定着させるには
休めるなら休んだ方がいい。布団も敷いてあるが、ブルーノはそれどころじゃないようだ。
試しに一錠飲んで、夕食を終えたところで効果が出た。あまりに聞こえすぎて、苦しんでる。取り敢えず、次の服用はストップ。
ネジェムは身体能力はもちろん、視覚、聴覚、嗅覚も人外だが。超音波までは聞こえない。
「我にはわからぬ」
まあ、その耳の性能だけでも大変だとは思うが。持ち前の集中力で、気にせず過ごせる。
「この層に海はないはずだが、穴も空いたし。狩りの誘いが聞こえるか?」
「は、い。聞こえた者は集まるように、低く低く響いて来るので。何とか、他と混ざらずに、聞き分けられます」
普段の理性ある話し方じゃない。うめくような声。どれだけ大変かはわかっているが。いまだけ遮断してやったところで、本当の助けにはならない。
「いい能力を引き当てたな。いちばん遠くまで届く便利なやつだぞ。唯一の欠点は、使える奴が少ないことだな」
それでも、声に乗せて音波を妨害していると、ブルーノの表情が少し和らぐ。
「ありがとうございます。私は不器用で、このような不甲斐ない状態が、しばらく続くと思われます。御迷惑をお掛けします」
「そんなことはないから。ゆっくり、でも、まあ。早くコントロールできた方が、ブルーノ自身が楽だよな」
「はい」
食器を片付けて、オレが地上に上がってしまうと。また、元の状態。
ネジェムが慌てて駆け上がって来たくらいだから、オレの前では、相当無理してるわけだよな。
地下室に戻ると、オレだってこともわからなかったらしく、すごい視線を向けられた。心臓にわるい。オレ、ブルーノに敵認定されてなくてよかった。
「リュウイチ、様」
「その力を使えば、地形の探査もできるはずだ」
地図作成の道具一式を渡す。それどころじゃねーよって、しかめっ面。剥き出しの感情があることに、逆にほっとする。日頃、出来過ぎなんだよ。
「場所が場所だし、町全域ってわけにはいかないだろうが。騙されたと思ってやってみろ」
不信感をあらわにしたまま、でも、視線がそろりと動く。極わずかだが、何か掴んだようだ。視線があちこち忙しく動く。自分の頭の中を覗いている感じ。
猛然と、地形図を描き出したブルーノを放って、階段を上がる。
「ありがとうございます」
引き攣った笑い。あんまり無理するなと言いたいが。
「まあ、がんばれ」
それを糸口に、聞こえる音量をコントロールしていく地道な作業。結局、一晩かかったらしい。
明け方、うとうとしているところを叩き起こされ、第二弾を飲まされたんだとか。ぐうすか寝てたオレが言うのもなんだが、鬼だな。
「ネジェムは、朝、弱いんじゃなかったか?」
「楽しすぎて、寝てなどいられぬ」
目を爛々とさせる大先生は、短時間睡眠を重ねたらしく、妙に元気だ。
ブルーノは、隈がひどい。地上に上がったら、上がったで。地下では聞こえなかった雑音と、日の光に悩まされている。当分は地下室で寝るようだな。
それでも、朝食はダイニングでとろうと頑張っている。椅子に座ってるだけで、精一杯に見えるが。ネジェムもオレも、暗くても困らない。カーテンを引いて、それでも見え方がおかしいと、ブルーノが不安がる。
ん、んー? 透視でもできるのかと、ボールで皿を覆って、中身を当てさせようとした。まだ、慣れていないのか、それが限界なのかはわからない。
「歪な丸で、ところどころ、ささくれ立っているような気がします。何であるかは、わかりません」
十分、すごい。オレとネジェムは興奮。ちなみに中身は蒸し芋です。
「夜目が利くのと、どう違うのか?」
「うーん? オレが使ってるのは超音波。ネジェムは、熱感知か?」
急遽、湯の入ったカップで実験。
「む。そのようである」
いままで気にしたことがなかったらしい。本人にしてみれば、見えるのが当たり前なんだから、そうなるよな。
