3 ディアルとミーナの記念日
ディアルは街へ来ていた。もちろんミーナと一緒に。
森でミーナを拾ってから早くも一年が経過した。今日は丁度その日。ディアルはその日を記念日と定め、ミーナを連れてお買い物に出掛けたのだ。
「ねえパパ。ほんとに何でも頼んでいいの?」
「ああ。今日はミーナと出会った記念日だぞ。そういう日は父親として奮発するところなんだ」
「そうなんだ。ありがとうパパ」
ミーナがにっこり花のような笑みを浮かべた。それを見たディアルがだらしない笑みを浮かべた。
何だこの光景は。愛娘の笑顔に瞬間で絆されてだらしない顔のディアル。
これがあの剣聖の現在の姿だ。
かつて闘剣で剣帝を倒し、観衆を大いに湧かせたあの剣聖だ。
纏う空気は鋭い鎌鼬の如くピリピリとしていた。
対峙した時の覇気は一瞬で相手を怯ませる程強力なものだった。
が、今は見る影も無い。
纏う空気はほわほわとしていて、隙だらけだ。
これでは襲撃に遭っても剣聖の名に相応しい戦闘が出来るかどうか怪しいところだ。
つまりは骨抜きである。ディアルはミーナの笑顔に、と言うよりミーナにぞっこんなパパであった。
「じゃあ私新しいお洋服が欲しい」
「分かった。良し。じゃあ飛びっきり可愛い服を買ってやるからな」
「わーい。って何かパパの方が楽しそう?」
ディアルはミーナの為だと張り切り過ぎていたのだった。
ディアルとミーナがやって来た街は、ディアルの隠れ家のあるセークリッジ剣王国第二の大都市シュトレーだ。
シュトレーは王都に次いで二番目に大きい都市で、色々な店や市場やレストランと充実していて、お出掛けには持って来いの街なのだ。
ちょっと高級な店もあって、お金持ちも沢山訪れる活気溢れる賑やかな都市だ。もちろん最高級の店もあるが。
「ここだな」
「凄い。何だかどれも高そうだよ。ほんとに大丈夫なの?」
ディアルがやって来たのは、やはりと言うべきか、最高級の洋服店だった。張り切り過ぎも良い所だが、忘れてはいけない。
ディアルは剣聖の名を恣にする剣王国最強の剣士であり、唯一の非番の王宮騎士である。
なのでお金は潤沢にある。だから来られたのだ。軽い感じで。
「うわあ。可愛い服がいっぱい」
中に入ると、目に飛び込んで来るのは如何にも高級そうな洋服の数々。
女性物のコーナーに行くと、そこらの服屋では置いていない一際可愛い洋服が並んでいた。
ミーナは大興奮だ。
上質な素材のワンピース。キラキラした輝石が鏤められたスカート。
普段はお目に掛かれない物ばかりに目を輝かせるミーナ。
そんなミーナを見て独りキュンキュンしているディアル。
全く以て剣聖の雰囲気の欠片も無いディアルである。
「パパ。これがいい」
「お!可愛いやつだな。じゃあ取り敢えず試着室に行こう」
ミーナが欲しい服を決めたので、一度着てみようと試着室に向かった二人。
「見てパパ。どうかな?」
着替え終わって姿を見せたミーナ。ディアルに似合ってるかなと訊いて来た。
「・・・」
「どうしたのパパ?」
訊いても返事が無い。ミーナは心配になってディアルに駆け寄って手を取った。
まだ返事が無いので、泣きそうになるミーナ。すると漸くディアルが声を発した。
「か、可愛いっ!可愛過ぎるっ!」
「え!そんなに可愛い?」
「ああ!もう可愛過ぎて堪らないよ!」
「えへへありがとう」
「えへへ?・・・・・・あーもう可愛い!!」
「えっとパパ。お会計に行こう」
「はっ。そうだな。ごめんな。ミーナが可愛過ぎてついキュンキュンしちゃったよ」
最初は可愛過ぎるとべた褒めされて嬉しそうにしていたミーナだったが、段々恥ずかしくなって来て俯いてしまった。
そしてディアルに冷静さを取り戻して欲しくて、この服の会計を促した。
全く出来た娘である。それに比べてディアルはデレデレし過ぎだ。
その後ディアルはミーナの服を会計しに行った。値段は銀貨一枚だった。高い。
それもそのはず。ミーナが選んだのはワンピースだった。しかし普通のワンピースでは無い。
上質な素材で出来ていて、精緻な花の刺繍が施されている。
施された刺繍はかなりの技術なので、それだけ高くても問題は無いだろう。
普通のワンピースが小銀貨三枚なので、やはりかなり値段が高い。
