14 轟雷の魔物退治
マルクス中将率いる百人の討伐軍が進軍を開始して間もない頃。
前方に変化が訪れた。
今までは森の木々ばかりの緑の空間だったが、軈て開けた平地が現れた。
鬱蒼とした暗い森を抜けて明るい光が差し込んだ。
そのことに皆の気持ちが僅かばかり上向いた。
だが、それは十秒と続かなかった。
「おい、見ろよあれ!」
「な、何なんだよあれは!?」
「黒い魔物の群れ!?」
「数が、多すぎる!!」
「しかも何か禍々しい感じがするぞ!!」
頭上を木々の葉で覆う深い森の中にぽつんと空いた広い空間。
その少し先に聳える高い崖の上。
そこに目の前一面を埋め尽くす黒い魔物の大群があった。
これが普通の魔物の大群であったなら、皆が戦慄し狼狽することはなかっただろう。
しかし眼前一面に広がるその群れは、異様に黒かった。
総勢三百体を誇る群れの魔物たちは、その全てがおぞましい闇の魔力を纏っていた。
群れから離れたここにいてもその禍々しい力が感じ取れた。
相当に濃密な大量の闇の魔力が、騎士たちの心にへばりついて離れない死の感覚を植え付ける。
王宮騎士たちが恐怖し周章狼狽するのも頷ける。
しかしここで、マイナスに傾いた討伐軍の士気を一喝する一声が掛けられた。
「全員落ち着け!」
ピシャリと力強く発されたマルクス中将のその声は、この場を支配する恐怖のムードを断ち切った。
「狼狽えるな!気を強く持て!奴らは確かに通常個体ではない。だがキメラでもない。十分対処出来る相手だ。隊列を特攻形態に組み替える。そして奴らを狩るぞ。」
力強い有無を言わせぬ中将の指示を受け、あれほど恐れ戦いていた騎士たちも迅速にてきぱきと指示通り隊列を組み替えていった。
そんな中、ここでディアルがマルクス中将にあることを進言した。
「あの、中将。」
「何だディアル?」
「俺が先陣を切って何体か先に倒します。それで数が減ったら突撃して来る。こんなのはどうでしょうか?」
「俺も行こう。お前一人では大量殲滅手段が無いだろう。」
ディアルの作戦申し出に便乗したように重ねて来たゼス。
「パパ、それなら私も」
「いや。ミーナは残れ。ミーナの力は後に残しておきたい。」
「勝手に話を進めるな。だが、そうだな。今回ばかりはお前たちの作戦を頂こう。良し。先んじて敵を討ってくれ。」
「はい!」
「任せろ。」
ディアルは強い意志を感じさせる声音で、ゼスは不敬な上から目線な一言を吐いて、黒く禍々しい魔物たちの群れに颯爽と疾走していった。
「パパ、気をつけてねーっ!」
「おう!」
ミーナはディアルの身を案じて声いっぱいに叫んだ。
それに笑顔で振り返り返答に応じたディアル。
それを見た中将は、何だか二人が敗走する姿が微塵も思い浮かばなかった。
ディアルとゼスが森の中の平野を駆ける。
それを野を走り回る獲物と見た魔物が数匹動き出した。
フェンウルフという狼の魔物だ。
獰猛に眼を紅く光らせ、凶悪な牙を剥き出しにした。
その仕種から二人を喰らい尽くすという意志が見て取れる。
そんな見るもおぞましい化け物に二人は恐れず怯まず果敢に飛び込んでいく。
何故なら二人は、王国最強の剣士と名高い剣聖と、雷魔法を駆使し全てを薙ぎ払う剣帝の名を恣にするSランク冒険者だからだ。
異常個体の群れを前にしてたった二人で飛び込むなど、普通ならば自殺行為と取っても間違いない行為だが、この二人に限っては例外だ。
何せ二人は歴戦の猛者の頂点に七年もの間立ち続けた男と、それを打ち倒し頂点に立ち、更には戦争で千人もの大軍を一人で剣技のみで倒した男なのだ。
とは言え流石に千人は倒していないが、二百人程度倒した時に敵軍が周章狼狽したその隙を突き、敵兵たちの合間を縫って敵大将の前へ辿り着きその首を取っただけのこと。
その話が盛りに盛られそれが広まったのだが、そのまま伝わっていたとしても十分すぎるほど凄いことだ。
まあとにかくそんな二人が魔物の大群の中に飛び込んだところで心配は要らないのだ。
そして今交戦開始した。
「お手並み拝見だ。」
ディアルは一匹のフェンウルフと会敵。
普通のフェンウルフと違って黒く禍々しい魔力を帯びている。
瞬間腰に差した剣を抜き一瞬で距離を詰めた。
そしてそのまま首元へ刃を振るった。
スパンと小気味良い音を立ててフェンウルフの首が落ちた。
まずは一匹華麗に仕留めた。
「次だ次。」
尚も襲い来るフェンウルフたちを剣閃を高速で閃かせ次々仕留めていくディアル。
正に一騎当千の剣聖である。
一方剣帝ゼスはというと、
「ふん。くだらん。」
ディアルと同様間合いを詰め首元を一閃。
こちらも次々フェンウルフの首を斬り落としていく。
ゼスは魔法が使えるが今の所使う気配はない。
使うまでもないといったほどの腕前は圧巻である。
このまま行けば二人だけで三分の一は削れるのではないか?
