲撃したとの一報を王都に入れた頃、ディアルはミーナと王都を散策していた。
「暇だなあ〜。最近王宮騎士としての仕事がないなあ〜。」
ディアルは柄にも無く最近の仕事の減少についてボヤいていた。
今までは仕事よりミーナとの時間を優先していた。仕事の所為でミーナとの楽しい幸福の時間が減ってしまう、とあれ程文句を垂れていたくせに。
一体どういう風の吹き回しか。
ディアルは今仕事をやる気に満ち溢れているのである。
「パパお仕事したいの?」
ミーナがディアルに尋ねた。するとディアルはこう答えた。
「ああ。今のうちに稼いでおきたいんだ。」
「えー。お金なら確かいっぱいあるんでしょ。パパお金持ちなんじゃないの?」
ディアルは王宮騎士だ。
王宮騎士は、王都の平和とセークリッジ剣王国全土の平和を守る、最高級の王国騎士だ。
王都以外の街にも騎士は居る。しかし支部の地方騎士だけでは対処し切れない大きな問題も時には起こる。
その時に応援に行くのも王宮騎士の仕事の内なのだ。
だからその分給料が良い。それはそれはもう地方騎士とは比べ物にならないくらい段違いな額だ。
何時も体を張った仕事をしている訳だから、下手をすると平の王宮官僚より高給取りな時もあるのだ。
更にディアルは闘剣のチャンピオンになった。
剣帝と呼ばれ、並み居る挑戦者を尽く返り討ちにして来たゼスを、剰え魔法を使わないで倒してチャンピオンの座を奪い取った男だ。
そのため剣聖等という尊称まで皆から貰ってしまった。
その実力は国王陛下も認める所だ。
それにディアルは、剣聖と呼ばれるようになる前から王宮騎士団からスカウトを受けていた。
なので異例の非番での王宮騎士として王宮騎士団に籍を置いている。
ディアルの出番は、ドラゴン討伐や大盗賊のアジト突入等といった大作戦の決行時のみ。
実力を皆から買われているからこそ許された扱われ方だ。
つまりディアルはスーパースターなのだ。当然金など何十年分とある。
一時仕事が減ったくらいのことではビクともしないはずなのだが。
だからミーナは深刻な表情でディアルの袖を掴んで来た。
もしかしたらお金が誰かに盗まれてしまったのではないかと真面目に思ってしまったからだ。
娘を金銭面で心配させるとは、何ともいけない父親である。
とは言え、仕事にやる気を満々に持つのは素晴らしいことである。
ミーナにべったり過ぎだったディアルから成長があったのだろうか。
この言動からそう思われることだろう。
しかし忘れてはいけない。ディアルはミーナの為にしか生きていない超絶馬鹿親であることを。
「別にそこまで金銭的に困っている訳じゃ無いんだ。」
「え?じゃあどうして?お金に問題が無いならお仕事には困らないんじゃないの?」
ミーナの疑問は尤もである。金銭的に別に問題無いのであれば、仕事に躍起になることは無い。
だがこの後のディアルの答えに、ミーナは拍子抜けからの脱力することになる。
「どうしてって・・・そんなの決まってるじゃないか!ミーナとずっと遊んで暮らしたい!その為には今以上にもっともっと蓄えを殖やしておきたい。と言うかそうする必要がある。もっともっと仕事して、ドラゴン倒して、魔物の大量発生を食い止めて、大悪党を根城ごとぶっ飛ばして、それから、それから・・・」
「えーっと・・パパ?」
駄目だ。ディアルの欲望ラッシュが止まらない。
留まる所を知らないディアルの言葉のマシンガン乱射が、ミーナを唖然とさせ困惑させる。
「兎に角俺は、ミーナと一緒に一生遊んで暮らせるだけのお金を稼がなければならないんだーっ!」
決まった。ディアルの渾身の拳の突き上げが。
ミーナはこれを聞いて拍子抜けしてしまった。そして身体から力が抜けていくのを感じた。
率直に言って恥ずかしい。ただただ恥ずかしい。
ミーナは別にディアルのことは嫌いでは無いが、と言うかむしろ大好きだが、ディアルのこういう所は是非とも改善して欲しいとそっと思っている。
口に出さずに心の片隅に留めておいている所が、また何とも健気で偉い。
本当にしっかりした出来た娘である。
それに比べてこの親は。娘が大事なのはよく分かるが、親バカが過ぎるというものだ。
成長など全くしていなかったディアルだった。
そう言えば、今のこれは街中で白昼堂々繰り広げられた馬鹿親劇である。
道行く人々に見聞きされてはいないのだろうか?
そんなことをされたらミーナは恥ずかし過ぎて羞恥死にしてしまう。
だが心配ご無用。しっかり者のミーナはこうなるであろうことを予測して、ディアルがあれこれ欲望ラッシュをしているうちに、先手を打って闇の魔法結界、ブラックカーテンを張っていたのだ。
なのでディアルのあれを大衆の目に晒すのを防ぐことが出来た。
ミーナは心底ほっと安心した。どうやら父親に殺されるのは回避出来たようだ。良かった良かった。
という訳で、ここでミーナは第二波に備える。
「ふぅ。あ、やべ。もしかして俺また恥晒したか?ん?何で周りが真っ黒・・・そうか。ミーナぁぁぁぁぁぁ。うー偉いぞ。偉い。本当にありがとう。」
やはり来た。ディアルの感激からの公衆の面前堂々完全無視のハグ攻撃。見られたらとても恥ずかしい。
しかしこれもブラックカーテンの前では見ること叶わず。
大衆の目に晒されるのをまたしても防いだのだった。
「もうパパー。人前でこれはダメだよー。」
「ごめんごめん。でもどうしてもミーナが可愛過ぎて。」
「はぁ。少しは反省してよー。でもパパが私のこと大好きってことだよね。だから恥ずかしいけど嬉しいよ。」
「うぅぅ。ミーナぁぁぁぁぁぁ。・・・おっとおっと。反省するんだったな。危ない危ない。」
ミーナに反省してよと言われては流石に守らない訳にはいかないようだ。
ミーナの素直な言葉はディアルの暴走の抑止力になるようだ。
と、まあこんな訳で、ブラックカーテンを張っていれば、ディアルの突然の恥ずかしい言動にも対処可能という訳だ。
ブラックカーテン万能。ブラックカーテン万歳。
ミーナは堂々ブラックカーテンを解除した。
しかしミーナはある大事なことを知らなかった。
小さい女の子にブラックカーテン等という高度な魔法は使える訳が無いということを。
ブラックカーテンが解除されると、それを待ってましたとばかりに外の人たちがディアルとミーナに群がって来た。
「おいあれ見ろよ。」
「うわ。あれ剣聖じゃね!?」
「マジで!?マジか!」
「剣聖だって。」
「横のあの子可愛い〜。」
「剣聖の娘かー。本当に居たんだなー。」
「ねえパパー。」
「おいおいちょっと待ってくれ。これは一体どういうことなんだ?」
二人は集られていた。結界から出た途端みんながこっちに気付いた。
ディアルは超有名人。王都で知らない者は無い。
別にここまで群がられたことは無かったので、ディアルは変装とかしてお忍びで出掛けることはして来なかった。
「くっそー。変装とかするんだったな。」
「パパちょっと怖い。」
「あー。ミーナぁぁぁぁぁぁ。おい!お前ら!ミーナが怖がっちゃったじゃないかぁっ!離れろ!」
ディアル怒る。理由:ミーナが怖がっちゃったから。
実はディアル。みんなから注目されて、意外と気分良さげだったりする。
こうして子供のことを考慮していない心無い皆を怒鳴ったのも、偏にミーナが絡んでいるからに過ぎなかったという訳だ。
おいディアル。それでいいのか?