それを事も無げにさらっと購入して来たディアルもブルジョア感満々である。
と言っても普段から豪遊するようなことは無いが。
ディアルが湯水の如くお金を使うのは、ミーナの為に何か買う時だけだ。今日みたいに。
なのでお出掛けはこれで終わりでは無い。
買い物を終えて次にやって来たのは喫茶店だ。
こじんまりとした喫茶店だが、メニューが豊富で、どれも美味しいと評判の人気店なのだ。
ディアルは事前に美味しい喫茶店を調査しておいたのだ。喫茶店ならメニューも種類が多いだろうし、ミーナはまだ小さいので、軽食程度の昼食が丁度いいだろうと踏んでのチョイスだ。
「へぇー落ち着いた雰囲気のお店だね。小さいのにお客さんいっぱい。人気なのかな?」
「ああ。ここはカナリアという名前の喫茶店で、美味しいと人気の店なんだ」
「パパは行ったことあるの?」
「無い。無いけどちゃんと調べたから間違い無い」
「うん。パパが美味しいって言うならきっと美味しいんだね」
ディアルのことを信じて屈託の無い笑顔を向けて来たミーナに、ディアルは感激して人目も憚らず、むぎゅっとミーナを抱き締めた。
「あのね。嬉しいんだけど、ちょっと恥ずかしいかな」
「おっと。そう、だな。ははは」
ミーナに恥ずかしそうに指摘され、ディアルは慌ててミーナを解放して平静を装ったが、時既に遅し。
順番待ちの客たちや近くの露店の店主たちから温かい視線を頂いたり、ニヤニヤされたりしてしまったディアル。
これでは本当に剣聖の威厳は露と消えてしまったようだ。
長かった待ち時間も終わりを告げ、いよいよディアルとミーナが入店出来るといった頃。
「ど、泥棒!誰かそいつを捕まえてくれ!」
「ん?泥棒?ねえねえパパ。泥棒って確か悪い人のことだよね。捕まえた方が良いよね?」
「んーん。誰か捕まえるだろう。さ、入ろう」
泥棒騒ぎを無視して喫茶店に入ろうとしたディアルに、ミーナはムッとしてディアルを窘めた。
「パパ。ダメだよ。早く捕まえないと。あのお店の人困ってるよ」
「いやでも、あれくらい誰でも確保出来るさ。ほら、もう捕まったぞ」
ディアルが指を差してそう言うと、確かに泥棒は三人の男性によって組み伏せられていた。
しかしミーナは依然として、不安そうな表情でその場の様子を見ている。
もう泥棒は捕まったのだから安心していいのにと、ディアルがミーナに力を抜くよう抱き締めようとしたその時。
「小雷弾」
ミーナが魔法を放った。
その魔法は小雷弾。それも極小さい物だ。
相手のことを思いやってギリギリまで殺傷能力を落としたのだろう。直撃したものの、全く怪我をした様子は無い。流石は天使と言ったところだろう。
それに雷魔法をこの歳で使えるのは凄いことだ。おまけに制御も完璧だ。
しかしディアルはミーナの今の行動を訝った。
別に魔法を用いてまで行動不能にさせる必要など無かったように思えるからだ。
それに不用意に魔法を街中で放つのは良くない。ディアルはミーナを窘めがてら、先の行動の真意を訊いてみることにした。
「なあミーナ。何で先魔法を撃ったんだ?あんまり街中で撃つもんじゃ無いぞ」
どうせあの泥棒が暴れてたから押さえ付ける為だろうと思っていたディアルだったが、次のミーナが話した魔法を放った理由に、ディアルは驚愕した。
「それはね。あの泥棒さん魔晶石を持ってたの。もしそれを使われたら、あの男の人たち怪我しちゃうから、だから先に魔法を使っちゃった。ごめんなさい」
「・・・何、だって?ミーナ、何であいつが魔晶石を持ってるって分かるんだ?」
ディアルは目を剥いた。
ミーナが魔法を放った理由。それは、泥棒が魔晶石を使って魔法を使わせない為。
つまり先制攻撃という訳だったのだ。
確かにあの状況で魔法を放てば、押さえ付けている三人の男たちは間違い無く只では済まない。
それだけで済めば良いが、行使する魔法によっては、道行く人たちや露店の商人たちも怪我をするだろう。
よく気付いたものだ。ディアルが確認の為、小雷弾を受けて痺れ伸びている泥棒の元へ行き、持ち物を検めると、ミーナの言った通り、魔晶石三個が見つかった。
「・・・マジか!ミーナ・・・」
「パパ?」