そう思わせるほどの活躍ぶりだ。
と、今度は猪のような魔物が大勢で押し寄せて来た。
相変わらず黒い。そして怖気が走るほど禍々しい。
その数はざっと五十はいるだろう。
そこいらの兵士たちでは戦慄し逃げ出してしまうような相手だ。
ディアルとゼスは一度近寄り態勢を整えた。
そしてゼスが耳元で作戦をディアルに伝えた。
「俺が前に出て魔法で奴らを一掃する。残りをお前が倒せ。」
「任せろ。」
言い終わると一瞬で黒猪の軍勢に飛び込み、大気をビリビリとさせる雷撃を帯びた剣を天に掲げた。
そしてそれを躊躇いなく振り下ろした。
すると大地を削りながら雷撃が地を走り、黒猪の群れに激突。
バリバリバリと轟音を鳴らし、五十匹いた黒猪たちをほとんど吹き飛ばした。
残った数匹もかなりのダメージを受けていたため、ディアルは簡単に倒すことが出来た。
恐るべき威力の雷魔法である。
ただでさえ雷魔法の使い手は少ない。
ましてや中型の魔物の大群を一撃で吹き飛ばせる者など五指に入る程度でしかいない。
剣帝の名は伊達ではないようだ。
ディアルも尊敬の眼差しでゼスを見詰めている。
「何を見ている。早く次を倒すぞ。」
「素っ気ないな。まあでも当然か。」
怒られてしまった。
ゼスに言われ前を見れば依然として黒い魔物の大群がこちらを睥睨している。
そこでディアルは思った。
かなり統率の取れた群れだと。
これだけの大規模な群れだ。
魔物が揃いも揃って大人しく機を窺うようにじっと待機していられるものではない。
先襲って来たフェンウルフや黒猪だって様子見程度の数で、まだまだ向こうに同族が残っている。
まるで軍隊のようだ。
ゼスも同じことを思っていたらしく、ディアルの元へ来て再び作戦会議を開いた。
「なあゼス。あの魔物たち人間に指揮されてんじゃないのか?おかしいくらいに統率が取れてる。」
「ああ。俺もそう思った。だが何にせよ倒せないような敵ではない。どんな綺麗な攻め方をされても力で倒せばいいだけのことだ。」
「ったく豪快な作戦だな。でも乗った。俺は魔法使えないから先行するのはお前な。」
「ああ。先のように俺が雷撃を放ちお前が確実に狩る。そのスタイルで行く。敵の総数は三百といったところか。半分にまで減らしたら」
「俺が閃光弾を上げて後方で待機してる自陣へ合図を送る。そしたら中将たちが参戦だ。」
「ミーナは一緒に戦わせなくて良かったのか?魔法の無いお前にとって心強いだろうに。」
「ミーナを危ない目には遭わせらんねーだろうが!」
ミーナをおぞましい魔物の群れに飛び込ませるなんて出来ない。
もしも怪我でもしたら。死んでしまったら。
俺はもう生きていけない。
そんなことを本気で語るディアルを辟易とした眼で見るゼス。
後ろを振り返れば心配そうにディアルを見ているミーナの姿が確認出来た。
今の方がよほどミーナを心配させている。
早速ダメ親父なところを見せたディアルだった。
「ゼス。」
「来たな。」
ディアルは魔物たちが動き出したのを目にした。
ゼスは魔力で空中に雷剣を多数作り出し、百体近い様々な魔物たちを迎撃する形で飛ばした。
二人に向かって一斉に走って来る狼だの猪だの鹿だの獣型の黒く禍々しい魔物たち。
紅い炯眼が獲物を喰らわんと獰猛に輝く。
それがざっと百体迫って来るのだから怖いどころの話じゃない。
