動く土
幌馬車の側面には、エイト商会のロゴが描かれている。
御者が帽子を掲げる。応える者は一人もいない。警戒心もあらわにじっと見つめる、動物的な反応。
いつものことなのか、苦笑して通り過ぎる髭面の男。何事もなかったかのように、作業を再開する女たち。石を拾いに、川原に向かっていたメンバーは、必要以上に避けて馬車をやり過ごす。
「コレよ。ここに穴を掘るのである」
ネジェムは、地べたに這い蹲っている。
「ここじゃないと駄目なのか?」
「土がどのように動くのか見たい。新たに草芽の生えた場所であるなら、どこでもよい」
勝手に掘り始めなかったことを褒めてから、許可を取りに行く。整備し直そうとしている井戸の傍で、話し合ってる幹部たち。
「お話し中すみません」
「なんだ?」
「うちの学者が、土の性質を調べたいとかで、穴を掘りたがっています。もし、許可していただけるのであれば、場所を指示してください」
「そのこと。ちょうどよいと言ったら何ですが。この地をどう利用するにしろ、もう二、三井戸を掘ろうかと話していました。ねぇ、町長?」
「うん」
よきにはからえ、ってやつな。実行部隊も、策士もいるし。
「学者殿が望むものも、掘るのは我々に任せてもらいたい」
「そこで確実に、水脈に当たるとありがたいのですが」
皆の視線の先に、ブルーノがいる。
「リュウイチ様」
「いいんじゃないか?」
新しい能力を行使することに、躊躇いがあるようだが。あるなら使おう。そして、慣れよう。肩を叩くと、観念したように合掌、目礼。
「微力ながら、尽力いたします」
「ありがとう」
「では、さっそくですが」
恭しく誘われているのに、後ろ姿がドナドナっぽい。生贄にした罪悪感がそう見せるんだろう。
この辺と示されたエリア内。確実に水の出るポイントを、ブルーノが指し示していく。目印代わりに立つ隊員。
道具を取りに戻る連中が、道に出る前に、何かこそこそやっている。人差し指の先と先を合わせて、仲間に手刀で切らせる。ああ! 最後の一人は、人差し指と親指で輪を作って、自分でちょん。彼女たちにとって、それだけ忌むべき場所なのだとわかる。これから少しずつ変わっていくだろう。
「簡単な天幕でも、ご用意しましょうか?」
帽子は被っているが、もう一枚、日を遮るものがあると大分違う。
「ああ。先の井戸のところにあった、あれは大いに役立った。参考にさせてもらおう」
アルキンパサが号令すれば、必要なものはすぐ揃う。
「他にも思い付いたことがあったら、お教え願いたい」
警戒心が薄れた分、抱かれるのは敬意か。表向きは同じ町民だが、お客様扱いなのは変わらない。まあ、組織と馴れ合うと、何かと面倒だし。気温上昇中の屋外で土木作業なんて、しなくて済むなら、それに越したことはない。ブルーノも、掘るべき位置を確認されただけ。
専用に用意された天幕の下に、ネジェムはいなかった。運び出された泥を弄るのは、まだいいとして。地層ごとに分けろとか、小石や雑草は除けろとか。ミミズを集めて何をするんだ? 前科者なので、腰に紐を結んで行動範囲を制限している。
「これでは、ろくに観察できないではないか」
女たちが掘っている穴の大きさは、人が一人、屈み込むのが精一杯。そこにネジェムが首を突っ込めば、間違いなく作業の邪魔だ。
「ブルーノ、余分に紙持ってるか?」
「はい。どうぞ」
地面に広げた紙の上に、土を一掴み、薄く広げる。人差し指で中央をなぞると、現れる空白地帯。待つ。何も起こらなくても、オレがちょっと恥ずかしく思うだけですむ。気のせいかと思うくらい、じわりじわりと狭まっていく。予測してたこととはいえ、実際に見るとぞわぞわする。四半時で、指の跡は見えなくなった。
ネジェムが嬉しそうに唸っている。オレは腕を擦って、気を取り直す。
「砂鉄を集める時に似てるか」
試しに手斧を近付けてみるが、変化なし。うん、まったくわからん。磁石でも反応するとは思えない。
ネジェムが大人しくなったことだけが成果か。何度も紙の上をなぞり、観察している。かと思うと、いちばん動きのよかった土を山盛りにし、紙の四方を寄せて持とうとする。上に載ってるミミズも気になるが。紙が破けるんじゃないか? あ、ぎりぎり大丈夫そう。思いがけず、紙の耐久試験になった。町の方へ小走りして行くネジェムを、歩いて追う。




