鯨
午前は、海中運動会。いや皆、真面目にやってるよ。
位置をキープすることと、見張りを兼ねて。五人は舟の上に残る。時々、人員を入れ替えながらの十二人。得意、不得意はあるが。綱を引くことはできる。仮に数百人いても、どうにもならん。それを確認する作業。やる時は、すっぱりいくけど。こいつら、無益な殺生はしないからな。
鯨は半分、眠ったような状態。思い出したように暴れる。暴れる。
「うおぉっ」「すげぇ」「やっぱ、でかい」
まあ、悲壮感漂わせてもしょうがない。
風呂場での話し合いが、お決まりになりつつある。ちと狭いが。一人で舟出すの、面倒だし。
オレの馬鹿々々しい思い付きに、皆のった。成功する保証なんて、どこにもない。
日頃から多めに集めてる。備蓄分を使い切っても、まだ少し足りない。
「どれだけ種が必要なんだ」
ざっと計算したところ。五リットルの猫砂、十六っ袋分くらい。
「飼い葉桶、二杯分ってとこか」
少なくとも千八百個、気付けの実が必要だ。
鯨を苦しませるだけで終わるかも。その場合、材料とか労力とか、いちばん無駄にする。もっと大きな地震、津波の心配も。
なんで、こんな発案したかね、オレ。
「駄目なら、速攻仕留めるから、安心しろ」
サメ先輩は、銛先を研いでる。身長の倍はある竿。
「頼む」
「任せろ」
男前だなぁ。
いざ。
気付けの実を近付けると。口を開くのは、どういうわけだ? いやいや、そこまで開けなくていいから。門すら飲み込めそうな空間に、泳ぎ達者な連中が、一気に放り込み。離脱。
突き上げるような衝撃と、正面からくる水のうねり。閉じられた口の傍に、辛い靄が漂ってる。縦横にしなる巨体が、門の中を攪拌。すべてを押しつぶす勢い。
意図した動きか。偶然なのかはわからない。前進あるのみって姿勢から。後退するかに見えた瞬間。
ジュンッ。
巨大な弾頭が、海中を突き進む。続く泡の道。渦に巻き込まれた数人は、いまだ体勢を立て直せない。
黒く煙った視界。焼き切ったように、水気を感じさせない断面。大きな、あれは心臓か? なお溢れ出る血液。
『駄目だ』
なぜ、浮かない? 石の皿に横たわる、小山のような体。白濁した骨。心臓がばくばくする。
『ごめん、失敗した』
素人考えなんて、こんなもんだ。ハインツの目。いまにも零れ落ちそう。
『なに?』
後ろ? 水に揉まれて、視界がぶれる。違う。震えたのは、頭のない鯨。
『え?』
力強い尾びれが、門柱をこする。誇らしげな大ジャンプ。
余波に揺れ、流されるオレの体。呆然としたまま、サメ先輩の怒声を聞く。
『馬鹿野郎ども、さっさと上がれ。サメが来るぞ』
慌てて海水を掻く。頭小突いてったの、誰だ? おかげで、泳ぎ方を思い出す。一人も欠けることなく舟の上。むしろ舟を守った奴らが、目を回してる。
全員、櫂を持つ。元気な連中が、声を張り上げる。
「やったぞ、リュウイチ」「出た」「すげぇ」
まだ、現実のことと思えない。
「あれ、生きて?」
「まっさかぁ」「ないない。心臓まっぷたつだ」「頭、すっごい勢いで飛んでった」「一瞬、どうなるかと思ったが」「すごい」「本当に、すごいよ」
ハインツの声。落ち着いてるけど、疲れてる。申し訳ない。
「大丈夫だよ。確実に門から出て、潮の流れに乗った」
体中から空気漏れそう。まだ、気は抜けないが。
「って、ことは?」
「着くよ。どんなに遅くても、二時間後には」
「何の話だ?」「着くって」「何が?」「どこに?」
ははははっ! 生来の心配性。不安を抱いたまま、高揚する。
「鯨だ、さっきの鯨。ハインツが保証した。二時間後には、浜に流れ着くぞ」
うおーっ。
男たちが吠える。引いてく波に逆らって、舟はなかなか進まない。いつもの倍。一時間程で、浜に帰り着く。