12 海嘯神竜リヴァイアサンと海嘯魔剣《ジュドラメア》
洞窟内に水の魔力の大波浪が吹き荒れる。
壁面が大きく削られ、削り取られた岩石が飛び交う。
その大嵐の中心にいるのがこの竜剣の間の主、海嘯神竜リヴァイアサンと、それに挑む剣聖ディアルだ。
脇で戦いを見守るミーナは、結界を張って爆風や飛来物から身を護っている。
開始直後から、ディアルは神速の剣撃を繰り出し猛攻を続けているが、リヴァイアサンの強大な魔力の前に剣が入らず、攻めあぐねる展開となった。
一方リヴァイアサンは、ディアルの神速の剣閃の猛連撃を物ともせず、口から魔力砲を連射した。
攻め合いではリヴァイアサンが優勢。
ディアルはどれだけ斬り結んでもダメージを与えられないが、リヴァイアサンは魔力を飛ばすだけで暴威となる。
並大抵のドラゴンはディアル一人で討伐可能だが、巨大なドラゴンや神竜ともなると、流石に剣一つでは太刀打ち出来ない。
またしても魔法が使えないことがこんなにも不利なのだと思い知らされたディアル。
しかし諦めない。
ミーナが危険を顧みず応援していてくれるのだ。
その気持ちに答えなくては父親失格だ。
迫り来る魔力砲を躱し、地面を力強く蹴って一気にリヴァイアサンに肉薄。
「喰らえっ!」
全身全霊を剣に込めて一閃。
鋭く重い剣閃が重厚な魔力障壁を破り行く。
遂にリヴァイアサンに届くかに思われたその時、
「見事なり。先程の人間と比べればやはり段違いに強い。剣聖と呼ばれるだけのことはある。」
そう一言だけ残して、リヴァイアサンは大きく開いた口から水の魔力を圧縮した砲撃を眼前のディアルに放った。
ディアルは剣を振り被った体勢のため、完全に回避することは出来ない状態だ。
これほどの威力のブレス。
まともに受けたら一溜りもない。
何とかして防がなければならないが取れる行動はただ一つ。
「このまま斬る!」
一直線に襲い来る蒼の暴威にディアルは剣を振り下ろした。
ディアルの剣は、魔力を斬る魔法的な効果が付与されたミスリルの剣。
とは言え魔力障壁は何とか斬ることは出来ても、流石にブレスは斬り裂けない。
「くっ。押される。負ける。」
どんどん後退させられる。
ブレスに押され吹き飛んでいく。
そして岩壁に勢い良く叩き付けられた。
「パパァッ!」
そんなディアルを見てミーナは涙目で叫ぶ。
堪らず結界を解いてディアルの元へ駆け出した。
あれだけの強さで激突したので、重傷を負っているかもしれない。
ディアルに魔力は無いため衝撃を緩和する手段が無い。
死んでいてもおかしくないのだ。
だが、
「案ずるな天使の子よ。」
リヴァイアサンがミーナの足元に軽くブレスを撃ち、ミーナの介入を止めた。
「パパは生きてるの?」
ミーナは聡い子だ。
ディアルの生死は訊かずとも知れている。
それでも訊かずにはいられなかった。
大好きなディアルが危険な目に遭っていたら、居ても立ってもいられない。
離れ離れになるのは絶対に嫌だ。
手に汗を握り、固唾を飲んでリヴァイアサンの言葉を待つ。
そしてその時は、リヴァイアサンの口からではなくディアルの口からもたらされた。
「ミーナ、俺なら大丈夫だ。だから安全な所で見守っててくれ。」
「パパ、良かったぁ。」
待っていた。ずっと待っていた。
ディアルの声を。ディアルの無事を。
見れば大きな怪我をしている様子はなく、辛くも無さそうだ。
上手くブレスを凌いだようだ。
とにかく良かった。
ディアルが無事でほっとした。
ミーナは張り詰めていた緊張の糸が切れ、安堵の涙を目尻に浮かべた。
そろそろ戦いを再開するようだ。
ミーナはディアルに言われた通りに安全な所へ行き、結界を張って戦闘の行方を見守る。
「行ったな。待たせたな、リヴァイアサン。戦闘再開だ。」
ミーナが脇へ退避し結界を張った所を見て、ディアルは安心してふっと笑みを零した。
これでまた戦いに専念出来る。
ディアルは不敵な笑みを浮かべてリヴァイアサンを睨んだ。
ディアルの挑戦的な表情を受けてリヴァイアサンは笑った。
「我がブレスを凌いだか。ふはは。愉快愉快。やはり剣聖との戦いは愉しいものだ。解放者などと称する愚か者とは訳が違うな。」
ディアルは今のリヴァイアサンの発言にぞわりと鳥肌が立った。
今、何て言った?