しかしそんな戦慄の波を、目を焼くほどの眩しさの雷光を放つ魔力の剣が迎え撃つ。
雷剣が驀進する魔物に衝突した瞬間、見ていられないくらいの雷光が迸り、魔物が跡形もなく消え去った。
それが前方全体で起こるものだから前を見ていられない。
ディアルは目元を腕で隠して雷撃が止むのを待った。
それから十秒足らずして雷撃が止んだ。
ディアルが百体近い魔物たちがどうなったかと目をやると、そこは地面が黒く焦げた何も無い平地となっていた。
先程疾駆して来ていた百体近くいた魔物の波は、綺麗さっぱり消え失せていた。
崖上に待機している残りの魔物たちも心做しか驚愕したような表情をしているようだった。
「俺の出る幕はなしか。」
ディアルが残念というよりは拍子抜けしたように呟いた。
「悪かったな。全部倒してしまって。」
これにゼスは事も無げと言わんばかりに返した。
あれだけの範囲攻撃が朝飯前だなど、ゼスは一体どれだけの魔力を保持しているのか?
もしかしたら一人でもあの大群を殲滅出来るのではないかと、ディアルは真面目にそう思った。
それほどに剣帝の暴威は凄絶なものであった。
崖の上の魔物の群れの奥に生い茂る樹木の上に一人の女が鎮座していた。
彼女は観ていたのだ。この戦いの全容を。
木々の葉で隠れて見えない所から高みの見物だ。
しかし彼女の表情は険しいものだった。
人間側の優勢であるのに、だ。
「ちっ。使えねぇケダモノ共だなぁ。百対一で一撃全滅とかクズかよ。」
汚い口調で吐き捨てながら、苦々しそうに顔を歪めていく。
何を隠そう彼女はこの三百体の黒く禍々しい魔物たちを指揮している張本人だ。
彼女は野獣や魔物を使役する獣使いなのだ。
しかし彼女の場合、死霊術師もかくやというほどの闇の力で魔物を使役するので、普通の獣使いと呼ぶには相応しくない。
魔物たちの群れに目をやれば、もう既に半数以下に減少していた。
この有様に獣使いの女は歯噛みする。
目論見通りなら、討伐に駆け付けた騎士たちを蹂躙し、そのまま王都ブランシアに魔物の群れを突入させる。
そのはずだった。
だが実際は剣聖が参戦し、剣帝などというイレギュラーまで出張って来る始末。
話によれば、剣聖は王都を出て港町シーリヴァイまで旅行に行っているはずだった。
「剣聖ディアル。まさか間に合ったのか。」
それに一番分からないのは剣帝ゼスとかいう男の方だ。
剣聖と剣帝の激闘は有名なので話には聞いていたが、剣帝がこんなことに首を突っ込むような奴だったとはよもや思わず。
己の詰めの甘さを呪った。
「まあいい。この場は捨てて退くか。剣聖ディアル。剣帝ゼス。力の程は確かに観させてもらったぜ。」
そう捨て台詞を呟いて彼女は森の陰に消えた。
残り半数を切った魔物たちは、獣使いの女が退却したこともあって、今までしっかりと取れていた統率に精彩を欠き始めた。
これに気付いたディアルはゼスに目配せをし、閃光弾を打ち上げた。
あの魔物たちは黒く禍々しい魔力を帯びていて、普通の個体より遥かに強い。
しかしいくら数が多いとは言え、それぞれが銘々に動くのなら王宮騎士なら対処出来る。
見るからに動きがばらばらで雑になっていて、先までとは段違いに纏まりを落としている。
ディアルは考え込む。
いきなり統率力が落ちた理由は何だと。
指揮官が離脱でもしたか?
