荒れ地
この町は、いままで滞在した町と同じくらいの面積だ。東側はもちろん、北と南の境まで、見えない土壁が迫っている。街道から引っ込んでいることもあり、後から付け加えられたスペース、という印象が拭えない。
もともとは、ここに町があったんじゃないだろうか。オレはいま、荒れ地に立っている。土塊の合間にちょぼちょぼ生える草は、丈が低く、黄ばんでいる。生き物を不安にさせる光景。
この辺かな。皮子と相談しながら、持ってきた竹の棒を立てる。オレも皮子も、気の流れなんて感じ取れないが。地中を探査すると、何か硬いものが埋まっている。どうやら地下水が堰き止められているようだ。あまりにまっすぐで、水道管を連想させられるが。土が固まって筒のようになっているだけ。皮子は餌となるものが、極端に少ないと言っている。
四本立てた棒に布の端を結んで、日陰を作る。靴底からも熱を感じるが、気持ちの問題だ。
すぐそこに街道が見える。人通りは皆無。まあ、見られても、しゃがみ込んで地面を見ている男が一人。せいぜい変わり者と思われるくらいだろう。
自分の影から、極細の影を伸ばして、地中を探る。温泉の熱源と比べれば、地面のすぐ下と言ってもいい深さだ。大きさもずいぶん小さく、漬物石くらい。はぁ。間違いなくネジェム由来。
井戸でも掘ろうか。商人や旅人が立ち寄ろうにも、町は街道からそれなりに距離がある。客を選り好みする状態も続いている。街道沿いに水場があれば助かる。黒い塊はもとより、水の結晶も手に入る。
ただ、暑い。掘るにしても、いまは止めておこう。先延ばしにすれば、ずっとやらない自分の性格。
あー、いちばんの目的は、ブルーノが実験に集中できるようにすることだから。
影を剥がして、詰まっていたものを消滅させる。ずいっと、水が流れ出す。気持ちよいくらい、あっという間に広がり。さらに枝分かれして、周りに浸透していく。素直に、いいことをしたと満足。
一応、井戸を掘る気になった時のために、天幕はそのままにしておく。
町への道を歩いていると、背後から足音が、幾重にも重なって聞こえてくる。長距離を走る速度じゃない。道を外れても、歩けないことはなかった。彼女たちは若干スピードを落とし、それぞれが軽く帽子を上げながら通り過ぎる。片手を上げて応えた。一際大柄な女が、隣に並ぶ。歩調はゆったり、口調は詰問。
「こんなところで何をしている?」
アルキンパサだ。外回りの帰りか。お仕事ご苦労様です。さらに仕事を増やすのは心苦しいが。井戸、掘ってくれないかな。
「うちの祈祷師が、気が滞ってよくないと言うので、様子を見に来ました」
「気だと? 祈祷師様がそう、おっしゃったのか」
頭ごなしに否定されるかと思いきや。
「そのようなものまで感じ取れるとは。大変な修行をされたのであろうな」
感心したようにつぶやいている。
「そういえば、昨日より、姿をお見掛けしないが」
「気の異常にあてられたのか、眩暈がするようで」
「だ、大丈夫なのか」
「あ、はい。寝込むほどではないのです。御心配いただいて、ありがとうございます」
なにせ、町中を歩き回っていた日もあるのだ。あまり大袈裟に言うと、おかしなことになる。
「それで、異常というのは?」
アルキンパサが気にするのは当たり前なので、来た道を戻る。
「この場所です。私は、詳しいことはわからないのですが、ここに穴を掘れば気の通りがよくなるのではないかと」
「穴か。どのように、どれほど掘ればよいのだろう」
「水と関りがあるようです。井戸を掘ると考えて、水が出ればそれで」
「わかった。すぐに取り掛かろう」
まだ、暑い時間帯だ。心配を口にして、少々機嫌を損ねた。
「そんなやわな鍛え方はしていない。お教えいただいたことは感謝する。祈祷師様にも、よろしくお伝え願いたい。では、急ぐので失礼する」
大股。脚、長っ。速っ。
屋敷に戻ると。裏庭で、ブルーノとネジェムが、体力測定をしていた。運動部の部員とマネージャーみたい。何なの?
「身体能力が上がった時にのために。基準値を把握しておくのである」
ネジェムの持つ紙に、アルファベットと数字が並んでいる。言葉の意味はさっぱり分からない。最初の数字は、建物の端から端まで、走り切るのにかかった秒数だそうだ。ストップウォッチなんてないのに、どうやって。
「我が、数を数えたのである」
へ、へぇ。体内時計をよほど細密に認識できるとみえる。
「あの壁に付いてる印は? 今晩にでも壁、塗っちゃうけど」
「む。それまでに距離を測っておこう」
三十メートル走に、垂直跳び。ウエイトリフティングか。日陰でやらせてるのは、感心だけど。それ、表にあった庭石だよな。
役所からはキロ単位で離れている。そうそう人は来ないと思うが。一応ブルーノは、具合がわるいことになってるから。部外者が近付いてきたら、家にこもるようにしてください。
方法は不明でも、オレがやったことは、ブルーノにはばればれだった。地に伏す勢いで、礼を言われる。周辺の気の流れがスムーズで、いつになく清々しい気分らしい。よかったね。
ただ、いまだ視覚が安定しないらしく。鉢巻きならぬ目隠しをしている。やっぱり、修行っぽい。
汗で肌がべとつく。風呂でも沸かすか。