と、まあディアルの今の一言で、群がって騒いでいた大衆も鳴りを潜め静かになった。
彼らの沈静化に成功し、ディアルとミーナはほっと安堵の一息を吐いた。
「ふぅ。無事難を逃れられたな。ミーナが大丈夫で良かった。」
「パパありがとう。でもあの人たちパパのファンみたいだから、無下にはしないでね。」
「ミーナ。無下だなんてよくそんな難しい言葉を知ってたな。偉いぞ。偉い。よーしよしよし。」
「あわわ。は、恥ずかしいよパパー!」
「なんか可愛いね。」
「剣聖マジかよ。ベタベタじゃん。イメージ崩れるなぁ。」
「でもなんか親近感湧くよな。」
「確かに。あの若さで剣帝倒してチャンピオンになっちまうんだもんな。それに一人でドラゴン倒して来ちゃうんだもんな。雲の上の存在みたいな感じしてたしな。」
「やっぱり剣聖もあの子の可愛さには勝てないのよ。」
「そうねぇ〜。あの子確かに可愛すぎるもんね〜。」
ディアルがミーナをベタ褒めしてよしよししたのを見て、見物の人たちから温かい視線と言葉を頂いたディアルとミーナ。
今回はブラックカーテンが無いため丸見え丸聞こえ。
お負けに喫茶店の人の数より遥かに多い。恥ずかし過ぎて死んでしまいそうなミーナだった。
と、ここで見物人の壁を掻き分け、二人の所へやって来た男が一人。
「パパ。誰か来たよ。」
ミーナにそう言われ、はっと我に返ったディアル。
振り返るとディアルはその男を視界に捉えた。
見ると彼はディアルのよく知る人物だった。
「マルクス少将!どうして貴方がここに!?」
ディアルは驚いた。別に苦手な相手という訳では無い。
ただ単にタイミング的に見られたくなかっただけだった。
そう思うなら人前でこんなことはしないで欲しいものだ。先反省もしたのに。
そうミーナは思った。
「少将がこんな所にいらっしゃるなんて。もしかして少将も偶の休暇ですか?」
マルクス・バトラー少将。ディアルの上司である。
顔付きは厳ついが、性格は存外に穏やかだ。
ディアルも最初に会った時は怖い人なのかとちょっとドキッとしたのだが、話してみると温和な人だったという意外性に驚きつつ安堵したものだ。
しかし一度戦場に立つと、その性格は獰猛な獣もかくやという普段の時とは対極の性格に豹変を遂げたのには、本当に驚愕に目を見開いたものだ。
マルクス少将は多くの騎士たちを纏め上げ率いる一軍の将だ。なので当然のことながら、仕事には非常に熱心で、部下思いで、その分訓練の時は厳しい、人徳味溢れる好い上司だとディアルは思う。
そんな人が仕事を放り出して遊びに来る訳が無いので、今日は少将もリラックスの日なのだとディアルは思った。
が、何故だか険しい顔をしている。
一体どうしたのだろうとディアルが尋ねると、
「ディアル、一大事だ。」
そんな短くも意味深長な、啻ならぬ気配を孕んだ一言が返って来た。
「少将一体何が?」
ディアルはマルクス少将をしてここまで険しい表情をさせる一大事に、思わず息を飲んで身構えた。
そして少将から発せられたあまりの事の内容に、ディアルは愕然とした。
「火竜が、ポールの町とその隣町のタルクを壊滅させた。そして尚火竜は止まらず中都市ムウォルに進撃を続けている。」
「なっ・・・」
タルクの西門の門番のビックが、王都にポールの町にドラゴン急襲の火急の知らせを入れた時。
ドゴーーーンッ!!!
「何だ今の音は!?まさかもう火竜がこっちに!?」
今し方の大きな破壊音に驚愕を隠せないビック。
音源はかなり近かった。もう火竜がタルクに近づいているのか?
