2 ディアル父親になる。
ディアルは夜の森で五歳くらいの少女を見つけた。
酷く怯えていたので、安心させるよう言葉を掛けて、そして保護した。
その後少女はディアルに心を開き、道中ディアルにべったりくっついていた。
それは大変可愛いので別に良いのだが、一つ大きな問題があった。それはディアルが少女の名前を訊いた時のこと。
「ところでさ。君の名前を教えてくれるかな?」
「ミーナ。私はミーナ」
「そっか、ミーナか。なあ、ミーナは何処から来たんだ?」
ディアルは名前を訊いた次にミーナが何処から来たのかを訊いた。そこである大問題が発生した。
「・・・お空」
「・・・・・うん?お空ってあのお空か?」
ディアルは一瞬何を言われたか解らなかった。それでもミーナの表情から子供の冗談とは思えなかったので、取り敢えず訊き返してみたのだが。
「うん。私は何だか悪い子みたいだから、パパもママもみんなも私を追い出したの・・・」
そんなとんでもない言葉が返って来た。
「悪い子?追い出された?一体どういう事だ?」
ディアルはミーナの言ったことが理解出来なかった。
ミーナは悪い子だから家族やみんなが追放した。何故だ?忌み子とか言うやつだろうか?だからってこんな小さい子を独り追放するのは残酷ではないか。
ディアルはミーナの境遇に同情した。一人で知らない所に追い出されたら怯え切ってしまうものだ。そしてこんな寂しい森に迷い込めば恐怖心に駆られるのも当然だ。
よく頑張ったと思う。ミーナは偉い子だ。
ディアルはミーナの頭をくしゃくしゃと撫でた。
これに目を細めるミーナ。
何とも微笑ましい光景だろう。
さて、一頻りミーナの頭を撫で終えると、そこで疑問がもう一つディアルに浮かんだ。
「ところでミーナが言ってたお空のことだけど、ミーナの生まれた所。そこをもう一度教えてくれ」
ディアルは真剣な眼差しでミーナを見詰めた。
ミーナの生まれた所に行って、ミーナの両親と会って、ミーナを帰してあげる。
そして両親を一言叱ってやらなければならない。ミーナが何をしたのかは知らないが、小さな子供を一人で外へ放り出すなんて駄目だ。
危ない事が沢山ある。もし怪我したら、最悪の場合死んでしまったらどうするのか。
ディアルが内心で熱く意気込んでいると、ミーナから返答があった。
「えっとね。私はお空の上で生まれたの。天界って言う場所なの」
ミーナの話を聴いてディアルは驚愕した。
天界?神様とかが住まうあの天界か?
訊きたい質問は山ほどあるが、何とか気持ちを抑えて続きを聴いた。
「私は天使なの。人間じゃ無いの。でも私は悪い天使なの」
「はあっ!天使ぃっ!」
「うわっごめんなさいっ!」
「あ、いや、悪かった。急に大声出してごめんな。びっくりしたよな」
ディアルは、ミーナが天界出身だの天使だのという、突然の想像の埒外の情報の連続に、びっくりし過ぎてパニックになり、つい大きな声を出して叫んでしまった。
ミーナはびっくりして涙目になってしまった。
ディアルはミーナの目に溜まった涙を見て、しまったと思い謝った。怖がらせてしまった。反省せねば。
ディアルが謝ると、ミーナは大丈夫だと言って話を続けた。
「私は五年間天界で過ごしてたんだけど、五歳になった時に私が人間の血が混ざった天使だってことが分かったみたい。そしたらそれまで優しかったパパもママもみんな私を嫌うようになったの」
「人間の血が混ざった天使って何だそれ?神話とか読んだことないからよく分からないんだけど、天使に人間の血が混ざるものなのか?」
「えっとよく分からない。ごめんなさい」
ディアルはまたしまったと思った。子供にそんなことを訊いても分かる訳無いだろうことは明らかなのに。
「ああ。分からないよな。別に良いよ」
しかしながら何とも腹立たしい話だ。ミーナが天使だとして、人間の血が混ざっていようが何だろうがミーナはミーナだ。
可愛い子供に変わりは無いのだから、悪い子だとか言って追い出すなんて酷過ぎる。
ディアルは一人静かに憤慨していた。
「でもどうしてこんな森に居たんだ?」
一人で追い出されたなら、人が居る賑やかな街に来た方が安心出来るのではないか。
そう思って問うてみたディアル。しかしミーナから返って来た答えは壮絶なものだった。
「みんな私のこと嫌いだから、深い森の中に落とされたの」
「何だって!」
「そしたら魔物が沢山居て、襲い掛かって来たの。私は必死に戦って何とか逃げて来たけど、人が戦ってるような感じがして、もっと逃げてたら迷っちゃって」
「なるほど。それで運良く俺の所にやって来れたって訳か」
ディアルは思わずミーナを抱き締めていた。
ミーナの話を聴いていたら、ミーナがあまりに可哀想で可哀想で。ついつい涙ぐんでまでいた。
親や周りの人たちから急に忌み嫌われ捨てられたミーナ。
故郷の村を焼き滅ぼされて天涯孤独の身となったディアル。
何処か似通った所がある二人。
ディアルはある決断をした。
「なあミーナ」
「なーに?」
「俺の子供にならないか?」
ディアルはミーナを引き取ることにした。
ミーナの話を聴く限り、この調子だと両親がミーナを連れ戻しに来ることは無いだろう。
むしろ魔物が沢山蔓延る深い森の中に落としたことから、ミーナの生死などどうでもいいということだと取って問題無いだろう。考えたくは無いが死んでくれとでも思っていたかもしれない。
そんな両親にとてもミーナを任せられない。
ディアルは、自分はこんなに母性的だったかと自分でもびっくりしてしまうくらい今ミーナに必死だった。
こんなに可愛い子を見捨てられる訳が無い。俺がミーナを守る!
