表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣聖、天使な娘を拾う  作者: ミューズ
17/18

17 ヤマアラシ掃討 中編

ディアルは征く。道無き道を。

マルクス中将率いる大盗賊団ヤマアラシ討伐隊は、ゼスが示したヤマアラシのアジトに繋がる道を行軍していた。

しかし向かっているのはゼスが最初に発見したアジトではない。

ヤマアラシが移動した第二のアジトである。

ゼスが追跡した魔力を辿っているのだ。

そのため人が通らないような獣道を何度も行軍していた。

行軍開始から丸一日。

遂にアジトの前に辿り着いた。

討伐隊の兵たちは、皆口々に長い行軍だったと零し、どこか疲れた様子だ。

ディアルも少し疲労を感じていた。

行軍中、土砂降りの大雨があったためだろう。

大雨の中休むことなく行軍を続けたのだ。

兵たちが披露しているのも不思議ではない。

ミーナがディアルの背中に顔を埋めて言った。

「ふうぅ・・・疲れたよぉ」

「そうかぁ。ミーナも疲れたか。ちょっとだけ休むか」

ミーナが疲れていたので、ディアルは小休止を取るべくマルクス中将に提言しに行った。

何と言ってもディアルはミーナ命なのだ。

ミーナが疲れたのなら何が何でも休むのだ。

マルクス中将に小休止を提案したところ、兵たちの状態からディアルは提案を受け入れられ、近くの雑木林の中で少し休息を取ることとなった。


小休止を終え、討伐隊は隊列を組み直しヤマアラシ討伐に乗り出した。

マルクス中将が素早く指示を出し突入体勢を整えた。

ディアルもミーナを横に置いて先陣を切る第一小隊に属した。

ゼスは第三小隊に属している。

これはマルクス中将の割り振りである。

ヤマアラシは通常の盗賊団とは違い、かなりの大人数を誇る。

ここまで人員の多い盗賊団は過去にも存在しない。

初めての大敵である。

そしてその他の盗賊団と最も異なる点は、ヤマアラシは団員全員が何かしら魔法を行使することが出来るというところだ。

それは凶悪なことこの上ないものだ。

盗賊団とは、家も金も無い貧しさから行商の荷馬車などを襲って金品を得て、一日一日を食い繋ぐ者たちの集まりである。

なので基本彼らは魔法など使えないのだ。

しかし中には冒険者や地方騎士などが身を落とすこともあって、偶に魔法を使う盗賊もいる。

しかしそんな者は一組の盗賊団に数人いるかいないかの数であって、団員全員が魔法を使う盗賊団などある訳が無いのだ。

最初はマルクス中将も耳を疑ったものだ。

十人組で全員が様々な属性の魔法を撃って来たなどという報告は、流石に大袈裟だと一笑に付した。

被害に遭った行商人が混乱して、誇張した報告でもしたのだと片付けた。

精々三人がそれぞれ違う属性の魔法を行使した程度だろうと。

しかしその後も同じような報告が中将の耳に度々もたらされた。

中将とて馬鹿ではない。

これだけそんな報告が来れば流石に重い事実と捉え、会議を開き真剣に考え検討し、調査を進めた。

そしてそれが真実であることが判明した。

それから中将は調査結果を基に対策を練り、今日この編成に至ったのだ。

切り込み隊長役である第一小隊には、素早く敵を圧倒する剣聖ディアルを置いた。

第一小隊にはそれともう一つ役割がある。

先陣を切った部隊がやること。

それは様子見だ。

迂闊に攻め入ってもし罠でも仕掛けてあれば、それに掛かって部隊が瓦解してしまうおそれがある。

それに中がもぬけの殻の可能性もある。

敵がこちらの行軍に逸早く気付き移動している可能性も否定出来ないのだ。

それに全戦力を注いで空振りになれば徒労に終わってしまう。

士気も下がるというものだ。

ヤマアラシは、他の盗賊団とは一線を画す凶悪な強さを持っている不気味な盗賊団だ。

細心の注意を払って事に当たるべき敵なのだ。

第二小隊には柔軟な対応が出来る人材を集めた。

第一小隊の戦果を受けてどんな動きでも出来るようにするためだ。

そこにはミーナが入っている。

ミーナは魔法万能なためこういう時に重宝されるのだ。

期待を込めたマルクス中将の激励の言葉にも、確固たる強い意志の宿った眼でしっかりと元気の良い返事をしたミーナ。

それを見てディアルは大丈夫そうだと安心してミーナと別れたのだ。

最後の第三小隊には剣帝の異名を持つゼスが控えている。

これは単純で、最後に圧倒的高火力の総攻撃で畳み掛ける意図だ。

ディアルたち剣士部隊の速攻に、オールマイティーな第二小隊の様々な攻撃。

そして第三小隊の純粋パワー押しの総攻撃。

