赤瓜蜜
遊んだ分を取り戻すため。採集を手伝い、商会員たちを送り出す。割って食べきれない分は、煮詰めることを勧める。浮腫みをとる薬になるし、ジャムやシロップにもできると聞いたことがある。こいつは、って顔をしながらも礼を言う、気のいい奴ら。甘味は高価なんだったな。オレも、時間があったらやってみよう。いや、ネジェムに頼むか。
遠目に様子を窺っていたらしい、女たちがやって来て、スイカ割りを始めた。代表、アルキンパサ。
「祈祷師様の流石の技。ぜひにも、ご教授願いたい」
いつの間にか、トレーニングになっている。それでも楽しそうに、仲間を応援する女たち。
割れ目にそって小口に分け、身近にいる者から手渡してみる。厳密には、悪魔の地ではないが。彼女たちからすれば、それに準ずる土地に生えたものだ。躊躇って当然。
「皆さん。町の中や、仕事先で駆除した害獣は、どうしてますか?」
「食べる」「食べます」「美味しくいただきます」
即答したのち、手元に視線を落とす。
「棒で叩き割った。つまり、倒したのであるから、供養する意味でも、食べることに問題はあるまい」
大隊長の言葉に、皆、納得する。やはり脳き、けほけほ。
「おいしい」「あまーい」「喉乾いてたから、ちょうどいい」
よい息抜きになったという彼女たちと別れ、草原を後にする。
さすがに、あの地の土を町に持ち込むことは、拒絶されたようだ。ネジェムは門柱脇で、観察を始めていた。簡単な日除けを作ったのは、門番かな?
お礼を言うと、固い笑みを返された。這い蹲ってるネジェムの、衣装の端を捲って、スイカの欠片を渡す。ああ、泥だらけの手。払っただけで、本人は気にしていない。
「うむ。コレよ、面白いことがわかった」
「なんだ?」
「筒虫が食した土は、動かなくなる」
「へぇ」
それってミミズのことだよな。
「それより効果は薄いが、草木が根を張った部分も、そのようになると思われる」
「おお」
そうやって、あの異様な土は安定するのか。形状記憶が便利なのは、時と場合によるよな。
「すごいじゃないか、ネジェム」
「ふふん。もっと褒めてよいのである」
大いに満足したらしいネジェムは、いまはスイカに夢中。
「前にも、食した覚えが」
あれから一週間も経ってないから。それくらいは、覚えていてもらわないと。
「もそっと、ないのか?」
いま、ブルーノが抱えている分では不満らしい。
「採ってくる」
その代わりと言ってはなんだが。試しに煮詰めることを提案すると、何でもないことのように引き受けた。ある時は、根気があるのだ。
「では、火を起こして、待っているのである」
すたすた町の中に帰っていくのをブルーノに追わせる。うん、火を起こすのはソレだな。
コンロは先日、燃料タンクにテレピン油を注ごうとしていたので取り上げた。
天幕を丁寧に畳み、支柱と共に、お礼を言って門番に返す。土とミミズはちゃんと元の場所に返すので、そんな目で見ないほしい。
結局、スイカを町の中に持ち込む許可が下りず。まあ、一つでも種がこぼれれば、そこから生える可能性があるわけで。用心深く振る舞う人たちの気持ちも、わからないではない。でも、結構な人数が、食べたよな? 種を幾つか、飲み込んでいてもおかしくない。御不浄は、大丈夫だろうか。いずれは済し崩し的に受け入れられるだろうから。そこまで気にしなくていいか。
そんなわけで、炎天下。草原に天幕を張って、スイカを煮詰める。幸いにして炭がある。掘り出した土の中には、粘土があった。それを隠れ蓑に、ネジェム印の七輪が誕生。
「これは、よい。煙は出ず、火加減がしやすい。煮詰めるには最適なのである」
スイカを食い散らかしながら、スイカを煮る人。そこはネジェムだから。三つ並んだ鍋の中身は、ただ細切れにしたもの、粗くおろしたもの、さらに布で濾したもの。
案の上、七輪に目を付けるダビティ。ただ原材料を出荷するより、加工品を取引した方が、絶対に得だよな。
