炭
さて。材木の運搬だが。幹を適当に輪切りにしたものがごろごろ。直径は、太いところで一・五一メートルほど。末に行くほど細くなるが、その分長さがある。
熊と言い合いができるという女性は、それを一人で抱え上げた。その友人たちは、三人掛かりで一つ持ち上げる。慌てて下ろさせた。とても丁寧に扱ってくれている。何がいけないんだと、不満そうな彼女たちに。これは汚しても、傷がついても構わないんだと説明。
「あ、そう? それなら」
嬉々として、丸太を転がし始めた。一人で一つ。決して平らではない道。均等ではない幹回り。思うようにいかないのが面白いらしく、キャッキャとはしゃいでいる。それ一つ、三百キログラムはあると思うのですが。後天的な能力はもちろん、日々の訓練の賜物か。畑仕事の手を止めて、羨ましそうに見ている女性にバトンタッチ。自分たちは新たな獲物を求めて、森に戻る。
強引にまとめた枝も、いかにも持ちづらそうな切り株も。二、三人で楽しそうに運んでくれる。馬や橇を使うまでもなかったらしい。オレ、一つしか運んでません。
「本当に、ありがとう」
「いいって、いいって」「とてもよい訓練をさせてもらったわ」「おもしろかった」「また、声かけてね」
積み上げられた丸太が、すごい迫力。何も考えられない、空白の四秒。はっ。
実のところ、煤と炭の違いがわからない。どちらも炭素であることは間違いない。燃料を不完全燃焼させれば煤が出る。木を蒸し焼きにすれば炭になる。浅い知識で、必要な量を考えると、初心者には荷が重い。
屋敷の北側は日陰になって、暑さもずいぶんましだ。枝を使って、まず実験。缶を使った、炭作りの動画を思い出す。煙とか、可燃性のガスとか、木酢液が出るんだよな、確か。適当に、影を剥がしすぎたり、剥がし足りなかったり、失敗を繰り返す。
「こ、こんなもんか?」
いつもの調子で、何かができる。見た目は問題ない。そして、軽い。打ち合わせると硬質な音がする。強引に、シート状にしてみた。細かな粒をゆるく繫げて、固定しない感じ。透湿防水をイメージしたが、できてんのかね? 試しに端材に張ってみる。接着剤、不使用。木片の表面と、シートの裏側をこちゃこちゃ。何しろ厚みがないから、影を混ぜるにも神経を使う。うん、でも良さそう。これで行こう。駄目だったら剥がせばいい。
残りをそっと巻こうとしたら、かしゃりと欠けた。そ、そうだ、張る直前に。いや、伸ばしながら張ればいいのか? ほら、ベルデの毛を刈った時みたいに。
夢中になると、なかなか止まらない。木材の半分を炭にしたところで気付いた。多すぎる。屋敷の外側をコーティングするなら、出来上がったうちの半分の、そのまた半分も使わないんじゃないか。あー。遠くを見てばかりもいられない。
岡持ち持参で、三人分の昼食を取りに行く。
相変わらず、地下室にこもっている二人。服用計画の五分の一しか消化していない上に、そのほとんどが外れだったと、ネジ先生は不機嫌。
「いまでも十分すごいだろ。あとは、まあ、あるのに自覚してないだけかもしれないし」
ネジェムやオレだって、自分がどれだけのことができるのか、正確にはわかっていないのだ。
「いえ。リュウイチ様には申し訳ありませんが。私などが、そうそう新しい力に目覚めるはずがなく。それで、よかったかと」
ブルーノは、落ち着きを取り戻している。いくらポテンシャルが高くても、幾つものことに、一遍に対処するのはきついだろう。しかも、いままで培ってきた常識を超える事態だ。
「一息つけたようで、よかったな」
「はい、ありがとうございます」
「コレよ、ソレになんぞ示唆を。さすれば、確率が上がるやも」
「無茶、言ってるな。まあ、狙って身につけられるなら、身体能力系もほしいかな。速く走れるとか、高く跳べるとか、速く泳げるとか?」
