みつぎ物
「町長、お待ちを。この者たちから、贈り物をぜひ、受け取っていただかねば」
冷静な秘書の顏をかなぐり捨てて、ダビティが後を追おうとする。警護の鏡、アルキンパサが立ちはだかった。
「待て、町長はすでに退出されたのだ。なぜ、そのような見苦しい真似をする」
「あなたが言っていたことではないですか。ここで、貢物の一つもあればと」
薄暗がりにも、アルキンパサの頬が赤くなるのがわかる。
「あ、あれは寝惚けていてだな。あんな戯言を覚えているばかりか、実行しようなどと、なんと愚かな」
謁見って格好をとりながら、いろいろとぐだぐだ。うちも、人ん家のことは言えないか。
はじめは憤ってたブルーノも、いまは呆れてるっていうか。生あたたかく見守ってる。そう、オレさえ関わらなければ、心の広い奴なんだよ。ネジ先生は、容姿が幼く見える者たちについて、考察中。耳元でもごもご言われると、眠たくなってくる。
カーテンの向こうでは、町長が何か仕草をしたらしい。窓の外に、二十人以上の女たちが集まっていて、それぞれが小さく歓声を上げる。雨の中、ご苦労様。それ結構、響いてるからね。
「よかった、町長様」「無事、挨拶されたのですね」「安心しました」「もう、大丈夫よね」「すぐ、元通りってわけにはいかないでしょうけど」「最初の一歩は、踏み出したわ」
無愛想なりに、調子よく話してたと思ったが。何か、いろいろあるらしい。
ダビティが縋るように、こちらを見る。まあ、あげるために用意したものだし。とにかく、今晩だけでも泊めてください。
「どうぞ、ダビティさんの手からお渡しください。元より、直にお渡しできるとは思っていません。御挨拶させていただけただけでも、光栄です」
「お気遣い、痛み入ります」
当初あった険は、鳴りを潜めている。穏やかに小箱を受け取った。
苦虫をつぶしたような顔で、仁王立ちする同僚。自分の体で隠すようにして、少し蓋をずらしてみせたようだ。
「む。それは」
身動きを停止し、数秒後、起動。
「町長。御出ましを」
きりっとした声に呼ばれて、少しだけカーテンの向こうから銀髪が覗く。成り行きを見守るように、外も、しんとしている。
すーはー。呼吸音が大きく響き。無表情の町長、再び登場。落ち着いた足取りで、椅子に掛けた。
「町長。この者たちのは、突然の来訪を詫び、町長に目通りできたことに感謝し、また、今宵の宿を求めておりますので、その宿泊代として、こちらを贈るとのことです」
蓋を取った箱を示されて、しばし、無言。詰めていた息を再開した。
「これはどういった品か?」
オレが言ったら絶対、信用してもらえない。適任者を振り返る。
「聖水の結晶です」
堂々、言い切った。ダビティの目が見開かれる。立ち直るまでに、少々時間を要した。
「ブルーノ様のお噂はかねがね。実直なお人柄と伺っております。しかし、失礼ながら、あなたは祈祷師様でいらっしゃる。すると、こちらの品を祝福されたのは、いずれかの大祈祷師様ということで、よろしいですね?」
「いいえ。祝福されたのは、神です」
伸びやかで、深い声。それを無理なく発せる姿勢。次元を越えちゃってる笑顔。
「そ、そうですか。そうでしょうね。これほどの品です」
え、飲み込んだ? 自分で仕掛けておいて何だが、こんな簡単に押し通せるとは思ってなかった。まあ、ブルーノと品物ありきなんだろうけど。
だんだん表情筋がほぐれてきたのか、三者三様に顔を歪めている。人目も憚らず、相談を始めた。彼らからすると、それだけ大変なものらしい。
「受け取らねばならぬか?」「それは、もちろん、町長しだいですが。受け取っていただければ、これだけの品、箔がつきますし。町の財政を一気に立て直せるかと」「確かに、これ以上ない密な硬さ。透明度、輝き。その上、祝福を受けているとなれば、値段も相当なものだろう」「あなたの目で見てそうなら、安心です」「うん」「いや、それほどのこともないが。だが、そうなると寝床を提供するだけでは、釣り合いがとれまい」「あ」「賄賂と言って、責められても仕方がないな」「町長、それは。私が浅はかでした」「いや、よい。もともと町長会長の地位など望んでいなかった。これで町が救われるのなら」
売り払うこと前提で話されても、腹は立たない。あげたものは、もう、その人のもの。ただ、思ってもみなかった方向に、話が進んでいく。
「町長。ダビティ。ものは相談だが」「うん」「はい」「東風の屋敷を、彼らに売るのはどうだろう?」「なんと」「なんてこと。はぁ、でも、確かに」「それでもまったく、これの価値には及びもつかないだろうが、我らが町で、いちばん高額なものといえば、あれしかあるまい」