「目的に適しています。お譲りいただくわけにはいきませんか?」
うーん。材料が材料だからな。目の前で、ブルーノに祝福させて渡せばいいか。そうすれば、いつまでも壊れなくても不自然じゃない。少しは扱いに、気を遣うだろう。足りない分は、エイト商会に作らせればいい。粘土から普通に。すでに焼き物の食器が存在してる。炭も珍しいものではないらしい。そういう技術を持った取引先には、事欠かないんじゃないかな。
燃料を置いていくのも吝かではない。もともと、この町で切らせてもらった木だ。しかも、余りもの。ネジェムがほしがったので、一袋は残しておく。それでも二俵分あるか。荷台に余裕ができた。
「止めるでない」
やることやった後だ。できることなら好きにさせてやりたいが。金属製のスコップ片手に、雷を捕まえたがる先生を思い止まらせのに苦労する。入道雲と夕立の関係を、頭の中で考察する分には問題ないんだが。
「焦げるから、心臓止まっちゃうから!」
寿命以前に、この人、よくいままで生きていられたな。森の奥に落雷があって、その衝撃にさしものネジェムも息を呑む。翌日様子を見に行く約束をして、なんとか寝かしつけた。ブルーノが。
いくらか気温は下がったが、それでも動くと汗が噴き出す。真夜中。一応、井戸を固定しておこうと思い立つ。あまり長いこと寝床を空けると、ブルーノが探しに来そうだ。影男を代わりに置いておく。どれだけ誤魔化せるか不明だが。
資金難故に、町の厩舎は空だ。ルルとベルデの貸し切り状態。見ているこちらも安らかになる眠り。昼間の彼女たちは、草を食べては木陰で休み。また草を食べては休み。場合によっては、湖まで涼みに行っていたようだ。うちは家畜まで自由だな。そして、妙なこだわりを持っている。屋敷から森の脇を通って、資材置き場まで約一キロメートル。腕を左右に伸ばしたほどの幅だが、粗方除草され、道らしい道になっている。動物界の大食ナデシコたち。
井戸の傍らに、掘り出された土が幾つも小山を作っていた。放っておいても、朝にはほぼ平らになっているはず。要確認。
翌日は約束通り、割けた大木を見学。その後、住まいの参観日。午後は駆けつけたキャリアウーマンに、ちくりと嫌味を言われた。
「赤瓜蜜ですか。もっと早くにおっしゃっていただけたら。これまでに何十壺分、駄目にしたのかしら」
そんなこと言われても。知識が浮かび上がったのが、きのうなんだから。
「すみません」
「はぁ。そんなこと思いもよらなかった、私達が足らないだけなんですけど」
フォローなのか、何なのか。肌は浅黒く、瞳も髪も真っ黒で、極めつけは額のビンディー。間違いなくサリーが似合う容姿だが。会う度、ファッションの傾向が違う。取引相手に合わせているのがさすが。キトンに覆われた肢体は細いのに、全力で宣言してる。稼げるチャンスは、絶対に逃したくない。
気持ちはわからなくもないが、過ぎたことだ。これから頑張ってください。
お礼の言葉と、礼金はありがたくいただいた。現金での受け取りではなく、商会に預けている形。
あっ、と思い付いて、コンロの燃料を注文する。七輪なら、いまのところ燃料自前だし、もうずっとそれでいいような気もするが。微妙な温度調節を必要とする、ネジェムの実験には不可欠なんだよな。
どうやって商品を受け取るか考えていたのだが。それくらいは常時、馬車に積んでいるらしい。鯨油が売り切れでごめんなさいね、と言われた。いや、個人的にはサラダ油の方が。主に、においの問題で。
町と商会の契約は、なるようになったようだ。住人たちからは、素直に礼を言われた。
町を出る際には、手隙の人たちが、街道まで見送りに来たくらいだ。花道をつくる女性たちが全員、自分より逞しいなんて、昔の自分は想像もしなかったが。やはり華やかで、夢のような光景でありました、マル。