無言でミーナの元へ向かって来るディアルを不審がるミーナ。
お仕置きでもされるのかと、目を瞑り身構えていると
「ミーナ、凄いぞ!偉いぞ!よくやった!」
身構えていたお仕置きは来なく、代わりにやって来たのはべた褒めからのハグだった。
それも物凄い勢いであれこれやられ、嬉しいやら恥ずかしいやらちょっと迷惑やらで、ミーナはもう十分だと言ってディアルから降りた。
当のディアルはまだまだ物足りなさそうだったが。
そんなこんなで、白昼の泥棒騒ぎは、ミーナの活躍で何事も無く終わったのだった。
ディアルとミーナは喫茶店に入り昼食を摂っていた。
ディアルが注文した物は、サンドイッチの詰め合わせだ。バスケットに六個入っているので、ミーナと分けるのだ。
たまご、ツナ、野菜サンド、それぞれ二つずつの組み合わせだ。
それともう一つ、チキンナゲットを注文して、それが今日のディアルの昼食だ。
一方ミーナが注文した物は、海老グラタンだ。実はこの海老グラタン、ここカナリアの人気メニューベスト10に入る大人気メニューなのだ。
海老が結構載っていて、中にはマカロニが沢山入っていて、まろやかな味が美味しいと人気メニューの座を勝ち取ったのだ。
「このグラタン、甘くてとろけて美味しい!」
「そうかぁ。それは良かったなぁ」
「サンドイッチも美味しいよ。パパ。それは何?」
「これか?これはチキンナゲットっていう、鶏肉を揚げた料理なんだ。食べてみるか?」
ディアルがミーナにチキンナゲットを差し出すと、ミーナは初めて食べるそれに目を輝かせて口にした。
「どうだ?旨いか?」
「うん!とっても美味しい!」
「そうかそうか。旨いかぁ。次からはミーナも頼めるな」
「うん。下界の食べ物ってどれも美味しいね。パパ。こんなに美味しい料理が食べられるお店に連れて来てくれてありがとう」
「うぅぅ。ミーナは本当に良い子だなぁ。そんな嬉しいこと言ってくれるなんて、俺感激して涙が」
「泣いてるの?」
「嬉し泣きだよ」
「・・みんな見てるよ」
ミーナの恥ずかしそうなその一言で、ディアルは変わり身早く平静を装った。涙一つ流してませんと言わんばかりに、格好付けて強者冒険者風に肩を怒らせている。
客たちは皆そんなディアルを微笑ましそうに見ながら、呆れている者や吹き出している者と、様々な反応をしていた。
全然平静を装えていないが、それはご愛敬ということで。
しかし今のディアルは剣聖の風格何処にも無しという感じだ。これでは最早只の馬鹿親そのものだ。
幸いこの場の誰もディアルがあの剣聖だとは気付いていない。
そこら辺の冒険者だと思われていたのは幸運だろう。
これが剣聖だと知れたらどう思われるやら。娘に骨抜きになった軟弱者と揶揄されること間違い無しだ。
当の本人はそんなことは考えも及んでいないのは言うまでもない。
おめでた馬鹿親なディアルであった。
二人とも昼食を食べ終えたところで、ディアルはずっと不思議に思っていた事を切り出した。
「なあミーナ。泥棒騒ぎの時の事なんだが。泥棒が組み伏せられていた時、ミーナはどうして泥棒が魔晶石を持ってるって分かったんだ?」
ディアルはそれがずっと不思議でならなかった。それはもう食事中ずっと考えていた。
ミーナににへらっとしていた時だって、頭の中の半分はその事だったくらいだ。
魔晶石は魔力が内包されている特殊な晶石だ。魔力が無くても使用が可能なのが魔晶石の凄い所だ。
魔晶石に内包されている魔力の種類はその石によって決まっている。
なので石によって使える属性の魔法は限られる。
しかし魔法を使うのが苦手な人でも、簡単にそれなりの魔法が使えるので、冒険者にも需要は意外と高いのだ。
それに魔晶石は持っていても気付かれない。
魔晶石は魔力遮蔽性が非常に高いため、魔晶石に直接触れない限り、その中にある魔力を感知することは至難の業だ。
内包されている魔力量が相当多くなければ不可能に近いと言っても過言では無い。
当然魔力が無いディアルは気付けるはずも無く。危うく使用され被害が出るところだった。
しかしミーナは気付いた。
ミーナは泥棒が魔晶石を持っていると何らかの方法で気付き、先手を打って使用を未然に防ぐことが出来た。
でもどうやって?
