緑の復活
ひさしぶりに食堂で、朝食をとっていると、アルキンパサに声を掛けられた。
「食事中に失礼する。食べ終わってからでかまわない。会議室までご足労願いたい。祈祷師様と、学者殿もご一緒に」
ネジェムは相変わらず、のびるゆるキャラの中の人ようだ。ブルーノは食器を破壊しないように、人の衣服を透視しないように神経を使って、朝からくたびれている。
メンバーは、最初の謁見の時と変わらない。通された部屋は、前回の倍の広さ。全員が、まったく同じ仕様の椅子に座り、三対三で向かい合っている。ロの字に置かれた長机。
町長アピが、先に座って待っていた。ある程度、受け入れられたということか。ごく普通に挨拶を交わす。無表情だが、瞳がきらきら、肌はつやつや。熊に弓引いた余韻だと思われる。
きのう、騒ぎが一段落して。立て籠もってた男共が、おそるおそる顔を出した。ギラギラした視線を向けられて、即座に引っ込む。彼女たちは、別に非難したわけじゃないと思うぞ。次なる獲物を求めただけで。
オレもブルーノも毎日、髭くらい剃るが。そろそろ厳しいかな。この町で安全に暮らすために、再び脱毛する気はない。
「まずはじめに、数は二十個と少ないですが、ご注文の帽子が仕上がりましたので、ご確認ください」
ダビティに言われて、傍らに積まれた蔓草の帽子をチェックする。全体的な形、葉の並び具合。本当に見目良いものしかない。
「大変よい出来ですね」
帽子の効果は、双方すでに確認済みだ。オレは、一つ三千ミミで買い取ることを告げて、数量を一、追加する。
「お代はすぐにお持ちします。それから、手数料をお支払いしますので、隣町、羊毛の町に届けていただくことはできますか?」
「承りました」
ダビティは、迷う素振りすら見せない。
「見回りついでにお届けしますので、運び賃はサービスとさせていただきます」
あ、ちょっと笑った。秘書然とした雰囲気が崩れて、商売人に近くなる。やり手が必ず言う、そのかわり。声に出さなくても聞こえる。
町長も大隊長も、他人事のような顔をしてるな。適材適所? ダビティに任せて何もしないが、いることに意義がある。
「あ。送り主は、ベルデでお願いします」
「ベルデさん、ですね?」
「はい。それで相手にはわかりますから」
学者の名前がそうだと、誤解させたかもしれないが。それでいい。相変わらず、正体不明なままのネジェムだ。
「次に。先日は、新たな養蜂箱の提案と、蜂の誘導にご協力いただき、ありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ、木を切らせていただきましたし、その後の運搬も皆さんの手助けがあって、大変助かりました」
ダビティの表情は変わらないが、緊張感が肩のあたりに表れる。
「その養蜂箱と、帽子のことなのですが。街に行って、製作者の登録をしたいと思います」
「ああ、いい考えですね」
役所の改装もろくにできない花畑の町にとって、収入の道を確固たるものにするのは大切なことだ。聖水の結晶は、いまのところ町から出ていない。もしもの時のために取って置く。そういう用心深さっていいよな。
「その際の、名義をですね」
わずかに言い淀むダビティ。
オレ個人か、エイト商会の名を発案者として明言するから、独占販売の権利は花畑の町が持ちたいと言う。取り分がどうとか、考えてもみなかったから驚いた。
「いろいろお世話になっておきながら、金銭をお渡しすることしか思いつかないのですが」
少ないパーセンテージだが、三年間、純利益から回すつもりらしい。
「お気持ちはありがたいのですが、いただく理由がありません。どちらも思い付きを口にしただけで、提案と言うほどのものではなかったと記憶しています」
いかん、汗が止まらない。
不特定多数に新たな能力を与えることになった、ネジェムの実験はやばかった。地下水脈が詰まったのも、元を糾せばネジェムのせいだ。
