赤瓜割り
路肩に停められた馬車の脇を通る。ネジェムの格好より、女が至近距離を通過したことが不思議らしい。
帽子を上げて挨拶すると、向こうも同じように返してきた。
「え? お。もしかして、リュウイチか?」
「ひさしぶり」
「ずいぶん、すっきりしてんなぁ」
「そっちは相変わらず」
男村で共に、鯨肉と格闘した仲だ。どこか気安い。
「スイ、いや、赤瓜の収穫か」
「おう。ちょうど食べ頃のがごろごろしてる。持ってくか?」
蔓と葉。その合間に見え隠れする、縦縞の実。その領域は、村の敷地に迫る勢い。対して作業しているのは、目の前の男を含めて四人。いくら採っても、採りきれるものではない。
「ありがとう。この間も、新人らしい奴に分けてもらった。うまかったよ」
今日は見当たらないので、どうしているのか尋ねる。特徴を挙げるのも難しく、名前すら知らないが、時期と仕事内容で話は通じた。無事、本採用になったようだ。
「いまは、浮き輪ってのを作るのに掛かり切りになってる。ああっ! なるほど。あれ、教えたのリュウイチだろ?」
「別に教えちゃいない」
たまたま見られて、真似ていいかと聞かれただけだ。
「ほんと、あいつが目敏い奴でよかったよ」
どんな些細な物でも、他所の商会に目を付けられる前に、うちに持って来いと釘を刺される。
「ああ」
心掛けるけれども。あの時は、ただ遊んでただけだしな。
「今日はまた、ずいぶんと少人数なんだな」
元来、フットワークの軽い連中だ。
「できれば大人数で、一気に片付けちまいたいんだが」
花畑の町側が知らぬふりをしているとはいえ、憚るものがあるのか。
「今日も駄目だった」
門番に追い返されたと思しき男が、とぼとぼと歩いてくる。
「お? あ、リュウイチ!」
途端に、いい笑顔。羊毛の町に来てた奴だな。見た目の印象は、いままで話していた男と似たり寄ったり。農作業に適したオーバーオールだが。シャツの胸元を寛げているせいで、よけいに暑苦しい。
「やぁ。あの時はどうも」
「こっちこそ。結構稼がせてもらったよ、個人的にもな。それはともかく、涼しそうな格好だな」
「まあ、いろいろあって」
「ここでも何かやったのか? そんな格好でうろうろしてるってことは、この町に泊まってるんだろ」「どうやったら、そんなことができんだか。こつがあるなら教えてくれ」
男二人に詰め寄られても、うれしくない。
「そっちは、ずいぶん通ってるのか?」
「ああ」
「それにしては、いままで一度も会わなかったな」
「採集は、午前のうちにした方がいいって言うから。俺たちは、その時間帯にしか来てない」「いいかげん、まともに挨拶くらいしたいもんだ」
さすがは大商会の会頭。場当たり的にものを確保して終わりではなく、継続して手に入るようにしろと命令したらしい。今回たまたま自然に蔓延っただけ。本来、芽は出辛いわ、五年目には同じ土地に生えなくなるわ、なかなかに難しい植物なんだとか。ならば、栽培すべきだし、現在は花しか扱っていないとはいえ、専門家たり得る集団がすぐそこにいる。
来るたび、町の幹部と接触しようとしているが、文字通り門前払い。
「どうしたらいい?」「ヒントだけでも頼む」
ほとほと困り果てたという表情を見るに。思い付く限りのことを試したのだろう。いま一つ、何かが足りない連中だが。手が回らなくなった後輩から、仕事を引き継ぐこと自体は、悪く思っていない。仲間が手を休めているのを咎めることもなく。他の二人も寄って来て、手を合わせる始末。
「オレの格好見ればわかるだろ? この中では、こいつかな」
いちばん線の細い奴の肩を叩く。
「髪は短めだからいいとして。髭をきちんと剃ってな。服のボタンはいちばん上まで止める。手足もつるつるにする気がないなら、見せない方がいいな。立ち居振る舞いと、言葉遣いをきちんとして、あと、もみあげ禁止」
「そんな、殺生な」
はっきり言って脳筋の集まりだ。いかに自分が男らしいか、誇示したがる。