ディアルは本気でそう思った。だからそう言った。俺の子供にならないかと。
「・・・私がディアルの子供に?」
「ああ。ミーナは両親の所に戻りたいか?これはミーナが自分で決める事だ」
「分かった。私は・・・」
ミーナは天界で幸せに暮らしていた。
父親は穏やかな性格で、何時も一緒に遊んでくれた。子煩悩のある父親だった。
母親は兎に角優しくて、ずっとミーナの味方だった。でも駄目な事は駄目だとちゃんとミーナを叱る良い母親だった。
ミーナには兄が居た。兄はよく遊んでくれたり、色々なことを教えてくれたりした。頭が良くて妹想いの兄だった。
友達も居た。近隣の天使たちもミーナを可愛がってくれていた。
でもそんな幸せな日常は簡単に崩れ去った。
ミーナは人間の血が混ざった堕天使だ。
それだけで、ミーナは幸せだったあの日常を失い、下界に落とされた。
それにもう一つミーナが天界を追われた理由がある。
これはミーナは知らない事だが、ミーナは闇魔法が使える。これがミーナが天界を追われたもう一つの理由だ。
闇魔法は光魔法の対となる魔法で、どちらも使用者が極僅かというとても希少な魔法だ。
だが天界の者たち、天使や神々は全員光魔法に秀でている。
逆に闇魔法は忌避されていて、偶に闇魔法が使える者が生まれると、その者を天界から追放して来た。
闇魔法は何処か魔界の悪魔が使う術と似通っているため、神々に忌み嫌われる対象になったのだ。
この二つの理由から、ミーナは天界を追放されたのだ。
ミーナは優しかった父親にある日突然突き放され、母親に冷たい眼でミーナを嫌悪するように蔑視された。
兄には暴力を振るわれ、友達は化け物を見るような眼でミーナから離れて行った。
周囲から完全に孤立してしまったミーナ。そしてある日ミーナは天界から追い出された。
誰も自分を必要としてくれない。自分の居場所は無い。
そう思うと悲しくなって、寂しくなって、辛くなって。
ミーナは下界に落とされて直ぐ魔物たちに囲まれた。泣く暇もなく必死に魔物に抵抗し続けた。
見知らぬ寂しい場所に独り落とされ、怖い魔物に追われ、孤独と恐怖に押し潰されそうになりながら走り続けた。
そんな時ディアルに出会った。
怯え警戒していた自分に温かい言葉を掛けてくれた。優しく抱き締めてくれた。
ディアルの温もりが、冷え切った身体を温めると同時に心も温めてくれた。
下界に来てやっと感じられた温かい感情。下界に来て初めてここに居たいと思えた場所。
そしてディアルからの愛情のある言葉。
「俺の子供にならないか?」
それを聞いてミーナは嬉しかった。心から嬉しく思った。
自分を必要としてくれた人。求めていた安心出来る居場所をくれた人。
答えはもう一つしかない。
「私は、私はディアルの傍に居たい!ディアルの子供になる!」
「良し。これからミーナは俺の子供だ。一緒に居よう。ずっとな」
ミーナはディアルの笑顔に満面の笑みを返して
「うん!私はディアルと一緒」
大きく頷いてディアルに抱き着いたのだった。
ディアル二十歳。五歳の少女を引き取り父親になった。