ほんの先刻前にネスがタルクの騎士団を編成して討伐隊を組み、ドラゴン討伐に向かっていったばかりだ。
もう交戦しているのだとすると、ポールの町は壊滅したと考えるのが妥当な所だ。
ポールの町とここタルクは結構な距離離れている。馬車で小一時間は掛かる距離がある。
なのでこんなに早くぶつかることになるとは誰も予想だにしていなかった。
しかし驚いて腰を抜かしている訳にはいかない。
ビックがやるべき事は町の人たちの避難を急がせる事だ。
このままのスピードでは、もしネスたちがやられたら全員の避難は間に合わず、犠牲者が多数出てしまう。スピードアップが必要だ。
「おい、住民の避難をもっと早くしろ!それと領主様から兵を借りて来い!このままでは人手が足りないからな。」
「「「はっ!」」」
「ったく。マジでやべーぞこれは。何でこんな時に火竜なんかが出張って来てやがる。ちくしょう。俺が万全な状態なら戦線に入れるのに。」
ビックは火竜の遥かな予想以上の進撃速度に対する焦りと、火竜討伐に参加出来ない情けなさに対する苛立ちで心に余裕が無かった。
悪態を突いて机を蹴った。痛い。その痛みで更にフラストレーションが溜まる。
苛々が止まらない。
そんな時ふと横を見ると、そこには壁に掛けられた鏡があるのが目に入った。
その鏡に映し出された自分の表情を見て、ビックは思わず苦笑した。
何とも情けない顔だこと。これでは町の人たちを不安にさせてしまうな。騎士失格だ。
パンッと両手で頬を叩き、自分に喝を入れて王国騎士団支部を出た。
「ビック中尉、どちらへ?」
「んなの決まってんだろ。火竜を殺りに行くんだよ。」
「中尉お待ちを。身体はもう良いんですか?」
「ああ。大丈夫だ。」
「それなら良かった。では、お気を付けて。」
(こんな俺に敬礼なんかすんなよな。駄目な部下だ。)
ビックは心の中でそう悪態を突きながら、でも微かに口の端を吊り上げて、何だか満足したようにタルクを出て火竜が暴れ狂っている戦場へ向かっていった。
「領主様ー。領主様ー。」
「どうした?民の避難は完了したかね?」
「はい。町の者たちは全員タルクを出て避難しました。」
「それは重畳だ。では君も逃げるが好い。」
「は?あの、領主様?」
「何を言っているのか、そう訊きたいのだろう?」
「騎士である私がおめおめと逃げる訳にはいきません。タルクから出ても完全に安全になった訳ではありませんので。最後まで命を賭して全力で町の者たちを守る。それが私の使命です。お気持ちは大変ありがたく、痛み入ります。しかしその言葉は受け取れません。私はタルクに残ります。」
彼の熱い演説を聴いて、領主は感動したように目元を拭い、息子を見るような目で言った。
「その心意気。私は感服したよ。君のような騎士がタルクに居て本当に良かったよ。君のような若造にこうまで熱く語られては、私は尚のこと逃げる訳にはいかないね。」
「領主様、いけません!お逃げ下さい!」
「君は先言ったな。君の使命は民の為に命を懸けて全力で彼らを守り抜くことだと。まだ入団したばかりのうら若い一騎士がそこまでするのだ。ではタルクの領主である私がここに残って共に戦うのは当然のことだろう?」
「いけません!貴方は死んではならないお方です。貴方が死んでしまったら、一体誰が民を纏め上げ導くのですか?」
「大丈夫だ。私はこう見えても武術に嗜みがある。足手纏いにはならんよ。」
「しかし。」
ドガーーンッ!!!ドゴーーーンッ!!!
「何だこの音は!かなり近い。」
「私の兵を戦線に出す。君は固より私の兵を借りに来たのだろう?」
「はい。宜しいのですか?」
「民の避難が完了した今、こんな所で遊ばせておくには惜しいくらいには鍛え上げておる兵士たちだ。増援に向かわせよう。」
「ありがとうございます。」
「うむ。私が率いて火竜の所へ向かう。タルクを頼んだぞ。」
「やはりどうしても向かわれるのですね。ならば私も同行します。」
彼はきっぱり言い放った。一点の曇りも無い強い決意の感じられる言葉に、領主は今の言葉を吟味するようにゆっくりと深く頷いて彼の同行を許可した。
「行くぞ!タルクの民の為に、そして死んで行ったポールの町の民の為に、必ずや愚かな火竜を討つ!」
「「「おーーーっ!」」」
「発進!」
タルクの領主も火竜討伐に動いたのだった。
ネスは急遽編成したドラゴン討伐隊を率いて火竜の所へ進軍していた。すると前方が燃え上がっているのを視界に捉えた。
「あそこか。急ぐぞ。」
「「「「「はっ!」」」」」
赤々と燃え上がる炎と立ち上る黒煙にネスは急かされるようにして軍を進めた。
焦燥感が心を支配していたネスは気付けなかった。
領主軍と協力して向かうことが火竜討伐の最善の策であったことに。
「見えたぞ。総員止まれ。」
更に四五分進んだ所で、ネスは今回の非常事態の諸悪の根源である火竜の姿を捉えた。
しかし想定より早い接敵だ。
ネスはもう少し後で接敵すると踏んでいたので少し驚いたが、火竜の身体を見れば理由が直ぐに解る。
大きい。予想していたよりも巨大だ。
これでは町も早々に焼き尽くされ、進撃速度も速いことだ。
しかもこの火竜、普通の大人サイズより大きい。
しかもブレスの熱量が一般的な威力では無い。
相当強い相手だ。突然変異種とまでは行かないが、強固体であることは間違い無い。
これは心して掛からねばならない強敵。
下手をしたら国家レベルの危機だ。
剣を握る手が震え出す。
まさか俺は心の奥底で怯えているのか?指揮官として情けないことこの上無いぞ。さあ指示を出せ。攻撃の指示を出すんだ。
恐怖で動かなくなった惰弱な心を叱咤するネス。
そして思い切って叫んだ。
「弓隊矢を放て!火矢だぞ。通常の矢では傷一つ付けられないぞ。そして歩兵部隊総員突撃!」
「「「「「「おーーーーーーーっ!!!!!」」」」」」
ネスの決死の指揮が兵たちの士気を高め、弓隊は火矢を放ち、火竜がこっちに気付いた直後、一瞬の隙を突いて歩兵部隊が火竜を襲った。
