花畑の町
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皮子の嫉妬が可愛い。普段は、触れてる感じさえしないのに、わざとべったりくっ付いている。女ボスのプライドか、周囲には悟らせないが。散髪したことを怒っているらしい。こんなのすぐ伸びるよ。言って、よけいに臍を曲げられた。
湖の畔は、過ごしやすい。このまま野宿したいくらいだが。あれ、入道雲だよな? 連れもいることだし、できることなら、屋根のある場所を確保したい。
街道に上がって、のんびり進む。このまま行くと、湖をぐるりと一周するのか? 途中にT字路。左に曲がって、まっすぐ伸びる道が、次の町に続いているらしい。話に聞く通りなら、花畑の町のはずだが。どうも様子がおかしい。
羊たちの放されていた牧場より、なお草の質が悪いと、ルルが言っている。ベルデ曰く。これは、あたいでも食べたくない。それすら疎らな、荒れ地の中の一本道。馬車の揺れが大きくなった。
やっと少し、緑が元気になってきたと思ったら、スイカだった。ああ、赤瓜っていうんだっけ。貰ったものは、甘さ控えめだが、皆には好評だった。本当だったら、歓声の一つも上がっていいはずだが。さっきの光景を見た後だと、少々気味が悪い。畑と言うほど整備されておらず。野放図に蔓が絡まり合っている。その合間に、縦縞の実がごろごろ。
そこを抜けると、やっと豊かな牧草地があって、ほっとする。その先には一面の向日葵畑。
丸太を二本立てただけの門。左右に一人ずつ、女が立っている。この町には、保安隊が詰めているはず。彼女たちも、そうだろう。膝丈のキトンに、簡素な胸当てを付けているだけだが、鍛え方が違う。思わず、自分の腕を見る。装備は弓と、手斧。不埒な真似をする気など毛頭ないが、とりあえず謝っておきたくなる。
それでも、炎天下に帽子も被らず立ってるなんて、正気の沙汰じゃない。医師でさえ、自分たちは病まないと信じているが。少なくとも、食中りと熱中症はある。あと、神経痛も。
十メートルほど手前で、停止させられた。
「止まりなさい」「お手数だが、馬車を下りて、用向きをお伝え願いたい」
歓迎されてない。嫌な思いをすると決まってるなら、オレが行くべきだろう。
「こんにちは」
「ようこそ、花畑の町へ」
にこりともしない。警備としては当然なのかもしれないが。必要以上に、不審の目で見られている気がする。
「旅の者です。身元はエイト商会が保証します。宿泊施設があれば、ご紹介いただきたく。ないのであれば、野宿に適した場所を教えてもらえませんか?」
所属を明らかにすれば、受け入れられると思ったが。商会名を出した途端、跳ねあがる眉。しまったと思っても、幌に描かれたロゴ同様、ごしごし消せるものではない。
「赤瓜とやらの収穫であれば、勝手にすればよい」
「我ら、花畑の町の住人とは関わりのない土地だ。自然に生った実を採るもよし。そこに寝泊まりするのも、一向に構わない」
「はぁ」
決めつけられて、困惑を隠せない。相手も数度まばたきした後、首を傾げる。警戒は緩めず、やるならやるぞと本気で思っているが。鈍くはないらしい。
「商会が身分を保証すると言ったが、商会員ではないのか?」
「はい。旅をするための援助は受けていますが。どちらかというと、見分を広めるのが目的で。あ、仲間を紹介します」
一介の警備員に、そんなことをしても、意味がないのかもしれないが。せっかく向こうから歩み寄ってくれたのだ。半歩くらいだけど。夕立を連想させる、風も吹いてきたことだし。
馬車から降りてきた二人は、当然、話を聞いていたんだろう。
「祈祷師のブルーノと申します。お祈りやお経のご要望があれば、お応えします。また、悩み事などありましたら、お話をうかがいます」
「これは、祈祷師様」「我らが町へ、ようこそ」
あ、やっぱり先にブルーノに出てもらえばよかったんだ。ちょっとはリーダーらしくと思ったのが、そもそもの間違い。
「訳あって名乗ることは差し控えるが、学者であり探求者である。怪しい者ではない」
あやしい、あやしいぞ、ネジェム。まあ、ブルーノが付いてるから、大丈夫だとは思うが。先程、衣替えをして。ブルーノは、墨染なのは変わらないが、夏の衣に。ネジェムは、ブルカ姿。サファリスタイル、とも考えたが。彼女の場合は、全身を覆わなければならない。その上で、少しでも涼しそうな格好。で、こうなった。顔に掛かる部分、上半分だけ網目状にして、あとはすっぽり全身を覆っている。どっピンクの布で。
馬車を引くのは、鬣に可愛らしい装飾が施された大きな馬。その陰から現れた、やはり大きな羊は、好戦的に地を掻き、おまけに服を着ている。オレは、油断しまくりのパレオ姿。小規模なサーカスだとでも言った方が、説得力があるかもしれない。
持ち場を離れた二人が、門の中央で出会い。何事か話し始める。どんなに声を潜めても、聞こえるんだけどさ。
「またも、むつけき男が来たかと思ったが」「毛深くない、暑苦しくない」「髪も短く、清潔だ」「言葉遣いがしっかりしている」「浮ついていない」「大袈裟でも、馬鹿でもない」「第一、祈祷師様がいらっしゃる」「ブルーノ様といえば、清廉と名高い」「功名心に走った輩とは違う」
ブルーノに聞こえてたら、どんな顔をするのか。いや、聞こえてても、慈愛顔のままか。
ブルーノの祈祷師としての評判はともかく。あとは、誉め言葉じゃないよな。比べるものがあって、それよりましってことだろう。それが、どこに繋がって行くのか。
二人は肯き合い、道を開けた。
「失礼しました」「お通りください」
「あ、ありがとうございます」
思わず礼、言っちゃったよ。
「町長への挨拶はどうしますか」
疑問形だが、それは、しろってことだよな。
「お時間をいただけるのであれば、ぜひに」
「では、このまま真っ直ぐ進んでください。赤い屋根の建物が、役所になります」
言われるままに歩を進める。先触れとか、案内とか、なしか。伝聞してる様子もない。また、一から取調べは嫌だな、と思っていると。鏑矢が、オレたちを追い越して行った。短気で、やる気のない幽霊の効果音? ぼけっとしてたが。先端が鏃だったらと考えて、ぞっ。弓って怖い。




