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剣聖、天使な娘を拾う  作者: ミューズ
15/18

15 大盗賊団ヤマアラシ

ディアルがミーナとシーリヴァイに旅行に行っていた頃、剣王国の街道で盗賊による被害が相次いでいた。

至る五箇所の街道で、行商の荷馬車が襲撃されたのだ。

複数の行商人の商隊であっても、Cランク冒険者パーティーに護衛を頼んでいたのだが、大勢で襲われ貨幣や商品を奪われてしまった。

その盗賊たちは一人一人がDランク冒険者以上に相当する実力を持っていた。

十人以上で襲われれば、Cランク冒険者パーティー一つでは心許ない相手だ。

そんな強力な盗賊たちは、度々現れては行商の荷馬車を襲撃した。

ディアルとミーナが旅行に行っていた間にかなりの被害報告が上げられていた。

そこの街道で被害が発生しては、今度はあそこの街道で被害が発生する。

まるでもぐら叩きのように強盗が繰り返された。

騎士団も被害報告を受けて現場に赴いたが、盗賊たちは決して尻尾を掴ませることはなかった。

その後も被害が発生してはその現場に駆け付け、また別の場所で発生してはそこへ駆け付けた。

そんな盗賊と騎士団のいたちごっこが続いたが、いつまで経っても埒が明かなかったので、遂に王宮騎士団が動いたのだ。

王宮騎士団はこれらの盗賊被害全てを一つの盗賊団が引き起こしたと推測し、剣聖ディアルとの繋がりから剣帝ゼスを使って盗賊団を調べさせていた。


これはディアルとミーナが王都に戻って来た日のこと。

「へへへ。来たぜ来たぜ」

「中々にでけぇ馬車じゃねぇか」

「食いもんも金目のもんも載ってやがんぜ」

「こりゃ格好の獲物だなあ」

街道脇の木々の陰から十人以上の男たちが、これからここを通過する行商の荷馬車を下卑た眼で見ていた。

その荷馬車は中くらいの大きさの物で、食料が豊富に積んであり、更に少量ではあるが高値で売れる壺も載っていた。

男たち―件の盗賊たち―にとっては正に格好の獲物と言えよう。

荷馬車が目の前にやって来るまで虎視眈々と待ち構える。

彼ら全員の手にはナイフや槌などの得物が握られていた。

瞳を野卑にギラつかせて、今か今かと近づくのを待つ。

そして遂にその時が来た。

「お前ら掛かれ!」

「な、何だお前たちは!!」

狙いの荷馬車がポイントを通過した瞬間、リーダーの掛け声の下、盗賊たちは一斉に荷馬車の前に躍り出た。

突然目の前に立ちはだかった盗賊たちに驚き恐怖した行商人。

そんな彼をよそに盗賊たちはナイフを突き付け、金品を寄越せと脅し付けた。

「おい商売オヤジ!・・・・あぁん?オヤジと言うには随分と若ぇじゃねぇか。そんだけ若ぇとまだ始めたばっかって感じだなぁ。これも経験よ。悪いことは言わねぇ。大人しく積荷全部寄越せ。そしたら危害は加えねぇからよぉ」