「そんな理由で、相手にされてなかったのか、俺ら」「やだやだ、絶対やだ」「第一こいつ、口下手だろ」「リュウイチが特殊なんだよ」「いくら外見だけ整えたって力自慢の奴らじゃ、纏まる話も纏まらない」「同類相手なら、割といけるんだがな」
無茶はやらすが、無駄な努力はさせない社風だったか。
「そういうことなら。女性店員に来てもらって、交渉を任せたら?」
「う、うーん」
なんだ、その曖昧な返事。
「絶対、馬鹿にされる」
信条を曲げるもの容易ではないが、彼女らを説得するのはなお大変らしい。
「まあ、好きな方を選んだらいいさ」
そこまでは、面倒見切れん。そもそも、あれだけ避けられてて、その可能性を考えてもみない。男の頭なんて、こんなものだ。
「あいつらには、日頃からむさいむさい言われてるからな」
それもある意味、誉め言葉とか。都合よく解釈してたんだろう。そんな中では、やはり交渉担当がいちばん冷静だ。
「リュウイチ。羊毛の町に、俺と一緒に来てた女、覚えてるか?」
「早々忘れられないな」
皆で顔を見合わせて、乾いた笑い声を上げる。
「あいつに話をもってこうと思うんだが」
「いいんじゃないか? 彼女なら、間違いないだろう」
「まあ、そうなんだが」
肯きつつ、腕組みするのは、考えてる風で自身をガードしているようにも見える。
「あいつ大口担当なんだよ」
それなりの額が動き、面倒な駆け引きが必要な取引に回されて、なかなか忙しい身分らしい。
「赤瓜は、はっきり言って、売れ行きがよくない」「口にしさえすればな」「食い付かせるのが、めちゃくちゃ大変なんだ」
店頭はもちろん、お話会の会場とか、人の集まるところで試食させようにも、見た目を気味悪がって手を伸ばす者が少ないんだとか。
「まさか、丸ごと渡してないよな?」
「当たり前だろ。俺たちだって学習する」「ちゃんと二、三口で食べきれる大きさに切ってるし」「種出し用の小箱も、手拭きも完備してる」「醤の時は、肉焼く匂いと音で釣れたんだけどな」
「ああ、なるほど」
道具を探して視線を動かすと、ブルーノが声を掛けてくる。
「お手伝いできることがありましたら」
「お、おう。ちょうどいいところに。頼む」
いつの間にか背後に控えていたらしい。商会員たちも、いま気付いた様子で驚いている。
使い古した麻袋と、護身用に積んでるらしい木の棒を借りる。
道端でやるのも何だ。草原に移動。スイカをセッティングしてから、少し離れたところでブルーノに、手拭いで目隠しをさせる。
「この棒で、赤瓜を叩くのですか?」
「そうそう。って、食べ物を粗末にするのはまずいか?」
小声で尋ねると、ブルーノはゆるく首を振り、片手で祈る。
「このままでも、ここで朽ちるだけでしょうから。人に広く知らしめるために必要なことなのですよね。地に直に置いていないことから、後に食べることも考えられていると、推察しているのですが」
目を隠しているのに、目が合ったとわかる。笑うしかない。
「その通り。じゃあ、頼む」
「承知いたしました」
「方向と距離は、オレたちが声で知らせるから」
言ってる間に、ブルーノは足音もなく裾を捌いて、スイカに接近。一刀両断。普通、ただの棒で、すっぱり切るか?
「おおっ、すげぇ」「俺もやる」「僕も」「俺も」
今度は、その場で三回やつらを回すことを忘れない。
「ぬぉっ、ふらつく。まっすぐ歩けん」
「それでいいんだ。右、右」
「ああ、行き過ぎ、もうちょい左」「そのまま真っ直ぐ」「真っ直ぐって言ってんのに」「もう少し右だ」
いまのところ、一日に荷馬車一台分、採集すれば足りるそうだが。もっと大きく動かすのも、そう遠いことではないだろう。
「そうだ。あと、これ」
被っていた帽子を渡す。あまりにも自然に自分のものになっていて、忘れるところだった。それから、保養所にも、密談の場にもなりそうな屋敷のこと。蜂蜜と、そこから派生するだろうもの。
「ああ、蜂蜜酒な」
他の商会が、町の男連中に接触していたらしい。だからこそ強気だったのか? 取引が成立するどころか、ものが完成してない段階で自慢するなって話。
あの大口蛇さんなら、いいようにやるだろう。お陰で、肩の荷が下りました。