「グオーーーー!!!」
火矢が何十本と火竜の身体を襲い、遂にダメージが通った。
するとそれに怒り狂い咆哮を上げた火竜。ブレスを放ち飛来する火矢を一掃した。
しかし上だけで無く下にも敵が居る。
地形上の死角を利用し完全ノーマークとなった歩兵部隊が、遂に火竜の足元まで肉薄することに成功。
剣で斬る。槍で突く。魔法が使える者は魔法で攻撃する。
そうやって次々と火竜を集って攻撃して行く兵士たち。
火竜が痛みに呻いて咆哮を上げる。
これを好機に更に集中攻撃を仕掛けるネス。
「もしかして行けるか?いや、油断は禁物だ。もう少し痛め付けよう。そうして弱った所を俺が叩く。総員攻撃を続けろ!その距離を保て!離れ過ぎるとブレスの餌食になるぞ!」
ネスの采配は素晴らしいものだった。
火矢の遠距離攻撃で火竜をそれに意識させ、その隙を突いて剣や槍での直接攻撃を加える。魔法が使える者は魔法で攻撃する。
遠近中と三拍子揃った見事な集中攻撃。
しかしネスは一つ大きな失敗を犯した。
それは火竜の足元まで兵を近づけたことだ。
確かにそこまで近づけば最大の難敵であるブレスは受けずに済む。
だが火竜の攻撃はそれだけでは無い。特にサラマンダーにはもう一つ強力な技がある。
それはブレイズスタンプ。後にそう呼ばれる踏み付け攻撃だ。
足に炎の魔力を集約し、思い切り地面を踏み鳴らし、足元付近の敵を押し潰す強力な技だ。
効果範囲は狭いが、足元まで近づいた兵士たちは、特にそれを知らない者では反応が遅れ対処は出来ない。
まんまと殺されてしまうだろう。
魔法が使える騎士たちや魔法師が多ければ問題は無かったが、この討伐隊は剣士や槍士がほとんど。
彼らが火竜の足元まで近づいている。
つまり討伐隊のほとんどを失ってしまう。
そんなことを知らないネスはこのまま攻撃を続け、それに従って歩兵部隊の兵士たちは剣や槍を突き立てる。
ここで一瞬火竜の動きが止まった。
これを最大のチャンスだと読み間違えたネスが遂に動いたその時、無情にも最悪のそれが起こった。
「おいおい火竜の動きが止まったぞ。」
「やった!もう少しで倒せるぞ!」
「隊長も来るぞ!」
「良し、全力で掛かるぞ!」
火竜が動きを止めたのを弱ったからだと勘違いした彼らは、畳み掛けるべく迷わず追撃に出た。
それが火竜のブレイズスタンプの溜めだとも知らずに。
と言っても無理は無い。そんなことは指揮官のネスを含めて誰も知らなかったのだから。
だからといってネスを責めるのも可哀想だ。
サラマンダーのブレイズスタンプのことなど未知の技なのだから。
「何か、熱いぞ。」
「ああ。ブレスは来ないはずなのに、ここ熱いぞ。」
「何でだ?」
「火竜だから全身どこも熱が滾ってんだろ。」
ズズズズンッ!
火竜が四つの脚のうち右前脚を上げた。更にその足の裏には灼熱の炎が纏われている。
「おい!何だあれ!?」
「熱かった正体ってこれか?」
「火竜ってブレス吐いてるだけじゃ無かったのか!?」
「逃げろ!潰される!」
「「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」」」」」
ゴゴゴゴゴ。ズドオオオオォォォォォォォォォンッ!!!!
「何、だと・・・・・・」
ネスの目の前で火竜の足元に近づけた兵士たち全員が死んだ。
見事に全員炎の巨足に押し潰された。
最後は悲鳴も聞こえなかった。
目の前で起こった衝撃の光景に、ネスは完全に心が折れ砕け、茫然自失しその場に立ち尽くした。
「隊長ーーーお逃げ下さい!」
弓隊の必死の叫びも今のネスの耳には入らなかった。
火竜がネスを睨みつける。その眼は獲物を狩る強者の眼。
それに睨まれネスは動けずにいた。
いや、正確に言えばそれは違う。
動けずにいたのは確かだが、火竜の獰猛な眼に射竦められた訳では無く、自分に絶望したからだ。
焦り逸り勇み足で戦場へ駆け出し、その結果むざむざ多数の仲間を
犬死させることしか出来ない自分の最低さに、ネスは絶望していた。
そんなネスを火竜は容赦無く狩る。
大口を開け放たれた獄炎のブレス。
一般的なサラマンダーのブレスとは一際強力なそれは、ネスには閻魔の誅伐の炎に思えた。
だから甘んじて受け入れた。そして死んで行った皆にブレスに焼かれながら詫びた。
そして最期にビックに謝った。
すまない、俺は先に逝く。お前とは違う所へな。
そしてこう思った。
本当に偉いのはビック、お前だ、と。
何故なら死の間際に見えたのだ。
全速力でこちらへ疾走して来る彼の姿がネスの目に映ったのだ。
「ビック、お前は最高の仲間だったぜ。」
ネスは立派に生涯を終えた。
事後、奇跡的に形を綺麗に留めたネスの焼死体が発見された。
これは神様の粋な計らいなのだろうとビックは思った。
「ネスーーーーーーーーッ!!」
ビックが火竜の元へ辿り着いた時、折悪しく丁度ネスがサラマンダーのブレスに焼かれて死んでいた。
「ああ・・・ネス!・・・クソっ。クソーっ!」
ネスが業火に焼かれるのを目にして覚悟していたが、やはり仲間の死体を見るのは辛い。
だが同時にほっとしている。
あれだけの強力なブレスに焼かれたので、遺体も上がらないと思っていた。
だがネスは焼死体とはとても思えない程綺麗な状態で残っていた。
それが嬉しかった。
ちゃんとネスの身体を墓地に埋めてやれることがどうしようも無く嬉しかった。
これで彼も浮かばれることだろう。
「安らかに眠れよ。お前の仇は俺が取る。だから何も心配は要らないぜ。」
ビックはネスの耳元でそう優しく囁いて、ネスをこんな姿にした憎むべき犯人を睨み据えた。
その眼は火竜の熱いブレスとは真逆の、芯まで冷えた突き刺すような冷たい憤りの炎に燃えていた。
絶対に殺す。ビックの眼がそう言っているのがありありと分かる。
しかし彼自身火竜を殺すことは出来ないと解っていた。
ビックは怪我をしている。それはそれは酷い怪我だ。
一か月前近くの森で魔物が大量発生を起こした。