馬に跨る行商人の顔を見て若い男だと判った盗賊の男は、馬鹿にしたような眼で言った。

若い行商人は少しばかり脅せば、ひぃひぃ怯えて積荷も金も置いていくのだ。

「わ、分かった!分かったから。ナナ、ナイフを下ろしてくれぇぇぇっ!」

獲物に集るハイエナのような眼で、十人以上の盗賊たちに睨まれた年若い行商の男は、恐怖に顔を歪めて声を震わせて叫んだ。

その姿はあまりにも情けなく、盗賊たちは皆声を揃えてぎゃはぎゃはぎゃはと下品な嘲り笑いを響かせた。

「ぎゃっはは!こいつ涙出てやがんの!」

「怖かったのかな?そーんなに怖かったのかな?」

「あっはっは!情けねぇ男だなぁてめぇ」

「おい!お前ら笑ってねえで早く荷物運び出せ!いつ誰が通るか分からねえんだぞ!」

行商人の怖がり方が尋常でなかったのがそんなに面白かったのか、盗賊たちは白昼堂々街道のど真ん中で大笑い。

誰かに聞かれて駆け付けられたら見つかってしまう。

それを危惧したリーダーが怒声を上げて早く積荷を運ぶよう言った。

リーダーにどやされて爆笑を止めた彼らは、積荷をせっせと運び出した。

「リーダー。運び出し終わりやした。結構金になりそうな壺が四つありやしたぜ」

「食料も野菜に果物に肉とたんまり選り取り見取りでっせ」

「よし。引き上げるぞ」

「「「「「うっす!」」」」」

盗賊たちは積荷を全て運び出すと、リーダーの一声で撤収していった。

一人街道に残された若い行商の男は、へなへなと地面にへたり込んでいた。

しかし盗賊たちが全員引き上げたのを確認すると、徐に立ち上がり衣服に付いた砂埃を手で叩いて落とした。

その表情は先ほどまでとは打って変わって、鋭利な目付きで盗賊たちが逃げていった方向を睨んでいた。

その眼光は鷹の目のようで、盗賊に泣いて怯えるような若い男のそれには見えない。

「さて。追うか」

更に若い行商の男は、妙に落ち着いた声音で、なんと盗賊たちを追跡すると呟いた。

だがそれもそのはず。

この若い行商の男は実は行商人ではないのだ。

その正体は、マルクス中将に盗賊団の調査を依頼されたゼスであった。

ゼスは年若い臆病な行商人の演技をし、態と隙を晒していたのだ。

それにまんまと引っかかった盗賊たちは、貼った物の所在が判る効果のある呪符を貼っておいた壺を持っていった。

それを追っていけば盗賊たちの根城が判るという物だ。

ゼスはゆっくりと歩み出し、追跡を開始した。


とある森の奥にある小さな洞穴。

そこへたくさんの食料や高価な壺を担いだ男たちが、がやがやしながらぞろぞろと入っていく。

その数は総勢十六人。

彼らの正体は、もちろん先の盗賊たちだ。

若い行商の男から商品を奪い取って帰って来たのだ。

道中はそんなに長くなかったため、元気良くたくさん食料を持ち帰って来た。

もう一往復出来そうな顔をしていた。

しかし壺を運んで来た者たちは、よほど重たかったのか疲れた様子で帰って来た。

洞穴が見えた時の表情は、道中の辛そうな顔から一転し、一日仕事を終えた男のような顔になった。

終えた仕事は決して褒められることではないが。

洞穴の前にまで着くと、直ぐにツボを地面にどかっと置いた。

下手をしたら割れかねない手放し方だった。

そして達成感がありありと窺える表情で、腕で額の汗を拭う仕草をした。

決して達成感など感じていい仕事ではないが。

「おい、お前ら!だらだらしてねえでさっさと中まで運べ!」

外で休んでいた手下たちを見たリーダーは、早く中まで運べと喝を入れた。

いくら深い森の奥と言っても、いつ何時誰が見ているか分からないのだ。

最近は至る所で活発に活動している。

もうそろそろ冒険者や騎士団が本格的に動き出していい頃だ。

アジトがバレるのだけは絶対に避けなければならない。

こんな時に根城が知れたら、即刻王国が討伐隊を組んで向かわせるだろう。

そうなれば自分たちは一巻の終わりだ。

リーダーは部下たちの危機感のなさに、甚だ残念だと長い溜め息を零した。

その後全員洞穴に入ったところで、最後にリーダーも洞穴に入っていった。


洞穴に入ると、中は別段変哲のない普通の洞穴で、アジトのような感じは全くない。

そんなに広い洞穴ではなく、少し歩くと直ぐに行き止まりになる。

先に入っていった部下たちの姿は何処にも見当たらない。

一体彼らは何処へ行ったのだろうか。

それは直後のリーダーの行動で明らかとなる。

リーダーは行き止まりに辿り着いた。

眼前に立ちはだかるのは焦げ茶色の岩壁。

魔法陣などはなく、転移とかはしないようだ。

リーダーは岩壁のある部分に手を触れ、そこへ土属性魔法を放った。

リーダーが放った土属性魔法は、メルトという中級魔法。

地面や岩石を泥化させ、足場を悪くする魔法だ。

主に狩猟や魔物退治に使用する魔法で、普通こんな何もない岩壁に使用することはない。

だがリーダーのメルトでそこが泥化すると、その先が空洞になっていた。

そしてその空洞の中にはボタンがあった。

それを押すと、今度は左側の岩壁がゴゴゴと音を立てて開き、地下に延びる階段が現れた。

この盗賊団はアジトを地下に展開している。

だが外敵にバレないよう入口をこのように隠しているのだ。

岩壁の中にボタンを隠しているため、団員であろうと中に入るのは骨が折れる。

なので団員は全員メルトを修得しているのだ。

最近は冒険者もあまり使用せず、使い手が目減りした魔法。

盗賊が使用するのはかなり珍しいと言える。

「お、マッドじゃねえか。遅かったな」