ディアルの疑問はそれだ。
確かにミーナは天使だ。人間では無い。
天使の持つ特性なのか?天使は魔力を感知することに抜群に長けているのか?
ディアルは疑問を解消すべくそれを質問した。
「何であの時泥棒さんが魔晶石を持ってたか分かったのはね、私が天使だからなの」
ミーナが遮音結界を張り、更に小声で真相を話した。とんでもない用心ぶりだ。
確かにミーナが天使だと知れたら、大騒ぎになることは言うまでもないだろう。
ミーナから語られた真相は、やはり天使特有の魔力感知能力だったようだ。ディアルは続きを聴く。
「天使や神様には魔晶石程度の遮蔽性は何でもないの。それだけ強い感知能力を持ってるの。だから分かったの」
「そうだったのか。魔晶石程度なんて言えるくらい感知能力が高いなら、あの時のことも頷けるな。すげーぞミーナ。よしよし」
遮音結界をいいことに、ここぞとばかりにミーナを褒めまくり、頭をなでなでするディアル。
遂にミーナが恥ずかしさが募り苦言を呈した。
「パパ恥ずかしいよ。私たちの声は聞こえないけど、見えてはいるんだよ」
「それがどうした。俺たちの時間は俺たちの物だ。他の誰も邪魔出来ない。気にしなくて良いさ」
開き直った。馬鹿親ここに極まれりである。
剣の次は馬鹿親を極めたディアルだった。
「うん。そうだね。パパとの時間は最高に楽しいし、幸せだしね」
ミーナが負けたと、苦笑交じりにディアルを軽く泣かせる一言を放り投げた。
「そんなこと言ってくれるなんて。うぅぅ。良し。俺もっと頑張って、一生ミーナと遊んで暮らせるだけのお金を稼ぐぞーっ!」
「ブ、ブラックカーテン!」
ミーナからの嬉しい文言に感激したディアル。
ガバッと突然立ち上がり、手を突き上げてしょうもないことを力強く意気込んだ。
ミーナはこれにびっくりして椅子から転げ落ちそうになった。本当に危なかった。
気を取り直して周囲を見渡すと、客たちが吹き出しているのが見て取れた。
それに恥ずかしさが臨界点に達し、ミーナは居ても立ってもいられなくなって闇の結界を張った。
これで外から中は見えない。ディアルの恥ずかしい行動も客たちに見られることも無い。
ミーナはほっと胸を撫で下ろしたのだった。
それにしても、とミーナは思った。
ディアルは人前で平然と自分に恥ずかしいくらいにべたべたして来るが、ディアルは恥ずかしくないのだろうかと。
今だって声は聞こえないものの、行動は丸見えなのだ。
会話の内容は分からないが、ディアルの恥ずかしい行動は見えてしまっているのだ。
それでもディアルは突然の奇行を羞恥している様子は無い。
他人からしてみれば、只の恥知らずだとか、馬鹿親だとか、多分そんな風に思うだろう。
最初はミーナも当然恥ずかしかった。
でも今になればそうは思わない。
どんなにいきなり恥ずかしいことを言われたり、されたりしても、決してディアルが恥知らずだとか、馬鹿親だとか思ったりしない。
だってそれは自分への無償の愛故の言動なのだから。
先ディアルの表情を見て解ったのだ。
ディアルは自分をこの上無く愛してくれている。きっと自分のことしか見えてないんだろう。
そう思うと何だか無性に嬉しくなって。無性に幸せな気分になって。
だからミーナは、ディアルは最高の父親だと心から思う。
「パパ大好き」
そう、目の前のディアルにも聞こえないくらい小さい声で呟いた。
「おっと。こんな時間か。ミーナ。帰ろうか」
「うんっ!」
さあ、帰ろう。大好きなパパの手を取って。
「あれ?結界が解除されてる?なあミーナ。何時の間に解除したんだ?」
「ついさっきだよ」
「そっか。あんな精巧な結界を多重発動出来るなんて。やっぱミーナは凄いな!」
「えへへ」
「うおぉぉぉぉ!今の、か、可愛いっ!可愛過ぎるっ!」
「・・・うぅぅ。パパ、恥ずかしいよ!」
やっぱり恥ずかしかったミーナだった。
~ ~ ~ ~
「これで五体目、っと。やれやれガンスの奴め。そっちの仕事を僕に寄越すなんて。これくらい自分で出来ないのか?」