そもそも、街の厄介事から逃げてきたのだ。関連施設に名前を告げられて、いいことは一つもない。
「帽子の方は、その効果を立証する実験にご協力いただきましたし。養蜂箱の方は、木材を運んでいただいたお礼です。ですので、お気持ちだけで十分です」
「しかし、それでは」
「よろしければ、販売に際して一部、エイト商会に取り扱わせていただければ、ありがたく存じます」
こうでも言わないと引き下がりそうにない。実際あの商会なら、右から左へ物を動かすだけでも十分利益を出す。当然オレは、ノータッチ。
「それで本当によろしいのですか?」
「もちろんです」
言ってから左右に確認するが、問題なく首肯される。
「実験に協力してもらって、ありがたかったよな?」
「うむ。我の推測が正しいとわかったのである」
「訓練に参加させてもらったし、街中、自由に散策させてもらったし」
「はい。大変、勉強になりました」
ネジェムは、商売に興味がない。ブルーノは、オレがいいならいいってスタンス。ぶれない二人。
「ありがとうございます。立会人を必要とする話は以上です」
アピにも、アルキンパサにも、目礼された。
見計らったように、盆を捧げ持った女性が一人入ってきて、それぞれの前に木製のカップを置いていく。
「失礼します。どうぞ」
ちょうどよかった。喉が渇いていたのだ。香りからして、ハーブティーか何かかな?
「いただきます」
井戸水に浸けていたのか、そこそこ冷たい。味は微妙だが、清涼感がある。すっと汗が引いていく。
「お礼を申し上げるのが遅くなりましたが。すぐに動いていただいて助かりました。お陰様でこの通り、彼も具合がよくなりました」
「ありがとうございました」
ブルーノは、心中を悟らせはしない。信者たちの心の平安のためなら、方便だって口にする。オレの功績を隠すことには難色を示し。いまだって、まあ、納得はしていないのだ。
「いや、こちらも、あの場所に水場を設けられてよかったと思う」
アルキンパサの言に、アピが肯く。
「あの辺りから、この町は始まったと言われているのだ」
やっぱり? ただ、何の花も咲かなくなった地を捨てたという、ふわっとした話しか伝わっていなかった。どうやっていまの場所を確保したのか、いちばん知りたいところは不明。三世代、そうだな、こっちでは千五百年も経てば伝説か。
「それはそうと、そちらのお屋敷が美しく生まれ変わったと聞いています。一度、見学に行ってもよろしいですか?」
「もちろん、いつでもいらしてください。何でしたら、いまからでも」
「ぜひに」
町長が言い、アルキンパサが前のめりになったところで。
ばたばたと駆け込んでくる足音。
「し、失礼しますっ」
興奮に染まった頬。輝く瞳。慌ててはいるが、わるいことではないとわかる。
「何だ、会議中だぞ」
「はっ。それが、すごいんです。いま、外回りに出たうちの一人が、知らせに来て。とにかく、すぐ悪魔の地に来てください」
ブルーノが十字を切り、アピとアルキンパサが人差し指に中指を絡める。
咎める視線を向けられても、伝令はそれどころではないらしい。走って止まり、振り返っては急かす。飼い主を先導するワンコのようだ。
「あの地。もしや、新たに掘った井戸がどうかしたのか?」
「違います。いえ、もしかしたら関係があるのかもしれませんが。周り一面に草が生えているんです。黄ばんでない、青々とした草の芽です」
「それを早く言え。話の途中で申し訳ない。失礼する」
断りを入れたアルキンパサに、言葉もなく目を見開いたアピが続く。ピンク色の風、ネジ先生も。
残ったダビティが尻拭い。何か、手慣れてるね。
「申し訳ありません」
「いえ、私も気になります。よかったら、私たちも見に行きませんか?」
「そうですね」
身軽な者が多い町で、出遅れたオレたちは最後尾。悪魔の地なんて、呼び名はおどろおどろしいが。話の様子や、向かっている方角からも、街道沿いの荒れ地のことだとわかる。急ぐでもなく並んで歩いていると、ブルーノがダビティに声を掛ける。