階段を下り灯りの点いた広い空間に出ると、リーダーの男、マッドは一人に声を掛けられた。

随分と親しげな軽い口の利き方だ。

「手下共が弛んでいてな。喝を入れていた」

「真面目だねえ、マッドは」

「ディック、お前がいい加減なんだ」

マッドに話し掛けていた男はディック。

彼もまたマッドと同じ一部隊のリーダーだ。

この盗賊団ヤマアラシは、総員百三人を誇る大規模も大規模な大盗賊団だ。

団員を二十人ごとに五つの部隊に分け、あちこちで活動している。

そしてそれぞれ部隊長五人がヤマアラシの幹部なのだ。

つまりマッドやディックはヤマアラシの幹部ということだ。

と言ってもヤマアラシの幹部に組織的な役割はなく、只作戦会議に参加したりするだけだ。

残る三人のうち一人がヤマアラシのボスで、二人がボスの用心棒だ。

ヤマアラシはそういった構成で出来ているのだ。

ディックとマッドが軽口を叩いていると、奥から三人の男女が出て来た。

三人を見るや、銘々に騒がしくしていた盗賊たちが一斉に静まり返った。

そして皆三人の前へ集まった。

ディックとマッドも同じように三人の近くへ寄った。

「全員いるようだな。良し。どれどれ。んん。今日の仕事も完璧だな。よくやった」

三人のうちの真ん中の男が満足気に言った。

この男こそが、大盗賊団ヤマアラシのボスだ。

名はザーガ。

スキンヘッドで顎下に長い鬚を生やしている。

服装は上質な革のジャンパーを羽織っていて、ズボンも中々に上等な素材の物だ。

服装だけ見ればBランク冒険者と思われても不思議ではない。

まさか盗賊だとは思わないだろう。

そんなボスの両脇に控えているのは一人の男と一人の女。

男の方は、身なりの良い碧眼ブロンド髪の青年だ。

名はラックスと言う。

見たところ、いかにも下級貴族の次男三男といった印象を受ける。

盗賊の一味に身を落としたということは、家がかなり酷く没落したのだろう。

容姿は端麗なのだが、碧い眼が昏く荒んでいるのが、冷酷な感じを与える。

女の方は、紅い髪に紅い眼で、冒険者のような格好をしている。

上はTシャツにフード付きの黒のコート。

下は茶色い短パンを穿いている。

彼女は後に魔物の大量発生を起こすあの女だ。

名は無い。

彼女は生まれて直ぐに捨てられたからだ。

ヤマアラシに入る前は、ノーアという名で冒険者をやっていた。

ボスのザーガが言った。

「この壺はどうする?」

仲間の一人が答えた。

「適当に売り捌きやしょう」

「バカ値で吹っ掛けやすか?」

「そりゃあいい!」

「これで俺らも金持ちだぜ!」

街で露天商に化けて壺を高値で売れば、かなりの儲けを出せる。

そう考えて興奮してぎゃあぎゃあ騒ぎ出した盗賊たち。

「お前らうるせえぞ!馬鹿みたいに騒ぐんじゃなえ!」

ザーガが怒鳴った。

目の前で大声で騒ぎ立てられて不愉快に思ったのだ。

第一露天商に化けて法外な値段で売るなど、商売経験のない自分たちが成功するはずがない。

直ぐにバレて摘発されるのがオチだ。

と、ここでザーガの右に立っている貴族風の男、ラックスが口を開いた。

「私なら以前美術商と付き合っていましたので、売って来られる自信があります。」

「・・・ほう。なら任せた」

「はい」

ラックスの自信に満ちた申し出に、ザーガは簡単に首を縦に振った。

ラックスを信用しているのが見て取れる。

ラックスは静かに返事をして、壺を全て持って出ていった。

収納の魔法を使ったのだ。

何もない空間に四つの大きな壺が消えていった。

盗賊たちは皆驚嘆の声を上げた。

「じゃあこれで集会は終わりだ。解散していいぞ」

ザーガはそう言うとノーアを連れて奥へ戻っていった。

盗賊たちは二人が奥へ引っ込んだのを見ると、また騒ぎ始めた。

再びアジトが騒がしくなった。

ディックはマッドの肩を叩いた。

一杯やろうと言っているのだ。

「全くお前という奴は」

マッドはやれやれといった表情で呆れたように零した。

「良いじゃねえか。こういう大量の日は楽しく飲む日だぜ」

楽しげな笑みを向けて来る友に、苦笑しながらも一緒に一杯飲むのだった。


「向こうは騒がしいな。馬鹿共は能天気なことで。羨ましいねぇ」

ノーアが皮肉たっぷりに毒づいた。

そんな彼女の隣では、ザーガが安酒を呷っていた。

「お前も飲めよ。機嫌が良くなるぜ」

そう言って飲みにくそうな木のコップを差し出すザーガ。

ノーアは舌打ちをして渋々コップを受け取り、一気に酒を呷った。

大して旨くはない安物もいいところの酒だったが、この日は妙に体に沁みた。

最近は毎日休みなく動いていたからだろうか。

「飲む時に考え事はご法度だぜ」

ザーガはそんなことを言って来た。

何故だかこの男はいつも心を見透かして来る。

気分も居心地も悪くなったので、ノーアは立ち上がりこの場を出ようとした。

背中にザーガの声が投げ掛けられた。

「ここが割れた。少し早いが仕方ねえ。派手に動け」

「解っている」

投げやりに吐いてノーアはアジトを出た。

そのノーアの姿を、ゼスは少し離れた木々の陰からしっかりと捉えていた。


その翌日、王都西の街道付近の森で、魔物の大量発生が報告された。









































































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