地竜を五体軽々と屠り、悪態を突く男が一人。イセドだ。
彼は仕事を終えて休んでいたのだが、仲間のガンスから仕事を手伝ってくれと請われ、今こうして洞窟で地竜を討伐している。
イセドにしてみれば、ノルマのドラゴン十体の討伐を完遂し、折角休暇に入ろうとしていたのに、仲間のバッドチョイスの所為でまた仕事とは、全く堪ったものじゃない。別に社畜な訳では無いイセドには、迷惑千万百害あって一利なしだ。
と、そんな時、洞窟の奥の方で大きな雷撃音がした。
「ガンスか。これはやったか?」
イセドはこの音は敵を倒した音だと思い、先までとは違って軽い足取りで音のした方へ歩を進めた。
「おおイセド。遂に殺ったぞ」
イセドがガンスの所へ着くと、ガンスが巨大な地竜を討伐したのが確認出来た。
「全くこの程度で助けを借りるなんて、君は弱いね」
「仕方ねーだろ。俺にとって不利な場所だったんだよここは。力が半減しちまうんだからよ」
「つまり仕事の選択を誤ったという訳だ。そんな場所を引き受けるとはね。そのうち死ぬよ。君は」
イセドからの辛辣な駄目出しが、ガンスを容赦無く襲撃する。
「まあそう怒るなよ」
「怒ってはないさ。只、今の君では剣聖には勝てないって言ってるんだよ」
「あ?剣聖だ?誰だよそいつ?」
「はぁ。知らないのか。魔法を使わずに闘剣のチャンピオンになった男のことだ」
「ほぉそいつは凄いな。実際行って見たことあるがよ。チャンピオン戦ともなりゃ、魔法無しじゃあまず勝てねーよ。で、因みに倒した相手は、まさか剣帝とかいう奴じゃねーよな?あいつは俺でも本気出さねーと勝てねー相手だぜ。そんな奴を魔法を全く使わずに倒したとか言わねーよな?」
ガンスは嘗て闘剣を実際に観戦したことがあった。
その時に見たチャンピオン戦は鮮明に覚えている。
剣帝ゼスの剣術の技量はとても洗練されていて、その若さにも関わらず、繰り出される数々の達人並の剣技や魔法に、彼が天才なのだなと思い知らされた。
更に剣帝が使う魔法が、使用者が少ない雷属性だったことも衝撃だった。
高練度の剣技に雷魔法のコンボ。
ガンスは震えた。そして燃えた。
絶対倒すと心の底で強く誓った。
そんな剣帝を魔法無しで倒すとか冗談にもならない冗談だ。
そうガンスは思いたかった。
イセドは嘘を吐かない。そういう男だと知っているからこそ、そう思うしかなかった。
イセドのその口振りでは、どうやら剣聖が自分たちを知っていると言っているかのようだ。
そんな奴に目を付けられたら、それこそ堪ったものじゃない。
だから訊いてみた。無駄だと心の片隅ではそう思いながら。
「残念ながらそのまさかさ」
「・・・マジで?」
「マジだよ。剣聖は剣帝を破った。魔法無しでね」
ああ。やっぱり本当だった。
ガンスは諦めたような目をしながら呟いた。
「嘘だろ。どんだけ強えーんだよ剣聖さんはよぉ」
「怖気付いたかい?」
「へっ。まさか。逆だ。逆だぜ。むしろ相見えたくなったぜ」
ガンスは何故だか無性に剣聖と一戦交えてみたくなって来た。
答えは分かっている。目標だった剣帝を超えた奴だからだ。
そいつを倒したい。ガンスは無類のバトルジャンキーなのだ。
「やめときなよ。腕一つ飛ぶよ」
「なあイセド。てめえ嘘は吐かないんだよな」
「もちろんさ」
「なら腕一つ失うだけで殺れるってことだよな。ならまぁ、むしろ好条件だろ」
ガンスの眼がギラついて来て、獰猛に歯を剥いて笑った。
それを見てイセドは口を出した。
「僕的にはさ、彼、殺さないでおいて欲しいんだ」
「何でまた?」
「彼は必要なピースなんだ。アジダハーカ復活にね」
イセドは嘘を吐かない。長い付き合いなもので、そう言うからにはそうなんだろうと、ガンスは何となくその言に信憑性が窺えた。
「分かった分かった。殺さねーよ。俄然戦いたくなって来たな。修行も兼ねてな」
「あーあ。行っちゃったよ。死ななきゃ良いけど」
ガンスはディアルと一戦交えたくなって、洞窟を飛び出しディアルの元へ向かった。
そしてイセドはそんなガンスを憂い顔で見送ったのだった。