テグス
次に、ブルーノに制作を頼んだのは、茶筅もどき。
「こんな感じでよろしいですか?」
「ああ。上出来だ」
あとは、ベテランのお姉さんたちを日給一万ミミで雇った。
いまは麻糸を縒るのに大忙しの時期で、それでも全員が手を上げ、口舌での熾烈な争いがあったとか、なかったとか。それくらい高めに給金を設定したのは、絶対に失敗したくなかったからだ。
繭をなぜ煮るのか、オレも理由は知らない。ただ、うろ覚えの知識を伝えると、それなりの経験を持つ者は、何がしかの勘が働くらしい。
七輪や、大きな鍋、薄緑色の繭の山に戸惑っていた二人だったが。あーだこーだと言い合い、肯き合い、覚悟を決めた様子。
おそるおそる火加減を見、その割には豪快に湯に繭を投入。細かく裂いた竹の先に、繊維が引っかかって出てくれば、あとは自然と手が動く。一人が糸を引き出しつつ縒りを掛け、そのままもう一人に渡していくことにしたらしい。渡された方は細長い棒に巻き取りつつ、やはり縒りを掛けているようだ。
流れができてすぐ、二人共、感嘆の声を上げる。
「すごい、なめらか」
「こんなに艶のある糸なんて初めてだよ」
作業場に話をしに行った時に見た。麻の皮や、そこから取り出された繊維も、縒られた糸も、思っていたよりずっと光沢があった。
だが、いま紡がれている糸は、その比ではない。
「そういえば、こんなの村にいる時、時々見たね」
「言われてみれば。まさか、それがこんなになるなんてね」
「虫だもんね」
「ああ、蛾だもんね」
「しかも」
「かなりでっかい」
それでも触れることに忌避感はないらしい。
「これだけ見事なものができるなら、文句はないよ」
「麻をこそぐ手間を考えればね」
賑やかにおしゃべりをしながら、作業は完璧。
唯一の失敗は、オレが繭を切ってしまったこと。傍らで観察していたネジェムが言うには、繭の糸は、その吐きはじめから吐き終わりまでが、ひと続きの一本の糸であるようだ。
「すみません」
がっくりと項垂れるオレに、女衆ふたりが顔を見合わせ、からから笑う。
「なーんもなんも」
「これくらい大した手間じゃないわよ」
途切れたらつなげばいいとばかりに、魔法のように手を動かし、継ぎ目がどこにあるもわからない。
鮮やかな手捌きと、規則正しい棒の動きに陶然となる。暗示でもかかりそうだな、これ。それを破るノックノックノック。
肩をびくつかせながらも、二人は手を止めない。
「続けてください」
肯くのを確認して、オレはアポイントメントなしの客を迎えようとする。まだ、ノックは続いている。かなりの勢いと強さだな。こちらが手を伸ばしかけたところで、痺れを切らしたように扉が開く。
先日、氷室の契約をして、本拠地に帰ったはずの大口蛇さんが現れた。まあ、オレたちがのんびりしすぎてるだけで、世界を股に掛ける商人にとってはご近所も同然なんだろう。
「お邪魔致します。何やらまた新しい商品が生まれそうだと風の便りに聞きまして」
いったいどんな地獄耳だ。何かあったらこちらから連絡するって約束が、信用されてないことだけは確か。
「これが繭の糸ですのね。上品で繊細で艶やかで、大変すばらしいですわ。それにしても、先日は寒かったですわ。特に足の指がもげるかと思いましたわ」
機関銃の如く感嘆と、さすがに不平はオレだけに聞こえるようにを小声で述べる。
彼女の目が促す通り、養蚕について、教えられたらどんなにいいかと思うが。ひとまず、自然の中につくられている繭を探すところからだよな。
ただ、桑の木って言っても通じないだろうし、実でも生っていれば別だけど、オレは葉の採集用に低木にされたものでもなければ、見分けられる自信がない。
動物はすべて門の中で、卵から生まれ、すぐに上の世界に旅立つのだと思っていた。ここに繭が存在することで、オレは、これまでの考えを覆されたわけだが。
上の世界から帰ってきた雌が、門の外で卵を産んでるとも言い切れない。あるかどうかもわからないものを探させるのも気の毒だし。いや、鳥やら蜂やらに捕食されるより先に確保できるなら、そんな苦労もいとわないのか?
ネジ先生の研究結果が待たれる。
やり手の女商人は、町長の息子に話があるらしく、席を外した後。また顔を見せたと思ったら、束ねられた糸を強奪していった。いや、実際は高く買い取っていったんだけど、その勢いがな。
原材料を秘匿して、この町だけで糸を作るにしても、各地で広く繭を集めないとならない。
秘密にするなら呼び名も考えた方がいいと思うが、そのくらいプロは気付くよな。命名権がこちらに回ってきたので、ネジェムに放り投げる。
「ふむ。テグスがよかろう」
なんでと聞いても特に理由はないらしい。本人にすれば、ぱっと思い付いただけなんだろう。まったく、ひやっとさせられる。上で暮らしたこととか、寝過ごす前のこととか、本当に覚えていないんだろうな?
