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やることやったら転生していた  作者: 御重スミヲ
7/87

大波

    4


 何か大きなものが近付いてくる。

「地震?」

 とっさにテーブルの下にもぐる。せいぜい震度一。生まれてはじめての経験で、実際より大きく感じる。

「びっくりした」

 ()れながら()い出したオレを、笑うものはいない。引き()まった表情。ハインツは珍しく時間を気にして、時計を見に行かせる。

「いまのは、地揺(じゆ)れだ。いまからきっかり二十四時間後に、大波(おおなみ)がくる」

 津波のことか?

(あわ)てずに、(いそ)いで行動すること。近くにいる年生長者の指示に従うように」

「ただいま七時十五分」

 (とき)()げた男を(ねぎら)うように(うなず)く。

明日(あす)は午前七時までに、必ず船倉に集まること。では、行動開始」

 地震がきたら何をおいても高台(たかだい)へ。しみついていて。どうしても気が()く。

「絶対に二十四時間後なのか?」

「ああ」「心配いらん。いつも通りにやればいい」「リュウイチははじめてだろう」「あ、そうか」

 朝食の後片付(あとかたづ)けからはじめる連中。ぶれない態度に、少し落ち着く。

「リュウイチ」

 サメ先輩に声を()けられ、ついていく。

 まず、舟を浜から運び上げる。次に家畜。ゆるい角度で()けられた梯子(はしご)。金具の付いた板をひっかけて、馬を上がらせようとしてる。不安がって抵抗。オレが近付くと、(みずか)ら船倉へ駆け込んでいった。

「助かった」

「どういたしまして」

 作業小屋の扉と窓をすべて(はず)して、道具類を乗せる。立体パズルみたいに、効率よく。感心されたが、文句も言われた。

「おもい」

 (あき)らかに未経験な奴ら。さすがにふざけたりしない。

 他の小屋も同じように片づけていく。手洗いの穴を埋め戻す。畑では、すべてを引き抜いていた。

 オレは、崖下に運ぶだけ。()いてる寝室なり、貯蔵庫におさめるのは別の連中。動線がぶつからないように、皆を動かす采配(さいはい)が見事だ。

 一時間後、また同じくらいの揺れ。それからは、少しずつ回数が増える。大きさも増していった。

「こういうことは、頻繁(ひんぱん)にあるのか?」

「二、三年に一回ってところか」

 大きくて震度三。続くと、さすがに皆の表情もかたい。

「飯にするぞ」

 菓子よりの昼食を出すとか。さすがだ。

「あまい」「うまい」

 ここまで甘いものは、めったに食えない。

 暗闇では活動できないから。実質の猶予(ゆうよ)は十四時間。

 (かめ)(たる)(から)のまま運び上げてる。手桶(ておけ)を持って、井戸との間を往復。十七人分でこの量だと。さほど長引く事態じゃないのか?

 やることやった。風呂にも入った。最後に梯子(はしご)を引き上げて。ふつうに寝るんだな。


 うつらうつら、してたつもりが。気付くと朝だった。物心(ものごころ)ついてから、夢を見たことがない。

 そろそろ血糖値とコレステロールが気になる。きのう、大量に作るのを手伝わされた。球状の()げドーナツ。

「いっつも、こうがいい」

 ご機嫌(きげん)になりすぎて、状況忘れてないか? オレは地震ない方がいい。(めし)もふつうがいい。

 午前七時を過ぎた。波が押し寄せるというより。静かに、(すみ)やかに、海面が上昇する。船倉の舟は水を()て。外廊下(そとろうか)は、桟橋(さんばし)のよう。沓摺(くつず)りの下、一メートルあたりで、水が小刻みに()ねている。ところどころ、ココヤシの頭が(のぞ)く。一面、()んだ水の景色(けしき)

 誰かが、ほっと息を吐いた。この(あと)、水は引く一方で。元に戻るのに一時間とかからないらしい。

 ぐらりと揺れがきて。ハインツの顔色が変わった。ざわつく皆を()さえようともしない。さほど大きくはない、地響きがもう一度。それで確信したのか。ハインツが口を開く。

「今回は、いつもと違う。少し長引くようだ。でも、心配はいらない」

「経験あるのか?」

「一度だけ」

 他の連中は首を横にふってる。五百年近く前ってこと?