「大変失礼なことをお聞きしますが」
「はい?」
「ダビティさんは、男性なのですか?」
「あ、はい」
何でもないことのように、ダビティが肯く。
「そ、それは失礼しました」
確信があるから聞いたんだろうに、ブルーノの狼狽えっぷりが半端じゃない。
「いいんですよ。町の人たちは皆知ってることですし、特に隠してないですし。ただ、祈祷師様から見ると、許されざることでしょうか」
「いいえ、そんなことは決してありません。私が無知なだけで、ご不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ありませんでした」
町に来てからこっち、ダビティを疑いの目で見ていたブルーノは平謝りだ。
「私からもお詫び申し上げます。彼に悪気はなかったのです。ただ、私、いえ仲間を守りたいという気持ちが強く。あなたにとっては、関係のない言い訳になりますが」
「いいえ。お気になさらず。私も、それ以上にあなたたちに無礼を働きました。申し訳ないと思いますが。町長や町民を守るためなら、また同じことをします」
口調も視線もまっすぐで、すがすがしい。
ブルーノが深く肯いている。
「我、怜悧さの欠片もなく。害悪となり果てようとも、主の武骨なる盾とならん」
何やら有名な一節らしい。二人でわかり合っている。張りつめていた空気が緩んだ。
「正直、悩んだこともあったのですが」
はい! オレ、授乳経験があります。悩みもせずに、申し訳ない。
彼らの容姿は、添う相手の思うがまま。ただ、頭の中にあるだけなら問題のない、欲望を利用して増えてるわけで。それを認識してないし、まあ、しても何も変わらないからなぁ。仕方がない。適当先生、お願いします。
「あなたのその姿は、強く望まれた結果でしょう。誇りこそすれ、卑下する必要はありませんね」
俯いていた顔が、即座に上がり、虹彩が光を反射する。
「ふふ。私もいまでは気に入っています」
それでも、ブルーノの顔を見ると、後ろめたそうにする。
「偽りというのは、罪深いことだと言われました」
誰にとは言わないが。この態度、宗教関係者にだろう。ブルーノが、表情を硬くする。直後、相手に悟らせないように、静かに息を吐いた。
「あなたは偽ってなどいません。誤解していた私が言っても説得力はないでしょうが」
もともとブルーノの懐は深いのだ。目の前にあるものが何であるかわかっていれば、恐れる必要はない。不必要に身構えることも、無意味に争うことも。
「私は人としても祈祷師としても、まだまだ未熟ですが。わかることもあります。あなたが、自分の気持ちを偽ることこそ、神はお許しにならないと思います」
「はい」
うるんだ声で返事をして、直後きりっと前を見据える。格好のいい彼。
「ああ、みんなはしゃいでしまって。ちょっと収集が付かないようなので、お先に失礼しますね」
大きなスライドで駆けていく。
「リュウイチ様」
「ん?」
ブルーノが合掌していた。
「ありがとうございます。蒙昧さそのものである、私の目を開かせてくださって」
「ブルーノの力だろ」
そもそも彼一人であれば、これほど頑なな態度は取らなかったはずだ。真実に気付くのも、もっと早かっただろう。
相手がどんな人間でも、まず、そのまま受けとめるのが、もともとのスタイル。信仰心が深まったがために、それができなくなるとは皮肉だが。そもそも、崇める対象を選び間違えている。
「わるい。オレたちのために気を張ってくれてるんだよな」
「もったいないお言葉です」
ますます肩に力が入る。
すでに、結構な数の人たちに拝まれてるブルーノ。さらに力をつけさせれば、オレの出番はなくなると踏んでいる。そう、もっと楽がしたいだけだ。感謝なんかされたら、あちこち痒くてしかたない。




