謁見のような
廊下の床板が、ぎしぎし鳴る。うっかりしてると躓きそうな、凹みや反り。
本来、まだ明るい時間帯のはずだが。あいにくの空模様だ。薄暗い上に、視界を制限されてるネジェムの足元が覚束ない。能力を使えば、何てことないのに。昼間、はしゃぎ過ぎたか。無言の訴えに応じて、しゃがむ。待ってましたとばかりに、背中に覆いかぶさってきた。
なんか全然、違和感ないんだよな。ブルーノも、一応、咎めるようにネジェムを呼ぶが。まあ、無駄だってことはわかってるはずだ。飛んだり跳ねたりするわけじゃなし、これくらいの重さは苦にならない。
不可視化の能力を得た皮子が、手を借してくれた。安定する。何より、両手を空けられるのがいい。ただ、ベストをつくって着た、その上に垂れてくるネジェムの衣装。このマント、体温もあるし、ちと暑い。
開け放たれた、窓のすぐ外。俯かない薔薇たちが、館を一層みすぼらしく見せている。
「こちらです」
案内されたのは、十二畳ほどの応接間、かな? 家具がほとんどない。奥に、手作り感満載の壇があって、椅子が一脚あるだけ。光沢のある花模様だったと思しき背凭れとか。それを縁取る彫刻とか、剥げかけた金箔とか。それ以上に目立つ。斜め後ろに立つ女。一瞬、彼女が町長かと思った。よく考えると、立ち位置がおかしい。自分が座ることなど、まったく想定してない。格好は、以下同文で。体格はいままで見た中で、いちばん立派。女性としても、戦士としてもだ。えーと、ボディーガード?
オレはすでに勝手に、秘書と呼んでいる。手本とばかりに、床に片膝を突くのを真似た。軽く後ろに引っ張らる気がしたが、まあ、何とか。おばあちゃんは、背中から降りる気ないし、うとうとし始めてる。部屋、薄暗いしな。
瑞々しい蔓草を編んだ、キャンドルカバーが見事だ。これ、毎度作り直すわけだよな。枯れたら、かえって危ない。目の前にあるのは、こっちの顔を町長に見えやすくするためか。その位置は、精神に作用するだけで、夜目の利かない者でも、壇上まで見通すのは難しくはないはずだ。
だから、そう目くじらを立てることはない。はっきり言って、オレは頭を下げ慣れてる。ブルーノは、膝を折ることなく、オレを庇うように立っていた。まあ、この場合は仕方ないか。殺気はないにしろ、あんなところに人の気配があればな。
彫像のように動かなかった女が口を開いた。
「控えよ。これより」
台詞は、まだ続くはずだったのだろうが。
ふぁさっ。窓際のカーテンの陰から現れたのが町長だろう。
「ちょ、町長のおなーりー」
警護と触れ、兼任か。これは、別の入場口や、控えの間がなく。それでも演出に拘り、無理した結果と思われる。
町長は、上体を微動だにせず歩く。肩先で揃えた銀髪が、わずかに靡く。
寝息が止まって、あくびを一つ。ネジェムが身動ぎをする。
「む。あの姿、話に聞いた子供であるか?」
「なんと無礼な、控えよ。ダビティ。なぜ、このような者たちに目通りを許した」
声を荒げる同僚に、秘書さん改め、ダビティは平然としている。
「見ればわかるはずですよ」
「む」
じろじろ、上から下まで眺められるの何度目だろう。
「まあ。それは、まあ」
「下がれ。アルキンパサ」
「はっ」
自分の役目を思い出したように、一歩引いて直立。
響いた声はあどけなく、抑揚がない。
「心配せずとも、これでも大人。卵も産んだ」
「町長、あまりにあからさまな言い様は、品がありませんよ」
「すまん」
諫められて、謝りはするが、反省しているようには聞こえない。無表情だし。
オレは内心、動揺。ネジェム以外の女の口から、卵なんて単語が出ると、こう。
殻について、話したことはある。それとなーく、水を向けたこともある。必要なことを果たしたって感覚しか、ブルーノにはなかった。それが一般的なんだろう。短い間だが村にいて、感覚の差異には慣れたつもりでいた。
ネジェムは、すっかり忘れてる。彼女なりの結論とか、そこに至るまでの過程とか。いつかは聞いてみたいと思っているが。話を掘り下げると、自分の異常さをさらすことにもなる。いまさら彼らが、えんがちょするとは思わない。変に興味を持たれたり、祭り上げられたりする、自信はある。
オレとしては、デリケートな問題だと思うんだ。話す前に気合入れないと、赤面しそうな。これは一体、何ギャップ?
皆、子供がいるわけだよ。オレ以外。かなり複雑な気分。しかも彼らは、それを大したことだと思ってない。さっきの会話も、伴う感情の程度は。きのう、お腹が下っちゃってさ。それ、人前で言うのどうかと思うよ。ってくらい。
「連れの者が、大変、失礼いたしました」
自分の非礼は詫びないブルーノに、にかっと唇を横に引き延ばす。笑顔と言っていいのかどうか。
「よい。人を驚かせるのは、わりと好きだ」
「町長、淑女が歯を見せるのはいかがなものかと」
「笑うとは、難しい。覚えようにも、誰も協力しない」
あー、お手本なしで、新しいこと覚えるのはきついよな。
「すみません」
わるく思ってなさそうな秘書を一瞥し、椅子の前に立つ。
「皆、立ってよい」
自分は座る。
「私が頭を下げると、部下が嘆く。これにて相殺としてもらおう」
確かに、こちらが見下ろす形にはなった。納得するには程遠い理屈だが、一歩引いて見ると、どうでもいいことなんだよな。風俗も文化もごちゃまぜな世界だから、ってことで。
「私は、アピ。花畑の町の町長。近隣合わせて五町の長を束ねる、町長会長も兼ねている」
服装は、以下略。見た目年齢、十三。がんばって十四。人の趣味をとやかく言うつもりはない。この場合は、いわゆる合法なわけだし。
「申し遅れました。私は、エイト商会調査隊を任されております、リュウイチと申します。この度は突然のお願いにも関わらず、お時間をいただき感謝申し上げます」
うん、って感じの肯き。続けていいのかな?
「こちらは、同行者の祈祷師と、学者です」
「ブルーノと申します。先程は、失礼致しました」
「許す」
ネジェムは、何事が考え込んでいるようなので、代わりに応える。
「学者故に気難しく。本人が名乗る気になるまで、ご容赦ください」
「わかった。学者とは、そういうものだろう」
「ご理解いただき、大変助かります」
「挨拶はすんだな」
え。まあ、一応?
見た目少女は、立ち上がって、窓際に平行移動していく。
「私の仕事は、町長たちをまとめること。あとは部下に一任している」
振り返りもせず、淡々と言って、カーテンの向こうに隠れてしまった。
「ちょ、町長のご退出ー」
いろいろ追い付いてないが。一応、礼をしておこう。