そう思ったが、ないないと直ぐにその考えを捨てた。
その考えは全くその通り合っていたのだが。
ディアルが閃光弾を打ち上げたのを確認したマルクス中将は、腕を天に掲げ突撃の一声を放った。
その声に割れんばかりの雄叫びを上げて、後方で待機していた王宮騎士たちが、檻から解放されたライオンのように一気呵成に疾走した。
魔物と交戦するや待ってましたと剣を抜き、抑圧された鬱憤を晴らすかのように十全に力を振るった。
ディアルとゼスが見せた圧倒的な蹂躙劇が、彼らに勇気を与え火を点けたのだ。
剣聖の流麗な剣技を見て、剣帝の圧倒的強大な魔法を見て、騎士たちは感銘を受けた。
そして同時に自分たちのことが情けなくなった。
敵の数の多さに、禍々しい魔力に、恐れをなして動けずにいた自分たちの何と不甲斐ないことか。
二人は数の多さも戦慄する闇の力も物ともせず、勇敢に斬り込んでいった。
そして次々仕留めていった。
二人はその名声に違わぬ活躍を見せた。
ならば今度は自分たちの番だ。
二人の活躍に続けと、騎士たちは恐れることなく勇猛果敢に突撃していく。
襲い来る魔物も獣型だけでなく、オークやオーガ、ゴーレムなどの人型も多くなって来た。
強さも当然増して来た。
むしろこれからの方が危険極まりない戦場となろう。
しかし彼らはもう止まらない。
奮起した彼らは誰よりも強く誰よりも粘り強い。
もう相手が少し強くなっただけでは逃げ出したりしない。
そうやって戦うこと十数分。
「大分少なくなったな。」
「ああ。騎士たちが参戦したことで効率が良くなったからな。」
「それになりよりミーナ。ミーナの活躍が凄い!我が娘ながら誇らしいぜ。」
「お前って奴は・・」
ディアルはミーナの活躍を褒めちぎっていた。
それを聞いてほとほと呆れるゼス。
確かにミーナは様々な魔法を駆使して魔物たちを狩っていた。
ゼスも目を見張る所があったが、その活躍をミーナ本人ではなくディアルが得意顔で自慢して来るのは、父親とは言え正直どうかと思う。
全開の親バカを見せ付けられたようで脱力してしまう。
話には聞いていたが、まさかこれほどに娘を溺愛していたとは思いも寄らず。
これが嘗て闘剣で覇を争ったライバルであり、今の自分の目標の剣士の現在の姿とは。
昔と打って変わって親バカになってしまったディアルを物凄く残念に思うゼスだった。
ゼスがそんな他愛もないことを考えていると、ディアルご執心のミーナがこちらへやって来た。
そしてディアルに飛びつかれていた。
まるで子供が無邪気に走って来て親に抱きつくように、ディアルの方がミーナに飛びついた。
これではどちらが子供でどちらが親か分かったものではない。
見ているだけで頭が痛くなるゼスだった。
「おー!ミーナ。怪我は無いか?疲れてないか?大丈夫だったか?」
「う、うん。私は大丈夫だから、そんなに強く抱き締められると苦しい・・・」
ミーナは黒い魔物たちを殲滅しディアルの元へ戻って来た。
大好きなディアルに無事に帰って来られたことを伝えたかったからだ。
が、まさかのカウンターハグを貰ってしまったのだ。
まあでも抱き締められて嬉しくない訳ではないのだが、ディアルから次々飛んで来る過保護なまでの心配の声や、力の籠りすぎた抱擁が逆にミーナにとって迷惑となっていた。
なので少し迷惑そうに苦しいと言ってディアルを遠ざけた。
「ああごめんな。苦しかったか?」
それを受けてディアルが抱擁を解き、ミーナは苦しいハグから解放されたかに思えた。
だが今度はディアルがミーナの身体を擦り回してきた。
苦しいと言ったからだ。
「パパ、もういいよ。本当に大丈夫だから。」
終わらない過保護なスキンシップに嫌気が差したミーナ。
でもそれほどまでに自分のことが大切に思われているのだと判ると、やはり嬉しくもなる。
しかし流石に鬱陶しくなって来た。
だからといって力尽くで遠ざけるのもやりたくはない。
ミーナがどうしようかと困っていると、そこに助け舟が来た。
「止めんかディアル。ミーナが嫌がっているだろ。」
「おっと。そ、そうなのか?」
「度が過ぎると迷惑でしかなくなるぞ。」
「ミーナ、ごめんな。でも無事で良かったよ。」
「うん。もう魔物は片付いたよ。これで安心だね。」
無邪気な微笑を湛えてそう言ったミーナ。
「ああぁぁぁもう、可愛い!可愛いなぁ。」
「全くお前は。信じられんほどバカだな。」
ミーナの笑顔を見て可愛い可愛いと悶え始めたディアル。
それを見たゼスは呆れたを通り越して最早感心してしまった。
自分も娘を持ったらこんなに親バカになってしまうものなのだろうか?