近隣の町村がスタンピードに遭うのを防ぐべく、果敢に魔物の大群に立ち向かった。
その時にこの大量発生の原因であるキメラに遭遇した。
身体は逃げろと言っていたが、ビックは逃げずに立ち向かった。
それは単なる無謀でしか無かったが、彼には無謀に打って出ざるを得なかった理由があった。
ここで逃げたら仲間がやられる。村も蹂躙される。
そうなればその村の人たちが殺されてしまう。
それだけは是が非でも防がねばならない。
そう思い、震える身体を必死に動かし、怯える心を一喝し、キメラに挑んだ。
案の定歯が立たず、大怪我を負って森の中に打ち捨てられた。
幸いな事に、ビックは駆け付けた王宮騎士たちに発見され、一命を取り留めた。
それから一か月。未だ怪我は治っていないが、足止め程度にはなるつもりで火竜の前に立ったのだ。
もう直ぐ領主軍が到着するだろう。
それまでここで火竜を食い止める。
そして王宮騎士が到着し、討伐完了だ。
希望論だがそこまで机上の空論では無いはずだ。
それは必ず起こる事だ。火竜はそうして討伐される。
だからそれまで火竜を釘付けにしてやる。
その意志を心に刻み、ビックは剣を抜いた。
「行くぞドラゴン!」
シュタッと地を蹴り火竜に肉薄。
そしてそのまま前脚を斬り付けた。
「グオーーーー!!!」
「これくらいで叫んでんじゃねーぞコラ!みんなは、みんなはどれだけ苦しかったか分かるか!?こんなもんの比じゃねーぞ!」
怒りの剣を振るう。二、三と次々と斬って行く。
しかしどれも深い傷にはならないものだ。
堅い。竜の身体は堅固だが、やはりこれは強固体だ。
堅さもブレスの熱さも動きの速さも全然違う。
何度も火竜と戦って来た訳では無いが、勉強した一般的なサラマンダーの能力を上回っている。
「厳しい戦いになるな。」
そう、悪態を突いたその時、
「グオアアァァァァァァァッ!」
「何だと!」
火竜が予想外の突進を敢行して来た。
何かに導かれるようにして目の前のビックの横を素通りして行った火竜。
ビックはただただ唖然とするしか無かった。
ビックと火竜との戦いは、ビックの予想を裏切る形で幕を閉じた。
ビックとの戦闘を完全に放棄し、逃げると言うよりは、何かしらの使命感を帯び向かわなければならない場所へ誘われるようにして、猛然とビックの横を駆け抜けて行った火竜。
先までは狂ったように町を焼き、向かって来た兵士たちを返り討ちにしていたのに、一体火竜に何があったのだろうか?
ビックとの激しい戦闘をあっさり放棄した。
ビックは驚きや呆れや訝しみやらでもうぐちゃぐちゃだ。
一人戦場に残されたビックは最早笑うしか無かった。
そんな混沌とした心情の中、ビックの側に領主軍が到着した。
「君、君、大丈夫かね?」
領主から掛けられたその声で、荒野と化したその場に只ぼーっとして立ち尽くしていたビックは、漸く我に返った。
「領主様!も、申し訳ございません!交戦していた火竜を取り逃がしてしまいました。この失態何とお詫びしたら良いか・・・」
「可い。これは君の失態では無い。誰の予想でも測れない完全に不測の事態だ。急ぎ支部に戻り王宮騎士団に連絡をせねばならぬ。総員引き返せ!」
領主の威厳溢れる命令で領主軍は引き返し出した。
ビックは火竜を取り逃がしたことを責めていた。
ポールの町に次いでタルクが焼かれてしまう。
被害を最小限に抑えることが出来なかった。
どれだけの人々を悲しませるのだろうか。どれだけの人々を苦しめるのだろうか。
そう考えるとこの上無い罪悪感で潰れてしまいそうだ。
そんな時、領主の言葉が自責の念に駆られていたビックを救い出した。
「領主様?俺は火竜を取り逃がしました。と言うより、そもそも俺には火竜を倒せるだけの力はありませんでした。」
そうなのだ。そこなのだ。
逸る正義感と使命感がビックに焦燥感を生み出し、怪我の完治を待たぬまま剣一つ携えて飛び出した。
足止め程度の活躍はしようと。
甘かった。解っていたはずなのに出しゃばって来て、結局何も出来ないどころか横を抜かれてしまった。
迂闊だった自分が許せない。
「解っていたにも関わらず先走って却って事態を悪化させてしまいました。」
「そう自分を責めるな。誰が悪いでもない。私たちが早く出て先に交戦していれば、若しくは私たちが駆けて来た火竜を止められていれば。そんなもしもの話なのだよ。だから一人で潰れてくれるな。君は十分よくやった。」
「領主様・・・」
何だか心が少しだけ軽くなった気がした。
ビックは太陽のように優しく温かく包み込んでくれる領主に心を救われた。
許されて良いのだと思えるようになり、ビックは重荷が降りたことで肩の力が抜け、目に涙を湛え深く腰を折った。
「ありがとうございました。」
ビックからの感謝の言葉を受け取った領主は、何て事は無いと手をヒラヒラとして遺体の回収の指示を出した。
ビックは不測に不測を次ぐ事態の連続の中、全く慌てず動じずテキパキと現場を捌く領主の非常に大きな背中を目の当たりにして、本当に頼もしい我等が領主だと心からそう誇らしく感じたのだった。
火竜は征く。ある絶対的な力に導かれて。
感じる。崇敬すべき偉大な御方から頂いた使命感を。
抽象的でフワフワとしているが、鮮明に聞こえる。
『ムウォルで剣聖と戦え、と。』
その声に導かれるまま、火竜は猛然と暴走列車の如く爆走するのだった。
火竜はその少し後、タルクをハリケーンのように一気に蹂躙し、中都市ムウォルを目指し駆け抜けて行ったのだった。
タルクを北に真っ直ぐ行くと、セークリッジ剣王国の中都市ムウォルがある。
ムウォルは王都には敵わないが、中都市と呼ばれるだけの大きさを誇る街で、人口も多い。
商店街があるので毎日とても賑わいがある活況な都市として有名なのだ。
そんな所に火竜が侵入したらどうなるかは推して知るべし。
ディアルは用意された馬に乗り、急ぎムウォルに向かいながらずっとその事を懸念していた。
間に合え。間に合え。何度もそう強く念じながら。