 ハインツは十一人を名指し。森に行かせた。その口調に、普段のやわらかさはない。命じたのは、飲み水の確保。獣よけの柵、(かまど)と手洗いの設置。

 オレは、ハインツとサメ先輩に(はさ)まれて舟へ。なぜだ。もう一艘(いっそう)は、皆ベテラン。うっすら透けて見える、作業小屋の屋根。浜辺が見えないだけで、やけに遠く感じる。

 視認できないが。オレたちは間違いなく、ストーンサークルの上にいた。二人ずつ。組み合わせをかえながら、何度かもぐる。時折(ときおり)、水を伝ってくる振動。見たものを理解するのに、少し時間がかかった。

 白い(くじら)だ。全長が、門の直径を越えてる。尾びれに(はじ)かれた卵が、(ぞう)サイズ。押しつぶされたもろもろが、むなしく(ただよ)う。(くじら)は、体を傾け、はまっている。目算だが、石柱と石柱の間が八メートル。横石と床石の間が十メートル。頭は門を出ているが。残された体を出そうとあがくたび、地震が起こる。

 舟に上がる。ハインツはため息。舟を寄せてきた連中も、浮かぬ顔だ。

「完全に、はまっちまってる」「まいったな」「もっと大きいやつも、いるにはいるんだがな」

 ちょっと待て。

「そんなでかくて、どうやって門を出るんだ?」

「どうやって?」「そういや、そうだな」「あれよりでかけりゃ。もっと、ちょくちょく、はまるよな」

 他の連中まで、ハインツに(たず)ねる。おかしくないか?

 あきれ気味(ぎみ)のサメ先輩。

「だから、波を呼ぶんだろ。くわしいことは、知らんが」

 結局(けっきょく)、ハインツに投げる。ハインツ先生によると。

「ふつう、(しろ)(くじら)は、あの半分ほどの大きさだ」

 だよな。オレの常識にも収まるサイズ。

「ああいう個体が現れるのは、二、三年に一度。彼らは体を門に打ち付けて、大波(おおなみ)を呼ぶ。水位が上がったら、上から出ればいい」

 仕組みは謎だが。普段は横石から海面まで、人の背丈ほど。いまは、その倍以上。おかげで、もぐるのに少し手間取る。

 地震が起こるたび、波が立つ。なにより、精神的に疲れた。ひとまず上陸。

 ハインツは森の方へ、様子を見に。頼まれないが付いて行く。よく鏡で見てた、やばい顔色。暗闇でなら、愚痴(ぐち)もこぼせるんじゃないか。

「驚いた」

「まいったね」

「前の時はどうしたんだ?」

「いろいろ(ため)して、結果的に放置することになった」

「汚染、ひどそうだな」

「よく、わかったね」

 語気(ごき)(やわ)らぐ。

()せて、抜けることを期待したらしいけど」

 さっき観察した限りでは。(つか)えているのは、人間で言えば肩のあたり。

「先に()えて死んだ。そうしたら、パンパンに(ふく)らんで」

 ハインツが両腕を勢いよく振り上げる。バボン? 

「そこからは早かったね。骨と皮は引き出せたけど。海は濁るし。腐った油が浜に流れ着くし」

 眉間(みけん)(しわ)、ひどくなってんだろうな。

「あの巨体に押しつぶされた生き物や、卵も数知れない」

 ハインツが村を出た原因、これか?

「無能って、言っちゃったからね。まさか、自分に返ってくるとは」

「とりあえず、やれることはやってるだろう。何、迷ってんだ」

「街に知らせるかどうか」

 それってどうなんだ?

「ハインツより経験も知識もある奴がいるのか?」

「うーん。知らせても何もできないし、しないと思う」

 つまり、いないんだな。

「なら、いらんだろ。知らせるにも、人とられるわけだし」

 前世でも、よくあった。何もわからない奴に()きまわされて終わりってやつ。

「いや。知らせること自体は、簡単なんだ」

 電話? のわけないな。イルカと話してたあれかな。

「まあ、オレは無責任な立場で。言いたいこと言ってるだけだ。最後は、ハインツが決めればいい」

 すまん。責任(のが)れは習性だ。

「でも、せっかく十七人いるんだ。そういうのも(ふく)めて話し合ったら? ()らん頭でも、(なん)かしら出るだろう」

「いいのかな、そうしても」

「いいんじゃないか。何事(なにごと)も勉強だろ?」

 まとめ役だからって。すべて、一人で背負うことはない。

 昔の教師(じん)は、うまかった。運動会前の草むしりに、石拾い。放課後残ってプリント(たば)ねたり、ガリ版けずったり。転校生の支援まで。よくやらされたな。

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