何だか親バカについて真面目に考えてしまうゼスだった。
そんな時、マルクス中将が騎士たちを率いてこちらへ戻って来た。
「ディアル君。ゼス君。それとミーナちゃん。此度の作戦よく戦ってくれた。全員揃ったところで総括を始める。謎の魔物の大量発生。しかし今日ここで遭遇したのは、報告にはなかった黒く禍々しい魔力を纏った魔物たちだった。それらは普通の個体より強力なものだった。これから先も再び現れる可能性がある。決して気を緩めるな。これから定期的にここの調査を行い、謎を解明し早急に解決するぞ。以上だ。それでは帰還する。」
今回の魔物討伐作戦の総括を終え討伐軍は踵を返した。
皆が続々とこの森を後にする中、ディアルは何か不穏な感覚を抱いていた。
「パパ、帰らないの?」
何やら考え込んで帰らずにいるディアルを、ミーナは不思議に思って声を掛けた。
「いや、ちょっとな。でも気の所為か。そうだな、帰ろう。」
考えても何も出て来ないし、ミーナも心配している。
なのでディアルは気の所為だと思考を捨てて、ミーナと楽しく帰路に着くことにした。
森を出て王都に帰る道中、先のディアルを不審に思ったゼスが先のことを訊いて来た。
「ディアル。先はどうした?何を考えていた?」
「いやな。何だか嫌な感じがしてな。この事件はまだ終わってないっていうか、まだ倒さなきゃならない敵が残ってるっていうか。」
「なるほど。実は俺もお前と同じことを考えていてな。この事件には黒幕がいると思っている。」
「黒幕?」
「あの魔物の大量発生は人為的なものだ。」
「確かに。あの黒い魔力。闇の魔力がかなりの濃度に練られたものだ。あんなのが自然にあれだけの数出来るなんておかしい。それと最初感じた見事な統率力。」
「だからこそ黒幕がいると考えていいだろう。早くそいつを炙り出さない限り解決は望めない。」
「後で中将に進言しよう。」
ゼスはディアルと同じく今回の事件について不信感を抱いていた。
黒く禍々しい魔力。恐ろしいまでに濃密な闇の魔力。
魔物は時に自然の中で変異を来たし、特異な力を持ったりすることがある。
しかし今回は数が多い。
いきなり三百体も突然変異を起こすことは有り得ない。
更には軍隊のような統率された動き。
そんなことが魔物に出来るはずがない。
今回の事件には誰かが関わっている。
そう確信付けるには十分な材料があった。
「ふぁぅ。」
「疲れたか?今日は頑張ったもんな。よし。ミーナ、俺の背中におぶれ。」
「いいの?」
「もちろん。」
戦いで疲労したミーナを背中におんぶする。
するとミーナの温もりが伝わって来る。
おんぶして直ぐ、ミーナは寝息を立てて眠ってしまった。
「可愛いな。」
そっと呟いて、ディアルは口元を緩めた。
そして直ぐ引き締めた。
ミーナの笑顔を護りたい。
安心して楽しく暮らしていきたい。
そのために、早く魔物を操っている敵を倒さないと。
それに忘れそうになっていたが、盗賊の事件もある。
不穏な事件が後を絶たないなと、気が休まらないディアルだった。