幼馴染が婚約破棄されたので、もらってみた
「君との婚約はなかったことにさせてもらう」
王宮の庭園にて、俺はそんな言葉を耳にした。
聞き慣れた声に驚きながらも、俺は声のする方へと向かう。
そこにいたのは、二人の男女。
一人はこの国の第二王子であり、若いながらも騎士団長としての立場を約束された青年、レイス・ストイシファ。そしてもう一人は、大貴族の娘であり、かつて俺の幼馴染だった少女――エリン・フィーリエ。
どちらも俺の知っている人物であり、仲の悪い間柄というわけではなかった。
「ど、どうして、急にそんなこと……?」
エリンが震える声で言う。
レイスは無表情のまま、エリンを見据えて言う。
「この国のためだ。僕がこの国の王になるためには――君と一緒ではダメなんだ」
「私とではダメって、どうし――」
「君は所詮、大貴族の家柄に引き取られただけの存在に過ぎない、ということだよ」
「――っ!」
レイスの言葉に、エリンが絶望に満ちた表情を浮かべる。
『魔導国家クレンストン』――ここは、そう呼ばれている。魔法の実力が高く評価されるこの国において、王になるということは、自らが魔法の実力に優れているだけでは足りない。
将来生まれる子供にも、同じような素養がなければならないのだ。
「君よりも魔力の素養に優れた人を見つけた。だから、君とは一緒になれない」
「何よ、それ……そんな、理由で? 私とあなたは、愛し合っていたでしょう?」
「僕に必要なのは愛じゃない――大儀だ。君との婚約は、王になるために必要だと考えていたからに過ぎない。だが、君では足りないんだ……分かってほしい」
「そんなの、理解できるわけ、ないじゃない……」
エリンが理解できないのも無理はない。
魔導師ではない人間であれば、この国における騎士の評価についてなど、知ることもないのだから。
それに、エリンはそもそも王都の出身者ではない。
魔力の素養に優れた、田舎の娘であっただけだ。
故に、この国の大貴族であるフィーリエ家に引き取られ、こうして王族との婚約までしたのだから。
だが、その道が一瞬で絶たれた瞬間を、俺は見てしまった。
「君の今後のことなら心配しなくていい。フィーリエ家には、最大限の支援はしよう。だから――」
「そんなことどうだっていい! 私は、あなたのこと……本当に――」
エリンが言葉を詰まらせる。
愛していた――そう言うつもりだったのだろう。
言ったところで、それが無為なことも、彼女は理解している。
そこまで彼女も愚かではない。愚かなのは、きっと俺の方だろう。
「なら、俺がもらってもいいですか?」
「……え?」
不意に話に割って入った俺に、驚きの表情を浮かべたのはエリンだけではない。
レイスもまた、俺の姿に驚いていた。
「君は……ヴィル・ステインか。『東の英雄』が、こんなところで盗み聞きか?」
「すみませんね。話が聞こえてしまったもので。レイス様、エリンがいらないと言うのなら、俺がもらっても構いませんかね?」
「な、何を言っているのよ……!?」
「……それは僕の決めることではないが、少なくとも僕は彼女との婚約を破棄することにした。君と彼女がどうしようと、それは自由になるね」
「そうですか。なら……失礼しますよ」
「は、はあ……!? ちょ、ちょっと!」
ぐいっと、エリンの手を取り、俺はその場を後にする。
状況が全く掴めていないようで、エリンは動揺した様子のまま声を上げ続ける。
「あ、あなた! 何をしているか分かっているの!?」
「ああ。今、お前をもらったところだ」
「もらったって、人を物みたいに……! それに、私はまだ認めてなんか――」
「婚約を破棄されたのは、事実だろ」
「っ!」
俺の言葉に、エリンが足を止める。
俺も、彼女の方を振り返った。
エリンは唇を噛み、涙をこらえていた。
「……何よ、急に出てきて。私のこと、助けたつもり? 婚約破棄された私なんて、フィーリエ家から捨てられて当然だもの」
「俺と一緒なら、そうはならないな」
「だから、助けたつもりかって聞いているのよ……!?」
「いや、そこまでは考えてない」
「なら、どうして図々しく出てきたのよ!」
「お前が好きだからだ」
「……は、はあ!?」
エリンが目を見開き、素っ頓狂な声を上げる。
見る見るうちに顔が赤くなり、動揺しながら俺の手を振りほどいた。
「ど、どどどうしてそうなるのよ!?」
「どうしても何もあるか。昔からずっと好きだった。だが、お前が大貴族の養子になって、王子と結婚することになった――だから、俺は諦めたんだ。せめて、お前の傍で、お前達を見守れるようになりたいとは思っていたがな。そこで、さっきの話を聞いた。お前には悪いが、これはチャンスだと思ったよ――俺が『英雄』と呼ばれるまでに強くなって、活躍した意味があったんだなって。ずっとだ。ずっと、お前のことが好きだった。だから、お前をもらうことにした」
はっきりと、俺は今までに想っていたことを言葉にする。
同じ村に生まれて、一緒に過ごしてきた。
毎日のように遊んでいた日もある――俺は、エリンのことをよく知っている。
大貴族の養子になったのも、俺と彼女の村の支援に繋がればと、そう思ってのことだ。
そういう子であると、俺は知っている。
「さ、最低よ、あなた! い、今の私にそんな言葉……! と、とにかく、私は貴方と一緒になんかならないんだから!」
エリンは怒りの表情を見せながら、そう言って去っていく。
いきなりは認めてくれないことは分かっていた。
けれど、俺はこれから彼女に、好きになってもらうように努めるつもりだ。
もう諦めていた機会を、今度は逃さないように。
婚約破棄物も書いてみたかったのですが、破棄理由がすでに王子がクズなのでは……? となりつつ、主人公もここで告白するとか病んでるのでは……? とか色々考えながらも、まあこれくらいが丁度いいか! で落ち着きました。
とにかくヒロインが好きすぎる主人公とかいてもいいですよね。