堅物だとばかり思っていたアルキンパサが、いちばん頭がやわらかかったらしい。町長を、町長会長の地位に留めるために、プライドを捨てて捻り出したのか。自分で言い出しておきながら、なんとも遣り切れないといった風情だ。ダビティが慰めるように、彼女の肩に手を置く。
「よくぞ、申してくれました。言われてみれば、これ以上の案はありません。もともと移住者は、受け入れているのですし」「二人がそう言うのであれば、それでよい」
ほっそりとした指が、水の結晶を取り上げた。
「有難く、いただくこととしよう。返礼として、東風の屋敷を受け取っていただきたい」
拒否したら、空気読めないどころじゃないな。窓の外から、矢の二十本も飛んできそうだ。
「かえって申し訳ないように思いますが。せっかくのお気持ちです。有難く、受け取らせていただきます」
そこでダビティが、はっと気付いて狼狽えだす。
「進呈しておきながら、今更ですが。長らく手入れを怠っており、その、汚れと、場合によっては雨漏りも」
アルキンパサが無駄にうろうろし、町長すら立ち上がりそうになる。外の様子も同様。
「ど、どうしよう」「取り敢えず、掃除」「そうよ」「虫がいるんじゃない?」「ネズも」「コウモリもいるかも」「じゃあ、まず燻す?」
「どうぞ、お待ちを!」
オレは、外にも聞こえるように声を響かせた。
「すでに、お譲りいただいたものです。清掃も修繕もこちらで致します。ただ、一つお願いがございます」
「な、何でしょう?」
ダビティが、全員を代表して尋ねる。
「私たちは旅を続けます。一週間ほどは、こちらに滞在したいと思いますが。結局のところ、空き家になってしまいます。そこで、管理業務をこの町で請け負っていただきたいのです。当然、管理費は支払います」
外が、ざわつく。
「ですが、よく考えてみると、管理の行き届いている家を、遊ばせておくのはもったいないと思いませんか?」
「はい。確かに」
「そこで、私たちが不在の間は、町が管理者となって、屋敷を貸し出し、その料金を修繕費に当てていただきたい。私どもが求めるのは修繕と管理のみですので、余剰分は町の収入となります」
「大変、ありがたいお申し出です。そこまで考えていただきながら、粗を探すようで恐縮ですが。この町はこの通り。残念ながら、活気があるとは言えません。わざわざ料金を支払ってまで、宿泊しようという人は少ないかと思われるのですが」
「でしたら、商会にお貸しください」
どうやらこの階層に、エイト商会の支店はもとより、他の商会の拠点もないようだ。それはそうだろう。街からさほど遠くはない。でも、あの湖を一周することを考えると、近くもない。この辺に、荷物の集積場なり、休憩所なり、ちょっとした取引ができる場所があってもいいんじゃないだろうか。
「それは、当然、エイト商会にですね?」
「いえ、どこの者でもかまいません。管理は町にお任せするのですから。まとめて、一棟お貸しいただくのも、一室ずつお貸しいただくのも、自由です」
商人は、素人が思うほど、仲がわるいわけじゃない。心の中は別だが、普段の距離は近い方が便利だと、互いにわかってると思う。
アルキンパサは狐に摘ままれたような顔をし、ダビティは涙を浮かべている。外の面々は、まだ理解が追い付かず。ただ、雨は上がったようだ。町長が無表情に肯いた。
「妙案とお気遣い、ありがたく思う」
起伏はないながらも明るさを感じさせる声。安堵した中にも、いまだ不安があって。じつは感情豊かな人らしい。
「では、さっそくご案内いたしましょう」
弾むような足取りで、先に立とうとするダビティを、制したのはアルキンパサだ。
「私が行こう。計算や交渉はお前に任せる。体を使うのは、私に任せろ」
彼女が、開いたままの扉の向こうに声を掛けると。元気のよい返事が重なって、二人の女性が現れた。
「町長を頼む」
「了解しました」「行ってらっしゃいませ、隊長」
内心、首を傾げながら、後に続く。
自ら案内を代わったアルキンパサだが。すでに、自分の提案を後悔しているのが伝わってくる。大股にずんずん進む。ブルーノもオレも、息も切らさず付いていけるが。人を案内する態度じゃないよな。
怒ってる相手に、怒ってるかと聞くのは、喧嘩を売ってるのと同じだ。知らんぷりをするのがいちばん。譲歩は、し過ぎるほどしてる。それがわかっているから、アルキンパサは、自分に腹を立てるしかないんだろう。