「ブルーノのは」
もしや、と思い。プリズムをつくって、白い皿に乗せる。ちょっとカーテンに隙間を作っただけで、ドラキュラみたいな反応してる。ごめん。だが、どうしても必要なんだ。途中脱線して、虹の説明をするはめになったが。
「オレに見える範囲は、ここからここまで」
「我もそうである」
「私は」
ブルーノが言葉を失う。どうやら、赤外線と紫外線が見えるらしい。おおっ! 世界がどんな風に見えてるのか気になる。
「っと、調子わるいところ、はしゃいでごめん」
情報量がいきなり増えれば、脳がパニック起こすよな。えらい疲れるし。
「いいえ。状況が把握できただけでも、ずいぶんと気が楽になりました」
そんなこと言ってると、当初の計画通り、一時間毎に黒い錠剤飲まされるぞ。
もっとも、視覚の変化は二度目のブルーノ。聴覚の制御と合わせて、それなりにコツが掴めてきたらしい。引き戸を開け閉めする感覚か。ほんと人それぞれなのな。
ネジェムは、ブルーノの様子を見ながら、せっせと服用を勧める。前から継続中の実験・観察も行っているようだ。
「何かあったら、呼んでくれ」
オレも、遊んでる訳じゃない。
朝食の皿を返しに行ったら、アルキンパサに声を掛けられた。木箱をばらして作った、岡持ちが興味を引いたらしい。
「同じようなものを作って構わないか?」
「もちろん。どうぞ、どうぞ」
帽子が三十個ほど用意してあるというので、会議室に行く。
「ああ、いいですね」
作りのしっかりしたものを三千ミミ、使用に耐えるが見目のわるいものを五百ミミで買い取る。
はじめ、アルキンパサは売ることに否定的だったが。実験に協力してほしいので、その人件費だと伝えると、ダビティを呼んできた。建前でも何でもなく、金庫番らしい。
「そのようなものでよろしければ、喜んでお売りします」
ダビティは、収入を得ることに躊躇いはない。
翌日には、木塀の内の男たちまで、花枯らし製の帽子を被っていた。
弓を装備した者が、片側だけ鍔を留めているのも、格好がいい。
「使用した物をお売りするわけにはいきませんから」
後日、新品が納められることになっている。熱中症予防に被らせるのが、いちばんの目的だから、それでいいんだが。じつはまだ、金を払っていない。うちの金庫番はいま、それどころじゃないし。
「納品時で結構です」
ダビティも言ってる。自分たちの分で練習して、技術と商品価値を高める作戦か。熱射カット、虫除け等。効果の検証には、ボランティアで参加してくれるそうだ。
保安隊もご愛用。キャッチコピーに名前を使用する許可も取った。
当然、オレも被ってる。
運動場の東にある、資材置き場。風通しを考えてか、屋根と柱しかない。丸太は野ざらし。角材と板は節の目立たない見事なもので。オレがやろうとしてることには、勿体なさすぎる。薪の側に積まれた端材で十分。
屋敷のあちこちが、ネズに齧られている。その形状に合わせて、材料を削る。最初は、漆を接着剤にしようと考えていたが。ふと、影同士を繫げればいいのではと閃く。まあ、はっきり言えば、面倒くさくなって。具体的には、影をまぜこぜにしただけ。
ぴったり合うように木を成形するのは楽しかったんだけどな。
同じ種類の木の、木目が似た部分を選んだこともあり。継ぎ目がまったくわからない。強度も問題ない、はず。
続いて、ほとんど残っていない、色褪せた塗膜を除去。
もともと塗ってあったのだから、こちらにはこちらの塗料があるはずだが。ストックがあるなら、とっくに塗ってるよな。
ネジェムの漆研究は、接着剤として使用したところで止まっているし。
第一この家、けっこう大きい。二階だけで、十畳ほどの部屋が五室ある。この暑いさ中、ちまちま塗ってられますか?
汗をかきかき、楽することを考える。