その三段攻撃で大盗賊団ヤマアラシを掃討するのだ。

「ではこれよりヤマアラシ掃討作戦を決行する。全員心して掛かれ。ではまず第一小隊出陣!」

マルクス中将の力強い一声で遂にヤマアラシ掃討作戦が開始した。

先陣を切って第一小隊がヤマアラシのアジトの中へと進んでいった。

その背中を見てマルクス中将は零した。

「ディアル君、頼んだぞ」

期待と言い知れぬ不安を感じたようなそんな独り言だった。


ディアルを先頭に第一小隊はヤマアラシのアジトの中に突入した。

ヤマアラシのアジトは洞窟だった。

道中は暗く、罠が仕掛けられていないか警戒しながら進んでいく。

そして奥へ進むこと三分程。

少し地面が下って更に真っ直ぐ進むと、開けた広い空間に出た。

するとそこには、前方を埋め尽くす三十体程のゴーレムが待ち構えていた。

そしてその奥には一人の女が佇んでいる。

「敵だ。奥の女は恐らくこのゴーレムを操っている魔物使いだ。ゴーレムと彼女を倒すぞ!」

ディアルが力強く言うと、第一小隊の全員が雄叫びを上げてゴーレムたちに飛び掛かった。

ディアルも直後向かって来た一体のゴーレムを一撃で斬り倒すと、ゴーレムの群れに飛び込んだ。


三十体程のゴーレムたちをディアルたち王宮騎士たちが斬り倒していく。

ゴーレムは硬いものの、王宮騎士に斬れない程ではない。

交戦を開始してから丁度十分が経った頃。

三十体程いたゴーレムたちも半数を切った。

するとここで、ゴーレムたちの奥で静かに戦局を見守っていた魔物使いの女、ノーアが動きを見せた。

「全員戦闘に入ったな。・・・良し。最後にジャイアントキリングと行こうか。・・・あばよ、剣聖。一斉発動コアバースト!」

「何っ!」

ノーアが終始険しかった表情を安堵したように緩め、直後力強く叫んだ。

コアバースト。一部のゴーレムの固有スキルで、自身のコアを爆発させて周囲の全てを吹き飛ばす自爆技だ。

このスキルのことを知らない者も多いが、ディアルは数々の魔物を見て屠って来た。

そのスキルの名前はもちろん、効果範囲や威力なども当然頭に入っている。

一体だけでもかなりの威力で、間近で受ければ即死レベルだ。

それが十二体も。

発動すればここにいる者たちは全滅する。

それどころか洞窟までが崩落してしまう。

そうなればゴーレムを操っている魔物使いの女はおろか、奥に隠れているだろうヤマアラシの仲間たちまでもが、出口を失い生き埋めになってしまう。

それでは本末転倒なのでは・・・

そう考えたところで、ディアルはあることを確信した。

ヤマアラシの連中は他に退路を確保しているのだ。

そして今、丁度逃げ出している最中なのだ。

ノーアが通信器で誰かと連絡を取っているのが見られたため、ディアルはこれに気付けたのだ。

奥に別の外へ繋がる通路が元々用意してあり、この自爆は前々から打ち合わせていた作戦だったのだろう。

よく見ると女は厭世的な表情をしている。

眼は虚ろな感じで何の意志の光も見られない。

自爆作戦も納得出来る。

幸いコアバーストは発動までに少し時間が掛かる。

ディアルは早速通信器でマルクス中将に報告する。

「マルクス中将、聞こえますか?ディアルです」

「・・・どうかしたのかね?」

ディアルから連絡が入ったので戦果を訊こうとしたのだが、ディアルの声音から吉報ではないと悟り身構えて尋ねた中将。

ディアルからもたらされた情報は、中将の顔を青褪めさせるには十分なものだった。


ディアルはまず、ヤマアラシの全員が洞窟から逃げ出していることを報告した。

「マルクス中将、東に向かって下さい。そこに奴らはいます」

「・・・そうか。それは確かなのだな?」

「はい。しっかりと聞き取りましたので確かだと思います」

「それはよくやった。では戻って来てくれ。・・・ところでディアル君。何か切羽詰まったような話し振りだが、一体どうしたのかね?」

「・・・・・マルクス中将、すみません。俺、死ぬかもしれません」

「何だと!?一体どういうことだ!?ディアル君!?ディアル君!?答えたまえ!」

マルクス中将はディアルの衝撃的な一言に驚愕し、眼を見開いて叫んだ。

指揮官のあまりの狼狽ぶりに、この場にいた全員が一体何があったのかと驚き騒ぎ出し始めた。

いつもと違う指揮官の姿に不安になった者もいる。

中将がいつも冷静沈着で、不測の事態が起こっても泰然として揺るぎないために、動揺も一入だろう。

ミーナもディアルのことが心配になり、洞窟に入ろうかと駆け出そうとしたその時

ドゴオオオオオォォォォォォォォォォォンッ!!!!