不穏当な単語が出て来たような気がした。
因縁のある単語が。
戦闘を再開しようとしていたリヴァイアサンにディアルは食い入るように尋ねた。
「今解放者って言ったよな?それにちょっと前に、俺たちが来る前に誰かと戦ってたみたいなこと言ってたよな?どういうことか教えてくれないか?」
「ほう。そんなことが気になるか。」
意外だとばかりに零すリヴァイアサン。
「どうしても知りたいんだ。実は解放者の一人に因縁があるんだ。」
「ふん。別に構わぬぞ。汝等がここへ来る前、一人の男がここへやって来た。」
ディアルの脳裏に冒険者風の男が浮かび上がる。
そう言えばミーナもここで誰かが戦っていると言っていた。
まさかあの男が解放者なのか?
ディアルは続きを促した。
「その男は我を見るや否や、我を討つと言い放ち無謀にも戦いを挑んで来た。水の魔力を無効化する小細工を仕込んでいたが、どうということは無かった。何処かへ打ち捨ててある。男は解放者と名乗り向かって来たが、知っているのか?」
やはりかと思った。
前にここに来た男はあの冒険者風の男だった。
そして彼は解放者だった。
こんな風に何でもないような人が解放者だということがあるということだ。
因縁を噛み締めるように手に力を入れてぎゅっと握り、ディアルは答えた。
「解放者は、神竜アジダハーカを復活させる為にドラゴン狩りをしている連中だ。そいつらの一人に俺の故郷を焼かれ、家族とその村の人たちが殺された。」
ディアルの話を聞くうちにリヴァイアサンの表情が険しくなっていった。
自分に同情してくれているのだとディアル自身そう感じた。
「それは何とも惨たらしい話だな。汝はその者に復讐を誓うか?」
「ああ。」
酷く低い声で、多少の間もなく肯定した。
イセドは村の人たちを、家族を殺した。
許せない。この手で絶対に殺す。
ディアルの胸中をどす黒い憎しみの感情が満たす。
いけないいけないと首を振って頭を冷やす。
そんなディアルを見て、リヴァイアサンは威厳のある声で言った。
「さあ我に向かって来るが良い。全力を我にぶつけてみせよ。」
「言われなくたって行ってやるさ。」
直後、ディアルの姿が掻き消えた。
目にも留まらぬ速さでリヴァイアサンの元へ肉薄し、ミスリルの白刃をリヴァイアサンに突き立てた。
「それだけか?」
意表を突きディアルの剣はリヴァイアサンの身体に刺さったが、決して深くは刺さっていない。
このままでは、ブレスが来ればまた吹き飛ばされてしまう。
案の定リヴァイアサンがブレスを撃ち出そうとしている。
しかしここでディアルはポケットから雷の魔晶石を三個取り出した。
そしてそれを刀身にぶつけた。
すると目が眩むような眩さの雷光と共に激しい雷撃が刀身を這った。
「これは!」
雷撃が刀身を伝いリヴァイアサンの身体に流入していく。
雷撃が体内を走り、リヴァイアサンが苦悶に呻く。
しかしリヴァイアサンはこれを物ともせず、カウンターでアクアブレスを放った。
「待ってたぜ。終わりだ、リヴァイアサン。」
ディアルに水の魔力砲が迫るが、ディアルは逆に不敵な笑みを浮かべた。
一瞬でリヴァイアサンから距離を取り、またも雷の魔晶石を今度は八個刀身にぶつけた。
雷電が刀身を迸り、ディアルの剣が雷剣と化した。
そしてそのまま、ディアルは雷剣を迫り来るアクアブレスに振り下ろした。
水の魔力を八個もの魔晶石の雷の魔力が一刀両断する。
そしてディアルは再び一瞬でリヴァイアサンの元へ肉薄し、威力を減衰せず保った雷剣を大きく開いたリヴァイアサンの口に向かって振り下ろした。
「ぬおぉぉぉ。」
口から体内に入った雷撃が体内を駆け巡る。