と、ここで流れ的に一緒に来ることになったミーナはと言うと、ディアルの後ろに捕まり行動を共にしていた。
そこで更にディアルの上司、マルクス・バトラー少将に食い入るように質問攻めをされていた。
「ミーナちゃん、君は何故この年齢で既にブラックカーテン等という闇魔法の結界を完璧に修めているのだ?それに遮音結界も張っていたね?多重発動まで出来ると来た。ディアルに魔法は使えんため習うのは不可能。とすると一体どうして?気になる。気になるのだよ。どうなんだ?」
「え、えと・・・」
ミーナはグイグイ来るマルクス少将の質問攻めに困惑し切っていた。
ディアルに助けを求めるも、それどころでは無いらしいディアルは振り向いてくれない。
ミーナは今大ピンチに陥っていた。
まさか天使でしたなんてとても言えない。
公言したら火竜どころでは無い大事件となってしまう。
王国に捕らえられ恐ろしい事をされるに違い無い。
それよりそんな事が世界中に知れ渡ったら大戦争が勃発するだろう。
自分を巡って戦争が起きたらとても堪えられない。
どう責任を取ったらいいやら。
そんな訳で自分の正体を明かすことは出来ないので、ミーナは必死に言い訳を考えていた。
「で、どうなんだ?」
「あの、その、えっと・・・」
考えても考えても全然良い言い訳が浮かばない。
だからといって答えないのもまずい。
ミーナが追い込まれたその時、遂に救いの手がディアルから差し伸べられた。
「少将、ウォルムにはどれだけの騎士たちが揃っていますか?」
ディアルの真面目な質問が飛んで来て、瞬時に態度を戻したマルクス少将は威厳たっぷりな感じで答えを返した。
ミーナは心からディアルに感謝したのだった。
「既に王宮騎士たちはムウォルに到着していて、門の前に防御陣を展開している。そして我々が到着すれば討伐隊が完成する。」
「そうですか。それは良かった。それではもう直ぐ討伐に向かえますね。」
「そうだな。何としてもここで火竜を倒さねばな。これ以上被害を拡大させる訳には行かない。」
「ああ。本当に。」
マルクス少将の馬とディアルとミーナの馬はウォルムを目指して疾駆して行った。
ディアルたちがウォルムに到着した時、丁度防御陣を完成させていた。
「マルクス少将、帰還ご無事で何よりです。」
「うむ。防御陣は出来上がっているな?」
「はい。丁度完成致しました。」
「ご苦労。我々も抜かれぬよう全力で討伐する。もしかしたら仕事は無くなるかもしれんな。だが、最後まで決して気を抜くなよ。」
「はっ。我々としても仕事が無い方が喜ばしいことです。では少将もご武運を。」
「では出陣だ。ディアル、行くぞ。」
「はい。じゃあミーナ、パパちょっと戦いに出て来るから、ここで待っててくれ。」
ディアルは討伐隊のエースだ。
ディアルの剣技は誰も目を見張る所がある。
当然行かない訳にはいかない。
そんな中ミーナは討伐隊と同行したいと申し出て来た。
マルクス少将はミーナの超高練度の魔法技術の一端を垣間見ていたこともあって、ミーナの同行に肯定的だったが、ディアルが猛烈に反対したので直接許可を下ろさなかった。
ディアルは大切な愛娘、ミーナに愛情溢れる眼差しを向け、ムウォルの中で待っているよう説いた。
「パパ、私も行く。パパと一緒に戦う。」
「駄目だミーナ。今回の相手はそこら辺の魔物とは違う。ドラゴンなんだ。キメラとは比べ物にならない強さなんだ。危険だから大人しく待ってて欲しい。」
「パパ、私は天使だよ。ドラゴンよりも上位の存在だよ。だから大丈夫。戦えるの。パパ魔法使えないでしょ。ドラゴンは魔法が無いと倒すのとっても難しいの。私パパのこと大好きだから、ちょっとでも危険を減らせるように頑張るから、一緒に戦いたいの!」
「駄目だ。もしミーナに何かあったら俺はもう堪えられない。だからここで待ってるんだ。」
「私だってパパに何かあったら嫌だよ。それにパパの剣と私の魔法が合わさったら無敵だよ。私がパパを守るから。」
「どうしてそこまで。」
「だってパパが居なくなったら私は生きて行けないよ。強いとか弱いとかじゃなくて、パパの居ない毎日は楽しくないもん。そんなの嫌だもん。パパが居る。それが私の幸せなの。」
「・・・・・・うぅぅぅぅぅ。ミーナぁぁぁぁ。俺のことそこまで想っててくれたなんて、うぅぅぅ。よし分かった。行こう。一緒に火竜をボコって来よう。」
「うん!」
負けた。遂にディアル敗れた。
ミーナが天使だからドラゴンよりも強いとか、ディアルは魔法が使えないから力を合わせて戦おうとか、あれこれ必死に反論してもディアルは全く認めなかった。
しかしディアルは単純だった。
パパ大好き、パパの居ない毎日なんて嫌だ、パパが居ることが私の幸せ。
そんなワードが出て来る度にどんどんディアルの威勢が落ちて行き、そして遂に折れた。
ディアルはやはりミーナの笑顔や言われて嬉しいワードには無力なのであった。
こうしてディアルとミーナのミーナのドラゴン討伐同行争論は、ミーナを連れて行くという結果で幕を下ろした。
ミーナが途中から遮音結界を張っていたため聞かれたらまずい二人の声が外に漏れることは無かったが、討伐隊の王宮騎士たちの皆は良い物が見られたと満足気にニヤニヤしていた。
二人は当然そのことに気付くことは無かった。
「・・・終わったかな。」
「・・・はい。非常に見苦しい所をお見せしました。すみませんでした。」
「ごめんなさい。」
「可い可い。二人は本当に仲が良いのだね。ディアル、ミーナちゃん、期待しているよ。だが、無理はしないように。」
「はい。全員で力を合わせて火竜を討伐します。」
「頑張ります。よろしくお願いします。」
「二人とも良い返事だ。全員揃ったな。」
「ディアルさんが来たぞ。」
「ああ。本当に頼もしい。」
「今回も惚れ惚れする絶技が見れるかな?」
「あの子供が毎日自慢されるミーナちゃんかな?」
「確かにすげー可愛い子だなぁ。」