大地をも揺らす大轟音が洞窟から聞こえ、洞窟が崩落した音が轟いた。

「パパァァァァァッ!!!」

ミーナは堪らず叫び洞窟へ走り出した。

しかし

「まあ待て」

ミーナの腕を掴み、止めた者がいた。ゼスだ。

「離して!パパが!パパが!」

ミーナは泣いてディアルが大変だと、助けに行かないとと訴える。

「心配するな。奴なら大丈夫だ」

確信したようにそう言って、ミーナの頭をディアルがいつもしているように撫でた。

「・・・・・ゼスさん?」

ミーナは虚を突かれたようにきょとんとし、ゼスの顔を見上げた。

するとそこには、強面だが優しく温かい表情があった。

ミーナはそれを見ると何だか安心出来、ディアルは無事だとゼスの言葉が信じられるように思えた。

そしてそれはマルクス中将も同じようで、先刻までの狼狽えようは何処へやら。

しっかり復活し、きりっと引き締まった表情で陣頭指揮を執った。

「全員狼狽えるな!聞け!剣聖ディアルから貴重な情報を得た。敵は東に逃げ出たようだ。奴らを逃がす訳には絶対にいかん。東へ向かう。奴らを一人残らず討伐するぞ!」

指揮官の指示を聴いた王宮騎士や兵たちだが、いつものように雄叫びを上げて意気軒昂に歩みを進めることは出来なかった。

皆思っているのだ。

決して思いたくなどないが、思ってしまうのだ。

剣聖は死んだと。洞窟にいた者は全員死んでしまったと。

密かに涙を流している者も出た。

ミーナとゼスは思った。

もちろん中将も思った。

これはまずいと。士気が最大に低下していると。

士気の低下は最大に戦力を低下させる。

そこで中将は全員に向けて大声で叫んだ。

「全員、よく聞けーーーっ!!!たった今、たった今吉報が入ったぞ!剣聖ディアルからだ」

その声に皆俯いていた顔を上げ、マルクス中将を見た。

彼らの眼に希望の光が灯ったように明るさが戻っていた。

皆静かに一音も漏らさず直立不動で耳をそばだて、中将の次の言葉を今か今かと待つ。

そして次の瞬間、待望の情報が中将の口から発せられた。

「全員無事だ。皆生きている。安心してくれ。それに急いで東へ向かってくれ。ヤマアラシは全員東に逃げた。俺たちも急いでそちらへ行く。そう、私の通信器に連絡が入った」

「・・・うおおおぉぉぉぉぉっ!!!!」

皆叫んだ。

第一小隊全員の無事を聞き、安堵よりも先に興奮が湧き起こった。

そして闘志が燃え上がる。

沈んでいた気持ちが何処かへ吹っ飛び、一気にやる気が満ち溢れて来た。

ミーナとゼスも少し口角を上げた。

良かったと安堵したのだ。

士気が大きくプラスに上向いてくれて良かった、と。

「全員出発!」

いよいよ逃げたヤマアラシを追って東へ討伐隊が進発した。

ゼスとミーナがマルクス中将の元へ行き、先刻の宣告の真偽を確認した。

「中将、先刻のあれは」

「ああ、嘘だ。真っ赤な嘘だ。二人は気付いていたようだね?」

そう、先刻の情報は全て嘘だったのだ。

マルクス中将の芝居だったのだ。

「あのままでは士気が下がったままだったのでな。一芝居打ってでも士気を向上させねばならない状況だった。仕方なかったのだよ。・・・怒るかね?」

「いや。全然。中将とてあれは全くの嘘ではないのだろう?」

少し挑戦的にゼスが問うた。

ミーナも問う。

「マルクスさんはパパたちが生きてるって信じてるんでしょ?理由は分からないけど」

「ほほほ。二人ともその通りだ。私はあの轟く爆音を聞いた時に感じたのだよ。微かだが分かるディアル君の凄まじい水の魔力をね」

それを聞いてミーナは驚いた。

最近ディアルは魔剣を手に入れ水の魔剣技を使えるようになったが、皆はまだディアルは魔法が使えないという認識のはず。

ミーナはゼスを見るが、ゼスは特段驚いた様子は見受けられない。

実は、ディアルは作戦決行前に、マルクス中将とゼスにリヴァイアサンとの戦いで手に入れた魔剣、海嘯魔剣ジュドラメアのことを話していたのだ。

そのことを中将がミーナに教えると、ミーナは納得してこくりと頷いた。

「だから安心しろ。ディアルは生きているぞ」

「そう、だね!」

ゼスからもディアルは生きていると言われ、ミーナは輝かんばかりの笑みを浮かべて嬉しそうに行軍を続けるのだった。















































評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