身体中が内側から焼かれる感覚がリヴァイアサンを襲う。
今度ばかりは堪らずディアルから逃げたリヴァイアサン。
遂に大きな隙が生まれた。
それを逃すディアルではない。
「留めだ!」
そしてディアルは大きく跳躍。
リヴァイアサンの頭上まで飛び上がったディアルは、神速の剣閃を閃かせリヴァイアサンを何度も斬り刻んだ。
そしてリヴァイアサンの首にディアルの剣が突き刺さろうかという頃
「見事なり。我の負けだ。このまままた攻め合っても同じ結果が返って来よう。」
リヴァイアサンの口から敗北の言葉が発せられた。
ディアルは勝ったのだ。
リヴァイア海を護る神竜リヴァイアサンに勝ったのだ。
しかも今回はミーナの援護無しで。
いつもドラゴン討伐の時は、ミーナと一緒に二人力を合わせてドラゴンを倒していた。
しかし今回はディアル一人。
魔法が全く使えない状態で竜種最上位の神竜を相手に一対一で戦い、激闘の末見事勝利を収めた。
達成感や喜びも一入だ。
ディアルは拳をぐっと握り締め、天に向かって真っ直ぐ突き上げ、声高らかに叫び歓喜を露わにした。
「パパー!」
ミーナも笑顔満面で駆け寄って来た。
ディアルはやって来たミーナを受け止めてそのまま抱き締めた。
「パパ、おめでとう。すっごく格好良かったよ。」
「ありがとう、ミーナ。勝てたのはミーナの応援のおかげだよ。しっかり届いてた。本当にありがとう。」
ミーナから貰った賞賛を味わい、嬉しさに舞い上がりそうになるのを何とか怺えたディアル。
リヴァイアサンの手前剣聖の威厳を失う訳にはいかない。
神竜に勝利した男がだらしなくては情けない。
そんな時、リヴァイアサンが苦笑したように話し掛けて来た。
「全く甘い剣聖だ。威厳が無いな。」
「え!いや、まあ、ははは。」
まさかバレてた!
そう思ったディアルだったが、隣のミーナはディアルの反応に逆に驚いたような表情をしていた。
「パパ、顔がとってもだらしなかったよ。」
「顔に出てたか。はぁ。」
ディアルは諦めたと溜め息を吐いた。
「さて、喜ぶ気持ちはよく分かるが、話を進めようぞ。」
リヴァイアサンが厳かに宣ったところで、ディアルとミーナは居住まいを正した。
いよいよ本題に移りそうだ。
「汝は見事我を倒した。約束した通り、汝に我が力の一部を宿した魔剣、海嘯魔剣を遣る。持っていくが良い。直ぐに汝に馴染むだろう。」
そう告げてリヴァイアサンは脇へ捌け、海嘯魔剣が置かれた祭壇までの道を開けた。
ディアルとミーナの視界に海嘯魔剣が映った。
再度見たがやはり蒼い。神聖さを感じさせる蒼色だ。
綺麗に澄んだ蒼光が全体を流れるように包み込んでいる。
その美しさは、まるで海の中から陽光を浴びて光り輝く海面を見ているかのようだ。
そんな蒼剣にリヴァイアサンの力が宿っている。
ディアルは海嘯魔剣の所へ行き、海嘯魔剣に触れた。
すると海嘯魔剣を覆っていた蒼光がディアルに流れ込み、ディアルの全身を覆った。
「何だこれは!?この感覚は何なんだ!?」
突然の事態にびっくりして目を大きく見開いたディアル。
「パパ、大丈夫?」
ミーナも慌てて駆け寄って来て、ディアルを心配した。
「ああ。大丈夫だ。何ともないよ。」
「なら良かった。」
ディアルが何ともないようで安堵したミーナ。
ディアルの手を握りディアルを安心させようとする。
その配慮が嬉しくて、ディアルは思わずミーナの頭を撫でた。
そしてミーナにこう言った。
「何だか不思議な感じだ。」
ディアルは不思議な感覚を覚えていた。
海嘯魔剣を覆っていた蒼光がディアルを包み込んだ瞬間、魂の奥底から温かい何かが湧き上がって来て、それと蒼光が共鳴し結び付いて一つになった。
