歯車
1話
気が付けば大空から地上へと向かって一直線。
なんだ、何が起きている。
フル稼働する脳。聞こえる風切音。見える物は暗闇。当然だ目を瞑っている。呼吸もまともに出来たもんじゃ無い。
今さっきまで何をしていた? 俺は一体、何をしていたんだッ!?
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上京して三年。昔はよく夢に描いたゲーム関係の仕事に就けず、ボチボチと就職出来た先で仕事をを続けて早三年になるのか。
勿論、こうやって愚痴を言うからとは言え、気に入ってないわけじゃ無い。受験した時だって不本意で入った滑り止めでも実際住めば都なもんだもの。
同僚と酒飲んで、下らない話を数千として、アハアハと愚かで居るだけでも幸せだ。
政治がどうした。外国がどうした。そんなの俺には対岸の火事でしか無かった。
ただ、時々思う時はある。好きな仕事が出来たら、この愚かでいる時間がどれだけ、何倍、面白く過ごせたのだろうかと。
そう思うのは決まって都市部から家へと帰る時だ。
駅前の街は子供の頃のイメージと違い、ネオンの光は少なくなり、LEDという新しい物で照らされているらしい。 お陰で不夜城。ピカピカと真昼の様だ。
人だってまるで海の様に多く、駅という小さな箱へと詰め込まれていく様は圧巻である。
人海の中で横断歩道を渡りながら、照らされるこの地を、ふと俯瞰したくなる。
その時にふと、思うのだ。
あ、俺って唯の歯車だよな。 って。
何も考えずにカタカタとキーボードを鳴らしているのはこの町でよもや俺だけじゃある無い。
周りにいるあの人も、コイツも、アイツだって。
皆、俺と同じ歯車なんだよな。
そんな時に心にフッと陰りが湧くのを感じる。
目頭が熱くなる。 感動などはしていない。なんだか情けなくなってくるのだ。
俺は自分のしたく無いことを、生きる為だけに続けているのかと。
生きる為だけ。という思考が生まれたのは、余程俺にも余裕がなかったのかもしれない。
だが、そうなっちゃ最後。明日の朝まで飲み明かす事でしか解決する方法はない。
自殺なんて考えは出なかった。周りに迷惑を掛けるなんて事ではない。
今から死ぬのに周りの事など考えない。
ただ、今死んだところで、そんなのは俺の決定じゃない。社会の重圧は常に剣先を首へと突きつけているのだ。
疲れて自殺するのは、突きつけられた剣先に顎を伸ばす事に過ぎない。
そうならないように、嫌な仕事をしているんだ。
世の不条理だとか、理不尽だとかは、よくは分からないが、他人の為ではないのだ。と言う考えで歯車思考を打ち消していく。
ビールを煽る。まだ弱い。
日本酒を啜る。良い感じ。
蒙昧でいれば良い。無知無知、歯車、蒙昧蒙昧、歯車。無知蒙昧蒙昧無知無知無知蒙昧蒙昧無知無知無知蒙昧歯車蒙昧。
知識があれば世界が見えると言う。
だからどうした。世界を見たところで、嫌な思いをするだけだ。アパートに住んで、隣の部屋で何が行われているかも分からない俺達が、仕組みのよく分からない四角い鉄の箱に映し出された音声データで、やれ貧困だ、やれ戦争だと言われた所で世界を分かりきった様に語るのだ。傲慢だ、傲慢。
何も知らない方がマシだ。態々禁忌に触れに行って、「嗚呼、世界は無情なり」と言うのは愚かだ。
知らなければ責任など考えずに済む。
無責任だとでも言うが良い。赤子にも同じ事を言っていろ。
何故、我々を知識人にしようとするのだ。
知識は禁忌だ。古くからそうであっただろう。
イブは果実を食べた。何故神は怒ったのだ?
「性欲」を得たからか? 違う。
神が怒ったのは「知識」を得たからだ。
知識は時に凶器になる。知識こそが差別の原因なのだ。
知識が無ければ問題などない。直視しないからだ。倫理など無いからだ。好きなことが出来る。
理想郷じゃ無いか! 何が違う?
永遠の理想郷は裏返せば悠久の地獄でしか無い。
嫌だ。誰か助けてくれ。
しがらみから解放してくれ。
こんな不条理を変えてくれよ……。
アハハ……アハ、アハ…………タノシイナ……。
アハ…………アハハ…………。
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思い出した。酒を飲み過ぎてよく分からない哲学を叫び出して…………。
で、俺は今、地平線まで見える天空から真っ逆さま……と。
夢……かな。 夢だな、きっと。
ヤケにリアルな夢だぜ……。 覚めたら、また仕事に行かなきゃな。 偶にストレスを酒に任せて吐き出すのは良い事だ。あぁ……クソだな、クソ。
夢の中で眠れば現実に戻れるのかは分からないが、風切音を子守唄に意識を眠りの泉に沈めて行こうと呼吸を整え──
グキッ、いや、バキッ? ミシミシ?
擬音語だと表せないな……。とにかくエゲツない音だ。
太い木の枝を無理矢理折った様な、そんな音が聞こえた。
空気を伝導した音ではない。骨伝導してきた音だ。
「「えっ?」」
俺の声と、誰かの声が被る。鈴の様な音色といえば陳腐だろうか。心地の良い声色。聞くだけで好きになってしまいそうな、可愛らしい声。
だが声の主を探そうと開いた目が映し出すのは横向きの世界。左手には地面。右手には空が見える。
ドサっという規模ではなく、グシャリと言った様な音が身体中から響き渡る。
衝撃で息を忘れ、脳は今までの酷使と比類出来ない程に痛みを処理している。
処理落ちしているのか、痛みは感じない。
嫌、回線落ちか。先ほどの枝折れの音を、直感で首が折れた音なのだと理解する。
何故、俺はこんなにも長く施行できているのだろうかと不思議に思う。死ぬ前の走馬灯の様なものなのだろうか。
目の前にいる少女は驚愕に顔を歪めている。
綺麗な顔なのに台無しだ……と言うわけでもなく、これはこれで滅茶苦茶に可愛い。
ツインテールにされた黒と赤のグラデーションをした髪をに、深い紫をした目。俺が高速で落ちてきた影響で舞った埃が古城の様に廃れた窓から灯された陽の光に照らされて光き、ノスタルジックで儚い印象を受ける。
死の直前に、生きてて良かったと感じる。
嗚呼、世界は美しいんだなぁ。
少女の動揺した様な声と共に、俺の意識と記憶は、悠久にこの世から消え去った。
書き貯めが碌に出来ていないのに投稿するダメ小説家の鑑。
次は12時投稿ですので、是非読んでくだされば僥倖です。