伐採
赤みを帯びた木肌の松は、高さが四十メートルほど。幹は抱えきれない太さ。
でも、まあ、オレの場合は、影を切断すればいいから。腰の手斧と、背中の鋸はファッションです。
まず枝を落として、適当な長さに揃える。蔓の影を引っ張ってきて括っていると。蜜蜂の大群に襲われた。目を狙われるのは流石に怖いが、肌には針が刺さらない。ぞくぞくと鳥肌が立つ。鬱陶しいだけだって格好付けは、どこに向かってしているのか。皮子には早々に離れてもらう。狐型になれば、毛皮でかなり守られるだろう、と思ったのだが。膜状になって、大半を閉じ込めてしまった。ぼよぼよんと地面に落ちた球体の中で、蜂たちが混乱してる。相手が攻撃してくる、つまり危険な状態なので、押し留めることができるらしい。
残るは数匹、叩き潰すこともできるが。それをやったら、立てこもってる男たちの二の舞。固有の意志はなく、ただ命令に従っている状態だから、説得することもできない。命令を出しているやつはどこだ? 働き蜂の倍はある影が、視界に映り込む。目に見えるが、手の届かない位置でホバリング。女王だな。どうやら、木の上部に巣があるらしい。
まずは騒がせた詫びを入れて、興奮状態から脱するのをひたすら待つ。話が通じるようになったら、引っ越してもらえないか交渉。当然のように拒否された。こっちのミツバチは、子を育てる必要がない。なのに、巣を作り、蜜や花粉を集める。なぜかと問うと、女王はしばらく考え込んでいた。答え。本能としか言いようがない。とにかく完璧に巣を作り、蜜をたっぷりと溜めたい。途中で邪魔されるのが、何より腹立たしいそうだ。
気持ちはわからないでもないが。その後はどうするのか? どうでもいいらしい。
一瞬、呆気に取られて、理解すれば身の内が熱くなる。
それは、君たちが引っ越した後なら、丸ごと巣をいただてもいいってことか? そうなるわね、って。
一先ず、いまある巣を壊さず、近くに移すのはどうかと提案。散々渋っていたが。この木はすでに枯れているし、だいぶ虫も食っている。嵐がくれば倒れるだろうと、大袈裟に脅かす。こっちに台風があるかどうかは知らないが。
木の洞の上下、数十センチずつのところで切り離し、隣の木の三又の枝に固定することにする。
攻撃命令が解除されたことで、皮子の膜から抜け出た蜂たちが、うろうろしている。自分たちの家のことだからな。邪魔とも言えず、なるべく意識しないようにして。上部から順に、木を切り離していく。ロープをつくって近隣の枝に掛け、宙吊りに出来るようにした。切り離したのち、ロープを伸ばして地面に下ろす。うん、いい感じだ。それを幾度となく繰り返す。巣のある部分は、特に慎重に。目的の場所に固定すると、さっそく蜂たちが出入りし始める。大群と思った連中も、群れの一部でしかなかったらしい。蜜集めから、帰還した個体が軽くパニックを起こしていたが。女王のフェロモンのお陰か。あっというまに引っ越し先に落ち着いた。
ただなぁ。自分で移しておいてなんだが、速攻でやられそうな位置。それは女王もわかっているらしく、熊って思念を送っただけで、ビクッとしてた。
森の入口に、養蜂箱があったが、と。軽い調子で持ちかけてみる。どこまでも頑な反応。
守ってもらえるのは理解している。でも。人間が、途中で巣の一部を壊すのが、前々から嫌だったんだとか。
何か理由があるはずだか、オレはそれを知らない。
そうか。簡単に引き下がると。肩透かしをくらった体で、納得いかなそうに周りを飛んでいたが。オレが伐採の続きに戻ると。黙って、巣に入っていった。
皮子は、蜂蜜が垂れることを期待していたようだが。諦めて、木陰で食事をしている。
梃子の原理で、切り株を掘り起こす。これだけは力業だが。さほど苦労もせず、現れた根っこに喜んでいると。見張りを交代した女が、数人の仲間を伴ってやってきた。伐採した木を運んでくれると言う。
「ありがとう、助かる」
自力で運べないこともないが、手伝ってもらった方が楽だし、何よりその心遣いがうれしい。
女たちは、すでに大方の処理が終わっていることに驚いていたが。そこは、笑って誤魔化すしかない。
斧の音ひとつ響かせたわけじゃない。断面は、磨いたように真っ平ら。
この世界にはいろいろな能力持ちがいて。本人から言わない限り、突っ込んだ話をするのは礼儀知らず、ってことのようだ。
「運ぶ先は、東風の屋敷でいいのかな?」
「ああ。頼む」
ここからは結構な距離がある。あくまで好意。損得なしの姿勢を見ると、口出しすまいと思ったことにも、おせっかいを焼きたくなる。
「蜜蜂の巣のことなんだが。出来上がる前に一部壊すらしいが、何か意味があるのか?」
目敏く、移動したばかりの巣の方を見ていた女が即答。
「変色してる部位がないか確認するの。取り除かないと、巣が全部だめになるから」
そして、あれはあなたが移したのかと確認され。礼を言われた。
蜂の感情がわかるという女と、額を突き合わせて相談。これまでも、説明はしてきたらしいが、上手く伝わっていなかったようだと反省している。シンパシーとテレパシーは別物ってことか。
「あなたは、蜂の考えてることがわかるみたいね」
不思議そうにされたが、認めた方が話がスムーズだ。腐葉土を軽く除け、小枝で簡単な図を描く。
「いままでの巣箱も素敵だが。蜂たちの主張に寄り添うなら、こういった構造もありかも」
見た目は、蓋付きの木箱。側面上部に溝を作り、幾つもの木枠を掛けるだけの簡単な造り。
「この枠にこう、蜂が巣を作ってくれれば」
間近でする羽音に、首を竦めつつ。熱心に覗き込んでる女王蜂の邪魔をする者はいない。
「あ、なるほど。これなら簡単に引き出して、元に戻すことができるから。巣を壊さずに全部チェックできるわ」
「とにかく最後まで、完璧に作りたいらしい。作り上げて、自分たちが退去した後は、どうしようと構わないって言ってるから。巣箱を二つ用意して、完全に引っ越しが済んでから、前の巣をもらうようにすれば、トラブルもないんじゃないかな」
「それなら、無理に煙かけなくていいよね」
蜂が同意している。
円陣を組んでた他の女たちも含めて、すぐに試作品を作る流れになっていた。
オレは、家の塗装をしなければならない。養蜂のプロに任せた方が、よいものができるだろう。