「静かに!全員気を引き締めろ!敵は二つの町を壊滅させた脅威の火竜だ。それに類を見ない強個体だと聞く。気の緩みは死に直結する。絶対に気を緩めるな!必ず倒すぞ!」
剣聖と名高く皆からの信頼も厚いディアルの参上に、改めて興奮し出した討伐隊の面々。
士気は上がったが緊張感が失くなったのを見て、マルクス少将が一喝入れた。
すると
「「「「「「「おーーーーーっ!」」」」」」」
皆の気が引き締まり、弛んだ空気が一転して緊張感溢れる陣になった。
ディアルは少将のこういう所が本当に凄いなと思い尊敬出来る所だと思う。
ミーナも少将のこの手腕に感動して思わずパチパチと拍手をしていた。
一軍の将とはこういう物なのだなとミーナは学んだのだった。
「では出陣!」
迫り来る火竜を迎え撃つため、討伐隊が遂に進発した。
~ ~ ~ ~
「ふぅっ。火竜は予定通りディアル君と戦えるようだね。只、一つ残念な事がムウォルの中に入れない事だね。サラマンダー入れたかったけど、まあ仕方無いね。それは次にしよう。ふふっ。どうなるか楽しみだね。そうだろう、ガンス?」
「ああ。剣聖の技が見物出来るからな。見せてくれよ剣聖。」
~ ~ ~ ~
「グオーーーー!!!グオアアァァァァァァァッ!」
マルクス少将率いる火竜討伐隊は、ムウォルを出発して十分弱で目標の火竜を発見した。
火竜を認めたや否や、隊列を戦闘形態に素早く組み替え、歩みを速めて火竜に接近、会敵。
遂に火竜との戦闘が始まった。
「ほう。これがポールの町とその隣町のタルクを壊滅させた怨敵か。小さな田舎町とは言え、町二つをいとも容易く蹂躙しただけあって中々の威容じゃないか。ふむ。確かに報告にあった通りかなりの強個体と見えるな。これだけ離れた所に居ても感じる肌がヒリつくような熱さ。これは災害レベルだな。長期戦は得策じゃないな。皆の者、短期決戦を仕掛ける。剣兵隊、槍兵隊は剣聖ディアルとミーナを中心に最前線で火竜を攻めろ。弓隊は援護射撃を状況の進行に応じて陣形を変えながら行え。敵は攻撃範囲が広い。それにこの熱量。速攻で片付けねばこちらが持たない。全力で掛かれ!突撃ーーーー!」
「「「「「「おーーーーーっ!」」」」」」
大将マルクス少将の掛け声で兵たちは駆け出した。
いよいよ開戦した。
最前線で火竜を攻撃するは剣兵槍兵たち。
流石王宮騎士団だけあって熟達した攻めだ。
一人一人の剣術や槍術はさることながら、仲間との連携がとてもよく取れていて隙の無い連携攻撃となっている。
斬っては突き突いては斬って。
その繰り返しが火竜にダメージを蓄積させる。
「ウグアァァァァァァァァッ!」
騎士たちのヒットアンドアウェイの攻撃を受けて苦しそうに呻き声を上げる火竜。
マルクス少将の作戦が成功し、戦いを有利に進めることが出来ている。
未だ誰一人として負傷をした者は居ない。
それはマルクス少将の手腕が光ったと言うばかりでは無い。
誰一人皆が士気を高く保ち、決して気を緩めること無く、息の合った連携で熟達した超高練度の攻めを続けている。
それが無傷の完璧な戦いを可能としているのだ。
しかしながら、やはりマルクス少将の陣形指揮や即座の作戦の立案は
目を見張る素晴らしいものだ。
事前に委細報告されていたとは言え、あのほんの少しの時間で弱点や隙を見抜き、そこを突いた戦闘の展開が完璧に出来ている。
これは凄いことだ。近いうちに中将に昇格するという噂が騎士団内部で流れているが、これはかなり現実味がありそうだ。
するとここで火竜が動いた。
口内に強い魔力反応と熱量が感じられた。
ブレスが来る証拠だ。
ドラゴンの十八番たるブレス。
口から直接魔力の炎を吐き出す技だ。
全て体内で直接練られ放出されるため、通常の炎魔法とは違って威力が段違いに高い。
これが脅威として恐れられる理由なのだ。
遂にドラゴンの専売特許のブレスが吐き出される。
ことは無かった。
「撃てーっ!」
ヒュンヒュンヒュン。
風を切って勢いよく火竜に向かって飛ぶ無数の矢。
それが丁度火竜がブレスを放とうとした時に飛来したため、本来の目標である地上の討伐兵たちに向けて放つつもりだったブレスを、自身を射殺そうと弓隊たちから発射された矢から身を守る為に、ブレスの矛先を無数の矢に変更せざるを得なくなった火竜。
放ったブレスは飛来した矢を全て焼き払い、自らに届かせることは無かった。
しかしブレスを放つ瞬間、火竜からどこか心持ち苦々しさが感じられた。
そりゃあそうだろう。
ブレスが矢を焼き払っていた時に剣や槍で自身を傷付けられていたのだから。
自分より下位種族である人間にしてやられたのだから悔しさも一入といった所だろう。
その後もナイスタイミングで寄越される弓隊の援護射撃にブレスを封じられた火竜。
剣兵槍兵たちの攻撃ばかりを受け、向こうには攻撃出来ていない。
完璧な波状攻撃に焦れてフラストレーションが爆発した火竜は、とうとうあれを繰り出した。
「グウウゥゥゥゥゥゥゥ・・・・グオアアァァァァァァァッ!」
傷だらけの前脚を二本上げて、そこに大地をも焦がす灼熱の炎を纏わせ、思いの限り重心を乗せて振り下ろす。
ブレイズスタンプ。報告されたそれをマルクス少将がそう名付けたのだ。
果敢に火竜に接近し攻め掛かっていた騎士たちに非情に降り掛かる災厄。
巨大な炎脚が彼らを押し潰さんと迫る。
近づき過ぎたのが仇となり、逃げようにも逃げ果せるだけの時間が無い。
このままではほとんどの剣槍兵たちがやられてしまう。
だが誰も狼狽したり恐怖に戦慄したりしている様子は見られない。
今にも灼熱の巨大炎脚に押し潰されようとしているのにも関わらずだ。
ディアルとミーナだって彼らと少し離れているものの、十分ブレイズスタンプの射程圏内に居るのだ。
ミーナはディアルの袖をきゅっと掴んで不安そうにしているが、ディアルは全然平気そうだ。
それに指揮官のマルクス少将も火竜のこの動きに微塵たりとも動揺せず、むしろ好機と言っているかのように一度ゆっくりと首肯してディアルに一瞥した。