「はい」
あ、なんか真剣に引き当てるつもりらしい。もう、黙ってた方がいいかな、オレ。
食後。オレは今夜の作業に備えて、ブルーノは昨晩の寝不足を補うために、ネジェムは不貞腐れて、昼寝。
ちょっと寝すぎたか。水差し片手にネジェムが、ブルーノに迫っている。観念したようにコップを捧げ持つブルーノ。
ぼーっとしていたせいか、外装について、つらつらと口にしていた。これでいいのかちょっと不安があるし、人に聞かれたら何て答えればいいんだ? ネジェムが、大きくため息を吐いた。
「炭を無理やり伸ばして張るなど、滅茶苦茶である。だが、コレであれば、何とかするであろう」
ブルーノならまだしも、ネジェムに呆れられるなんて、納得がいかない。知恵を貸してくれるなら、水に流そう。
「そうであるな。油煙に黒土を混ぜて塗り、仕上げに油を塗ったとでも言えば、問題ないであろう」
「あ、そうか。ありがとう」
接着面は無事でも、影を混ぜていない外側が剥がれ落ちるんじゃないかと。心配だったのは、それか。
「油って、何でもいいのか?」
ますます呆れられた。
「麻の実の油と、昔、聞いたように思うが。わざわざ松を切ってきたのであろう? 根に相当の油を含んでいるはずである。もともとが同じものであるし、かえって相性がよいかもしれぬ」
「な、なるほどー」
よかった。根っこ、まだ、炭にしてなくて。慌てて立ち上がる。少しわけてくれと言うネジェムに生返事。他にも少々、引っかかることがある。何だ?
「ブルーノ。どうかしたか?」
言ってから気付く。特に、具合がわるいようには見えない。なのに、どこか上の空だ。気になることがあるのに、自信がなくて言えない感じ。
見開かれた目と、目が合った。
「はっきりとは、確信が持てないのですか。町の入口より外の、街道近くが、その」
「気になるか?」
いや、オレは別に何も感じてないが。うるさいから、普段はあれもこれもオフにしてる。意味深に肯いて見せると、ブルーノの表情も口調も、きりっとしてくる。
「はい。気の流れが滞っており、不快に感じます」
おお、何か達人っぽい。いや、そうなのか。そうなんだな。
「わかった、後でちょっと見ておく」
「あ、リュウイチ様のお手を煩わすようなことでは。私が」
「いや、ほんと見てくるだけだし」
「では、お供を」
「気持ちはわかるんだが。まだ、本調子じゃないだろ。気持ちわるく感じる場所に連れて行って、倒れられても困るし。第一、ネジェムが」
ブルーノの肩を掴んで離さない。相当、力が入ってるらしく、被験者の顔が歪む。
「じゃ、じゃあ。いってきます」
助けを求めるように名前を呼ばれたが。すまん、オレもやることが。
資材置き場から、壊れた樽を持って来て。屋敷に施したのと、同じ要領で修復。
油を搾るって、圧縮すればいいのか? 肝心のところを聞き忘れたが。材料はふんだんにある。一滴もこぼさず、樽に入れられたのは、皮子さんのお陰。一枚、二枚と影を剥いでいって、思わぬタイミングで、ばしゃっと落ちたところを、間一髪、受け止めてくれた。ありがとう。きつい臭いにも耐えてくれて。やってしまってから、あっ、と思った。テレピン油の匂い。
放り出したままの丸太を見分したが。虫食いはひどいし、捻じれてるし、建材としては駄目だろう。葉っぱは焚き付けに使うかも。枝先の束を、資材置き場に運んで、薪の隣に積んでおく。
残りは、炭擬きに。燃料として使うなら、もっと密な木を原料にした方がいいんだろう。補うように、圧縮ぎみに仕上げる。適当な大きさに、影から分割して、袋詰め。街から持ってきた麻の筵を使い切り、幌馬車の荷台が、足の踏み場もなくなった。




