氷室
喪服姿なのは代表者だけで、あとの町民たちはいつも通りにすごしていた。食べ物等にも、別段制限はないらしい。あいさつも普段通りでいい。ただ、祭りや祝い事は控えなければならない。
空き家を借りて、一冬過ごした。納屋はやけに離れているが、母屋と馬房が繋がってるのはありがたい。
「雪掻きしてくれたら、家賃はいいよ」
頼まれたのは、町を貫く一本道を昼間、人が一人通れるようにしておくこと。
それから、特に念入りにしてくれと頼まれた街道。ほかの町民と一緒に汗をかいていると、いろんな商会の馬車が通る。素通りするやつもいるが、馬の足をゆるめてあいさつしていく者、どんな少量でも売ろうとする根っからの商売人もいる。
燃料も食料も手軽に買える。望んだ品がない場合は別の馬車を待つか、頼んでおけば、遅くとも一週間後にはそれを積んだ馬車が通る。思いのほか不自由はしない。
通り抜ければ別の季節。おもしろくもあり、便利なところだ。
せっかくこれだけの雪があるのだ。壁をつくるのもきれいでいいが。
「室をつくったりしないのか」
とっくに誰かやってそうなものだが。案外、盲点だったらしい。自分たちは雪の下に野菜なんかを貯蔵してるのにな。
「床面積か、収納籠の大きさや数で料金を決めて、商人に食材など置かせたらどうですか?」
探査したところ、お背戸の麓によい具合の洞窟が幾つもある。同じ層の他の町ではこれほど雪は降らないそうだから、商売として十分成り立つだろう。
試しに話を通してみる。町長より、居合わせた息子の方が乗り気になった。エイト商会の大口蛇さんと引き合わせる。あとは、お若いお二人でどうぞ。
氷室ができるなら、こっちも都合がいい。蚕の種、まあ実際は虫の卵だが、それを風穴で保存するって聞いたことがあるんだよな。
例の天繭。いきなり茹でるのは中止して、まず繭から蛹を取り出すことにした。
繭の端を少しだけ切って、そっと振る。蛾はどうも好きじゃないが、蛹は蜂の子で慣れてるから平気だ。それより大分でかいけど。そういえば、蜂の子食べれてないな。そこまで考えて、やっと思い出す。こいつら、ここで卵は産まないじゃないか。
がっくりしているオレの隣で、気付けばブルーノが慎重に作業している。
「リュウイチ様。こちらとこちらの蛹は模様が違います」
「お。紫外線でも反射するのか」
オレには全く同じに見える。
「なんぞ?」
興味のある単語を聞きつけたネジェムが首を突っ込んでくる。
「ふつうに個体差なんだと思うが」
ウズラの卵の模様みたいなものか。雄雌の違いだったらよかったんだが。こっちの虫は雌しかいない。
「ふむ。なんと興味深い。して、それをどうするのか」
「いや、番わせてふやそうと思ったんだが」
そりゃ、首を傾げるよな。オレもそうしたい。
そもそも、門の外で繭をつくってること自体がおかしいんだよな。大抵の虫は、卵を産んだ後は即お陀仏だから、本来なら、すべてが門の中で完結してしまうはず。
それは一部の魚にも言えることで、にもかかわらず、鮭によく似たやつが川や海を泳いでいるし、蜂は蜂蜜を集め、蚊は人の血を吸いにくる。
よく、わからん。わからないなりに、このまま蛾になるのを待っていても、卵が採れないのはわかる。なんせ、雄がいないからな。
卵の産み付け用に、紙の増産までしたのに。まあ、ほかにも必要な道具とか、環境とか、細かいことはオレもよくわかってなかった。
オレは、繭さえあればいい。あとはネジェムの研究材料だな。ブルーノが、蓋付きの小さな籠を量産させられてる。
「これは使ってよいのか?」
「どうぞ」
許可した紙をオレが、できあがった籠に仮留めさせられる。そこへ、ブルーノがせっかく仕分けた蛹を、ネジェムが独自の理屈でシャッフルして籠に納め、蓋をする。
設置場所を決めて、勝手に動かしてはいけないと言われた。なになに? 昼は居間、夜は寝室に置くもの。廊下に置いたままにするもの。さらに、外に放置するもの。
大方、特殊塗料の材料にでもするつもりなのだろうが。いまは、羽化に適した温度を探ること自体が、楽しくなってるようだ。
ついでに、門と虫や魚の関係も解明してくれると、オレの精神衛生上、ありがたいんだが。
日々、体当たりに見えるネジェム。その人生を思えば、予習や本番はすでに終わってる。永の眠りから覚めた彼女がしているのは、忘れてしまったことをあらためて学んだり、思い出したことを頭になじませる作業。
元来、はじめて体験するよろこびは一度きり。再び機会が巡ってきたら、それはやはりよろこばしいことなんだろう。
まあ、そのデータはのちのち役に立つかもしれないし、誰にも見向きもされないかもしれない。本人は、どうせすぐ興味を別のことに移して、そんなことは気にもとめない。
「頭の中にある、脳とやらが沸き立つようだ」
ここ数週間の研究の成果。水の結晶を人工的に作り上げてご満悦だ。まだ、コンタクトレンズほどの大きさだが。ネジェムの黒い分泌物製の型を、馬のボロを溶いた液に浸けてたものに生えたらしい。
「すごいじゃないか」
心からの賛辞を送りつつ、詳細は聞かない方がよかったなと思う。