どんどん少しずつ魂に海嘯魔剣の力が、リヴァイアサンの魔力が馴染んでいくような感覚。
何物にも形容し難い力の漲り。
リヴァイアサンの力が魂に刻まれる。
そんな感覚。
ディアルはミーナにそう話した。
するとミーナは言った。
「じゃあパパ、それがリヴァイアサンの言ってた身体に力を宿す力かも。パパの聖魔法の効果なのかもしれないね。」
「なるほど。これが身体に力を宿す力、なのか?」
ディアルは実感が湧かないとばかりに、手を握っては開き握っては開きを繰り返す。
「でも、これで俺は魔法が使えるようになるんだ。もっと強くなれる。」
「良かったね。パパ。」
その後ディアルはリヴァイアサンを振り返り、お礼を述べた。
「ありがとう、リヴァイアサン。俺はもっと強くなる。この力で解放者なんてふざけた連中をぶっ倒す。そして家族の仇を討つ。」
「そうか。ならば征け。目的を果たせ。汝は聖魂の持ち主。運命を変え得る希有な存在。その力をこの世界の為に振るうのだ。我は汝が大義を成さん事を願う。」
魂に響く声でそう告げて、リヴァイアサンはディアルの前から姿を消した。
「パパ、行こ。」
「ああ。そうだな。」
ディアルはリヴァイアサンから大切なことを学んだ。
困難に打ち勝つ諦めない気持ち。
戦いの中で余計なことを考えず、目の前の敵を倒すことのみに集中する。
敵がどれだけ強くても、決して負けない心。
気持ちだけは絶対に負けてはいけない。
そう学んだからこそ、何だか少し強くなれた気がした。
「ミーナ。」
「何?」
「俺はイセドを倒す。イセドだけじゃない。ガンスも、セムとか言う最強の男も。解放者全員を倒して馬鹿げた竜殺しを止める。」
「うん。」
ミーナは黙って聴く。
ディアルがやろうとしていることはかなり厳しく危険なことだ。
死ぬかもしれない。
それはディアル自身も分かっていた。
ミーナを巻き込むのは本心を言えば当然したくない。
それでもミーナが付いて来るだろうことは容易に予想がつく。
一人で行くなんて言ったら泣いて怒るはずだ。
だからディアルは敢えて訊く。
「俺が歩もうとしている道程はとても危険だ。この前ガンスと戦った時はギリギリだった。イセドはもっと強い。まだ会ったことは無いが、セムは話を聞く限り最強の解放者だ。どんな魔法を使うかは分からないが、相当ヤバい相手なのは虫の知らせで何となく分かる。そんな奴らとこれから戦っていくことになる訳だけど、ミーナは付いて来るか?」
ディアルの真剣な眼差しがミーナの眼を射抜く。
本気だ。ディアルは本気でミーナの覚悟を問うている。
ミーナは剣聖の眼を真っ直ぐ見詰めて、躊躇わず迷い無く答えた。
「もちろん付いていくよ。パパは私を守ってくれる。だから私はパパを守る。どれだけ危ない旅でも一緒に行くよ。」
真剣な眼で言っているのは訊かなくても分かる。
ディアルは口角を上げてミーナより一歩前に歩を進め、振り返って明るい声音で言った。
「じゃあ行くぞ。」
ディアルに手を差し伸べられたミーナは、キラキラの笑顔でディアルの手を取った。
二人の新たな旅が始まった。
~ ~ ~ ~
「剣聖ディアル。彼の者は我が魔剣を手に執り、その力を魂に刻んだ。まるで聖紋が魔剣を振るう鍵であるかのように・・・・・ほう。そうかそうか。そうだったか!彼の者は聖魂の持ち主などでは無かったのだ!もっと希で、もっと邪悪で、この世界の敵であり、それでいてこの世界の本当の希望!神が竜を使い創造したこの世界を護る、神が人間に下賜した聖剣。その対となるこの世界を壊し神に寇する魔剣。それを真に使いこなせる存在。魔魂の持ち主だったか!ふはは。ふはははははは。アジダハーカよ。歴史が大きく動くぞ。」