これらは隣町で見つけたものだけど。女村の周辺では珍しくもなかったようだから、ながらく一層に留まっていたものが、さきの竜巻で二層にも広がったとみて間違いなさそうだ。
この町で探さなかったのは、冬の領域に飛ばされたやつが無事だとも思えなくて。なぜか皮子が、大丈夫って保証する。なんで? え? 大丈夫だから? そうですか。
寒い中、あてどもなく裏山を彷徨って迷子になるのもなんだから、猟に行く人がいたら、ついでに頼むことにしよう。探査すれば迷わないって? それ、いまは気付かないでほしかったな。
例によって、損得勘定は専門家に任せるとして。
「オレは反物を一反ほしいんだよな、急がないけど」
そう伝えるのを忘れなかった自分を褒めたい。実際、手にできるのは数年先だろうと予測する。
翌朝。起きたら皮子に全身を覆われてた。
「あ、出てた? ありがとう、皮子さん」
来るべき時がきたようだ。わかっていても、少々へこむ。
皮子の超絶技巧で、触れている感じは一切ないし、食事もできれば、排せつも問題ない。数少ない欠点は、無視できそうでしきれない羞恥心と、せっかく別に狐として存在している皮子をもしゃもしゃしても、感触を正確に味わえないこと。まあ、異性のいないところで堪能させてもらおうか。
誘引の気、とネジェムは呼ぶ。そもそも、それを吸いとってもらうために、街から連れ出したんだよな。
彼女の方だって、そのおかげで若々しく、活動的でいられるわけで。ウィンウィンの関係のはずが、いまのところ、彼女に目立った衰えはない。
一つ、解決方法は考えてある。自分の影から、誘引の気の成分と直結する分を剥がしてまえばいい。これでオレの方の問題は、簡単に解決する。
まあ、影を選り分けるのに気が遠くなるような手間と、気力が必要だし。それをしてしまうと、たぶん、ネジェムが困る。
引き剥がすことができるんだから、単純に貼り付ければいいと思うだろ? 自分の影に戻すのは訳もなのに、別の対象の根幹に結び付けることができない。影に仕舞えば、存在感は増すものの、性質や能力をプラスことはできなかった。
影フィギュアを着色中に、ふっと思いついて、誘引の気の影を物質化、丸薬にしてみた。ネジェムが言うには、それを飲んでも必ず効果がでるわけではないらしい。花畑の町で、被験者たちに無許可でとったデータと一致すると、よろこんでしまうところがいかにもネジ先生らしいな。
自分の機動性に関わることだ。彼女も真剣に研究してたことは、してたんだ。いまのところ、これといった解決方法がないのも、別のことに夢中になって忘れてしまうのも、仕方ないと思わせるのが、彼女の彼女たる所以。
むこうは一吸いで、かなりもつようだ。できれば、はじめの時みたいに、フィルター越しに吸い取らせて、それを保存しておけば、ネジェム自身も安心じゃないかと説得を試みる。
「もしもの時の保険みたいで、いいだろ?」
「保険とは、なんぞ?」
また、別のスイッチを押してしまった。
「保険とはなんですか?」
同じ部屋で、蛹の観察記録をつけさせられている、ブルーノも交えて、社会保証のお勉強だ。
合間に、いちばん暖かい環境に置いてた蛹が羽化してるのに気づいて、バタバタしたけど。思わず見守る。
羽根が乾いてから数分で、金色の光に包まれて消えた。ああ、上の世界行きだ。
これは質量が関係してるのか、また、そうでもないのか。
門というからには、転移装置だとばかり思っていたのに。じつは、あの黒いものを持ち込ませないためのフィルターなのかもしれない。
それでも、すべてに辻褄が合うとも思えなくて、この世界をつくったやつがいるとすれば、ずいぶんと行き当たりばったり。人間に繭を与えたいがための特別措置とでも考えたくなる。そのわりに長いこと放っておかれたようだけどな。
なんとなく納得したブルーノとは別に、紫外線に反応する部分の鱗粉をすべて採り切れなかったネジ先生がご立腹だ。もちろん、作業はブルーノがしていた。
羽根が濡れてるうちは手が出しようがないし、藁のストローで静かに息を吹きかけるなんて、オレには難易度が高すぎる。
少しは勘弁してやれよ。上で雄を探すのに必要かもしれないだろ?
「なるほど。さすがはリュウイチ様です。そのような優れた仕組みがあれば、皆、いまよりずっと不安を感じずに過ごすことができるでしょう」
保険の話だった。いや、オレが考えたわけじゃないから。これからやるとも言ってないから。
うわぁ。澄んだ目の光が眩しい。だが、これは組織立ってやらないときついぞ。こんな時は、いや、困ったときはいつでもエイト商会へ。
「言い方は悪いが、これもまた商品だ。信用できる商会に任せた方がいいだろう。申し込む方も、その方が安心だ」
「さようですね」
言葉と文字表記の壁をどうするかは、ひとまず置いておいて。契約書の素案作りをブルーノに体よく押し付ける。実際、常日頃、人生相談を受けまくってるから、人々が望むこと、また実際に必要なことがわかっているに違いない。
それにネジェムがちょこちょこ口を挟む。人にさほど興味なんかないと思ってたけど。いい傾向だな。




