作戦会議
昼飯すんだら、作戦会議だ。オレにしては珍しく、意気込んでた。
誰かが風呂に行こう、と言い出して。年生少者が不安がるから、とか。気を利かせたのかと思いきや。五艘の舟で十七人。なにやら、お祭り騒ぎ。鯨のでかさを興奮気味に話す者。疑う者。ハインツが一度、経験してるから。同じようにすればいい。そう気楽に考えたらしい。これは、いかん。
「はい、ハインツ先生」
オレは湯船で、高々と挙手。意図は瞬時に理解された。
「なんだい? リュウイチ」
「以前、鯨が門につまった時は。餓死するのを待って、取り出したんだよな?」
「そうだよ」
なんだ、なんだと。見世物を見るような雰囲気。
「どれくらいの時間がかかったんだ?」
「半年だね」
「え?」
「半年。正確には、六カ月と十四日」
湯に浸かってるのに、ひやっとする。
多少の危険と不自由はあるが、生活できてる。すぐ裏には森があるし。街へのルートを絶たれたわけでもない。
「その間、水は引かないし。じし、地揺れも続くんだな?」
「そうだよ。鯨が暴れ続けるから、つぶれる卵も多いし。死骸からはよくないものがたくさん出る。どうしようか?」
ひねられる頭の数々。やっと真剣に考える気になったらしい。
「とっとと殺そう」
サメ先輩、迷いないな。
「一つの方法ではあるね」
半年の時間短縮。意義がある。
「1、殺処分」
書くものないの、つらいな。オレはとりあえず曇った壁に、髑髏マークを描く。
「なんだ、あれ」「骨だ」「ほね?」「体の中にあるんだ。ベベの中にもあるぞ」
流れを止めて、すんません。消そうとして、止められた。
「魚だって死んだら、腐って骨だけになるだろ。オレたちが食っても同じ」「死を象徴するものだな」「わかりやすい」
年生長者は経験と照らして、すぐに飲み込めたようだ。
「ロープ掛けて引っ張りだせないのか?」「つまってるあたりを締め付けて細くするとか」
あ、うん。ふつう、そう考えるよな。
「お前ら、見てないから」「でかいって、言っただろう」
確かにそうなんだが。意見は意見だ。
「2、曳行」
「3、括る」
綱に引かれる魚に続いて、胴を締め付けた魚の絵を描く。提案した側は、満足そうだ。
「ただし、先に見学の必要あり」
括弧して、目のマークを描いておく。すでに見てきた連中も落ち着いた。雫が垂れて、わけわかんなくなってきてるけど。
「境の際で、すっぱり切り落とせればな」
調理から連想でもしたのか? 自分の名前が嫌いらしく。コック長、って呼んだらよろんでた。魚と包丁を描いておこう。
「4、切断。オレは、これを押す」
贔屓じゃない。村の一員として発言。
「大きさ考えろよ」「リュウイチ、お前も見てきたんだろ?」
「方法は、おいおい」
まだ、思い付きの段階だ。
「少なくとも、門の中で腐らせなくてすむかと」
首枷から離れた胴体。浮かんで門から出る姿を想像する。
「そうだな。実現できれば、だが」
「あ」
賛同してくれたサメ先輩の意見と、線で結ぶ。
「いや、俺は単純に銛でだな」
銛っぽい線も引く。
「ぶつ切りは、さすがに無理だろ」「急所やって、すぐ、ワタ抜きするのはどうだ」「ありだな。確かに、あそこで腐らせるのはよくない」「サメが寄ってくるから、時間との勝負になるぞ」
なんか圧倒される。日々、生き物の意志を感じとってるはずだが。食うものと食われるもの。線引きは明確だ。
「いきてる、かわいそう」
意外に繊細なベベ。そういう奴がいてもいいと思う。先輩たちは容赦しない。
「他の魚とか亀は、うまいうまいって食ってるだろ」「どうせ寝てんだ。わかりゃしない」「あれが生きてる間、ベベも飯抜くか?」
「やだ。くう。やる」
宗旨変え、はやっ。
「ほかに、考えのある奴は?」「だいたい、こんなもんだろ」「出そろった」「なーし」「じゃあ、3、2、4、1の順で試すか?」「それが、妥当だろ」
ほっといても勝手に決めてる。おかげでのぼせる前に、風呂から上がれた。
「とうちゃく」
船倉の壁や床。濡れた指で、さっそく髑髏を描くベベたち。そうなんだ。なぜか悪いもの、不吉なものから覚える。馬とか花とか、あらたに描いて見せても。やはり、負ける。
「湯冷めするぞ」
「さむくない」「しない」「へーき」
飽きるまで駄目だな、これは。
他の連中は、さっそく準備を始めてる。すでに縒ってあるロープ。繋いで伸ばし、さらに編む。ぶきっちょは、お呼びでない。明日の綱引きは、全員参加だって。
水位は上がらないけど、下がらない。十数分に一度、揺れがくる。落ち着かない。はじめにハインツが言った通り。慌てず、急ぐしかないか。当の相手は、物置と化した寝室で、在庫チェックをしてた。後先考えない奴ばっかだからな。オレも含めて。
「ちょうどよかった。僕も、リュウイチに頼みたいことがあったんだ」
「何だ?」
場所がえ不要。こっちは、人目につかない方がいい。
「お先にどうぞ」
お言葉に甘えて、簡単すぎるプレゼン。主に、うまくいった場合の後始末。そのための手回しを頼む。一つでも予想が外れたら、泥をかぶるのはハインツだ。二、三の確認の後、了承。
「結局、こうなるな」
「こっちのことは、気にしなくていいよ」
そう言うとわかってるから、頼むんだけど。
「で。そっちの頼みって?」
多少、無理してでもやらねば。
「さっきの、全員で話し合った方。忘れないうちに書いておいてくれないか」
差し出されたのは、薄い板と羽根ペン。あったぞ、筆記用具! そうか。これで、在庫管理してんのか。裏側の書き損じ。数字だけだが。単位は? 項目も、ハインツの記憶任せか。
「そうか。そっちも頼もう」
読み取ってるのが、ばれてる。さっき数字も書いたしな。観念して、インク壺を受け取る。見えることは見えるが。書き物するには、明るい方が楽だ。
「案外、のん気だな」
「記録するって、大事なことだと思ってね」
外廊下で、ちゃぽちゃぽ。水音をバックに。ハインツが、野菜の名前を羅列する。干肉の種類も。衣服、シーツ、食器まで。
描いたけど。わかればいいよな。わかれば。