実に不思議である。しかしディアルは少将の一瞥を合図としたように動き出した。
そしてミーナに優しい眼で微笑み掛け、先導の一言を力強く告げた。
「良し、行くぞ。ミーナ、付いて来い。」
「うん。どんな時も一緒だよ、パパ。」
うぅぅぅとなる所をグッと怺え、ミーナを手を繋いで連れて火竜の元へ走り出した。
ディアルよくやった。偉いぞ。
そんなように内心で自画自賛しながら火竜に向かって超速で疾走するディアル。
全くもう。危急存亡の時によくそんなに軽々しい気持ちで居られるなあ。
ディアルとは対照的に真面目にそう思ったミーナだった。
本当にディアルと違ってよく出来ている。ディアルもこういう時ばかりは真面目にやって欲しいものである。
「今だっ。」
「大水膜。」
ディアルは火竜の元に接近すると、そのまま果敢にブレイズスタンプの真下に飛び込んだ。
そしてミーナに合図を送った。
それを受けて、ミーナは直後に水魔法の大水膜を頭上に展開。瞬時に出来上がった分厚い水の膜が、ディアルとミーナのみならず、ブレイズスタンプに押し潰されようとしていた騎士たちを護るように空中に浮かんでいる。
火竜の巨大な前脚二本をすっぽり覆えるだけの大きさを誇るミーナの大水膜。
これを見てディアルは思う。
全く途轍も無く凄い力だ。
魔法が使えないディアルにとって魔法は憧れだ。
旅の途中、水が飲みたい時に近くに水源が無かったら水は飲めない。
でも水魔法があれば綺麗な水を生成して飲むことが出来る。
態々火を熾さずとも火魔法があれば火が点く。
これは希少例だが、光魔法が使えれば夜も足元を明るく照らすことが出来て、安全に歩を進めることが出来る。
夜行を急ぐ時には重宝するだろう。
まあともあれ魔法は便利だ。攻撃性のある魔法なんて使えなくてもいい。水を得られる、火を熾せる、そんな簡単な魔法が使えたらどれだけ良いだろうか。
ディアルは常々そんな風に羨望していた。
そんな時闘剣で剣帝と呼ばれるゼスに出会った。
彼の魔法は凄まじいの一言に尽きる。そんな物だった。
戦闘に於いては、他の追随を許さない圧倒的火力の雷撃で並み居る挑戦者たちを悉く打ち砕いた。
狩りに於いては、秀逸な精度の雷矢で獲物を一撃で仕留めた。
凄いと思った。こんなことが出来るのだからきっと彼は最高峰の魔法師なのだろうと思った。
しかしミーナと出会って、彼女の魔法を見て、常識という物が一遍に覆った。
こんなに小さな子供が雷魔法を使っている。
闇魔法まで覚えている。
魔法結界が触媒の補助無しで展開出来る。
それに何より魔晶石の中の魔力を感知出来る。
有り得ないことをさらっとやってのける。
まあミーナが天使だからという理由もあるのだが、上には上がいるのだなと思った。
自分には魔法なんて全く使えない代物だが、それが何だと言うのか。
自分には最強の剣技がある。ピンチの時に見える勝利への道がある。
そして何より、最強の魔法師にして天使にして最愛の娘のミーナが居る。
二人一緒なら誰にも、何にも負けない。
今はそう思える。
だから火竜にだって負けない。絶対に負けない。必ず倒すぞ!
その強い意志を持って、ディアルは勝利の剣を振るう。
ドジュゥゥゥゥゥゥ。
火竜のブレイズスタンプがミーナが展開した大水膜に接触した。
まるで灼熱の巨大な炎脚が湖に浸かったかのようだ。
どんどん熱されてブクブクと泡立ち、大水膜の体積が増大していく。
そして・・・
ドカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!
大爆発した。
鼓膜が破れる、いや、頭が吹き飛ぶかと言う程の大音声の水蒸気爆発が起こった。
それに巻き込まれた火竜は、頭と両前脚を失い即絶命した。
超高熱の巨大な物体が物凄い勢いで水に浸かったのだから当然と言えるが、皆一体何が起こったというのだろうかとぽかーんとしている。
後方で戦いの趨勢を見守っていたマルクス少将も、同じようにあまりの光景に呆気に取られて間の抜けた表情をしていた。
幸い爆発はミーナの全力の操作でこちらに及ぶことは無く、全て火竜に行ったので火竜はまあ何とも無残な死骸となった。
勝ったのだ。ポールの町とタルクを壊滅させた強大な火竜を倒したのだ。
それに只勝利したのでは無い。
この戦いでは戦死者が出ていない。誰も殉死していない。
これは非常に凄いことだ。
誰も死なないドラゴン討伐など、極稀にも見ない史上初の一大事ではないだろうか。
騎士たちは完全勝利に大歓喜し、互いに抱き合って無事に生きて帰ることが出来る無上の悦びを噛み締めた。
マルクス少将は独り静かに男の涙を流した。
皆を無事に帰すことが出来ると感無量だ。
そんな皆が欣喜雀躍する中、物凄い温度差で冷めた男が一人。
「パパー!やったね!みんな死んでないよ!誰も死ななかった!凄いよ!パパ?」
「・・・あ、ああ。そうだな。凄いことだ。やったな。」
「パパ大丈夫?」
「おお大丈夫だ。悪いな。いや何か呆気ない最後だったなってな。」
「えっともしかしてあの爆発で火竜が死んじゃったこと?」
「俺の活躍が、何処へ飛んで行ってしまった。」
「でもパパが楽して勝てたんだから、私は良かったよ。」
「おおミーナ。そうだな。誰も死ななかったんだもんな。喜ばしい事だ。うん。」
まあディアルとてこの勝利を全く喜んでいない訳では無い。
ディアルはミーナと手を繋いでマルクス少将の元へ戻ったのだった。
~ ~ ~ ~
「おいおい。ありゃ何だよ!?」
「ふっ。ディアル君も大切な物を得たということだね。」
「あんな小さな子供があんなえげつない魔法使えるもんなのかよ!?なあ!?」
「ガンス落ち着きなよ。君剣聖と戦うんだろう?戦う前から怖気付いてどうするのさ。」
「別に。怖くなんかねーさ。只俺はあの少女に驚いたんだよ。何だか楽しみになって来たな。そろそろ行くぜ。」
「ふっ。本当に楽しみになって来たね。さあディアル君。君はどんな未来を切り拓いてくれるのかな?」