農業の町
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次の町には、一泊だけした。その名も、農業の町という。
アップダウンの少ない、広々とした土地を規則正しく区切った畑。住居は、集合住宅だな。木造で二階建てがせいぜいだが、あまりにも整然と並んでいるせいか、前世の団地を連想する。
整備された、ため池に水路。ゴミ一つ落ちていない集会場。住民たちは全体的に色素が薄めだ。男も女もファーマーシャツにサスペンダーという格好で、個人を特定するのはなかなか難しい。
過ごしやすい季節で、南面に広がる林の紅葉も美しかったが。端的に言えば、規律が厳しく合理的で、居心地がわるかったのだ。
もともと常識人のつもりだったんだが。いまは、いつ何をやらかすか、自分でも自信がない。
「農業の町へようこそ。こちらへ順にお並びください」
「さあ、どうぞお掛けください。今回は五人ですね」
町に続く小道に簡素な関門があって、その脇の小屋で簡単な講習を受けた。三十分、一人三千ミミなり。パス替わりの札は名刺サイズ。一年間有効で、更新する際には五百ミミ、三十分の講習がもれなく付いてくる。
「農業の町に滞在している間は、以下のことをお守りください」
担当員を名乗る、妙齢の女性が言っていることは真っ当だ。良心に従って行動していれば、まず、問題はない。ポイ捨て三万ミミの罰金は、なかなか厳しいと思うが。連れている家畜のボロを放置した場合は、一万ミミだそうだ。町の中に十数カ所ある、集積場に置くことが推奨される。
「以上です。宿泊をご希望の方はそちらへ。すぐに出立される方は、こちらでパスをお渡しします」
当然、宿帳なんてものはない。代表してオレが名前を告げ、料金を前払い。まとめて許可証を受け取った。四番目の町ということなのか。溝が四本、掘られただけの板だ。
手に持っていると、ふわりと立ち上がる匂い。どうやら、特別配合のアロマが垂らしてあるらしく、その持続期間が一年というわけだ。
「これはこれで面白いな」
「そうですね。このような識別の仕方もあるのですね」
「しかし、コレよ。何故に見ることを先にしたのか?」
紹介された宿泊所に向かいながら。オレが、札を受け取って真っ先に、矯めつ眇めつしていた理由を問われる。
「ふつうには見えない仕掛けをする方法もあるんだよ」
すかしや潜像模様、紫外線に反応する塗料の話をすると、ネジェムは俄然興味を持った。
「ぜひにも、作ろうではないか」
一先ず、紫外線に反応して違った色に見える花を探すらしい。秋は秋で見るべきものは多いが。そのためには、そういった目を持つものが必要だ。ブラックライトがないからな。有無を言わせず連れて行かれるブルーノにはわるいことをした。
「ソレよ。ついてまいれ」
そういえば。こっちには、灰重石みたいのはないのか。あったら、ネジェムの山へ熱が大変なことになるだろう。
「荷物も片付けておりませんのに、すみません、リュウイチ様。行ってよろしいでしょうか?」
「ああ。そっちの方が絶対に大変だろ。頼むぞ」
「お任せください。では、ネジ先生。まいりましょうか」
オレに許可を求めるところは変わらないが、ネジェムへの当たりが少しやわらかくなっている。
ネジェムは純粋に実験し、データをとっていただけだが、ブルーノが看病されたように感じるのもわからないではない。冷たい女じゃないからな。ただただ、まわりのことを気にしないだけで。
街道側の一角に、宿泊所は纏められている。等級は三つ。単純に上中下だ。どれも長屋を思わせる造りだが。上等なほど床が高く、屋根を素焼きの瓦や、木の皮で葺いた上に、軒が長い。壁も漆喰、もしくは塗料でぬられている。
祈祷師様が堂々卒業の証を示せば、上等な部屋に泊まれただろうが。本人はその気がないし、オレたちもさせる気がない。
前もって商会名は出さない方がいいと助言されている。エイト商会の幹部ですら手を焼くやり手が、町長におさまっているらしい。よって、幌には継ぎ当て。ブルーノほどの目がなければ、隠していることもわからないだろう。
個人的には野宿も上等と思っているから、下の扱いで十分。宿泊料もいちばん安いしな。それでも、一泊一人五千ミミだ。素泊まりとしては高いと思う。
実際、野外の方がやりたい放題できて、過ごしやすんだよな。
いちばん簡素な一棟に付随する納屋に荷馬車を入れ、馬房にルルとベルデを入れる。ベルデにも馬一頭分の料金がかかった。彼女は恐縮していたが。窮屈な思いをさせるわけで、こっちの方が申し訳なく思う。
中の宿までは、頼めば食事が供されるらしい。オレたちは、自炊しながら、素材集めに終始した。
豊かな町だ。水を汲み上げるにも、土を起こすにも、大きな石臼を回すにも、牛馬を使う。冬場は小麦、夏場は野菜を育て、合間にひたすら麻布を織る。もちろん、こまごまとした採集もする。
すべての施設が町営で、無駄を省くことに腐心している。収穫率は農村の町の十倍とも二十倍とも。町民一人一人が、プライドを持っていて。まあ、それだけ頑張ってるんだからいいんだが。こっちの世界にきてから、のんべんだらりの気持ちよさを知った身としては、少々鼻につく。
外部の人間も、採集できないわけではない。そのかわり、採集した中から一割を納める。本来は物納でいいらしいのだが。
「こんなもの、どうするんだ?」
疑問の形をとっているが、役に立たねぇなと心の声が漏れている。答えを必要としない相手には、愛想笑いをすればすむ。この町は十分に発展しているし、一人一人がそれを自覚している。満たされている以上、よけいなことをする気はなさそうだ。
結局、俺もネジェムもブルーノも、それぞれ千ミミ納めていた。時給千ミミと考えれば、まあ妥当かな。
まず、竹があったのがうれしい。筍欲しさに、一層から移植したらしいが。根切りが大変だと、管理人がこぼしていた。建材等、他に利用する気はないらしい。
ネジェムは漆の樹液を集め、オレが頼んだ柿渋の材料も探してくれたらしいが、そちらは見付からなかったそうだ。残念。できたら、干し柿も作ってみたかった。
ブルーノの手は、ほぼほぼネジェムに取られていた。時折、抜け出し、こちらも手伝う。祈祷師としての活動はお休みらしい。上の宿泊所でただ飯食ってる祈祷師がいるので、そちらに任せるとのこと。
オレが熱中したのは、繭集めだ。町民たちは、先を争って秋の味覚を採取し、その合間に枝ごと繭を切り取り、集めて燃やそうとしていた。なんということだ。
すんでのところで点火を阻止。大事に大事に袋に詰める。奇異の目で見られても気にしない。オレも詳しくはないが、山繭とか、天蚕って言うやつだ。形は違えど、鶏の卵ほどの大きさがあって、うっすら黄緑がかって見える。
ちなみに、明日草はいつでも物納が推奨されている。管理人があきれるほどの量を採集し、満足。




